第23話 おじさんたちは親切だった
正直、宮城の官吏と聞いて、ちょっと身構えていた。しかし、背に腹は変えられない。それに、万修は親切心で助けてくれた。
万修に招かれて入った部屋は、広かった。
八畳間を四つ繋げた大部屋で、たくさんの書類まみれの文机や木製の書類棚の間に、それぞれのノートパソコンがあった。プリンターは畳の上にそのまま置かれてやかましいし、座布団に座って事務作業をしているおじさんたちは万修と同じ黒を基調とした着物と羽織を着て、アイマスクをして寝ていたり、タバコ休憩に出かけようとしていたり、書類を持ってあぐらをかいて議論していたり、忙しい。
その真ん中の道を通って、私は部屋の一番奥へと案内される。
「大輔、お嬢さんかい?」
「何を言うか。うちのお淑やかな娘が宮城勤めなんかできるか」
「ははは、親父が言うのか」
そんなおしゃべりをしながら、板の間の前に紫色の座布団を置かれた。そこに座って待っていろ、と言われたので、私はバッグを肩から下ろして、ちょこんと正座する。
部屋の中央に、だるまストーブがあった。その上に、二リットルは入りそうな大きな鉄瓶が置かれている。湯気が注ぎ口からちょろちょろと出ていて、中は沸いているだろう。
近くのお盆に伏せられていた湯呑みに、万修は鉄瓶の中のお茶を注ぐ。番茶やほうじ茶だろうか、注ぎ口から出てきた液体は茶色かった。
戻ってきた万修からぐいっと湯呑みが差し出され、私は受け取る。熱々のほうじ茶に息を吹きかけ、冷めたところを啜る。
冷たくなった内臓に、火傷しそうなほど熱いお茶が染み渡る。
「あったまるー」
万修も近くにいたおじさんも、にこにこしていた。これはあれだな、餌付けか何かと思われているのだろうか。しかし厚意は受け取っておこう、私はお茶をちょっとずつ飲む。
ただ、私は気になったことがあった。
「あれ……ミズチの方もいらっしゃるんですね、ここ」
目線の先、奥にある万修の机から二つ離れた席にいた眼鏡をかけたおじさんの気配に、違和感があったのだ。確かに、私へと視線を向けた眼鏡をかけたおじさんの目は、髪と同じ黒や茶色ではない、人間とも違って、透き通るように青かった。
そういえば、宮城には竜と人間しかいないのではなかったか。ひょっとして、言ってはいけないことだっただろうか。
私の後悔をよそに、眼鏡をかけたおじさんは感心していた。
「へえ、気付くなんてすごいな。これでも変化を頑張ったつもりなんだけど」
「あ、すみません、お気を悪くされたなら」
「いやいや、大丈夫だよ。表向き宮城にはミズチはいないんだけど、役職上どうしても配置換えで宮城に来ないといけないこともあるんだ。変化で誤魔化してね」
正体はミズチだった眼鏡をかけたおじさんは、万修と同じく朗らかだった。
ミズチだからと、すぐにどうこうというわけではないようだ。万修はどかりと自分の席の座布団に座ってこう言った。
「まあ、式部省は人間至上主義の弾正台よりはそのあたり融通が利く」
「そんな主義があるんですか」
「仕方ないね。ミズチは仕える竜に命令されたら逆らうことができない、今までも宮城内部の事情を漏らしてしまうことが多々あった」
「だが、すでに仕える竜がいなくなったミズチなら、問題ない。都会に住むミズチの多くは、そういうしがらみから抜け出したやつばかりだ。こいつみたいにな」
こいつ、と指差された眼鏡をかけたおじさんは、苦笑いをする。
「まあ、そんなミズチはごく少ないんだけどね……千千都に住むミズチなんて、人口の一パーセントいるかどうか」
へえ、と私は田舎に住んでいては知らなかった世間の事情に驚く。
「ミズチの友達はいるのに、知りませんでした」
「だろうな。普通に生きていれば、考えもしないだろう」
うん、そうだ。その言葉に、私は心をちくりと刺された気分だった。
