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突然竜の王の妃になりましたが、溺愛がひどいです  作者: ルーシャオ


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第24話 責任の在処

 私の目の前に、丹青が現れた。薄い青色、薄花色の着物に、ふわりと浮く天女の衣のような光翼衣を羽織り、泣き腫らした真っ赤な瞳を見開いている。


「りつか、ここにいたか。よかった」


 私はすいっと丹青の横を通り過ぎる。


「じゃ、さよなら」

「待ってくれ!」


 丹青が私の腕を掴んだ。それがスイッチになったのだろう、私は瞬間的に湧いた怒りに任せ、声を張り上げた。


「離してよ、変態! どうせ匂い辿って来たんでしょ!」


 私は丹青を振り払う。顔も見ない、そんなことよりもうこいつと同じ場所にいたくないし、追いかけてきてほしくもない。


 何にせよ、私は親切な万修をはじめとしたおじさんたちと話したことで、もう宮城(みやしろ)に未練はなく、次に進む道筋をつけていた。だから、丹青へきっぱりと、今まで思っていてももやもやしていても吐き出さなかったことを、ぶつける。


「あんたみたいな変態と結婚なんてするわけないでしょーが! それ隠して結婚式まで持ち込むとか、サイテー! おまけに私が断れないように弟と家のことまで出汁にしてさ! なんで! 私が! そこまであんたに縛られなきゃいけないわけ!? ふざけんな!」


 全部が全部、丹青が関わって、主体的に進めたことではないだろう。それでも、丹青は知らなかった、では済ませてはいけない立場だ。部下が暴走したなら、その責任は上司にある。


 丹青や宮城(みやしろ)の人々は、私が一妃(いちのきさき)という身分を与えられて、何不自由なく生活できる結婚を約束されて、喜ぶと信じて疑わなかったのだろう。言葉や態度がどうであれ、本音はそうに違いない、そんなふうに思っていた。だが、それは『竜王が選んだ妃ならば立派な女性なのだろう』という思い込みあってのことだ。


 私は立派じゃない。何も持っていないし、顔も頭も何もかも普通だ。普通にも届かないかもしれない。


 丹青は、それに気付き、実物の私と人々の想像との乖離を知ろうとしただろうか。形だけ私を気遣って、それで何をしたのか。一妃(いちのきさき)だから私の世話を焼く人々と、何が違うのか。


 私の怒りは、丹青には届かないだろう。表面的な部分だけを丹青は受け止めるだろう。


 もう何でもいい、気持ち悪い。私のことが好きなのではなく、私の匂いに発情しているだけだ、この竜は。私は人間だ、動物同然の扱いをされて喜んだりはしない。


 私はすたすたと廊下を歩いていく。後ろからどさっと何かが床に倒れる音と、月神の声が聞こえた。


「丹青様、お気を確かに!」


 私は頭から丹青を追い出そうとしながら、エレベーターを探す。


「つ、月神? 丹青様と、今言ったか? その方が?」


 後ろが騒がしい。どうやら、丹青の人間の姿は、万修クラスでは知らないようだ。ぼうっとそんなことを考えていたが、私はポケットに入れていた小袋を思い出した。


 くるっと踵を返し、四つん這いになって起き上がれない丹青の目の前の床に、小袋を置いた。中身は、赤い竜からもらった小さな宝玉だ。


「はい、返す。どっかで売ろうかと思ったけど、突き返せるならちょうどいいわ。もうこんなのいらない」


 よし、これで宮城(みやしろ)でやることはやりきった。私はもう一度、エレベーター捜索に移ろうとしたところで——這いつくばった丹青が、私の左足にしがみついていた。しかも叫ぶ。


「りつかああああ!」

「うるさい! しがみつくな!」

「違うんだ! 君を不快にさせるつもりなんて、なかったんだ!」

「しつこい! 触るな変態!」


 いらつく私は涙声の丹青を蹴り飛ばそうとするが、重たくて足が動かない。もろとも転んで掴みかかられそうだ。


 とにかく、もう愛想が尽きた。足にしがみつかれようと、泣かれようと、釈明されようと、私の心は動かない。


「月神! 何とかしろ!」

「そう言われても」

「ええい、引き離せ! これでは埒が開かん!」

「わ、分かった!」


 月神と万修、さらに周囲のおじさんたちも加わって、私から丹青を引き剥がした。万修が私の体を支え、月神ほかは丹青の指を剥がし、丹青の肩や足を引っ張り、ようやく丹青は私から離れた。床にうずくまって、嗚咽を漏らしている。


 その姿に、蹴飛ばして唾でも吐いてやりたかった。私の人生をここまで狂わせておいて、同情を引いて自分は悪くないとでも言うつもりだろうか。なんと無責任な竜だろう、上手く行かなくなれば私のせいか、と思うと怒りが次々と心の奥底から噴出してくる。


 どうせ、ここにいる人々も、丹青の味方をするのだろうと思うと、私は寂しかった。さっきまで親切にしてくれたおじさんたちも宮城(みやしろ)の官吏だ、仕える王に肩入れしないわけにはいかない。だったら、もうここから私は去るべきだ。そう思って、逃げ出そうとした私を、万修は離さなかった。


