第36話 わがままを聞いた結果の秋の宮城
千千都の秋の空に、竜がたくさん泳いでいた。
婚礼の儀以来、いや、宮城が始まってから、これほど多くの竜が千千都に集結したことはない。百を下らない色とりどりの竜たちは、宮城の専用の通用口に降り立ち、それぞれ人間に変化して初出勤する。
その様子は、テレビやネットで全国中継されていた。今代竜王の命令で、十十廻国全土から集まった多くの竜たちが宮城に出仕することとなり、人間と手を携えて諸問題の解決に取り組むのだ、と。得意分野に合わせて各部署で顧問や相談役のような立場に就き、人間では解決しづらい問題も、竜だけでは解決できない問題も、対処に努力していく。新聞のコラムやニュース番組のご意見役は、このことを人と竜の関係を一層深化させる革新的な出来事だと賛美する者もいるが、一方でただのパフォーマンスで宮城の効率を下げるものだと否定的な見方をする者もいる。しかし大半は、どちらに転ぶかはこれからだ、何せ今まで一度たりとも実現しなかったことなのだから、と様子見の姿勢を取っている。
それぞれの部署の責任者たちは、まずは竜たちに出勤の仕方を教えることから始めていた。定時に来て定時までいること、仕事場所に来ること、宮城だけでなく千千都では竜の姿になるのは極力控えること、それからやっと人間の社会ルールと仕事のマナーを教える段階に入る。公的に研修会も開かれることになっているが、おそらく竜たちは時間を守る習慣がないためほとんど出席しないだろう、と竜たちの人間総責任者に抜擢されてしまった筑摩万修は嘆いていた。
とはいえ、なぜか竜たちはスマホを持っていた。以前から密かに流行っていたようで、SNSにアカウントを持っている竜さえいた。それに目をつけたある官吏が、機密で使っていたSNSアプリを竜用の連絡網として使えばどうか、と提案したため、万修はすぐさま竜たちに官製SNSアプリ『竜胆』をダウンロードさせて、一括管理に乗り出した。機密性が高く、一部機能の制限が竜たちのネットリテラシーを養成するためにちょうどよく、ひとまず情報共有手段として有用であることは認められた。
式部省の一室で、ひたすら通知が画面に現れつづけるスマホに頭を悩ませていた万修のもとへ、一人の官吏がやってくる。
「忙しいか?」
強面の月神は、コーヒーの紙コップを、座布団に座ったままの万修へ差し出す。
「当たり前だ。迷子になる竜が後を絶たん、時間通りに移動させることが至難の業だ」
紙コップを受け取り、万修はこれ見よがしにため息を吐いた。月神は苦笑する。
「いきなり新人を百人受け入れるようなものだからな」
「それならまだいい、躾ければいいだけの話だ。だが、お役目を持たせた竜となれば、新人どころの話じゃない。扱いづらいことこの上ないぞ」
「それについて、丹青様から通達を受け取っている」
丹青の名前を出されて、万修は反応する。この事態を解決する一手を期待して、ではなく、一体今度はどんな無理難題を押し付けられるのか、と戦々恐々しているからだ。
月神は容赦ない丹青の言葉を伝える。
「真面目に働かなければタダ働きの期間が長くなるだけだ、と竜たちへ伝えるようにと」
思わず万修は吹き出した。紙コップからコーヒーがこぼれかける。
「おい、給与体系はどうなっているんだ!」
「それは契約に関わる極秘事項だ。各山々の機密費との兼ね合いもある」
「脅して働かせているんじゃないだろうな」
「そうは見えないと思うが」
「……まあ、うん、見えはしないな」
あくまで万修は宮城における宮仕えをしはじめた竜たちの監督者であり、竜たちの実家に等しい山々との関わりは管轄外だ。竜王直轄の中務省や財務担当の民部省の分野であり、いちいち勤務先の上司が実家との関係や金銭事情まで突っ込んで管理したりはしない。
だが、それもおそらく、竜たちの事情を知っていけば変わるだろう、とも万修は見ていた。
「あいつら、社会性がまったくないせいで、俺のことを一切気遣わないから、朝から晩まで仕事のことも生活のことも人間との関係のことも遠慮なく相談が押し寄せてくるんだぞ……見ろ、スマホの通知が溜まりに溜まってやがる」
「九十三件か。優先順位はつけているのか?」
「お前、そこを聞いてどうするんだ。ここは慰めるなり改善案を出すなりするところだろうが」
「いや、丹青様から、お前以外にも人間の竜の管理責任者を育てることを考えておくように、と言われていて」
万修は頭を抱えた。
「今、何とかなってからの話だろうが! 少しは手伝え!」
月神は困った顔で、分かった分かった、と万修をなだめていた。
丹青が宮城にいない今、月神は実質的に丹青のスピーカー役として宮城の各部署に赴いて見回る中務省の権大輔として、日々宮城中を駆け回っている。
では、丹青はどこへ行ったか。




