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突然竜の王の妃になりましたが、溺愛がひどいです  作者: ルーシャオ


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最終話 人はそれを惚気と言う

 夕日を浴びた収穫前の黄金色の稲穂の波に、とんぼが混じる。連なる山はどこか秋づいてきていて、秋桜が道端に咲いている。


 家路に着く二人が、仲良く歩く。田んぼの畦道を通って、山の中腹にある屋敷へ向かっていく。


 すでに噂は流れていた。竜王は人の世を知るために、一妃(いちのきさき)の実家がある青竜州仁淀へ『新婚旅行』に出かけ、宮城(みやしろ)へ戻るのはいつになるか決めていない。一妃(いちのきさき)と仲良く道を歩いているところをよく目撃されており、まだ十六歳の一妃(いちのきさき)は高校に通っていて——竜王も人に変化して付き添っている、と言われていた。


 もちろん、事実である。りつかは特別に元の高校へ復学して、丹青は編入する形になった。それは単にりつかのため、りつかのわがままという理由だけではなく、一妃(いちのきさき)を利用するよう宮城(みやしろ)の陰謀が生まれることをそもそも防ぐためであり、宮城(みやしろ)の改革を断行する上で丹青を敬い萎縮しすぎていた官吏たちを自由にするためでもあった。つまりは、そのほうが都合がよかったのだ。


 丹青がいない間に忠実で有能な官吏たちは宮城(みやしろ)を新しい形にしていくだろうし、竜たちがあちこちいる宮城(みやしろ)でてんやわんやの騒ぎが起きていては陰謀も何もない。皆、立ち位置の確保だけで精一杯だ。


 そして、丹青はまだ奥の手を隠し持っていた。






 秋茜が飛んでいる中を、私は丹青と歩いていた。


 一ヶ月ちょっとぶりの家は何も変わっておらず、弟の清明は夫を連れて実家に帰ってきた姉に驚いていた。何でも、宮城(みやしろ)から派遣されてきていた人はとてもいい人で、親族一同をことごとく黙らせて、財産も家名も何もかも清明に継がせる手筈を整えてくれたそうだ。少なくとも、清明が大人になるまで心配はない。それ以降のことは、清明自身が考えて、行動すべきことだ。


 白黒のスタンダードな男子学生服の夏服を着た丹青は、まるで不釣り合いだった。その美貌に野暮ったいシャツとスラックスはどう考えたっておかしい、黒髪に赤と青のメッシュが入っているのも目立つし、尖った耳や白金の角も隠せていない。一番楽な変化だと、どうしてもそうなるのだそうだ。


 久々の夏のセーラー服を着た私は、通学バッグを肩にかけ、機嫌がよかった。


「涼しくなってきたねぇ」

「ああ。仁淀は冬でもそれほど寒くはないと聞いたが」

「滅多に雪は降らないし、昼はぽかぽか小春日和が多いかな」

「そうか。いいところだな」


 丹青はしみじみとそう言った。


「私の生まれたところは、光も届かない深い海溝で、寒くはないがただただ静かで、すべてがゆっくりと動いていた。寂しい、という言葉がよく似合う」


 そっか、と私は首から下げたネックレスの宝石を見る。鮮やかな赤い竜から結婚祝いにもらったラメのようにキラキラ輝く宝石を、革紐とちょっとした銀細工で首飾りにしたものだ。これも深い深い海の底で生まれたものらしい。


冬嶄(とうざん)公は私を擁護してくれた数少ない竜で、何かと可愛がってくれていた。だから、君を見てまるで孫娘ができたようだ、と喜んでいたよ」

「へー。赤い竜のおばあちゃんかぁ」

「その宝石は、私の故郷に似て非なるもので、あの静かな海の底の命が、決して生きていなかったわけではないことを教えてくれる。あんな場所にも命はたくさん存在していて、私は彼らの気遣いを——私を煩わせまいと静かにしていたことを、後になって知ったよ」


