11
制限されていた社交活動は、再開する許可がおりた。
同時に第一王子夫妻についての情報をまとめて報告を受けた。
綴り紐で綴じられたそれはかなりの分量で、読み応えがありそうだった。まるで長編小説のように人物紹介から始まり、友好関係から、取り巻きたちの婚約者の周辺、そして勤務している侍従、女官、侍女の一覧まであった。
取り巻きたちのうち二人は婚約を破棄したようで、その日付も記されている。
「まあ、皆、頑張ってくれたのね」
「少々、行き過ぎているような気もしますが」
「そうね、飼い猫まで載っているものね」
ぺらり、ぺらりと捲ると圧倒的な情報量に驚く。調べる期間はそれなりにあったが、行動範囲が違うから、噂一つ、確かめるのに面倒だというのに。
もしかしたらこれらの情報は侍女たちだけが集めた情報ではないかもしれない。既に集められていて、それに付け足しているのかもしれない。なにしろ第一王子夫妻だ。結婚前より問題があり、以前の婚約者とはとても円満に婚約を破棄出来たとはいえないものだった。要注意人物として、見張られていてもおかしくはない。
「これはもう皆、共有している情報なの?」
「はい、そうです」
ヒューズ夫人の返事に頷いた。
図書室に移動し、座り心地の良い一人掛け用のソファーに腰をおろした。
ヒューズ夫人は退室しているが、シュヴァーベン出身の侍女が二人、室内に控えている。人の出入りが制限されている離宮に移り住んでも変わらず、マリアが一人になる事はない。
カールスバーグ出身の侍女たちのうち半数は一時帰国している。政変により、彼女たちの婚約が見直しされる事になったからだ。もしかしたら、任期を迎えるのを待ってもらえないかもしれない、と言っていた。
王侯貴族の結婚とは、個人の意志など尊重される事はない。
婚約が見直しになって喜ぶものがいれば、悲しむものもいる。どちらが幸せなのか比べる事は無意味だ。この先がどうなるのか誰も分からないから。
図書室に置かれたソファーは長時間、読書をする事前提で選ばれている。夕食までに読み終えてしまおうと紙を捲った。
夕食の後、オイゲンをあやしながら、キュリー夫人とヒューズ夫人を側に呼んだ。
「読み終えたわ。王家に生まれ育ちながら、妻の世話を男に任せるって、何を考えているのかしら?」
第一王子が公務で王城を出るような時は、第一王子妃は昼まで起きてこないようだ。それ自体どうかと思う。公務に同行出来ないのは、禁じられているからだ。それなのに夫の見送りすらしないなんて、妃の立場を甘くみすぎている。
夜が大変で起きれなくて恥ずかしい、などと言っているようだが、見送れない方が恥ずかしい。
側付きの女官侍女たちもそれを放置し、そんな日の午前中は休んでいるようで、それに関してもおかしいと思うし、もっとおかしいのは、一人で準備出来るからとそうするようにすすめたという妃と、そのような日には積極的に面倒をみている侍従という名の取り巻きたちだ。
「ただでさえ、正当な手続きで結婚した訳じゃないのに」
あの二人に子供が出来たとして、それが正当な王家の血筋だと認められるだろうか?いや、そういえば結婚が決まった時、マリアは聞いていた。第一王子夫妻に子供は出来ない、と。当人達が納得しているかどうか定かではないが、子が出来ないよう、なんらかの対策がされている筈だ。
子供が出来ないならば、愛妾を勧める動きが出てもおかしくはないが、一切、話が出てこない。娘を妾に差し出し、ゆくゆくは外祖父として実権を握りたいと思うような野心的な貴族はいてもおかしくはないだろうに。
抱き上げたオイゲンはかなり重くなってきた。眠くなり始めたのか、ぐずりだした。乳母を呼び、寝かしつけるようにとオイゲンを渡した。
二人目の子はオイゲンが一歳の誕生日を迎えてからと考えている。身籠ったら、また行動が制限される。それに抗う気はないが、出来れば問題を解決しておきたい。
「第一王子の公務の予定表を手にいれてちょうだい。王城を出る日に押しかけるわ」
本当に世話をしていただけだとしても、騒ぎ立てて何かあったと思わせる。それだけで十分だ。あの第一王子妃を庇う人間は一握りだけ。醜聞に塗れば離れていくだろう。
マリアが行動を起こせば、情報を提供してくれた誰かが後押ししてくれるだろう。
あの女の泣き顔を脳裏に浮かべながら、マリアは微笑んだ。




