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突然竜の王の妃になりましたが、溺愛がひどいです  作者: ルーシャオ


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第30話 難しい話を簡単に解決する方法

 翌朝、私は起き出して、リビングにいた始雷と挨拶を交わす。


「おはようございます。それ、何ですか?」


 優雅に現代洋風(エウロペイア)の椅子で膝を組み、数社分の新聞を並べて読みながら、始雷は——クラッシュブラウニーがふんだんに盛られてホイップクリームに混ざった新作ミルクフラッペを飲んでいた。それは女子高校生に人気の商品だが、と思っていても私は口には出さない。おじさんが飲んではいけない法律はないからだ。


「お前の分は冷蔵庫にある。好きなものを選べ」

「はーい」


 そう言われてキッチンの冷蔵庫を開けると、ストロベリーミルフィーユフラッペと抹茶豆乳ラテが入っていた。これは消去法で丹青がどちらかを飲まなくてはならなくなる。そう考えるとさすがに前者はきついだろう、私はその程度の慈悲の心はあったため、ストロベリーミルフィーユフラッペを選んだ。


 朝食にとテーブルに置かれていたカゴの中のパンを適当に選んで、ジャムをつけてむしゃむしゃと食べていると、始雷は新聞を片付け、「そのままでいいから聞け、重要な話だ」と言った。始雷はミルクフラッペを一口飲み、それから話しはじめる。


「結論から言おう。りつか、丹青との離婚は不可能だ」


 私は別段驚きはしない。ただそれだけを言うために始雷がわざわざ会話の機会を設ける、とも思えなかったからだ。冷静に、次の言葉を待つ。


十十廻国(とおとみのくに)において、竜に戸籍はない。すなわち、結婚と言っても婚姻届を出すことはなく、お前も戸籍上は未婚のままだ。結婚していないのに離婚はできない」


 そんなことだろうな、と私は他人事のように思っていた。


 そもそも、私は婚姻届に印鑑を押したことも、氏名を記入したこともない。勝手にやられたということは考えにくい、丹青が許さないだろうからだ。となれば、初めからやっていないのだ。


 しかし、戸籍上がどうであれ、部外者から結婚しているように見られている、ということが問題だ。パンを飲み込み、私は反論する。


「でも、あんな派手に結婚式やってたら、事実上結婚してるって言いふらしてるようなもんですよ」

「そうだ。だが、昔から一妃(いちのきさき)は竜王以外の配偶者を非公式に持つことが許されていた。これは、竜と人の結婚において、契約を重視すべきか否かの議論に発展する」

「つまり?」

「法律上強制力のない契約は無効と考えるか、あるいは古式ゆかしく竜と人の間の契約は無条件に価値あるもの、実質的な強制力がなくともそれ自体に意味があると考えるか。竜に関わりがある者としては後者だ、宮城(みやしろ)の多くの官吏もそう考えるだろう。しかし、現実問題として、現代国家において法律を無視することはできない。たとえ相手が竜であっても、契約は契約であり、無効であれば破棄することが可能だと捉えられるわけだ」


 ふむふむ。私は頭の中で、始雷の説明を噛み砕いてみる。


 竜と人との結婚、これは民法上、戸籍上のことではない。一種の婚姻という契約を交わした、と見做せる。だが、その内容は結婚そのもので、しかも人間側の重婚を公式には認めない。ただのパートナーとも言えるし、一方で人間の行動を制限するにもかかわらず竜側にはデメリットがない。これは対等な立場で交わされた効力ある契約と見做せるのか? それらは竜の特権を生かして押し付けたことであり、人間の公的な結婚などを制限することは違法ではないか? 少なくとも、人間側がそう訴えたとき、どう判断されるのか、という議論はなされるべきで、竜だからとその議論さえも許さないのは現代にそぐわない。


 普通はその契約の前に両者の合意があるわけで、竜と人の結婚を後から無効化してほしいと訴えることが今までなかったのだろう。あったとしても、竜の名誉や権威を守ろうとする上位貴族や宮城(みやしろ)に押し込められてきた、そう考えることが妥当だ。


