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突然竜の王の妃になりましたが、溺愛がひどいです  作者: ルーシャオ


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第33話 幼い竜の心

 ファストフード店から出て、丹青は頬を赤らめて謝ってきた。


「すまない……体が幼いと、精神も引きずられるようだ」


 私は納得はしないものの、そういうものか、と受け入れることにした。


 確かに丹青は、今日は様子が違うのだ。こんなに子どもっぽかったか、いや実はそうだったのに隠していたのではないか、と思っていたが、妙に外見相応の振る舞いをしている。しかし外出でもそこまでなりきる必要はないから、何かがあるかもしれないと私も気にはなっていた。無意識だろうか、未だにお気に入りの変身魚マークは手放していないほどだ。


 しかしそうなったとしてもちゃんと原因があって、おそらく根本的な性格が変わったわけではないということには安堵すべきだろう。


「それは変化が下手だから?」

「おそらく」

「じゃあ、大人の姿だと割と冷静なわけ?」

「自信はないが、多分」


 丹青は本当に自信なさげだった。今まで気にもしていなかったに違いない。


 ただ——幼い姿だと精神まで幼くなるようなら、私に会ったころもそうだったのだろうか。幼心に印象に残る出会いをした相手を思って、なるほど、それはそれで心のどこかに引っかかりつづけるだろう。だとしても、いきなり結婚はやりすぎだが。


 うん、やはり、私と丹青は話し合いが足りていない。互いの性分の理解はもちろん、好きなもの一つ知らない有り様だ。これを何とかしないと、私も一方的な離婚は後味が悪いことになってしまうだろう。


 知った上でなら、合わなかった、ということにしてしまえる。諦める理由がつく。


「ねえ、始雷さんおすすめのランチやってる料亭があるらしいんだけど、散歩しながら行こっか。ちょっとお昼すぎるくらいに着けば、お腹も減るよ」






 ショッピングモール内でしばらくぶらぶらと歩いたあと、私と丹青は外へ出た。


 運河沿いのショッピングモールから、船着場や水門の多い河岸エリアまで三十分ほど歩いて、私と丹青は料亭の立ち並ぶ花街にやってきた。料亭も夜の常連客だけ相手にしていれば安泰という時代ではなく、昼は橋を渡った先にある埋立地のビジネス街のサラリーマン相手にリーズナブルな定食を出すところも多い。


 始雷曰く「竜が好むような新鮮な魚を出せる店は千千都(ちぢのみやこ)でも限られている」らしく、紹介された料亭なら大丈夫、と太鼓判を押されていた。贅沢な話だ。しかし口に合わない、無理に食べて吐く、というそれこそ子どものようなことをされてはたまらないので、私は丹青をその料亭へ連れていく。


 目的は美味しい料理を出してくれるから行く、というだけではない。話をするなら——特に丹青は竜で、しかも竜王だから——機微な話もあるだろう、ファミレスでするような話ばかりでもなく、できれば個室のある店がよかった。途中で私はカラオケでも全然よかったことに気付いていたが、ここまでの道のりでそれらしい看板は見つけられなかったのだ。


 ちょっとした一軒家のお屋敷に、『淡雪』と墨と筆で描かれた暖簾が吊られていた。始雷に教わった店はここだ、私は暖簾をくぐる。丹青の頭に引っかからないよう押さえて、二人揃って砂利の中の飛び石を踏んでいく。


 擦りガラスの引き戸を開けると、待ち構えていた若女将が声をかけてきた。


「ようこそおいでくださいました、ご予約の二名様でよろしいでしょうか?」

「え? 予約はしてないんですけど」


 戸惑う私に、若女将がこそっと声をひそめてこう言った。


「榛名様からお電話をいただいておりまして、十五くらいの女の子と小さな男の子の二人組が行くから、と」

「……あー、なるほど。確かに料亭にこの組み合わせは珍しいですもんね」

「そういうわけでございます。さ、どうぞ。お部屋をご用意いたしております」


 案内する若女将は手慣れたもので、おそらく始雷と関わりある客だから快く出迎えてくれているのだろう。始雷の友人知人、関わりある人間はことごとく訳ありなんだろうな、と想像がつくし、その中に私と丹青は含まれているようだ。


 玄関で靴を脱ぎ、私と丹青は廊下を進んだ先にある八畳間の個室に入る。メニューはああだこうだと決められるほど多くはなく、日替わりのおまかせ定食二種類だけだ。若女将の説明によると、それぞれ刺身盛り合わせと煮付けだというので、一つずつ頼むことにした。


 個室からは景色が見えるわけでもなく、板の間に撫子の生花があるくらいで、テーブルには冷やしたほうじ茶のガラスボトルが置かれている。高級そうな座布団はふんわりしていてさすが料亭だと思うし、蛍細工の白磁のコップは驚くほど薄い。ただし、丹青はそういうことには興味はないらしく、座布団に正座をしてじっと黙っていた。