普通に生きていれば、何も気付かずに済んだ。こんなところに来なければ、誰にも迷惑をかけなかった。
その私がいなくなるのだから、宮城も少しはまともになるだろう。元々、偉い人たちが勤め、身分の高いお姫様を住まわせる場所だ。私には分不相応だったし、あの変態竜が余計なことを言わなければよかったのだ。
身の程を考えるべきだった。家のため弟のため、と言って私は何も考えていなかったし、知ろうともしていなかった。少し頭を働かせれば、下級貴族の小娘が傅かれるようなここに来るべきではないと分かるだろうに、勧められたからと飛びついてしまった。
やめよう、もうここから出ていくのだから、切り替えなければ。
私はふう、とため息を吐いて、それを万修に見つかってしまった。
「気が重いか?」
「あ、はい、えっと」
「いや、事情を根掘り葉掘り聞きはしないが、宮城に来る時点で何かしらのしがらみがあるようなものだ。ましてやまだ未成年だろう?」
「はい、十六です」
万修と、私の話に耳を傾けていたおじさんたちがざわめく。なぜだろう、と思ったが、私は気にせずそのまま愚痴る。
「弟の面倒を見てもらうことと引き換えに来たんですけど、まあ、帰ることになって。お金もないし、家とか家財道具売って、これからどこで働こう、と思って。別に故郷に執着はないんで、どこでもいいんですけど」
眼鏡をかけたおじさんが、親切にも同情してくれた。
「それはまた……難儀だね」
「うぅむ、上は何もしてくれなかったのか?」
「こちらが約束を破ったも同然なので、もう言えません。だからさっさと弟を連れて、どこかに行こうと思うんですけど、どこがいいですかね?」
おじさんたちは顔を見合わせ、色々と提案する。
「まずは家を売る手配か。そちらは不動産屋が手伝ってはくれるだろうが、タチの悪い業者もいるからな。地元の不動産業の組合に頼るといい」
「拠点をどこに据えるかだな。黄竜本州は家賃も高いが、その分賃金ももらえる。今はどういう仕事があるだろうな?」
「まだ水商売はやめておきなさい、絶対だよ」
意外にも親身になって、おじさんたちは真剣だ。見も知らぬ私にそこまで考えてくれるとは、宮城の官吏と聞いて身構えたけどいい人たちだなと思う。
まあ、おそらくは今までそういう困った身の上の人間が近くにいなかったのだろうな、とも推測できた。ここの人々は住まいもあって、家もちゃんと維持されていて、頭もよくて、お金もあって、私と同じ下級貴族だっているだろう。要するに、仕事が忙しかろうと人生に余裕がある人々だ。だから他人に優しくできる。
私にはそれができない。嫌でたまらなくなって、拒絶することしかできなかった。
「少なくとも、青竜州には留まらないほうがいいだろうな。他州とは経済格差がとんでもないし、何より故郷はいづらいだろう。できれば都会の、支援してくれる公的なり認可なりの団体がそこいらにあるだろうから、連絡を取るといい」
そうだそうだ、とおじさんたちの私を助けるための意見提案は一致を見たようだった。
そこで、眼鏡をかけたおじさんが尋ねてくる。
「ところで、ご両親は?」
「こないだ土砂崩れに巻き込まれて亡くなりました」
「先月青竜州で起きた、大雨のか」
「はい」
これまた、周囲の顔色が変わる。
不幸な身の上だ、と認識されたことははっきりと分かった。未成年で両親がいなくなって頼る親族もいない、となれば普通は同情するだろうが、世間一般の大人たちは薄情なもので、むしろ仁淀の親族は家を乗っ取ることしか考えていなかった。今思えば、家なんてくれてやるから金を寄越せ、金輪際近づかない、くらいのことは言えばよかったのだ。それが言えなかったのは、私が子供だからだ。弟のためと言って、できることをし尽くそうとしたつもりだったのに、できていなかった。
