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小さな子供達が歓声を上げながら駆け回っている。
転んでも大丈夫なように小石が取り除かれているこの庭が見渡せるところに日よけの布を張り、マリアは子供達を見ていた。
三人目を妊娠中のマリアはまた社交を制限されているが、久しぶりに王都にやってきたシャロンに会いたくて呼び出した。同時にアンネットも子供と一緒にやって来ている。
「あら、オイゲンったらあんな事、出来るようになったのね」
芝生の上でぴょんぴょん跳びながら数を数えている。残りの子供達も同じように飛び跳ねている。いくつ跳べるか競争でもしているのだろう。
子供の成長は早い。昨日は侍女に数を数えさせながら跳んでいたのに。
「あ、決着がつきましたね」
「ふふ、泣くかしら?」
張り切って数を数えていたのに、ゼイゼイと息を切らしてへたりこんでいる。
かと思えば、一人が芝生に転がって回転しだすと、あとに続けとばかりに転がりだす。
今のマリアにとってこの風景は幸せの象徴だ。
「そういえばお二人にお聞きしたい事がありましたわ」
子供達に視線をやったまま口を開く。
「元婚約者に会いたいですか?」
「え?」
「あの二人の管理をわたくしがする事になりましたの。もっとも直接はしませんけど」
三人目の妊娠が発覚した時、それを望んだ。もうあの二人の事で少しの時間すら割いて欲しくなかったから。マリアの産んだ二人の子とこれから生まれてくる子をその分気にかけて欲しいから。
「わたくしは会いたくありません」
アンネットは即答した。
「会ったとしてもお話しするような事はございませんもの」
「そう、……シャロン様は?」
「……わたくし」
シャロンは悩んでいるようだった。
「モンドバークはわたくしの親しい人がたくさんいます。わたくしの代理として手配しますよ」
「わたくし、お会いしたらお聞きしたい事があります」
目を向けるとシャロンは膝の上に乗せた両手を握っていた。ふるふると小さく震えている。
「どうしてわたくしではいけなかったのか、どうして事前に教えてくれなかったのか……先に相談してくれればどうにかしましたのにって」
「あら。あの娘を認めたと?」
「ええ、きちんとした後ろ盾を用意して、女官たちも揃えて」
「そうね。他の男に肌を許さない環境を作っていたら、こんな事になってないわ」
「ええ、ですから……」
「シャロン姉様」
「分かってますわ、今となってはどうしようもないって。でも、聞きたかった。何も説明もなく結婚してたのよ?わたくしのどこに不満があったの?」
じわ、と涙が浮かぶがそれ以上は零れない。
シャロンの手を取り、両手で挟み込む。
「鬱憤を晴らしたいという事でしたら、喜んで手配しますけど、そうではないのね」
「妃殿下、わたくし」
「ええ、悪し様に罵りたくなったら仰って」
「愚かな女だとお思いでしょう?でも、わたくしどうしたらよいのか分からなくなって」
嫁ぎ先では大事にされているようだし、跡継ぎも生まれた。それなのにいまだに自信なさげに夫の隣に並んでいる姿が気になっていた。フェッセンも気にしているようだった。
長い付き合いの婚約者に裏切られた事をいまだに引きずっているのだろう。
「わたくし達の人生はまだ長いですもの。ゆっくり考えればよろしいわ」
アンネットの方はすでに吹っ切れているようだが、シャロンはまだ時間がかかるようだ。
シュヴァーベンの王家は彼女に対してフォローをしなければいけない。慰謝料だけですむ話ではないのだ。精神的に傷ついた彼女が心から笑える日が来るまで。
マリアは三人の子を産んだ。王子が二人と姫が一人。
三人目の出産の後、愛人ノンナの死亡が伝えられた。
人はマリアはカールスバーグの王に愛されている。だから子を殺害しようとした愛人を自ら罰しようと呼び寄せたのだという。
それは違うとマリアとキュリー夫人は考えている。マリアを尊重しているふりをしているだけだと。マリアはそれを感じていたし、都合がよいから、カールスバーグと争ってまで愛人を自ら処分しようと思わなかった。
「結局のところカールスバーグは何をしたんだ?」
「なにも。なにもしなかったようです。日に二度の食事は与えてはいたようですが。独房に閉じ込めたままのようで」
「それは」
人と会話する事もなく、日差しを浴びる事もない。身綺麗にする為に湯どころか体を拭く事も出来なかったに違いない。
深いため息を吐いたフェッセンに寄りかかり手を握った。
「アンネット様はもう吹っ切れていらっしゃるようですけど、シャロン様は……」
ゆっくりと首を振った。
「そうか」
「ええ。わたくし、シャロン様より長生きしますからね」
「ああ、頼む。……貴女がこの国に来てくれてよかった」
「そうでしょう。わたくしもこの国に来てよかったと思ってますわ」
シュヴァーベン国王フェッセン三世は、王妃に先立たれた後、後妻や愛妾を置かずに二人の王子を育てたが、二人共が幽閉処分となった。
第二王子の妃マリアは三人の子を産み、義父のフェッセン三世に寄り添い、そして子を育て上げた。
フェッセン三世の崩御後、オイゲン王太子が即位し、マリア妃は王太后として、オイゲンの治世を支えた。
夫が幽閉になっても、祖国に帰る事なく、シュヴァーベンに尽くした彼女だが、ある離宮の書棚に残された書物には、彼女の不義密通と夫を始めとする幾人か死に追いやっている出来事が綴られているという。
ー了ー




