第18話 分かったことと分からないこと
お待たせしました、再開します。
中断してすんませんっしたぁ!
その後もかんろの指導は続いた。
「まったくこのジャージは何や! 妃らしゅう寝巻きぐらい用意しい! 布団は畳んで上げる、万年床にしてどないすんねん!」
寝室に乗り込んできたかんろは、私の昨日寝るときに来ていた洗濯物をポイポイ洗濯かごへ放り込み、回収していった。手際よく、布団もシーツを剥がして畳んでいく。
当然ながら、私は何もせず、というわけにはいかない。いっぱいになった洗濯かごを押し付けられ、風呂場前に置かれた洗濯機を回す役目を仰せつかる。洗剤と柔軟剤を探して使ったことのない最新の洗濯機を勘で操作し、やっと完遂した。昨日のうちに下着は洗濯機に放り込んでおいてよかった、私は心底胸を撫で下ろす。
とはいえ、昨日までしらつゆが家事の一切をやっていてくれたものだから、いまいち勝手が分からない。しょうがなく、かんろに尋ねる。
「洗濯物を干すところってどこですか?」
「ああ、別のフロアやな。しゃあない、洗濯は室内干しや」
「えー、ちゃんと乾かない」
「面倒やな、ここに洗濯場作るで。洗濯機と乾燥機、干すスペースもきちんと用意したる。場所は有り余っとるさかい、ええやろ」
「多分」
そこは私の管轄ではないので、実際のところどうなのかは分からない。ただ、了承はしておいてもいいだろう。必要なのだから。
廊下で掃除機をかけながら、かんろはぶつくさ文句を言っていた。
「ほんまは、妃の着るような着物は洗う手間がかかるもんばっかりやったさかい、洗濯は専門の職人に全部やらせとったんや。それがまあ、この……ファストファッションだけっちゅうのは、誰も予想してへんかったんやろな」
なるほど、言わんとすることは分かった。
ここに用意された洗濯機は、あくまで臨時のもの、もしくは小物を簡単に洗う際に使う程度の役割だったのだろう。婚礼で着たような着物はクリーニングに出さなければならないし、妃となれば高級な絹や綿の服が日常使いになっていそうだ。
それが、私の着ているTシャツは三枚で千円という近所のスーパーの特売で買ったものだ。Tシャツの前面には謎のキャラクターが踊っている。ぶっちゃけ下着も似たようなものだし、一番高価なのはブラという始末だ。一般的な女子高校生ならそんなものである。
おそらく、資産家のかんろには想像もつかない下々の家の事情だ。宮城にいるような人からは見下されるだろうとは思っていたが——微妙に想像とは違った。もっと皮肉を利かせて罵倒されるかと思いきや、どちらかと言えば同情の色合いが強い。とりあえず、敵意は感じなかった。
あれ、意外とかんろは悪い人ではない?
そんな思いが生まれてきたところで、玄関のチャイムが鳴った。
かんろが即座に画面付きインターホンのボタンを押し、声を強張らせる。
「どちらさんや」
「官吏の月神です。ご依頼の品をお持ちしました」
かんろの肩越しにひょいと覗くと、画面には強面の月神が映っていた。白い羽織に藍色の袴姿で、ダンボール箱三つを抱えている。
私は思い当たる節があり、かんろへ問題ないことを伝える。
「大丈夫です、頼んでたやつです。それに月神さんはここの鍵持ってます」
「左様か。ほな上がって」
「失礼します」
ここの玄関は、防犯の意味もないので鍵は必要ないくらいだが、一応はプライバシーに配慮して鍵がかかっている。しかし、万一の際に対応できなければ大問題なので、訪れる頻度が高いしらつゆや月神は合鍵を持っていた。
まもなく、月神が私とかんろの待つ食堂へやってきた。一礼をし、テーブルにダンボール箱をそっと置く。
「りつか様、通販の宅配物をお持ちしました」
「わー、ありがとうございます! 助かりました!」
「いえ、ただ荷物の安全確認をしなくてはなりませんでしたので、女性職員の手で箱は開封してあります。そこはご了承ください」
そこまで警戒するか、と思ったものの、確かに中の見えないダンボール箱だし、通販で頼んだというていで爆発物でも送りつけられれば目も当てられない。私の身分でその必要があるかどうかはさておき、そういうことを警戒しなければならない場所なのだ、ここは。
私はマスキングテープで仮留めされたダンボール箱を開ける。別に、大したものは頼んでいない。ここは想像以上に寒いことが分かったので、防寒具としてもこもこの上着や可愛い冬用パジャマ、冷え性用靴下、サーモ系の下着に小物をいくつか、急いで調達したのだ。ちゃんとしらつゆの許可は得ているし、急ぎなのでしらつゆ名義で購入して、宮城ではなく金剛家の持つ何かの会社へ配送して、そこから信頼できる人間の手で持ってきてもらう、という手順を踏んでいた。どうやら、私の名義を使ったり、直接宮城の住所を登録することはだめらしい。それも防犯上のことで、即日配送を謳っていても遅くて二、三日かかるのはどうしようもない。