私の落ち込みはけっこう深い。結局、私が悪いのだ。思考がドツボにハマる。
とはいえ、それもまた勘違いされたようだ。
「大輔、これは放ってはおけないでしょ……」
「俺もそう思った」
いやいや、そんなことはない。私は慌てて空元気を見せつける。
「あ、大丈夫ですよ。お話できて、ちょっと頭の中の整理がつきました。これからやっていくこともできるって思えますし、頑張りますよ!」
「そ、そうか。それならいいが」
これ以上、私は誰かに頼ってはいけないと思った。
誰かに頼れば、必ず対価が必要になってくる。そして対価によって縛られる。私は危うく結婚までしてしまったのだから、そろそろ学習しなければならない。
なので、私は頭を働かせて、何か他の方法はないかと考える。
心機一転やっていくためには、どうすればいいか。
一つ、思いついたことがあり、万修へ相談してみる。
「ところでなんですけど」
「どうした?」
「海外ってどうやったら移住できます?」
万修は面食らったらしく、咳き込んでいた。眼鏡をかけたおじさんが笑いを堪えている。この娘、突拍子もないことを言っている、と思われたのだろう。
十十廻国は、あまり外国との繋がりがない。島国で自給自足の生活ができ、経済を輸出入に頼らず大半は内需で成り立っているため、外国と交流を持つことはあっても、深く依存することはなかった。
だから、十十廻国の人間は個人レベルで海外渡航することはあっても、企業や学校が積極的に海外進出することは滅多にない。移住となれば、尚更少ない。
それでも、下級貴族仁淀家の人間だ、と身分に縛られる十十廻国よりも、いっそ海外へ飛び出たほうがいいのではないか、と私は考えた。苦労することは目に見えているし、どんな場所かも想像がつかない。今よりマシかどうかさえ定かではない。
だとしても、もう誰かに頼るのは嫌なのだ。
そして、万修は小娘の戯言と一蹴しなかった。
「外国との交流がある港には、治部省の玄蕃寮が所管する鴻臚館という施設がある。そこへ行って、海外渡航と移住の説明を受けるといい。空よりも海のほうが時間はかかるが安く上がる、何より航路上の各地を巡ることができるから、移住の品定めができるだろう」
万修はかなり具体的に方策を練っていた。私はその思考の冴えに感動すら覚える。
明るい未来の道筋を描かれて嬉しくなった私へ、万修は着物の袖からレザーの名刺入れを取り出し、近くの文机からペンを取って自分の名刺に何か書き込んだ。
「今言ったことを名刺の裏に書いておくから、鴻臚館で見せなさい。いちいち説明をするより早いだろう。保証人が必要になったら電話していい」
「いや、そこまでは」
「宮城に仕えられる人間なら、素性は定かだ。気にするな」
「お互い、同僚みたいなものだしね」
勘違いがここまで来ると、訂正のしようがない。私は誤魔化すためにも、ぺこぺこと頭を下げるしかなかった。
三十代くらいの男性がやってきて、万修を呼ぶ。
「大輔、ちょっといいですか。昨日の書類のことで」
「ああ、今行く。そこの燕子花の襖を開けたところにあるエレベーターで一階まで降りれば、そのまま職員用通用口から外へ出られる、そこまで送ろう」
万修は忙しそうだ。大輔という位がどれほど偉いのかは分からないが、これ以上時間を割かせるのは悪い。
私は飲みかけの湯呑みを文机に置き、全力で遠慮した。
「い、いいです! 大丈夫、そこですよね? ありがとうございます、お茶、暖まりました!」
「はっはっは、そうか。なら、健勝でな」
「はい! それでは!」
感動の別れ、そして外へ出さえすれば自由——そう思って、私が燕子花の襖を開けようとしたとき、襖は勝手に開いた。
ところで木曜日から危機契約なんですけど投稿頻度を……あっいやサボるわけじゃなくて……ハイソウデスネチャントシマス




