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事前に水面下で話がついていたのだろう。呆気なく処遇が決定した。
第一王子ヘッセンは謹慎、第一王子妃テレサと密通した男三人は牢に収容、第一王子夫妻に仕えていた者達のうち、ある程度の身分の者は謹慎、取り調べを受ける事になった。
マリアの離宮は捕縛された男の関係者からの陳情の手紙がやってくるが、全て処分させている。以前にあの男達の婚約者達に忠告したが、それを聞かなかった彼女たちに便宜をはかるつもりはないのだが、忠告してくれたから、この先も助けてくれると勘違いしているのだろう。そんなお人好しではない。
第一王子の住まいは一気に寂しくなった。使用人は下働きを除き、総入れ替えになったが、人員は減らされたそうだ。今まで仕えていた女官や侍女は職務怠慢という事で、謹慎中で、その内解雇されるだろう。
マリアの侍女たちは何故、マリアを一人にしないように、必ずシュヴァーベンの侍女が側にいるように指図したのか、よく分かっただろう。
正式な夫ではない男の子を産むのだ、余計な疑惑を持たれる訳にはいかないのだ。
久しぶりに本宮に行き、一室に通される。
無駄な装飾はなく、窓は小さい。密談用に使われる部屋だ。既に王弟夫妻、王妹夫妻が待っていた。マリアの後に第二王子もやって来て、宰相とフェッセンも揃ってやって来た。
お茶が配られた後に近衛騎士に付き添われ第一王子がやって来た。明らかに護衛としてでなく、罪人のような扱いに第二王子は息を呑んだ。
「処遇を決定した」
前触れもなくそう始まった。
「不義密通者四名は死罪、下働きを除く使用人は全員解雇とする。なお、紹介状は出さない」
「そんな、父上……」
予想通りだとマリアは思う。半月も時間をかけたのは、審議に時間をかけたと思わせたいからだろう。不義密通を見逃すような使用人など、血統を重視する王侯貴族に必要ない。紹介状を出すとしたらその旨、記載する。後で発覚して厄介な事になっても困るからだ。
「日取りはお決めになりましたの?」
「いえ、まだ未定です」
宰相の言葉にマリアは頷いた。
「父上、ご再考を」
「そして、ヘッセン、そなたどう責任を取る?」
「は?」
「私と国が選んだシャロンでなく、複数の男と情を交わすような女を選んだのだ。そして国の恥となった。さあどうする?」
「え、その……」
「この謹慎中、何を考えておったのか、いや、何も考えていなかったのだな。そなたにはほとほと呆れた」
冷たく言い放ち、苛立ちも顕に続けた。
「もしあの女が孕み、子が生まれていたらどうなっていたか、そなたに似ておれば良い、似てもいない、別の男に似ていたらどうするつもりだった?」
返事はなく、ただ喘ぐ男はシャロンを選んでいれば、今頃は順風満帆だっただろう。子供も生まれていたかもしれないし、立太子もされていたかもしれない。
「もう、よい。そなたに我が国は任せられない。外へ婿に行け」
「は?」
宰相が咳払いし、書類を取り出した。
「婿のなり手を探していらっしゃるのは、マリア様のご生国、カールスバーグのモンドバーク侯爵夫人です。夫君と死に別れましたが、最近、面倒事が多く、形だけでよいとお話を頂きました。既に跡継ぎは成人しているそうで、子作りの必要もないそうです」
「は?」
「マリア妃殿下はモンドバーク侯爵夫人とお会いになった事が?」
「ええ、もう何年も前の事ですが、おきれいな方でしたわ。わたくしの事を娘のように優しくして頂きました」
「娘……」
「男子をお二人、女子をお一人お産みになったとは思えない位、素敵な方です」
言外に三人の子持ちで、成人している子もいると含ませる。
鈍い第一王子でも分かったようで、青褪めた顔をしていた。
王家に生まれながら、血筋を繋ぐ事を求められないのは、もう種馬としても期待していないという事だ。
「あら、あのお話はどうされますの?ちょうどよいと思いますけど」
王弟夫人が口を開いた。この夫人の母君はカールスバーグとは違う国から嫁いで来られた王女殿下だ。夫人にはお子はいらっしゃらないが、兄にはその国の王位継承権が与えられている。
「はい、男爵令嬢の婿の件ですね、こちらもよいお話で」
「男爵令嬢だと!?」
「王妃陛下が直々に婿探しをされる位、お気に入りのようで、婿君には相応の領地が与えられるともっぱらの評判です」
普通は男爵家の結婚など、王家が係わる訳がない。
答えは一つだ。王妃の命で国王の寝所に侍り、子のいない王妃に代わって世継ぎを産むのだろう。領地云々も世継ぎを産んだ褒美として与えられるのだろう。
どこまで気づいているか、注意深く見る。
「さあ、どうする?侯爵夫人か、男爵令嬢か、それとも」
フェッセンは宰相を見、頷いた。心得たように宰相も頷き、懐から小さな壜を取り出し、第一王子の前のテーブルに載せた。
「それを今、ここで飲め」
「父上……っ!」
がたがたと震えているのは、漸く自分が父親に見捨てられると実感したからか。
婿入り先では今までのように自由に過ごす事は出来ないというのは、理解出来ているだろう。片方は既に跡継ぎのいる家、もう片方はいずれ領地が与えられるらしいが、身分からいって今までのような贅沢は出来ない筈だ。
かといって正体不明の液体を飲むのも恐ろしい話だ。
「モンドバークに行きます」
長い沈黙の後、小さく呟いたのは、与えられた選択肢の中で一番、尊厳が犯される場所だった。侯爵家という身分だけで決めたのだろう。もっと詳細を聞けばよいのだろうが、思いつかなかったのだろう。
宰相は壜を懐に戻した。
「そうか、では出立まで引き続き、謹慎しているように」
「あの、出立までに会いたい人が」
「ならぬ」
「せめて手紙だけでも」
食い下がるのは、最後に誰かに助けてもらうつもりか。そんな人はいないだろうに。この場にいるのは殆どが親族だが、誰も国内にいられるように国王に進言する者はいない。いくら親しくしていても王家に逆らってまで手助けをする貴族はいないだろう。
「連れていけ」
その言葉と同時に二人の近衛兵がヘッセンを立たせ歩かせる。
マリアは目の前の冷めたお茶のカップを取り上げ、口にした。




