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 マリアの妃としての生活は順調だった。

 王弟の妻の公爵夫人や王妹と一緒に公務を行い、こちらのやり方を学ぶ。基本的なマナーすら覚えようともしない第一王子妃は公務を行う事を禁じられている。それを良いことに遊び呆けていると、侍女の噂話で知ったが、こういうのが身近にいる為に、マリアはまだ始めたばかりだというのに、高位貴族の夫人方から評判が良いし、官僚達からも感謝される。あれと比べて優秀だと言われるのは複雑だけど。

 順調すぎて呆気ない位だ。

 順調でないのは子作りだ。一度、月の障りがあった。出来ない事に落ち込みもしたが、足固めに専念しようと気持ちを切り替えた。

 性行為に痛みを感じなくなって楽になったのも前向きな気持ちになれた一因だ。行為だけでなく、話をする事もあった。本宮とそれぞれの離宮の間にある秘密の通路の事も知った。この離宮のあまり使われていない部屋にその出入り口があり、あえて今は使用出来ないように倉庫として使われている風に装っているそうだ。第二王子自身にはまだ教えていないそうで、今後もその気はないと言い切っていた。

 父親に見放されているという自覚ない王子二人は、本来ならば成人した王族ならば教えられるべき事を教わっていない。その存在も知らないのだろう。

 まだ第一王子妃が以前の婚約者と比べて遜色なければどうにかなったかもしれない。しかし後釜に座り込んだ癖に教養を磨こうとしない妃に少しずつ人が離れ、今残っているのは、第一王子の寄宿学校時代の学友だけだという。寄宿学校に入学する前の学友は全て侍従として仕えていたが、婚姻後、第一王子によって解雇されている。

 国王が選び、教育した彼女達と形だけでも婚姻していれば、それなりに輝かしい未来があっただろうに、どちらの王子も自分が王太子に、次代の国王になれると思い込んでいる。

 いくつかの夜会でマリアが交流に励み、情報交換をしている最中、二人の王子は取り巻きとだけ会話し、ダンスを踊っている。その騒々しさ、見苦しさに貴族たちの心も離れていく。



 王宮が開催する年の最後の夜会は、滅多に姿を見せないと噂の辺境伯一家が揃っていた。第一王子の元婚約者の嫁ぎ先でもあり、本人も出席していた。夏に出産したという彼女は紺色のドレスを身に纏っていた。夫の辺境伯子息も同様の色で合わせている。

 因みにマリアは薄い紫色のドレスだ。裾の方に花の刺繍が施され、夕暮れの花畑のようだ。夫の第二王子とは色合いもモチーフも何一つとして合わせていない。

「マリア妃、良いか?」

「あら、陛下」

 いつの間にか夫人達とお喋りをしていたマリアの元に国王と辺境伯子息夫婦がいた。

「紹介しよう、西の辺境伯子息夫婦だ」

「まあ、噂の……」

「噂とは何だ」

 変な事を言ったら許さないとばかりだ。会った当初なら、震えたかもしれないが、今はもう慣れた。意外と慣れるものだった。

「ええ、わたくしが耳にしましたいくつかですけど、西の辺境伯様は、夫人と初めて出会った日、今夜のような夜会でしたけど、お互い一目惚れされて、ダンスも踊らずにずっと見つめあっていらしたとか」

「いや、本人に聞いたがそのような浪漫めいた事は」

「それで、気持ちが高ぶったそのまま社交界デビューしたての夫人を抱き上げて夜会を抜け出して」

「待ちなさい、そのような事はなかった。身長差がありすぎて踊れなかっただけだ。夜会も抜け出しておらん」

「まあ、そうですの、では、ご子息の美しい奥様の為に腕の良いお針子を引き抜いて、こうして王都にいらっしゃる時には様々な布地をお買い求めになるというのは」

「そ、それは」

 夫の方は赤くなっていて、妻の方は初耳なのか驚いているようだ。

「皆様、仰ってますのよ、西の方々はお顔は優しくなんてないけど、妻を大事にして下さる方々なのね、と」

「そうなのか」

「ええ。皆様、シャロン様がお幸せであって欲しいと」

 第一王子の元婚約者のシャロンは微笑んだ。

「とてもありがたい事でございます」

 二人の王子の元婚約者達はどちらも評判が良かった。どちらが立太子しても問題ないと考えられていたが、基本的に第一王子が国を継ぐ。第一王子があんな勝手な事をしていなければ、今頃シャロンは王太子妃となっていた筈だ。

「マリア、ここにいたのね」

「おばさま」

 振り返るとそこには王妹のローゼがこちらに向かっていた。

「あなた、また今夜も踊らないつもりなの?」

「しょうがありません。どなたからもお誘い頂けないんですもの」

 この国に嫁いでそれなりの頻度で夜会に出席していたが、一人で参加している。話し相手に不自由はないが、一度も踊った事がない。誰と最初に踊るのか密かに賭けの対象になっていると侍女たちから聞いた。

「兄上さま」

「なんだ」

「踊ってあげてくださいませ」

 大ぶりのイヤリングが揺れ、シャンデリアの輝きに反射する。今日のローゼは暗い赤の生地に黒の刺繍のドレスに装飾品はルビーとダイヤモンドのイヤリングとネックレスだ。これぞ王族とばかりの華やかさだ。

