13
マリアの隣には大きな箱が置かれた。鉢植えのまま馬車に載せるより、木箱に入れた方が運搬しやすい。馬車からおろした後は、外用のしっかりしたつくりのワゴンで運ぶつもりだ。
向かい合わせの席にヒューズ夫人が腰掛けた。
第一王子夫妻の住まいまで馬車を走らせる。マリアの乗った馬車とその後ろの侍女たちが乗った馬車は、一度も足止めされる事なくすすんでいく。マリアが乗っている馬車には、カールスバーグとシュヴァーベンの王室の印が付けられているから、道を譲ってくれているのだ。
やがて第一王子夫妻の離宮に到着した。門には門番がいる筈だが、その姿が見えない。いやそれよりも近衛騎士達が集っている。
「あれは確か、第一王子に同行している部隊の筈です」
「確か、今日から視察だったわね」
既に出立している予定の筈だ。だから、大使夫人に予定を合わせて持ってきてもらったのだ、今日開花しそうな鉢植えを。
「はい」
「もしかしたら、何かトラブルで戻ってきたのかしら?」
「そうかもしれませんね」
ヒューズ夫人は憂鬱そうに小さくため息を吐いた。
「なにか?」
「いえ、思いがけず面白そうな展開になりそうだと」
「ええ、そうね」
「そう思うのも妃殿下の影響かと思いましたら、つい」
「まあ、失礼ね。あなたも」
「わたくしも、ですか?」
「ええ、フェッセンさまもね、侍女たちはわたくしの悪影響を受けている、って詰るのよ」
「……仰るとおりかと」
「まあ、酷い」
笑いながら馬車を降りると、玄関先にいた第一王子が駆け寄ってきた。
「何しにきた?」
「この国では珍しい花が咲いたので、お見せしようかと」
「必要ない。妃は休んでいる。帰ってくれ」
「そうですの。でも暫く待たせていただきます」
「カールスバーグは先触れもなく押しかけるのが流儀か」
「それはそちらの妃では?わたくし幾度も抗議しましたわ、先触れを出してくれ、招待がないのに勝手に来るな、と。それを無視してきたのはあなたの妃です。躾ができていないのに、教育係を首にしたあなたの責任です」
「なっ、貴様っ!」
「ヒューズ夫人、案内を」
詰め寄ってくる第一王子ヘッセンを避け、歩き出す。侍女たちが鉢植えをワゴンに載せ、マリアの元へやってきた。第一王子に従っている近衛騎士達も事前になにか指示を受けているのか、マリアを止めようとしているヘッセンを止めている。
離宮内は人の気配がなかった。主が視察に出て、見送った筈の使用人はどこにいるのか。女官、侍女は休んでいると話に聞いていたが、本当に誰もいない。
本来ならば、居住スペースの階上へ案内もなしに立ち入るのはマナー違反だが、足取りも軽く階段を上がる。
扉を開けてもらうと甲高い女の声が聞こえた。
部屋の奥には扉があり、その奥は寝室なのだろうがその扉が開け放たれていて、何をしているのかはっきりと分かった。視線をずらすと侍女の一人と目が合った。頷くとその侍女は悲鳴を上げた。声量が一番豊かな侍女だ。
「何事だっ!」
一斉に雪崩こむ第一王子と近衛騎士達。マリアの護衛兼御者も一緒だ。
「テ、テレサ……」
「あ、ヘッセン、どうして……、あなた」
裸の女が一人と男が三人。なにもなかったと言えない状況だ。何しろ男の一人と女は繋がっている状態だからだ。
「捕縛しなさい!これは反逆とみなされても仕方ない事です」
マリアは叫んだ。
「反逆だと!?」
「一国の王子の妻が、夫不在の時に男を寝室に招き入れた。もし、この女が身籠っていたら?もし、あなたの子供だと認定されたら?王室の血筋でもないのに、王位継承権を与えるというのは、王室の乗っ取りと同じ事」
近衛騎士達が裸の男をそのまま縄で手足を縛り、女もまた、同様にされる。そこには王族女性に対しての礼儀はなく、女性に対しての最低限の思いやりもなかった。
「それすらも分からないのですか」
悲鳴と夫に対しての懇願が響く中、マリアは薄く笑う。
「良かったですね、御子ができる前に発覚して」




