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愛人は貴族の出身だが、本来ならば王族の配偶者になるには身分が足りなかった。有力貴族の養女にでもなれれば認められたかもしれないが、誰も養女はおろか後ろ盾になるような貴族はいなかった。
一般市民が入れられる牢は基本男女別だが、大勢が一緒に入れられる。愛人ノンナは当初、こちらに入る予定だったが、扱いが変わった。
個室ではあるが、男女に区別はない牢だ。こちらは主に、刑が決定するのに時間のかかる重罪を犯した者が入る。
ベッドもある個室に入れられた事で、ノンナは喜んだそうだが、本来の使い道を知らないのだろう。
取り調べが過酷であっても、刑が確定するまで、もしくは刑期が終わるまで死なせる事がないよう、万全の対策をとっている。
収容されて十年という年月が経っている囚人もいるそうで、陰鬱とした空気が漂っている。
「父上、……ノンナを、ノンナを出して下さい」
涙ながらに訴えるのは、マリアの形だけの夫だ。随分と傷心しているようで、肌がくすんでいた。
あれから十日が経った。
マリアの祖国、カールスバーグにも知らせが行き、使者が戻ってきた。
オイゲンはカールスバーグの王位継承権を持っているから当然の事だとカールスバーグの大使は言っていた。
カールスバーグの要求はノンナの引き渡しと、愛人の不始末の責任をヒンゲンに求めていた。ノンナの三親等内の親族はノンナの犯罪に関わっていないか全員捕縛され、取り調べられているが、こちらに関してはシュヴァーベンに任せるとの事だった。
フェッセンから渡されたカールスバーグ国王ヒレロズからの親書をマリアは丁寧に折りたたんで返した。
「陛下、わたくし、愛人には随分と迷惑をかけられましたけど、まさか王家の人間を殺めようだなんて考えるような女じゃないと許してましたわ。その気持ちも踏みにじられました。どうか適切に処置をお願いします」
「なっ、そんな、ノンナはっ」
「そうだな。王家の人間を殺めようとしたのだ。カールスバーグの言うとおりにしよう」
「ええ、是非」
「そしてヒンゲン、そなたは本日より、東の塔にて謹慎を命じる」
「父上……?」
「そこで一生暮らすがよい。ああ、しかし王家の子が一人しかいないのは何かと不安だ」
フェッセンは言葉を区切り、マリアの方に向いた。
「そうだな、出来ればあと二人程欲しい。良いか?」
マリアには確認。ヒンゲンには命令。
「当然の事です。かしこまりましたわ」
「父上!」
真っ青になったヒンゲンは椅子から立ち上がろうとしたが、そばにいた近衛兵に押さえつけられ、そのまま椅子に座った。
「不愉快ですが、子のできやすい周期に東の塔を訪ねます」
「ああ、そなたには苦労をかける」
この数ヶ月でフェッセンはかなり老け込んだ。髪の色がかなり抜け、数か所髪が抜け落ちた。夜に魘されている事も珍しくない。
子供二人を罰した心労か。
一国の王だというのに、冷徹になりきれなくて苦しんでいる。マリアやカールスバーグ王ヒレロズのように割り切ってしまえば楽だろうに。
そういうところにマリアは絆されてしまったようで、「いいえ。お気遣いなく」と返す。
どうせ産むのはヒンゲンの子ではない。
形だけ住まいの離宮から馬車は出すが、行くつもりはない。
行くつもりはないが、将来、子供達を連れて顔を見に行くのはどうだろう?孕ませたつもりのない子を見て何を言うだろうか?たった一つの王家の種馬の役割を果たせず、ただ生きるだけの男は。
愛人の始末については不満はあるが、カールスバーグと揉める程ではない。
邪魔者がいなくなり、王宮は正常な華やかさを取り戻した。




