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突然竜の王の妃になりましたが、溺愛がひどいです  作者: ルーシャオ


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第32話 へーんしん、する?

 バスは高級住宅街から、市街地の中に入る。いわゆる宮城(みやしろ)の丸の内エリアは高層ビルばかりが並び立って、歩道の幅は広く、整然と道が放射状に伸びている。いかにも大都市、その洗練された雰囲気は嫌でも感じ取ってしまう。


 七つ目のバス停でバスが止まり、シックな装いの老夫婦が乗ってきた。老婦人は杖を突いている。


 私は窓の外を大人しく眺めていた丹青の腕を持つ。


「立って」

「え?」


 丹青はそう言いつつも、私に従う。ぴょんと席を離れ、反対側の手すりにしがみついた。


 私は老婦人へ、椅子を指し示す。


「どうぞ。座ってください」

「ありがとう、悪いわねぇ」

「いえいえ」


 老夫婦は丁重に頭を下げて、杖を突いている老婦人が丹青のいた席に座る。その様子を見ていた丹青は、何やら考え込んでいた。


 手すりに掴まって、しばらく立ったままぼうっとしていると、丹青が私を呼んだ。


「りつか」

「何?」

「あれは?」


 あれ、と丹青が指差したのは、バスの運転手席後ろに備え付けられているモニター画面だ。そこには、バス運行会社と協賛各社のコマーシャルが流れている。


 ちょうど映っていたのは、マスクと鱗模様の全身タイツと演歌歌手みたいな派手なマントを羽織ったヒーローたちだった。五人がそれぞれ別の色で、赤が中央にいるからリーダーだろう。ビシッとポーズを決めて、激しい爆発を背景に番宣をしている。


 画面の端っこに、海鮮戦隊ギョレンジャーとロゴがあった。何だそれ、と吹き出しそうになったが、どうやら赤いリーダーは真鯛だったらしい。なるほど、魚モチーフの戦隊ものが、毎週日曜日の朝に放送しているようだった。


 さて竜に対しテレビ番組の子ども向けヒーロー戦隊ものをどう説明するか。私は少し悩んで、要約する。


「あれは今年の戦隊もの」

「せんたいもの」

「特撮って分かる?」

「分からない」

「えーと」


 そこから話すとなると、長くなる。私は「主に男児向けの、派手なパフォーマンスやエフェクトが特徴の、正義の味方の物語だ」とかい摘んで説明してみた。


 すると、丹青はすぐに理解した。


「つまり、勧善懲悪の演劇か?」

「まあ、そうね。基本は子ども向けだし、最近は凝ってるみたいだけど」

「なるほど。だが爆発」

「戦隊ものは必ず背景で爆発してるものだから」

「そうなのか」

「そうそう。うちのセイちゃんも喜んで見てた」


 そういえば、どうして戦隊ものは爆発を多用するのだろう。子どもはそういう衝撃的なことを喜ぶし、何より見栄えがいいからだろうか。でも魚が爆発の近くにいると美味しく身が煮えたり焼けたりしそう、そう思っても私は口に出さない。


 丹青はしばらくじっとモニター画面を見入っていた。お昼の通販番組や月曜夜のドラマ番宣、旅番組にニュース報道、飽きないようコマーシャルも工夫がされている。見慣れないと新鮮に映るのだろう、丹青はまさしくテレビにかぶりつく子どもそのものとなっていた。そう言えば竜はテレビをどのくらい観るのだろう、丹青はいまいち当てにならないから、ぼっくんにでも聞いてみよう。私はそんなとりとめもないことを考え、徐々に大きな川の河口に近づくバスが、空の開けた地域に入ったことを確認した。


 ここまで来れば、ショッピングモールはすぐそこだ。


 私は乗降ボタンを押し、丹青に声をかける。


「降りるよ」

「うん」


 心ここにあらず、とばかりに丹青はモニター画面を見ながら生返事をしていた。しょうがないので、私は手を繋いで、引っ張っていく。


 うちの弟、清明は手のかからない子どもだったので、こういうことがなかった。むしろ私よりしっかりしているかもしれない。世話を焼くよりも、放っておいたほうがよく学んでよく遊んでくるから、暴れん坊の弟妹の多いひよりの嘆きは理解できていなかった。


 しかし、丹青は逆に大人しすぎて、手を引っ張ればついてくるし、私が話さなければ特に喋ることもない。その心境は分からなくもない、丹青は今まで竜王になるからと少し調子に乗りすぎていたのだ、そうだそうだ。


 ウッドチップを含んだ分厚い板が地面に埋められている、ちょっとしたリゾートビーチをイメージしたエリアにやってきた。ショッピングモールに近づくにつれ、就学前の子どもを連れた家族が目立ちはじめる。


