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 月の障りが遅れている。

 二日や三日遅れるのは珍しい事ではない。しかし、周期の予定より十日過ぎた日の朝食後、二人の女官から夜会と公務の不参加を提案された。

「大事にしすぎでは?」

「いいえ。初期が肝心だと聞きます。よいですか。暫く安静になさってください」

「勿論わかっておいででしょうが、社交戦はお休みです。延期です」

「そんな、酷いわ」

 第一王子妃の不義についての調査等の事を社交戦と呼ぶ事にしたのはよいが、なかなか情報が集まらない。いや集まっているのかもしれないが、二人の女官によって報告を止められているのかもしれない。何しろもう既に軽い食前酒さえ見かけなくなったのだ。

「国王陛下には夜のお勤めは遠慮していただきましょう」

「それは……」

 子を身籠ったと期待させて、もしただ月の障りが遅れているだけとなったら、申し訳ないと思う。そのような事、気にしなくてよい、と言われてはいるが、マリアは気にする。これがごく普通の結婚ならば、新婚気分がまだ味わえるだけだが、二人の間にあるのは、愛ではない。あるのは子を作らねばならぬという義務だけ。

「もう暫くだけ、体調不良でごまかしてくれないかしら?」

 二人の女官はマリアがそう言い出すのを予想していたのか、黙って頷いてくれた。

 柔らかなソファーに身を預け、届けられた手紙を読み始めた。全て検閲が入ったもので、わかりやすく封も切られている。カールスバーグから二通届いていた。片方は王太子妃クリスティ、もう片方は付き合いのある侯爵家からだ。

 まずクリスティの方から読むことにした。便箋が花模様の透かしが入ったものだ。近況報告とマリアの身辺についての質問だ。カールスバーグにいた頃から聞いていた情報通りで報告するような事はあまりないのだが、質問される前に手紙でも送っておいた方がよかったのかもしれない。正直、子を身籠ったという実績でもないと送りにくい。

 キュリー夫人に手紙を渡し、読んでもらう。

「ご懐妊ですか、王太子妃さま」

「ええ。お祝い、何が良いかしら?」

 クリスティが三人目を授かった。カールスバーグの事を思えば、喜ばしい事だ。事実、カールスバーグからきた侍女達は小さく歓声をあげた。くよくよしてはいけない、そういう後ろ向きな気持ちをもってはいけない、と自分に言い聞かせながら、カールスバーグからやってきたもう一通の手紙を取り上げる。

 こちらは上質だけど、飾りもなにもない便箋だ。

 優美とはほど遠い文面から読み取れるのは、歓喜。こちらもまた出産の知らせだった。

「モンドバーク侯爵家に男児が誕生したそうよ」

「えっ」

 キュリー夫人の驚いた声が響いた。他のカールスバーグの侍女も似たようなものだ。

「安心して。ちゃんとあのご長男の御子よ」

「まさか」

「以前から、きちんと義務を果たすよう、それが出来ぬなら、養子を取りなさいと言っていたのよ」

 先程のクリスティからの手紙と同様に渡してやると、恐る恐る読み始めた。

「あの、妃殿下と侯爵家のご嫡男って、親しいのですか?」

 侍女の率直な質問に頷く。

「わたくしの初めての公務がモンドバーク領の視察だったの。そうね、一ヶ月はいたわ。知っているかしら?モンドバーク領に流れている川が、嵐で氾濫したのを」

「覚えております、確か、その時、侯爵様は……」

「ええ、お亡くなりになったわ」

 あの公務はマリアのそれまでの価値観を覆し、生き方について考えさせられた。王家に生まれたからには、権利だけ主張してもマリアのように後ろ盾がないと、無駄なんだと思い知らされた。あの時のマリアは捨て駒だった。川の氾濫の為に家も畑も流された住民がたくさんおり、治安も悪化していた。暴徒化する前に軍を派遣する。その為にもし暴徒により殺されても惜しくない王家のメンバー、マリアが選ばれたのだ。その当時はそこまで考えつかなかったが。

「侯爵夫人が代理として当主となっているのは、嫡男が女性を愛せない性質だったから。あの方が御子を作るか、よそから養子を迎えるか、それとも夫人が養子を迎えるか。随分と揉めていたようだけど、これで一安心ね」

「あの、お手紙には、ご褒美下さい、とありますけど」

「何がよいかしらね」

 クリスティにお祝いを考えるより、正直、こちらの方が力が入る。

 モンドバークを出立する前、彼は言った。何か困った事があったら、迷わず連絡してくれ、と。その言葉があったから、もしどこかに嫁いで生活に困る事があっても、大丈夫だと、いざとなればモンドバークへ行こうと思っていた。

 その彼が主義を捻じ曲げて、義務を果たしたのだ。褒美がほしいというなら、くれてやらなければならない。

「何にしようかしら……」

 なんだか無性に眠くて、目をつむった。

 脳裏に浮かぶのは日差しに輝くモンドバークの城壁だ。きっともう二度と、訪れる事のない場所だ。


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