 だから契約を破棄できないのか、そういうわけでもない。


「まあ、はっきり言って滅多にないことのためにわざわざ議論を深めるより、他にリソースを回したほうが効率的かつ無害だったことから、今まで無視されてきた話だ」


 始雷はばっさりと言い切る。これまでの人々の怠慢、とも言える。


「その方面のことは、考える役目のやつらがどうとでもするだろうから置いておくとして、だ。お前が嫌がっているのなら、丹青様は本気で留めるつもりはあるまいよ」


 言い終わった、とばかりに始雷はミルクフラッペを楽しみはじめる。甘いもの好きなのだろうか。


 とはいえ、始雷は私に丹青との結婚の維持を強制するつもりはなさそうだ。その意図は分からないものの、意思疎通はできると判断して、私は現状認識を伝える。


「すっごい根本的な話していいですか」

「聞く価値があるなら聞いてやる」


 始雷、とんでもなく偉そうである。かんろより偉そうかもしれない。


 いや、そんなことはどうでもいい。私は続ける。


「私、そもそも別に丹青のこと好きじゃないです」


 ところが、始雷は特段反応することもなく、へー、くらいの興味なさげな態度だ。しかし聞く価値はあったのだろう、会話は続く。


「会って話して、好きになる要素はなかったということか?」

「まあ、ないですよね。あったとしても、匂いフェチでご破算です」

「そこまでか」

「魂が云々って言われても、正直、それしか見てないの? 私、魂なんてどうでもいいんだけど、っていうか」

「根本的な話だな」

「はい」

「ならば、まだやりようはある」

「そうですかね」

「丹青様がお前の魂以外をも好きになればいい、そういうことだな?」

「それと、私が丹青の何かを好きにならないと、結婚って無理かも」

「だろうな」


 私は始雷との会話に違和感を覚えたが、今指摘するべきではないと思い、呑み込む。


 私は、落ちぶれ下位貴族の娘だ。対して、丹青は竜王であり、始雷は上位貴族榛名家の当主だ。このアンバランスさは、気にしては負けだと思っていた。しかし、ここまで非常事態になっていて、その現実を突きつけられていない今の状況は、どう考えるべきだろう。


「丹青様の顔はどうだ? 好みではないか?」

「あれ、変化じゃないですか。好きに作れるんでしょ?」

「性格は?」

「好きな人の前で悪いところは見せないんじゃないですか?」

「地位は?」

「いや別に求めてるわけじゃないんで」


 うん、ここまで答えておいて何だが、私は丹青のどこを好きになればいいのだろう。


 丹青は私が好きなのだろう、しかし私が丹青を好きになる要素は、どこにあるのか。


 政略結婚において、それを考えることは無意味であるにもかかわらず、今、私はそこを考えてみろと問われている。


 その必要はあるのか?


 始雷はそんな私の思惑など、お見通しだった。


「今、お前が思ったことを当ててやろうか? どうしてここまでまどろっこしくお前の意思を尊重しようとしているのか? 俺も丹青様もその必要はないほど権力を有しているにもかかわらず、だろう?」


 私は頷く。嘘を吐いてもしょうがない。


 始雷はシニカルに笑った。何よりもよく似合う。そして、そう笑うだけの理由があった。


「丹青様はさておきだ」

「さておくんですか」

「俺は予行演習だ」

「はい?」

「うちの娘が政略結婚を拒んだとき、どう説得するか」


 娘、という単語に、私は耳を疑った。


 この人は娘がいるのか、と思う一方で、こんな人が父親である娘はどんな気持ちなのだろう、とも思ったのだ。失礼極まりないが、始雷はとても父親らしくは見えない。外見はどう見ても遊び人の伊達男だ。


 始雷は至極真面目に、テーブルに両肘をついて、顔の前で両手を組む。


「うちの娘は、ちょうどお前の一つ下だ。上位貴族として政略結婚など当たり前、だが本人が嫌がったらどうするか? 親が命令したところで聞く耳を持たず、家庭内不和が生じればどうなる。ただでさえ洗濯物を別に洗えとまで言われるのに、これ以上嫌われれば」


 待って、娘さんの洗濯物とは別に洗ってるの。


 そうツッコミたかったが、私は指摘してはいけないと慌てて自重した。ため息を吐く始雷は気分を害した様子もなく、少し考え込んでいた。要するに、娘が政略結婚する際の参考になれば、と思って私と丹青の離婚騒動に首を突っ込んでいる、というわけだ。


 なるほど、それが始雷の意図か。表向きはどうあれ、おそらく本心だろう。娘の話題が出ると、始雷は分かりやすく思いが込もる。語気がわずかに強まっている。


 始雷は気を取り直して、元の態度に戻る。


「そういうわけだ。もちろん、お前が頑なに嫌がったところで俺はどうでもいい。古書によれば、入内を嫌がった貴族の娘を体裁だけでも輿入れさせるために薬物で廃人にした、という例もある。そこまでしたところでお前には訴え出る家族もいない、別段問題はないがね。一応は丹青様の顔を立てているというわけだ」


 その建前もちゃんと言うあたり、始雷は親切だった。普通ならちやほやしつつ隠し通して、わがままを言うとこうするぞ、と追い込んで脅すときに使うものだ。言葉はどうあれ、そうされる恐れがあるからちゃんと考えろ、と私に助言しているに等しい。


 なら、私も少しは真面目に、前向きなことを考えなくてはならない。たとえ成功しなくても、丹青のどこか好きになるところはないか探す努力はすべきだ、と思った。


「分かりました、じゃあ解決策として」


 私にできることなどごく少ない。しかし、現役女子高校生として、こうするのが一番親交を深めるためには効果的だ。


「丹青と遊びます」


 ミルクフラッペのストローを齧る始雷が、目を丸くしていた。

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