私がテーブルの上にダンボール箱から出して並べたものを、かんろがしげしげと眺める。
「何やのん、それ」
「え? スマホカバーですけど。これの」
私は丹青との連絡専用となっているパープルゴールドのスマホを取り出して、かんろへ見せた。パッケージから取り出した黄色いひよこのシリコン製のスマホカバーをかぱっと取り付ける。
「はー、ひよこ。随分と可愛らしなぁ」
「いいでしょー!」
「妃らしいのにしい」
「やだ! これがいい!」
「冗談や。それくらい好きにしい」
冗談には聞こえなかったし、かんろとは冗談を言い合うほどまだ親交を深めていない。私はかんろとまだまだ距離感が掴めないでいた。
それはそうと、とかんろは月神へ向き直る。
「それで、月神言うたか、あんた」
「はい」
「妃の政治利用は御法度、分かっとるな?」
きつい口調で、かんろは月神へ言い放つ。
私としては、月神はそんなことはしない、と言いたかった。ここまで親身になってくれている人だ、でも——それは私を懐柔するためだったら?
それを、考えたくはなかった。竜王の妃としては考えるべきだ、それは分かっていても、気が進まない。私がまだ子供だから、そんなふうに思ってしまうのだろうか。
しかし、月神ははっきりと否定した。
「もちろんでございます。そのようなことはいたしません、ご安心ください。現在の政府はその意見が多数派です。丹青様もそのように計らいを」
「ちゅうことは、少数派もおるんやな?」
「……そうですね、それは否定できません」
いるんだ。
いやいや、月神は違う。丹青の部下だし、けっこう傍にいるみたいだからさすがに丹青と違う思惑を持ってはいないだろう。そこは月神の言葉を信じ、私は安心した。
ただ、かんろはまだ月神を問い詰める。
「そいつらの名前は? 大体分かっとるけど、聞いて損はないやろ」
月神は逡巡することもなく、きっちりと答えた。
「式部省および兵部省には一部、その動きが見られます。信濃式部卿や最上兵部卿が対処しておりますが、古老の筑摩氏や名取氏らは、妃といえどその責務を積極的に果たすべきであるとの主張を繰り返しております」
それを聞いて、かんろは鼻息を荒くした。
「ふん、下位貴族のくせして偉そうになぁ。しゃあない、そいつらからちゃんとりつかを守り!」
「承知いたしました。丹青様のご命令にも沿うところ、微力を尽くします」
ここまでの会話で、私はいくつか分かったことがある。
かんろは、悪い人ではない。むしろ、私を守ろうとしてくれている。ならば、おそらくはしらつゆと考えを異にすることはないだろうし、味方ではなかったとしても敵にはならないはずだ。
しかし、上位貴族のうち、私がまだ出会っていない榛名家と比叡家の人々の考えは、まだ掴めていない。それに、しらつゆとかんろが友好的なだけで、金剛家と霧島家の他の人々は私を利用しようとしたり、あるいは排除しようと考えたり、という可能性は否定できないのだ。
さらに、竜王である丹青でさえ、宮城の官吏を支配し切ることはできない。意思を統一することはできておらず、月神のような腹心の部下以外がどういう勢力や派閥を持っているのか、私は自分の身を守るため、丹青に迷惑をかけないためにも、把握する必要がある。
考えれば考えるほど、頭が痛くなることばかりだ。とても女子高校生にやらせることじゃない。こんなに面倒くさい結婚、他にあるだろうか、と嘆くくらい許してほしい。
残りの届いた衣服類を片付ける私へ、月神はこんなことを尋ねてきた。
「ところで、りつか様。丹青様からその後、メッセージなどは」
「あ、昨日疲れて寝て確認してなかったです」
私は手に持っている、スマホカバーをつけたばかりのパープルゴールドのスマホの通知を見る。
『りゅうたん』、通知が来ていた。アプリを起動して、内容を確認する。
昨日遅くに送られてきていた丹青からのメッセージは、短いものだった。
「今晩来るって言ってますけど?」
明らかに、かんろと月神の顔色が変わった。
竜王が初めて、妃のいる香宮殿を夜に訪れる。
本来ならそれは、大騒ぎも大騒ぎ、とんでもないことなのはその場にいる三人全員が理解していた。
ただし、相手は人間ではないので、ふしだらな意味はまったくないだろう、ということも共有の認識だった。うん、だよね。