「まあ、少し落ち着け。月神、そっちは任せた」


 そのまま、私は万修にずるずると引っ張られて、また大部屋へと連れていかれた。座布団にぽいっと置かれて、新しいお茶をもらう。


「まあ落ち着け。とりあえず……一旦、実家に帰るか?」

「はい。そうします」


 私はきっぱりと、言い切った。それに対し、万修は廊下を横目で見ながら、頭をかく。


「いや、だが、一妃(いちのきさき)を担ぎ上げている上位貴族が何と言うか」


 その言葉に、私は思いつくままに反発した。


「何で私の人生を、たかが貴族とか竜とかが決めるんですか。ふざけてますよ、この国」


 子どもっぽい反発だ、世の中とはそういうものなのだ、と言われてもどうでもよかった。実際、万修は困った顔をしている。


 そして、廊下から聞こえてくるやりとりは、もっと子どもっぽかった。


「私も、竜王を辞める」


 丹青のその言葉を耳にした人々は、ざわめく。私も聞こえていたが、かまってちゃんかと心の中で悪態を吐いていた。竜王のかまってちゃん、史上稀に見る面倒くささである。


「りつかがいないなら、こんなところにいたってしょうがない」

「ご、ご冗談を。丹青様、落ち着いてください」

「もういい。どうせ私なんかでは務まらなかったんだ。変態だし」


 丹青に真面目に仕える月神が哀れだった。こんな馬鹿な竜だとは、誰も想像しなかっただろう。ここは月神のためにも、私は丹青へとどめを刺そう。そうしよう。


 私は、廊下の丹青へ向けて、聞こえるように大声で言葉を投げつける。


「はん、もしかして、私を追いかけたいから辞めるなんて言ってんの? 私がいなくなったところで誰も興味なんか持たないけど、あんたは違うでしょ! 無責任! 馬鹿! 竜のくせに意気地なし! 第一、あんた、私に帽子返した? 返してないでしょ! それ泥棒って言うの! 盗人猛々しいわ!」


 言ってやった。思いの丈を、ぶつけてやった。


 その満足感たるや、ここにいた間の不満がすべて吹き飛んだかのようだった。私だって滅多にこれほど他人を罵倒することはない、だが今日は別だ。私の中に溜まりに溜まった不満の質と量は想像以上だったらしく、矢の雨のように丹青へ刺さりまくっただろう。


 その証拠に、廊下からは丹青の呻き声と月神の焦る声が聞こえてきた。


「もうだめだ」

「丹青様! 今ここで倒れられては、りつか様が本当に行ってしまいます!」

「ううぅ」


 もはや私にとっては他人事だが、月神も大変だな、と思わずにはいられなかった。


 ただ、言いっぱなしでことが終わったりはしない。私はまだ子どもで、ここにいるのは大人たちだ。無礼な振る舞いを、見逃されることはなかった。


 それは、常識の範疇で、だ。


 万修は私の正面に座って、おもむろに話を切り出した。


「りつか、と言うんだな」

「はい、そうです」

「今から厳しい話をしてもいいか」

「え?」


 私の返事を待たず、万修はこう言った。


「無責任なのは、お前だ」


 それを指摘された瞬間、ひゅっ、と呼吸が引っ込むかのような、恥辱と恐怖の混じった感情が生まれた。


 私がなぜ責められているのか、おかしい、という反射的な反発心で、私はぐちゃぐちゃになった感情を抑える。怒っているのか、険しい表情の万修はそんなことはおかまいなしに、さらに指摘を続ける。


「お前の行動のツケが、今ここの惨状だ」

「な、何で? 私が悪いの?」

「ああ。お前はさっき言っただろう、私がいなくなったところで誰も興味なんか持たない、と。なら、そこで寝転がっている竜王陛下は、何なんだ? お前がいなくなったことで取り乱して、必死に追いかけようとしている」


 それは、と答えようとして、私はやめた。丹青は私に、自分の手元、宮城(みやしろ)からいなくなってほしくない、と思っていることは確かだからだ。


「でも、変態ですよ」

「まあ、そこは議論の余地があるとしてだ」


 万修は丹青の変態性を否定せず、しかし話は進める。


「だからと言って、お前は一度は結婚を承諾したんだ。それは間違いない、たとえそう追い詰められてのことであっても、お前は決断した。家や弟のために、そうすると。それを、一時の感情でご破算にして、弟は喜ぶのか? いや、受け入れはするかもしれないが、のちのち後悔して、お前を責めることにはなりはしないか?」


 万修の言葉の意味は、痛いほどに分かっていた。


 私は、結局のところ、逃げたのだ。そんなこと、分かっている。他人に迷惑をかけたくないのなら、最初から断っておけばよかったのに、私は結婚を自分の意思で選んだ。


 だから——こんなことになっているのだ。


 それは、誰も庇ってなどくれないだろう。


 分かっている。私は、自分でその状況に飛び込んで、嫌だ嫌だと喚いているだけなのだから。

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