第2話 内示の宣下
「いやあ、このようなところで宮城の方とお会いできるとは、光栄です」
「いえ、何分宮城の中より急を要すると命を受けまして、ことの性質はまだ公にはできぬもの。どうかご内密に」
「分かっておりますとも。おーい、りつか、いないのか?」
そんな話し声が聞こえてきた。私は、親族の川上のじいさん——口うるさい、年嵩だけはいった妖怪のようなジジイだ——と、もう一人、知らない人の声がしたことを不思議に思いながら、玄関に顔を出す。
磨りガラスの引き戸の向こうに、じいさんと、もう一人の影があった。うん? どうやらその背の高い人物は、笠を被っている。一般庶民のものではなくて、赤漆塗りの祭儀用のものだ。お盆を頭に載せたような、見たことがある形だから、すぐに分かった。体格からして男性、この暑いのにちゃんと着物を着ている。
私は、引き戸の鍵を開けて、誰何の声を上げた。
「こんにちは。どちらさまですか?」
私の目の前に現れたのは、ずんと背の高い、強面の、今どき古風な髷を結った大男だ。そのくせ着物はしわ一つなく、几帳面な性格が現れている。その後ろにじいさんがいて、顔を見ずに済んでいる。
「私は千千都の宮城よりまいりました、官吏の月神と申します。仁淀りつか様でいらっしゃいますね?」
宮城の官吏といえば、この国の官僚でも最上位の優秀な人々だ。目の前の強面の男性は、田舎にいては目にすることもできないほど高位の、出世めでたい人なのだろう。おかげで、そんな高級な身分の人に会えたとじいさんは上機嫌だ。ただ、月神の立場が具体的にどういうものなのかは分からないが、分からないほうが幸せかもしれない、と私は思った。知ってしまえば恐縮して、何も言えなくなるだろう。
しかし、相手の身分が確かであれば、私は安心して本人確認に応える。
「はい、私がりつかです。間違いありません」
「では、勅使としてあなたにお伝えしなくてはならないことがあります。ここでは話せませんので、中に入ってもよろしいでしょうか?」
そう言われれば、家に上げないわけにはいかない。勅使、すなわちこの国のトップ、現在は空位の竜王の名代としてやってきた人間だ。この国に奉仕する義務のある貴族の一員として、滅多なことで追い返すことはできないし、何やら重大な話を持ってきていることは明白だった。ひょっとすると、我が家の取り潰しなどと言わないだろうか。それは困る。
しかし、話を聞かないことには始まらない。
「分かりました、どうぞ。川上のおじいさんも中へ」
私は少し丁寧な言葉遣いを心がけて、招かれざる客人二人に玄関の敷居を跨ぐことを許可した。今、仁淀家の暫定当主は私だ。少しでも舐められないようにしないと、という意気込みと、そんな慣れないことはもうやめたい、という弱音が同居しているが、顔には出さないよう頑張る。
三つのガラスコップに冷たい緑茶を出して、八畳の客間で三人が顔を合わせる。川上のじいさんがちらりと私を見た。
「りつか、一族の長老として、仁淀家の今後については儂も助けるから、上手くやらねばならん。清明はまだ幼いし、お前が頼りだぞ」
ほら、さっそく主導権を握ろうとしてきた。このジジイ、よりによって他人様のいる前で言わなくたっていいのに、既成事実を作ろうとしているんだ。
むっとなった私は、対抗する。
「おじいさん、まだ初七日が明けたばかりです。そういう話はもっと後にしてください」
「何を言うか。いやしくも仁淀家は貴族の家柄だ、万事つつがなく、家を維持することを第一に考えねばならんだろう。お前は自覚が足りん、そんな様子では清明の教育もままならんぞ」
「だから、そういう話は今すぐのことじゃないし、清明の教育に関しては口出しされたくありません。父さんも母さんも清明には自分の意思で決めてほしいと言っていました」
「自由に? 嫡男が自由に何を決める? この家を継ぐ以外に何をすると?」
それは、と私が抗弁しようとしたところで、月神が止めに入ってきた。
「まあ、落ち着いてください。そうした話であれば、貴族の家の後継問題に詳しい者を紹介することもできます。外部の中立者を加えたほうが、より客観的に物事を見ることができるでしょう」
有無を言わせぬ、丁寧ながらも威圧感のある低い声の要請に、私もじいさんもそれ以上言い争いはできない。
私はちょっと大人びて、謝る。
「すみません。こんな話を聞かせてしまって」
「いえ、お気になさらず。私もご当主夫妻が亡くなられて間もなく、突然訪問してしまっておりますゆえ、いささか気の引ける思いもあります」
どうやらそれは本当のことらしく、月神は強面ながらも大変申し訳なさそうにしていた。他人がこうも気遣っているのに、親族のじいさんが無遠慮なことをした、というのはじいさんにも圧がかかったようで、黙っている。
私は話を聞く前に、聞いておくべき疑問を解かしておこうと思った。月神へ尋ねる。
「あの、月神さんは……私の父と母が亡くなったから来たわけじゃないんですよね?」
「はい。この件に関しましては、前々から勅使を送る準備をしており、今回は偶然このような時期となってしまいました。ご無礼をお許しください」
「家の話なら、今すぐには色々と決められません。当主不在の今、決定には時間がかかります。それでもお聞きしたほうがいいことでしょうか?」
「りつか、失礼だぞ。わきまえなさい」
うるさいなジジイ、お前には関係ない。私は心の中で罵る。分家のじいさんに仁淀家本家の主導権を明け渡すものか、と怒りに任せて私がじいさんを睨みつけていると、埒が開かないと思ったのか月神はさっさと話を進めはじめた。
「仁淀家に関係がないわけではありませんが、どちらかといえば、本件はあなた個人に対しての伝達となります」
「私?」
「はい。まずは略式の内示となってしまい、恐縮ですが」
前置きをつけ、もったいぶる月神の言葉に、私もじいさんも耳を傾けざるをえない。
勅使の言葉は、すなわち竜の王の意思、その言葉である詔だ。はたしてどんな大仰な話が出てくるのか、それとも仁淀家の命運を左右するようなことなのか——固唾を飲んで見守る中、月神は礼儀正しく頭を下げ、こう言った。
「人宮臣四位家仁淀りつか様、あなたには次代竜王の妃となっていただきたい」