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第6話 これもまたお告げの夢

「おーい、そろそろ起きてもらえんかの」


 聞き覚えのない、しわがれた声が耳に届く。


 私は目を覚まし——いや、目を開けた。覚醒したわけではない、と思ったのは、何だか手元や足元がふわふわしていたからだ。地に足のついた感覚はなく、目の前に知らない老人と女性がいても不思議に思わなかった。


 これは、夢だ。竹林の庵の中で、私は佇んでいた。そんな奇妙なことも、夢の中では何が起きても受け入れてしまう。


 とはいえ、声をかけられた以上、相手が誰かは知っておきたい。


 私は黒々とした長髪の、飄々とした老人の男性——両こめかみから後ろへと木の枝のような角が生えており、耳は先端が少し尖っている——と、白い着物に赤い袴姿の、黒い髪に毛先が金色の若い女性へしっかりと目を向け、問いかける。


「どちら様?」

「うん、わし、金剛の霊峰に住む竜でな。名を燼星墨光(じんせいぼくこう)という」

「そして私は人宮臣一位家金剛じんぐうしんいちいけこんごうのしらつゆと申します。我が国における人宮、人間の貴族の筆頭、金剛家の当主です」


 竜と人、燼星墨光(じんせいぼくこう)と金剛しらつゆ。


 聞いたことはあった。十十廻国(とおとみのくに)の四家しかない上位貴族、黄竜本州の中心にある金剛山という霊峰を管理する金剛家。そこに住む竜の名前までは知らないが、十十廻国(とおとみのくに)貴族の頂点に君臨する金剛家の当主が、こんなにも若い女性だとは思いもつかなかった。確かに上位貴族は男女の別なく嫡子となるらしいから、ありえる話ではある。


 それよりも、竜だ。ミズチのように人に化けた竜、夢の中とはいえ、私は初めて見た。


「竜、なの?」

「見たことはないかの? 竜はな、人の姿を取ることもできる。まあ、完全に擬態すると迷惑だからの、耳を尖らせたり角を生やしたり、目立つよう色々工夫はしとるよ」

「はあ、なるほど。おじいちゃん、竜なんだ。初めて見た」


 しわがれた声の主は、思ったよりもフレンドリーで、慈愛に満ちていた。竜と直接会って話したことがあるわけではないからあくまで想像だが、もっと偉そうで人間を見下しているのかと思っていただけに、私はびっくりした。


 それに、墨光という老いた竜は、私が呼びかけた言葉に、懐かしそうにしていた。


()いのう、おじいちゃんって言うてくれたぞ、しらつゆ。お前も小さいころはそう言うてくれたのに」

「今はその話ではありませんよ、墨光様」


 ぴしゃりとしらつゆは墨光をたしなめる。どうやら墨光としらつゆは古い付き合いのようだった。


 墨光も態度を改めて、真剣な面持ちになった。


「では、りつか。本題に入ろうか。そこに座りなさい」

「はーい」

「よしよし、ここが夢でなかったら飴をやるところだが、我慢しておくれ」

「夢? これ、夢なの?」

「ええ。墨光様のお力で、私とあなた、墨光様は同じ夢の中にいます」

「便利じゃろ? 昔はこれでお告げとかやっとったんじゃよ」


 やはり、これは夢だった。竜の力で見る夢、他人と意識を共有する夢。お告げと言われるのも頷ける。


「さて、りつか、お前が次の竜王である霽空丹青(せいくうたんせい)に嫁ぐ旨、竜の間でもすでに周知されておる。もちろん貴族の筆頭たる金剛家にもじゃ」


 当たり前だが、十十廻国(とおとみのくに)の竜にとっても人にとっても、次の竜王のこと、その妃のことは重要なのだった。その案件だろうな、と思っていなかったわけではないし、貴族は誰かしらその件で私に接触してくる人もいるだろうから、不思議ではなかったのだが——いきなりこんなに位の高い竜と人が来るとは、月神だって想像していなかったに違いない。


 ただ、墨光としらつゆは、私の敵ではなさそうだ。


「しかし、いきなり片田舎におった貴族とはいえ末席の娘が、何も知らずに大都会の宮城(みやしろ)などという貴族の灰汁の煮凝りのような場所に放り込まれるのは忍びない」

「片田舎とか煮凝りとか言い方もうちょっと何とかならない?」

「ましてや、他の貴族の家も次代竜王の妃の座を狙っていただけに、宮城(みやしろ)だけでなく貴族間でも、あなたに対する不審ややっかみは恐ろしいほど醸成されることでしょう」


 だろうね、と私は肩を落とす。


 そんなこと、言われるまでもなく分かっていた。所詮、下位の貴族の娘が、この国の長となる竜王に見初められるなんて分不相応、と貴族たちは思うことだろう。


 大きなお世話だ。私だって嫌だ。


 私は墨光としらつゆに誤解されないよう、ちゃんと意思表示をする。


「はい先生方、私はそんなところに行きたくないです」

「じゃろうなぁ」

「ですので、あなたには宮城(みやしろ)へ行く前に、私が夢の中でいくらか教育を施します。少しでも生き延びられるように、貴族としての処世術を身につけてもらいます」


 逃がしてくれるのかもしれないとちょっと期待を持っていただけに、やっぱり嫁入りは確定なのね、と私は落とした肩を戻す気になれなかった。行かなきゃだめらしい、宮城(みやしろ)


 墨光は私を気遣う。


「嫌か?」

「本音を言うと」

「ですが、やらなくてはなりません。家の存続はおろか、弟にまで影響を及ぼしたくはないでしょう?」

「これ、しらつゆ。そういじめるもんではない」

「事実です」


 そう、それは紛れもない事実だ。


 だから、私は逃げるわけにはいかなくなった。


 私は、二人へ頭を下げる。


「気は進まないけど、私と仁淀の家のためにやってくれるというのは分かりました。私にはとても知ることのできないことを教えてくださるということなら、お言葉に甘えさせていただきます」


 私には、この二人なら大丈夫だろう、という直感もあった。いい人そうだし、思惑はあってもわざわざ来てくれたことには感謝したい。それに、他の貴族とはまったく関わりのない私の、後ろ盾となってくれるかもしれない。そう思えば、無碍にはしたくなかった。


 墨光はうむうむ、と上機嫌だ。しらつゆも少しは表情が緩んでいる。


「そう畏らんでもいい、しらつゆはこれでも二十歳、お前さんとは四つしか違わんよ」

「えっ、もっとお姉さんかと思った!」


 私は慌てて口を手で塞ぐ。言ってはいけない、女性に年齢の機微な話題はアウトだ。


 しらつゆは気にしていない、とばかりに話を変える。


「それで、宮城(みやしろ)への出発はいつですか?」

「まだ決まってないけど、即位前の夏休み中にはって」

「では、時間はありますね。毎晩、教え込むことができます」


 私は首を傾げた。


「ひょっとして、毎晩、夢の中に入ってくるの?」


 そうですよ、そうじゃよ、と異口同音に肯定が返ってくる。


 それはちょっと、どうなのだろう。もしかして、私はしばらく眠ることができないのではないか。


「そんなの熟睡できないじゃない!」

「大丈夫です。体はちゃんと眠っていますし、記憶だけ残ります」

「御愁傷様じゃな」


 こうして、燼星墨光と金剛しらつゆによる、私への貴族教育がスタートした。


 結果から言うと、しらつゆの言葉は嘘だった。私はもう、毎日が眠くてしょうがなかった。

今日は頑張って3回投稿。また見てゴリラ。

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