 丹青は懐かしそうに、目を細めた。丹青は、宮城(みやしろ)を離れてからよく自分の話をするようになった。自分はどんなところで生まれて育ち、何が好きで何が苦手で、誰と会ったことがあって、何をしたいのか。そういったことを、日々の生活の中で、私に教えてくれていた。


 私もそれに応える。すでに知っている私のことを教えるのではなく、丹青のその話を聞いてどう思うのかを伝えるのだ。


「じゃあ、いつか戻ってみて、どんなところだったかまた教えてよ」

「分かった。今度の休みにでも行ってみる」

「決めるの早すぎ。日帰りで行けるの?」

「海で生まれたからね、泳ぎは得意だ」

「あっはっは! 超胸張ってる、めっちゃウケる!」


 自慢げな丹青は、照れくさそうに笑って、私をじっと見ていた。


 これはそう、愛おしいと思っているのだろう。そういう感情を、丹青は表せるようになった。ただ好きだと言うだけ、自分の愛を押し付けるだけでは、相手を見ていないのだと知ったのだ。好きな私を見て、何を感じて、どうしたいと思うのか。それを、丹青はしっかり積み重ねてほしい。


 愛を育むって、そういうことだと私は思う。


 二人で砂利道を登って、屋敷の変わらない門構えから中に入り、玄関の引き戸を開ける。


「ただいまー、セイちゃん」

「ただいま」


 スニーカーを脱いでいると、清明が廊下を走ってやってきた。


「おかえり! 姉ちゃん、お客さん!」

「はいはい。りょーかい」

「丹青もだってさ! 早く早く!」


 清明はそのまま、二階へと駆け上がっていった。


 それほど急いで、私だけでなく丹青にも用事のある客とは、一体。私と丹青は顔を見合わせて、それから客間へ向かう。


 清明を追いかけてやってきた客間である八畳間のテーブルには、麦茶が出されていた。そこに、いかにも坊主頭のキリッとした顔つきで、新進気鋭とばかりの雰囲気を醸し出す黒絽の法衣を着ている男性がいた。二十代後半くらいだろうか。私は初対面だと思うが、丹青はどうか。


「久しいな、比叡(ひえい)泉動(せんどう)


 いつもと違う口調で、丹青は男性を見下ろす。


 比叡、つまり上位貴族の一つ、比叡家の人だと分かると、私はつい二度見してしまった。これで私は上位貴族四家すべての人と出会ってしまった、コンプリート、などと思っているうちに、話は進んでいく。


 泉動は、座ったまましっかりと頭を下げる。


「はっ、丹青様もお変わりなく、この泉動、安心いたしました」

「堅苦しい挨拶も世辞もよい。申せ」


 そう言えば、丹青は竜王だった。上位貴族の比叡家の人でさえ、名目上は丹青の下につき、命令を受ける立場にある。宮城(みやしろ)から離れて、すっかり忘れていた。


 泉動は要求に従い、つらつらと述べる。


「比叡の山に(おわ)遏雲紫檀(きんうんしたん)公より、二度と燼星(じんせい)公を使いにするな、と言伝を承っております」


 責めるような口調だ。すると、丹青は上機嫌になった。


「ふふっ、さすがの遏雲(きんうん)公も驚かれたか。愉快だ」

「お戯れを。比叡より出したる百竜名簿の件、一つ貸しですぞ」

「ああ、憶えておこう。比叡家には約束どおり、今後百年の不干渉を約束する」


 丹青はそこまで言って、急に声色を変える。重苦しく、言い聞かせるような口調で、泉動へ沙汰を下す。


「無論、それは比叡家が宮城(みやしろ)に干渉せぬかぎりは、である。ゆめゆめ、忘れるな。私に隠しごとができると思われては、少し、そう、困るのだ、泉動」


 私は、あー、丹青何かキレてるな、くらいにしか思わなかった。キレている内容が分からないので、興味が湧かない。ただ、泉動はゆっくりと顔を上げて、わざとらしく麦茶のコップを取って、呷った。