「このままではこの子はいつまで経っても壁の花扱いです。困りますわ」

 そのうちマリアは踊らないのではなく、踊れないと思われてしまう。そうなる前になんとかしなさいと言われてはいたが、その言った本人が交渉に入った。

 暫くの沈黙の後、目の前に手が差し伸べられ、反射的に手を預けた。ダンスを踊るスペースに向かう前にシャロンに向かって微笑んだ。

「シャロン様、ご領地に帰られる前に、お茶をご一緒したいわ、いかがかしら?」

「喜んで」

 曲の途中であったが、流れに合わせながら踊り始めた。

「あれでよかったかしら?」

「ああ」

 元婚約者を王家は蔑ろにはしないというアピールの為に親しく会話し、交流する事を求められていた。既に第二王子の元婚約者、アンネットとは幾度かお茶を共にしている。彼女は外交官と結婚し、時折、夫と共に外国に行っている。

 アンネットと話していると同世代とあまり関わってこなかったマリアには面食らう事もあるが楽しい。夫との馴れ初め話を聞いたが、思わず声を上げて笑ってしまった。あの融通という言葉を知らなそうな男が、アンネットにかかれば、可愛らしいそうだ。

「きゃあ!いったぁーい!」

 大げさな悲鳴につられて目を向けると、第一王子妃が転んでいた。幸いな事に周辺には誰もいない。踊っていると、時折衝突するが、誰もが面倒な事に巻き込まれたくなくて避けて踊っている。因みにマリア達の周辺も随分と空いている。

 第一王子が助け起こし、取り巻きたちも駆け寄って慰めている。踊れなくなったら隅に寄ってほしいのに、いつまでもその場でぐずぐずと泣いているのは、みっともない。ダンスを踊っていた何組かのカップルは興が削がれたのか、ダンスの輪から外れていく。

「お子様のような人なのね」

 人前で泣く事を許されるのは社交界デビュー前まで。躾がなっていない。これでは公務をさせられないというのも納得だ。そもそも淑女というのは、居室から出るならば、化粧をし、髪をきっちりと結い上げ、装飾品を身につけるものだ。背中まで伸ばした髪を垂らしたまま夜会に出るなど、考えられない。乱れた髪を異性にみせるのは、寝室で夫のみに許されたものだ。一国の王子妃にあるまじき姿だ。

 ダンスで髪が乱れてしまったら、化粧室に行き、見苦しくないよう結い直す位だし、厳しい家だと、すぐに乱れるような髪を結った侍女は厳しく叱責される。

 王子妃の乱れたドレスの裾を直し、髪を梳いている取り巻き達にマリアは気持ち悪くなる。そのような事は侍女がやるべきで、今、すべき事ではない。

 溜め息を噛み殺し、視線を上げるとやはり不愉快そうな顔をしていた。気持ちは分かる。ここがダンスホールでなければ、女官侍女達相手にこの感情を共有したい位だ。

 なだめるように腕に添えた手でさする。

「あれらはいずれ自分のしでかした事を自分で代償を払う日がきます」

「分かってはいるが」

「ですから放っておきなさいませ。もはや主な貴族は相手にしていないんですもの」

 まだ婚約者達がいた頃は、どちらの王子もそれなりに支持があった。今は、マリアと婚姻しているからまだ第二王子の方がマシという状態だ。あの娘が醜態を晒せば晒すだけ、第一王子の王位が遠ざかっている事にいつになったら気づくのか。

 曲が終わると同時にダンスの輪から外れる。二曲続けて踊るのは恋人か婚約者、三曲は夫婦となっているからだ。

「それで、他にご挨拶する方、いらっしゃるのかしら?」

「いや、今宵はもうよい」

「ではおばさま方とご一緒させていただきます」

「ああ。それと新年の式典にはあのパリュールを着けるように」

「あのパリュールを?いつ着けようか悩んでましたけど、何を企んでいらっしゃるの?」

 答えはない。ないが騒動が起きるという予想が出来る。

 マリアが所持しているティアラは三つ。正確には、一時的にマリアの持ち物とされている、だ。

 ダイヤモンドとサファイアのものと、結婚式に使用したダイヤモンドのもの。この二つはカールスバーグ王室のもので、マリアが死亡した際にはカールスバーグに返却する事が決められている。ダイヤモンドとサファイアの方はパリュールになっていて、他にネックレスとイヤリングとブレスレット、そして指輪が同じデザインで作られている。

 残り一つはシュヴァーベン王室の真珠とダイヤモンドのものだ。こちらもまたマリアが死亡の際には、シュヴァーベン王室に返却する事になっている。

 個人資産として装飾品は他にも持ってはいるが、ティアラはこの三つだけだ。

 しかし、第一王子妃は一つも所持していない。

 公務一つ満足にこなせない妃などにティアラは不要、と第一王子の望みを退けたと聞いている。個人資産で贖うにも他に出費が嵩み、使用頻度の少ないティアラまでは到底賄いきれないようで、その事で幾度か第一王子夫妻は言い争っているようだ。

 平穏無事に終わるとは思えない。思えないが、もう別のティアラを着ける気にはならなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 元婚約者のエピソードが可愛いです。
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