第16話 竜王の結婚式 後編
水色に近い青の竜、名前が長くて一回聞くだけじゃよく分からないそいつは、どうやら丹青に挑戦を突きつけているような物言いをしていた。
正直、私は発言の意味を半分も理解しているか怪しい。だが、口調で大体分かるというものだ。あれは明らかに、お祝いを表するという口ぶりではない。
こういう席で、そういう言葉、本当に嫌だ。空気が悪くなる。いい加減私は乗り気ではない結婚式でため息を極力抑えているのに、ひどい話だ。帰りたくなる。
だが、竜同士の話に私は口を挟めない、丹青はどうするのだろう。私はちらりと隣を見た。
丹青は、穏やかな微笑を湛えていた。
「お歴々には遠路はるばるお集まりいただき、誠に嬉しく思う次第だ。だが、祝うならもう一人、この席の主役にも言葉をかけていただけるか?」
ぎょろ、と水色に近い青の竜は金色の目を私へ向けた。なぜ私に話を持ってくるのか、嫌なのでやめてほしい、と言うこともできない。
空から、轟く雷のような声が私へ向けられる。
「これはこれは、あまりにも小さき幼き人よ、竜の王の妃に遇せられ、名誉あることと心得られよ。古より、真の意味で竜の番となった人はおらぬゆえ、さて汝はいかがか」
私には、水色に近い青の竜が何を言っているのか、さっぱりだ。いや、言っている言葉一つ一つは分かるのだが、その真意がよく分からない。だから何だ、としか思わない。だから——つい、首を傾げてしまった。
丹青が、声を出さずに笑った。何か愉快だった模様だが、私はなぜ笑われているのか、竜たちにどうしてここまで睨まれていないといけないのか、少しばかり腹が立つ。怖いと思わなかったのは、竜たちが私を含め人間の前だからと気を遣って威圧感を出さないようにしていた、とは後でしらつゆから聞くまで知らなかった。
水色に近い青の竜へ、翠緑色の竜が短く、厳しく指摘する。
「霄隠公、貴殿の祝いとは諫言のことか?」
「お耳を煩わせたなら不徳の致すところ。しかし、我らは竜の王の妃を見ることなど、金輪際ないゆえな」
「おや。そのようなお心持ちであったとは。安心召されよ、霄隠公」
そう言ったのは丹青だ。悠然と、空の果てまでどこまでも通りそうな声を発する。
「これよりのこの丹青の治世、前代未聞となる。万の年を巡り、四海の事物を知るお歴々の耳を退屈させることはあるまい。この婚儀の場を借り、それを知らしめようと企み、そして」
丹青へ、竜たちの目が集中する。竜たちの居住まいが正され、御空の間に並ぶ大きな生き物たちの気配は、粛然と、山のように静かにそこにある。
丹青の横顔は、余裕そのものだ。
「この十十廻国における竜と人の共生、名実ともに成し遂げんと、ここに宣言しよう」
竜と人の共生。まるでそれは——まだ成し遂げられていない、そう言っているかのようだ。少なくとも丹青は、そうだと認識しているのだ。
竜の王と人の妃では、それは不十分なのだろう。何千年と続く十十廻国の歴史さえも、丹青を満足させていないのだろう。
どうやら丹青は、大人しい性格ではなく、竜の王と傅かれるだけでは満足しないらしい。何かをしようと、竜にも人にも影響するような大きなことをやろうと、涼しい顔の裏に情熱を隠している。
それを察したのか、水色に近い青の竜は、くくっと大きく喉を鳴らした。
「見物よな。相分かった、気鋭の霽空公には皆が期待しておるところ。退屈な時代としてくれまいよ」
相変わらず慇懃無礼な水色に近い青の竜を、鮮やかな赤い竜が長大な体躯にしては短く太い足で押しのける。
「おどきよ、霄隠公。妾も竜王陛下には一言申し上げたいのじゃ」
