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二人目の子を身籠ったというシャロンに手紙を書く。暫くはこの王都へやって来れないだろう。
最近流行りはじめているという娯楽小説や、遠い国の編み物の本を手紙と一緒に送るつもりだ。
「妃殿下、カールスバーグの大使夫人がいらっしゃいました」
「あら、もうそんな時間?」
慌てて化粧を直してもらい、大使夫人が待つサンルームに向かう。この離宮にも応接室はあるが、ほぼ使用されていない。
大使夫人は手土産にと大使館で育てているという花の鉢植えを持ってきていた。
「ご覧くださいませ、こんなに蕾が大きくなってますから、明日には咲くかと思われます」
「楽しみだわ。もう見る事がないと思っていたのよ」
「不思議と国を離れると恋しくなりますよね」
「そうね。国を出る前までは、何も未練はなかった筈なのに、生活が落ち着いたからかしら?」
何不自由なく生活が出来ている。この国の跡継ぎになりそうな子も産んだ。
今までは自分のこの国での基盤を築くのに必死だった。一段落してそういえば、今の季節、あの花が咲く頃じゃない?と思い出したら、気になった。
国花に指定されていて、大抵の家で育てられている。庭のない集合住宅に住んでいても、鉢で育てる事が出来るし、きちんと世話をすれば毎年、花を咲かせる。
人の顔の大きさまで花弁が開き、薔薇などに比べれば香りは控えめだが、主張しすぎない。
隣の国だから、育てにくいという訳ではない筈だから、大使館に連絡してみたら、やはり育てていた。専門の庭師はいないが、皆、外国住まいが長いというのもあり、手入れにも慣れているそうだ。
淡い桃色の蕾は夫人が話した通り、明日には咲くだろう。
この国では珍しい花。
カールスバーグとシュヴァーベンは隣国ではあるが、国境を接している領地に関わりがなければ、どんな国かなんて勉強しなければ分からないだろう。
「そういえば、人手は足りてますか?何人か侍女が里帰り中だと伺ってますけど」
「今のところは。ほら、わたくし、最近、社交を少しずつ始めてますけど、本格的にはしてませんから」
「さようにございますか。もし足りないようでしたら、ぜひ、お声がけくださいませ。不肖、このわたくしもお手伝いに参ります」
「まあ、ありがとう」
「夫には内緒ですけど、若い頃、色々ありましたから、大抵の事に対応出来ますわ」
「あらあら、でしたらその夫人の武勇伝を是非、お聞きしたいわ」
翌朝、花が咲いた。
薄い花弁が幾重にも重なっていて、中心にいくほど濃い色合いになっていた。
「懐かしいわ、季節になるとよく見に行ったわ」
好事家が催す会合もあるようだが、マリアがよく見に行ったのは、王都にある公園だ。お忍びといえば格好よいが、マリアの場合、侍女のふりをして抜け出しても気付かれた事はない。
「そうだわ、あの社交に弱くてお友達もいない人に、見せてやりましょう」
「テレサ妃殿下の事でしょうか?」
「ええ。そうね、本来なら、先触れを出すべきでしょうけど、いらないわよね?あの人、いつも押しかけてくるんだもの」
少し白々しいやり取りだが、侍女たちは外出にむけて用意を始めた。
第一王子妃は、招待されてもいないお茶会に乗り込む事でも有名だ。マリアも幾度か被害にあっている。
約束していないのに、先触れも出さないのに、いきなりやってきて歓待を要求するその行為がどれだけ迷惑なのか身をもって経験してもらう。
次回に活かせる機会は与えないけど。