 もしかして、緊張しているのか。それとも、何か不安があるのか。


 私はできるだけ、きつく聞こえないよう話しかける。


「お腹大丈夫?」

「うん、まだ食べられる」

「食べられなかったら言うんだよ、私が食べるから」


 丹青はこくんと首を縦に振った。


 それでも、浮かない顔のまま、丹青はテーブルを見つめている。


 幸いなことに、頼んでいた定食はすぐにやってきた。


「お待たせしました、こちらおまかせ刺身盛り定食とカレイの煮付け定食でございます」


 若女将はきびきびと動いて二つの定食の盆をテーブルに並べると、速やかに退室していった。足音が去っていき、私はカレイの煮付け定食に手を伸ばす。緑の釉薬をかけられたお皿に、お手本のように体にバツ印を入れられたカレイがほかほかに煮られて、生姜の細切りを盛られている。


 美味しそうだが、丹青も一口欲しくないだろうか。私が顔を上げると、丹青も私を見ていた。丹青、一口いる? と私が口に出す前に、丹青は覚悟を決めた様子で、ゆっくりと口を開いた。


「頑張って話すから、聞いてほしい。りつか、私は……誰にも言えない秘密がある」


 重々しい言葉だが、丹青はもったいぶっているわけではなさそうだ。


「もちろん、人間が知ったところで大したことではないだろうし、ただ竜同士だと忌みごとに触るから話せないような、そういうことなんだが、しかし今のこの私を形作ったのは、それだと思う。それがなければ、今の私は存在しなかった」


 どうやら、丹青は——私と似たところを考えついたらしい。互いに、理解し合うということの第一歩、自分を語るということを始めていた。


 忌みごと、ということは気になるが、どうせ竜に関わることは大抵人間にとっては知るとまずいことだ。私にとっては今更すぎた。


「いいよ、話してみなよ。本当にやばいことだったら忘れるし」


 人間はそう都合よく忘れたりはできないものの、建前上忘れた、ということにしておくといいこともある。方便だが、そのくらいの逃げ道はあると私は言いたかった。丹青だって、私を追い詰めることは本意ではないだろう。


 箸に手も付けず、丹青は語る。


「私には親がいない。血縁上の、生みの両親というものがいないんだ」


 それはあまりにも奇妙な物言いだ。私は問い返す。


「ん? どういうこと、それ?」

「太古の昔、竜はもともと、自然の一部だった。だからそこにあるものであり、生き物ではなかったんだ。それがいつしか竜同士が子どもを産むようになり、血縁のある種族として定着した。これが大体、五十万年ほど前だと聞いている」


 ちょっと意味が分からない。五十万年前など、十十廻国(とおとみのくに)に文化さえ存在しなかった大昔の話すぎて、まったくピンと来ない。しかし、まるでその大昔からやってきたかのように、丹青は今の竜とは違う存在なのだろう。


 その事実は確かに、今の竜は忌むことかもしれない。


「だが、私は現代において類を見ない、自然発生した竜だ。どこの山にも系譜はなく、気付けば十十廻国(とおとみのくに)南の海溝深くで、生まれていた。目が開かないほど生まれてまもなくから、私はひたすらに、この国に生きるものたちの匂い、その心の中の思いが流れ込んできていた。苦痛だったよ。どれほど息を止めようと、目を閉じようと、ありとあらゆる知りたくもない情報が頭の中に押し寄せる。発狂と覚醒の繰り返し、その日々だった」


 丹青は赤裸々に語るが、もしかしてそれはとてもつらく、ひどいことではないか、と私は思ってしまって、だからと言って、素直に受け止められなかった。


 私の声は少し震えていた。


「だから、同情しろって?」

「いいや、確かにそう思わせるだろうが、そこは重要じゃない。私は、私のことを誰かに話してこなかった。それは、突然求婚されても私を知ろうとした君への裏切りだったと思ったから、その詫びだと思ってほしい」


 そこまで秘密にするようなことであっても、私からすればまだ『忘れればいい』ことだ。


 そこから抜け出すには、きっと——そういうことではなく、もっと私が知らなければならないことが必要だ。


「それでも、そんな日々に慣れて、ようやく心の余裕が生まれた私は、海から出ようと思った。他の竜や人間というものの世界を見に行こうと思った。私は感じ取れる魂のことは分かっているが、彼らは私を知らない。知ったあと、ひょっとすると違うものを感じ取れるかもしれない、そう期待したんだ」


 どうせ、その期待は裏切られただろうに、丹青はそんなことをおくびにも出さない。


 それよりも、他に語るべきことがあるのだと、丹青の舌は逸る。


「竜がおらず、影響下にない、できるだけ人の少なくて海に面した土地。それが偶然にも、仁淀だった。私は目にした人間やミズチの姿を真似て変化したんだが、どうしてだか今のような、子どもの姿になった。そのときは疑問に思わず、そのまま陸地の散策を始めたんだが、おかげで熱中症になるし川へ放り込まれるし、と縁ができてよかったと思う」


 私は前に聞いたときも思ったが、大概な目に遭っていても丹青にとってはいい思い出となっているようで何よりだ。そこまでされれば普通はトラウマになっている。


 丹青は『頑張って』話していた。幼い姿に引きずられて思考が明晰じゃないかもしれなくても、自分のことを話そうとしている。


 じっと見つめていた私へと、丹青は目を合わせて、しっかりと訴える。


「あとは、以前話したとおり、君と出会った。出会ったんだ、あのとき」

始雷「先回りして料亭に予約入れておくか……一応お忍び中のあいつらの名前を使うわけにはいかないし、しょうがない、特徴だけ伝えておくか」

こんなことを考えていたに違いない。

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