女性のような口調の、鮮やかな赤い竜は、ずんずんと丹青と私の前にやってきて、頭を恭しく床近くまで下げる。とろけそうなほど甘い声で、丁寧な言葉遣いの、本当のお祝いの言葉を口にした。
「竜王陛下、此度は誠におめでとうござります。さりとて幾千の言葉を費やすよりも、ただ一つ、ここに祝いの品をお贈りしたほうが賢明かと存じましたゆえ。ささやかながら、こちらを」
ゆっくりと乗り出した鮮やかな赤い竜の足、五本のうち中指の先が、小さく輝いていた。
丹青は立ち上がり、その指先の光る何かへ手を伸ばし、収めた。その手の中の光を見て、驚いているようだった。
「これは……」
「ええ、海に住む親類の伝手で手に入れました。光の届かぬ深海にありながら、途方もない数の生き物たちの生み出した奇跡の雫にして、恒久を形取るものにござります。永久に、陛下とお妃様の絆が続きますよう、願いを込めまして」
鮮やかな赤い竜は、目を細めた。まるで祖母が孫を慈しむかのように、丹青を眺めている。
丹青はにこりと笑って感謝の意を伝える。
「有り難く頂戴する、冬嶄銀朱公。りつか、これは君に」
丹青は私のもとにやってきて、その光るものを差し出してきた。
私は両手をくっつけて、そっと伸ばすと、羽のように軽い宝石が乗せられた。
まんまるの宝石は透明ながら、その中には青や黄緑色を含んでいる。ラメよりもずっと微細な粒が散りばめられていて、よく見れば明滅していた。それが不思議な青や黄緑を生んでいるようだった。
宝石なのに、見たことのない、聞いたこともない何かだ。私は感動のあまり、声が出ていた。
「わー、超きれい! えっ手で触っていいの? 何か包むものない? これでいいかな?」
私は絹の腰巻きの一部を取って、宝石を包んで目線の高さで眺める。今まで、大人の女性が宝石を喜ぶ気持ちがよく分からなかった私でも、今ばかりは実感する。これは見るだけでも、ましてや手にすると自分でもびっくりするほど歓喜が込み上げてきた。
「えっへへー、すっごい嬉しい! こういうのテンション上がるね! ありがと!」
丹青の微笑みが若干引きつった気がしたが、すぐに顔は元に戻る。鮮やかな赤い竜へ、再び謝意を示す。
「妻も喜んでいる。冬嶄公、重ねて礼を言おう」
物に釣られて喜ぶ、というのも現金すぎるように思うが、実際この宝石を目にすれば、誰だって私と同じ反応をするだろう。正直、まったくやる気のなかった私は、ため息もどこかに飛んでいって、細かい話は何もかも忘れ去った。
それに、丹青は私のことを、妻と言った。それもまた、何となく照れ臭い。全然乗り気ではなかったのに、もう私は心変わりしてしまっている。そしてそれは別に後ろめたくも何ともない。
「妻かぁ、へへへ」
「顔が緩んでいますよ」
「どっから見てるのコンちゃん」
「ドローンからです。マイクもそこかしこに設置しているので、声はすべて録音されていますよ」
だから顔を引き締めなさい、と言い残し、しらつゆは黙った。
そうは言われても、どうやっても顔は綻ぶ。
そんな私を見ていた丹青は、我がことのように、喜んでいた。
そのあと、十分も経たずに結婚式は終わった。竜たちは思い思いに、御空の間に滞在する竜もいれば、すでに飛び立った竜もいた。丹青は挨拶に来る竜たちに応対している。
私はしらつゆの指示を受けて、また輿に乗ってその場を後にした。
私の手の中にある宝石は、何か世界的にも貴重なものらしいが——それがきれいだ、ということが何よりも嬉しかった。あとでしらつゆにも見せてあげよう、とわくわくして部屋に戻っていく。
次回は11/13の05:00です。いい宝石ってテンション上がるよね!!!
スワロフスキーでもわくわくするもん!!!




