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突然竜の王の妃になりましたが、溺愛がひどいです  作者: ルーシャオ


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第26話 そういう大人になれるかどうか

 大理石のキッチンというものを、私は初めて目の当たりにした。しかもオーブン内蔵、そんなものはドラマくらいでしか見たことがない。


 私はシンクで茹でたトマトの皮を剥いていた。何の料理に使うのかは聞いていないが、夕食には違いない。


 少し離れた換気扇の下で、始雷はにやにやと笑っていた。手には煙管(キセル)があり、タバコの葉を詰めている。


「何かおかしいですか」

「いや、竜を尻に敷く女というのは、当世にもいるものだと思ってな」

「はあ!? 嫌なことされて怒っただけで」

「相手は竜だぞ? 人間とはわけが違う、そのくらい分かるだろう」


 始雷はマッチで煙管(キセル)に火を入れる。一息吸ってから、咥えたまま冷蔵庫を開けて魚の切り身やねぎといった食材を取り出しはじめたが、どうにも見慣れないせいで私は心配になる。


煙管(キセル)、危なくないですか?」

「慣れている。気にするな」

「匂いが」

「我慢しろ。他人の家に上がり込んでおいて、家主に命令するな」

「はいはい分かりましたよーだ」


 器用に煙管(キセル)を吸って、換気扇の下に戻っては煙を吐き、と繰り返す始雷は、どこからどう見てもヘビースモーカーの雰囲気そのものだ。タバコの匂いをさせながら料理をしないでほしい、と匂いに辟易しながらも、私はトマトを一口大に切る。


 やっと煙管(キセル)を手放し、片付けた始雷は手慣れた様子で汁物を作りはじめた。魚の切り身は鯛だったから、お吸い物だろう。湯通しも塩振りも料理人かと思うくらい手際がよかった。


「一人暮らしなんですか?」

「単身赴任だ」

「へー」

「そこの醤油を取ってくれ」

「薄口?」

「白醤油だ」


 そんな調子で、私は始雷の手伝いを進めていく。


 始雷は外見も行動も言動も、何と言うべきか、とても大人だ。しらつゆと別の意味で文句のつけどころがない、余裕のある大人の男性、その理想像に近いと私は思った。こういう人間がタバコや煙管(キセル)を吸うから若年層が真似をしたがるんだろうな、とも思う。


 突如、始雷の注意がキッチンからリビングへ飛ぶ。


「丹青様、動かない」


 私の位置からは見えないが、丹青はあっさりと行動を制限されていた。たった一言で竜王の動きを止める始雷、強い。


「榛名さんだって」

「始雷でいい」

「……しらいさん? 白井さん?」

「始まるに雷だ」

「始雷さんだって、竜に上から目線じゃないですか」

「家主だからな」

「そういうもん?」

「年齢も種族も身分も関係あるものか。郷に入らずんば郷に従え、だ。この家では俺が命令する立場で、他はすべて命令される立場だ」


 何とも傲岸不遜と捉えられても致し方ない発言だが、始雷に言われると妙に説得感がある。始雷の前では権力を笠に着たり、年嵩で態度を変えたりといったことがすべて無意味なこととされる、それはそれで厳格かつ公正な態度とも言える。


 ただ、それをやるには、やはり始雷自身に力がなくては無理だろう。


「それって、上位貴族の当主だからそう振る舞えるんですか?」

「いいや」

「じゃあ」

「己はこの世でどうあるべきか、自ら定義もできない小娘には無理だろうな」

「むぐ」

「プライドだけで食っていけるほど世の中は甘くない。力だけで治められるほど単純でもない。ならば、両立させる必要がある。それだけの力もプライドも俺は持っている、それだけだ」


 それは正しいのだろうか。生まれたときから権力を約束されている身分だからこそ言えるのではないか、私は小さな反発を覚えたが、始雷の持つ力の前では些細なことだろう。そう振る舞えるのは、やはり始雷の持つ才覚と性格あってのことだろうからだ。


 まさに、それは『己はこの世でどうあるべきか』を認識していないとできない。私は、そんなことさえも分からない。だって、このあいだまで普通の女子高校生でしかなかった。竜王の妃になれと言われても、そんな教育も受けておらずふさわしい身分もなく、当然だが、覚悟もなかった。


 それを私はもっと考えるべきだったのだ。自分の無思慮さに、思わずため息が出る。


 一方で、お吸い物の汁を作り終えた始雷は、冷蔵庫からエビを取ってきた。私にエビを渡してきて、背わたを取れと指示を出す。


 そこで初めて、私はトマトがエビチリのためのものだと気付いた。夕食は鯛のお吸い物にエビチリ、何とも不似合いである。


「えっ、ここでエビチリ作る?」

「突然の来客で作り置きが足りないんだ。何でも食え」

「買い物行ってきてもいいですけど」

「何のためにここに居座っているんだ、お前は」


 いちいち正論であるし、強引でもある。家主の権威を存分に利用している。


 始雷はまた冷蔵庫に戻り、作り置きと言っていた料理の品をカウンターへ置きながら、ふむ、とつぶやく。


「丹青様にはこれだな」


 冷蔵庫の中に手を伸ばし、一本の清酒の瓶をキッチンへ置いた。


 私は、丹青に酒、という関係の繋がりがよく分からなかった。確か、竜は人間の食べ物を食事とするわけではないはずだったが。


「お酒ですか? なんか前に聞いたんですけど、竜の食事は水と空気じゃないんですか?」

「それでもいいが、竜は一般的には嗜好品として新鮮な魚や清酒を好む。上善如水じょうぜんみずのごとし、とは少し違うが、まあ上等な酒は水のようなものだ」

「ふーん。そういうもんですか」


 そういうものらしい。始雷は磨りガラスの青い徳利に酒を注ぎはじめた。


 酒とタバコ、未成年の前で少しも遠慮がない大人なのに、どうしてだか悪いイメージがなかった。そういうものだ、という固定観念や、始雷自身にそれを補って余りある説得力があるせいだろうか。


 私はちょっと考えてみる。こういう大人になりたいか、と言われれば、無理だと答えてしまうだろう。しらつゆやかんろのようにもなれるとは思わない。私は美人でもないし、頭もそれほどいいわけじゃないし、ほぼ一般人だ。見本になる大人がいたわけでもなく、誰も私にこういうふうになれ、とは言わなかった。


 それでも、私は何かになれるのだろうか。妃ではなくても、ちゃんとした大人になるにはどうしたらいいのだろう。始雷を見ていると、そんな疑問が湧いてきていた。

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