 入り口を前に、私は丹青に注意しておく。


「はぐれるからしっかり手ぇ繋いで。ここで迷子になったらスマホ使っても見つけらんないし」

「大丈夫、竜の力で念を」

「やめろそういうの」

「はい」


 はいじゃない、しょぼんとしている丹青はやめろと言われた本当の意味が分かっているのか怪しい。私は繋いだ手を強めに握っておく。


 おしゃれな運河沿いの、郊外店舗型ショッピングモールは、中に入れば割と紋切り型だった。高い天井、三階までの吹き抜け、ガラスと照明を多用して明るい店内、賑やかだけどうるさすぎないBGMや放送、多目的広場や掲示板なんかもあったりして——まあ、そうそう差別化ができるというわけでもないし、しょうがない。千千都(ちぢのみやこ)だって郊外店舗型はこんなものだろう、私は期待を下げておいた。


 きょろきょろあたりを見回す丹青は、忙しいらしく私を忘れている。知らない土地に来て、知らないものに囲まれている、という具合だろうか。外見に見合う子どもらしい反応で、私としては気楽だった。


 離婚騒動後、何を話せばいいのか分からない。私は結婚をやめたい、丹青は続けたい。その溝を埋めるのか、突っぱねるのか、それをする前に互いに互いを知らなすぎていると思ったから、遊びに来た。


 私は、丹青に惨めに許しを乞うてほしいわけじゃない。所詮、竜と人は違う種族だ。感覚も知識も何もかも違うだろう、それでも擦り合わせて共存するその象徴が、竜王と一妃(いちのきさき)だ。それは私だって分かる、しかしそのための負荷をすべて受け入れ、嫌なことも飲み込む度量というのは、今の私にはなかった。


 丹青は、私が何を負荷と感じて、何を嫌なことと思っているのか、それも知らないに違いない。


 もしかして——それを知れば、少しは距離も縮んで、話ができるだろうか。


 そんなふうに、私は密かに期待していた。丹青が、自分にとって都合よく変わってくれることを、図々しくも望んでいた。


 丹青は私に変わってほしいなんて望まないだろうに、なんて違いだ。私は自分が身の程知らずで卑しいのではないか、とさえ自虐してしまう。


 そんなことは顔に出さないよう、私はひととおり店内の広い通路を歩いて、液晶パネルの貼り付けられた柱に映る今日の映画のラインナップを読んだ。


 恋愛、ノンフィクション、アニメ、アクション、色々とあるが、どれもピンと来ない。


「映画は……うーん、続編ばっかの微妙なラインナップ」


 すると、丹青が、くいっと私の手を引っ張った。


 ちらっと見ると、丹青が訴えてくる。


「りつか、少し離れても」

「どこ行くの?」

「あれを見てくる」


 丹青が空いている手で指差したのは、ファストフード店の店舗前にある大判のメニューだ。そこには、さっきの海鮮戦隊とやらの変身魚マークグッズが付いたお子さまバーガーセットが載っている。


 私はそちらへと歩いていく。丹青がいいのか、とばかりに機嫌を伺ってきていた。


「一緒に行ったげるから。これ欲しいの?」


 メニューの前で、丹青がもじもじとしていた。これはあれだ、親に欲しいものをねだりたい子どもだ。分かりやすい。


「いいよ、お腹減ってるでしょ。これ頼も」

「いや、でも……買わせるわけには」

「いいから」


 まだ空いているファストフード店に入り、私はさっさとカウンターで注文する。お子さまバーガーセット、それからジューシーチリホットドッグとバニラシェイク。


 私と丹青が店内の木製の椅子に座り、同じく木製のテーブルに並んだ二つのトレイには、メニューと寸分違わぬ品物が並んでいた。私のホットドッグはちょっとキャベツが多めだったが、ワンプレートの小さめハンバーガーとポテトとケチャップ、それからSサイズのオレンジジュースはそのまんまだ。丹青の手には、トレイから真っ先に取ったプラスチック製の丸い変身魚マークがあった。


 しげしげ眺め、丹青は私へ心配そうにこう言った。


「これは爆発しないのだろうか?」

「しないと思うよ。危ないから」


 どうやら、丹青の中では戦隊ものイコール爆発の図式がしっかり出来上がっていた。変身グッズが爆発したらどう変身するのだろう、ああそうか、丹青は下手くそでも変化ができる竜だから変身グッズというものが何なのかわからないのかもしれない。


 しかしここでは言わない。言ってしまえば、自分も変身できる、と言い出してやりかねないからだ。食べ終わるまで、しばらくは不思議そうに変身魚マークを眺めていてもらおう。


 私がさっさとハンバーガーを食べなさいと叱るまで、丹青は変身魚マークを触っていた。

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