「いやあ、暑うございますな。もう一杯、麦茶をいただこうか」

「あ、はい。どうぞ」

「かたじけない」


 禿頭の額に汗をかきながら、泉動が差し出したコップへ、私は麦茶を注ぐ。コップをそっと泉動へ手渡し、泉動はそれをまた呷って、ふうと息を吐いた。


 それを、丹青は冷たい目でつぶさに見ている。私の手指の動き一つ一つにも、泉動の対応する目配せ一つにしても、丹青は目を凝らし、おそらくは泉動を牽制している。


 そんな中、泉動がコップを手放し、着物の袖を翻し、畳に両手の拳をつけて頭を下げた。


「では、比叡家はこれからも、竜王陛下に変わらぬ忠義とお力添えを」

「うむ。それでいい」


 よくはないだろう。丹青は言葉と顔と心がまったく一致していない。


 案の定、丹青はこう言い添えた。


「くれぐれも、私のものに触れぬように。私は比叡家に何の恩顧を受けた憶えもないのだから」


 感情の籠らないその声に、泉動は冷や汗の筋を増やしていた。






 古くなった蛍光灯がジジっと音を立てていた。すっかりもう夕日は沈みかけ、辺りは暗い。


 泉動を見送ってから、テーブルを片付けている私の隣に、丹青は座り込んでいた。べたっとくっついている形だ。


「丹青、すっごい嫉妬深いよね」


 丹青は、違う、と言いたげな顔をしていたが、私はそれを言葉で遮る。


「いいよ、言わなくても分かる。ああいう演技もしなくちゃだし、でも演技じゃなくて本当に私が他の男の人と手でも触ったら嫌なんでしょ」

「……はい」


 丹青は素直に認めた。どうせ、比叡泉動がわざわざここへ来たことも、丹青は気に入らなかったのだろう。仁淀の屋敷と私を品定めに、そして自分たちはいつでもここに来られるのだぞと言わんばかりの来訪だったのだ。丹青からしてみればそんな横暴な態度を許すわけにはいかないし、何よりさっき、麦茶のコップを渡したとき、私の手が泉動の手に触れかけたことさえも嫌だった、ということだ。


 まあそれは滅多にないことだから、これ以上叱らなくてもいいだろう。もし怒って火を吹きでもしたら、ぶん殴ってでも止めなければならないだけだ。


 私がテーブルを拭き終わり、丹青がそのタイミングを見計らって顔を上げる。


「りつか、私は」

「あ、しらつゆからメッセ来てた。ちょっと待って」


 制服のポケットに入っていたスマホが光っていた。しらつゆの名前がちらっと見えたため、そちらが優先だ。私が仁淀から出て、帰るために尽力してくれた恩人だし、何より今度仁淀に来るということだから、その話もしなくてはならない。


 チャット画面を開いて、私は丹青を背もたれにして、スマホを操作する。


「あー、いい感じの背もたれ」

「いつでも使ってくれ」

「ちょっとこっち向いて。はい笑って」

「こうかな」


 私へ向けて笑顔を作った丹青を巻き込む形で、私はカメラを起動し、写真を撮る。


 その画像には、頭だけ映る私の後ろで何だか嬉しそうにしている丹青がいた。私はそれを、しらつゆへと送る。


「仲良くやってるってしらつゆに言っとく。安心するだろうし」






 ちなみにだが、丹青はよく私の首筋に鼻を近づけて匂いを嗅ごうとする。無意識らしく、私は気付くたびに頭突きをして叱っている。


 ひよりにそれを愚痴ったら、こう言われた。


「惚気んなバカップル」



(了)

ちょっと中断を挟みましたが、ここでこの話はおしまいです。

ご覧くださりありがとうございました!

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