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モンドバークから迎えがやって来て、ヘッセンを連れて帰った。
婿入り支度は荷馬車一台分。
寂しい支度に本人は苦情を漏らしたが誰も聞き入れなかった。愛馬も手放し、成人の時に贈られた剣も置いていく事になった。
生母の形見だという指輪とブローチは小さな宝石箱に入れ、荷馬車に載せるのではなく、本人が持ち運ぶ事になった。
シュヴァーベンから付き従う人間もいない。たった一人での婿入りだ。準備はあっさりと終わった。
本来ならば衣装の全てを新しく作るだろうが、それをしなかったからというのもある。
「面倒をかけるわね」
「大丈夫ですよう、ほら、じゃじゃ馬を乗りこなすのは、大変好物ですからあ」
軽薄な物言いをする男は、数年前はまるで少女が男装しているのかと思う位の美貌だった。今もその名残で大変な美青年ぶりで、滞在中、物見にやってくる女性が多かったようだ。
好物、の言葉に素知らぬふりをして、カップを取り上げる。来客に合わせ、濃い目に入れてあり、たっぷりのミルクが注いであった。
「それより姫様、王子様に会わせて頂きたいなあ」
「心配だわ」
「大丈夫ですよう、俺達、姫様のお身内に不埒な事、考えませんから。ほら、陛下だって、すごく渋い美丈夫で、興味はありますが手は出したりしませんよう」
「あなたね」
「え?もしかしてお許し頂けますう?」
「駄目よ、あれ一人で十分でしょう」
「ええ、勿論。皆、喜びますよ」
モンドバークの次期当主の側近の言葉にマリアは頷いた。
「そうでしょうね」
物語に出てきそうな王子様、それがこの国の二人の王子だ。モンドバークにはいないタイプだ。
眼の前の男も美貌の持ち主だが、いささか品性が欠ける。それが魅力と感じる者もいるだろうが。
「姫様」
「なに?」
「今、幸せですか?」
眼の前の男が背筋を伸ばしてじっと見ていた。先程の浮ついた表情は消えていた。
「わたくし、自分の事、不幸だなんて思ってないわ。そうでしょう?出てくる食事は美味しくて住居は美しく整えられていて、皆、親切にしてくれる。今、とても恵まれているわ」
「確かにここのお菓子、美味しいです」
「そうでしょう」
バターをたっぷりと使った焼き菓子は皿に並べられていたが、マリアが口にしたのは一つだけ。残りは全て男が食べた。よほど気に入ったのだろう。
「主は姫様がめそめそ泣くようなお人ではないからこそ、心配されてました」
「あら、そう?」
「そうですよう」
「じゃあ心配かけないようこまめに手紙を書くわね」
「ええ、そうしてください。奥方となった俺の妹も楽しみにしてますから」
「わかったわ。……あれをお願いね」
どんな扱いをしてもいい。但し、生かしておく事。それは既に伝えてある。
「はい、お任せ下さい」
数年ぶりの再会はあっさりと終わった。




