第15話 竜王の結婚式 中編
エレベーターではなく、大きな階段をいくつか降りて、暗かったり明るかったり、空に近い回廊だったりと忙しなく変わる風景を眺めていたら、通りすがりの竜が空で体をうねらせて、私の行き先へと向かっていく。ああ、この先なんだな、とはるか天井が高くなっていく回廊に圧倒されたが、御空の間という空中檜舞台へ出た瞬間、私は考えを改めた。
雲の一切を払った空と、地平線までありそうな檜舞台。何ら遮るものはなく、宮城を背に広がるここには、すでに長大な体を巻いた竜たちが集まっていた。ぱっと数えても、十匹以上いる。全部が舞台に乗り切らないのか、空に浮いている竜たちもいた。色とりどり、原色の竜が多い。数十メートルじゃあきかない長さの竜もいれば、それより比較的小さい体の竜もいる。皆、立派な角と鬣、長い二本の髭、爛々と光る金色の瞳に、潤い満ちた鱗の体を持っている。鰐よりも肉厚で牙が剥き出しになっている顔は、不思議なことに凶悪そうにも見えるし、優しそうにも見える。
こんな風景、人間はそうそう見られないだろう。竜が集まること自体、まれなのだ。普段は住処の霊峰に篭り、人里には滅多に降りてこない竜たちが、同じ目的のために集合している。
そんな竜たちの間に、ごま粒のようなドローンが数機飛んでいた。撮影用だろうか。
目の前の絶景に圧倒されていた私の頭に、しらつゆの声が響く。
「輿から降りたら、そのまままっすぐ進んで、奥の席に座りなさい」
私はその指示に大人しく従い、檜舞台に降り立ち、まっすぐ進む。
巨大な六曲一双の金屏風に、二つの分厚い畳に分厚い座布団、背中には大きなクッション。その座につけ、ということだろう。奥側の座布団の上に、私はちょこんと座ってみた。正座だと足が痺れるからお姉さん座りだ。しらつゆの用意した腰巻きや白無垢の袖のおかげで、外からは私の足がどうなっているかなんて見えない。
私の隣の座布団は、まだ誰も座っていない。丹青が座るのだろう。まだ来ていないようだった。
それにしても、と私はしらつゆと話すことにした。
「ねーコンちゃん、竜にじろじろ見られてる」
「物珍しいのでしょう。竜は若い人間をあまり見たことがないのですよ」
「ふーん。で、丹青は?」
「丹青様、でしょう」
「いいよもう、『たんたん』にする」
「やめなさい」
潰すほどの時間も経たないうちに、さあっと耳に届く風が吹いた。
空から一匹の竜が降りてくる。その竜に道を開けるように、待機していた竜たちは身をかがめ、一歩退く。
御空の間の中央、そこには赤と青の斑模様を持つ白い竜が前足を舞台へ置いた——その瞬間、竜は帯状の光に包まれて、変化した。
そこにいたのは、人間の青年だ。翼のない竜のために織られた光翼衣と呼ばれる綾絹の衣を纏い、十重に二十重に十色の薄い表着を身につけ、緩やかな袴を引く。金の冠には組緒が二本、後頭部へと長く垂れ下がっていた。
しかし、彼は人間ではない、その証拠として角があり、耳は尖っている。白金の角は濃い青を基調に赤いメッシュの入った髪に沿うように後ろへ伸び、太陽の光を浴びて輝く。威厳はまだ乏しいが、一目見て貴き立派な人物であることは誰もが分かるだろう。
私は、確かめるように、丹青、と呼びかけそうになった。
しかし、丹青のほうが早かった。すたすたとやってきて、私へ微笑みながら名前を呼ぶ。
「りつか」
呼ばれた——呼ばれたのだが、私の意識は一瞬、飛んだ。
なぜだかは分からない。幼いころからの記憶が、フラッシュバックした。もはや憶えていない、物心ついたころから幼稚園に上がるころ、小学校、中学校に高校と、十六年間の記憶が一気に流れ込む。
そして、私は我に返った。丹青が不思議そうな顔をしていたが、式を中断してはならない、すぐに自分の席へ着く。
私は、自分の身に何が起きたか分からないまま、首を傾げる。
「うん? あれ?」
「どうかしましたか?」
「いや、えっと……何かデジャヴュ?」
ううん、と私は悩む。何だろうか、丹青が何かをした、とも思えないが、もしかして人間に化けた丹青を見たことで、昔会った記憶が蘇ったのだろうか。それにしては、何も思い出せていない。
しかし、このままあなたのことは憶えていません、というのは非常に気まずい。何としてでも思い出さなければ。
私が呆けているうちに、すでに結婚式は進行していた。竜のうちの一匹が、轟く雷のような声で挨拶を述べる。
「霽空丹青公、此度の竜王即位、誠におめでとうございます。僭越ながらこの霄隠白群、竜を代表してお祝い申し上げる次第にございます」
水色に近い青の竜は、慇懃無礼という言葉がまさにぴったりの口調で、竜の代表を気取っていた。
私は悟った。
この竜、丹青に出会い頭にジャブ浴びせてる、と。
次回は11/12の05:00です。スローペースでごめんねゴリラ。




