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第二王子ヒンゲンは自身の今後の後ろ盾にと有力貴族に話を持ちかけているようだが、誰もが笑顔で断っているそうだ。
アンネットもまた夫とその両親に話が持ち込まれ困惑している。
「そもそもわたくしの事、覚えていないのでしょうね」
「あら、案外、覚えているけれど、あなたも含めて、昔のように支援してくれると思っているのでは?」
「迷惑です」
しかめっ面をしながらアンネットは答えた。
「それにしても手当たり次第、送りつけるとは、節操のないこと」
「そうですね」
実父にも赤子より見どころがないと思われ、やけになっているのだろうか。書状を送りつけられる貴族にとって面倒でしかないだろうが、気がついていないに違いない。もし気がつくようであれば、婚約だって破棄しないだろうし。
もはや応接室と化したサンルームでお茶を飲みながら、第二子の出産間近のシャロンへの贈り物を見繕っているが、話題は第二王子になってしまう。アンネットにとって元婚約者だ。家では夫に気を使うだろうし中々複雑な立場だ。
「失礼します。妃殿下、正門ですが暫く閉鎖する事になります」
ヒューズ夫人の言葉にアンネットと顔を見合わせた。
「何かあったの?」
「あの愛人が騒ぎを起こしています」
「まあ……」
「このまま捕縛する事になりそうです」
「そう、任せるわ」
捕縛という事はただ騒ぎ立てているだけではないだろう。
「妃殿下……」
不安げなアンネットに頷いてみせる。
「アンネット様は夕刻にはお帰りになれそう?」
「愛人さえ捕縛してしまえば、問題ないでしょう」
足早に去っていくヒューズ夫人の後を一人の侍女が追いかけた。詳細を探りに行ったのだろう。
「暫く大人しくしていたのに、どうしたのかしら?」
「やはり諸侯の反応もよくないでしょうから焦っているのではないでしょうか?」
「今更なのにね」
「ええ、本当に」
愛人ノンナがマリアの前で自分がいかに愛されているか、それなのに認めてもらえないと悲劇の主人公のように騒ぎ立てるのはいつもの事。正門でも同じ事をやったのだろうか。見物客が少ないのに。
「正直なところ、見直しています」
アンネットが呟いた。視線を自分の膝に落としている為にどんな表情をしているかよく分からないが、いつもの闊達さがなかった。
「彼女は抜け目なく周囲を観察していました。その賢さがあったから、あの女よりマシだと誰もが思っていました」
「誤算はわたくしの存在、かしら?」
「ええ、妃殿下が嫁いでこられ、王子殿下をお産みになられた。彼女は愛人のままで終わるでしょう。公式愛妾にも側室にもなれない。焦ってもおかしくない筈です」
「そうね。子供でもいれば話は変わるでしょうけど」
「はい。ですからわたくし、勝算がなくなった時点で、彼女は逃げると思っていたのです」
「ああ、だから見直した、なのね」
「はい。彼女の愛は真実だったのです」
「まあ、嫌だわ。アンネット様。人を蹴落としてまで奪ったものが真実の愛だなんて。それならば、アンネット様ご夫婦の方がよっぽど真実だと思いますよ」
「え?わたくし達がですか?」
「ええ。最初は分かりあえなかった二人が、困難に立ち向かい、共に生きる事を誓ったなんて、素敵だと思いますわ」
「……今朝も喧嘩してしまいましたけど」
ふふ、と笑ってアンネットの手を取る。
「夕刻には帰ってお子様と一緒に旦那様のお帰りを待ちたいのでしょう?」
結婚前のアンネットがどんな人物だったのか、マリアは知らないが、頬を染めたアンネットは可愛らしい。こんな可愛らしさを第二王子は知らないのだろうか?
「申し上げます」
先程ヒューズ夫人を追いかけた侍女だ。幾分、緊張気味に口を開いた。
「あの愛人は無事、取り押さえられました。ただ刃物を持っており、オイゲン王子殿下の御名を叫んでおりました」
マリアは立ち上がった。
「まさか、あの女は」
「はい、狙いは王子殿下のようでした。キュリー夫人を始め、護衛もお側におり、ご無事です」
「そう……」
ほ、と息を吐き、ソファーに座り込んだ。
「念の為に護衛の応援を呼んでおります」
「そう、ありがとう」
愛人がマリアに挑んでくるなら、受けてたち、そのまま追い落とそうと思っていた。
それなのに子供を狙おうとするなんて。
未遂に終わったとはいえ、許せない。
許さない。




