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突然竜の王の妃になりましたが、溺愛がひどいです  作者: ルーシャオ


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第12話 雌雄ぐらい見分けて

 翌日のことだ。


 昨日の晩御飯はお重のお弁当だった。食材を運び込むのは今日らしく、朝から月神と同じ着物を着た男性陣が荷物を運んできている。


 こういうところには男性は入らないものじゃないか、と思ったが、あとからやってきた長羽織と袴姿のしらつゆ——現実では初めて会った——がきちんと説明をしてくれた。手広い洋間の書斎の小さな円卓を囲って漆塗りの椅子に座り、五百ミリリットルのペットボトルの麦茶が置かれ、箱買いされた一口ようかんがお茶請けだ。夢の中の授業の続きのようなものだが、明らかにコンビニで買ってきたお茶とお茶請けが、あまりにも現実味がありすぎた。


「いいですか、りつか。大昔、人間の王に配された妃は、基本的に身分の高い女性たちを侍女として、男子禁制の宮殿で暮らしていました。しかし、竜王の妃はそうはいきません」

「何で?」

宮城(みやしろ)が規格外に広すぎるからです。ひ弱な貴族の女性の体力ではとても仕事は務まりません。無論、いないわけではありませんが、どちらかといえば警備に回るほうが多いのです。それに、竜王の代替えに伴い、前職の侍女たちはほとんどが解雇されましたので」

「えっ、何で解雇しちゃったの? リストラ?」

「前の竜王や妃に長く仕えてきた者たちは、どうしても丹青様やあなたを先代と比べます。その上、自分たちのほうがこの宮城(みやしろ)では長いのだと自負して、分不相応にも主のように振る舞うこともありえましたから、総入れ替えです」


 総解雇というのは穏やかではないが、そうしなければならないほどの理由なのだろう、と私は納得しておいた。おそらく、私が不利益をこうむる話ではないだろうからだ。確かに、右も左も分からない場所にやってきて、すでに長年居座った御局様が偉そうにしている状況は御免被りたい。


 それにしたってこれほど広い場所で、お手伝いの侍女の一人もなく妃らしくしろ、というのはなかなか無理な相談ではないか。その私の疑問に、しらつゆはあっさりと答えを出す。


「なので、しばらくは私があなたの侍女筆頭を務めます。一ヶ月もあれば、後任の侍女や官吏たちも決まるでしょう。それまでお世話になりますよ、りつか」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 大分強引だが、しらつゆはこうして私の期間限定侍女筆頭となった。何かと世話を焼いてくれるのは嬉しいのだが、どこかに思惑はあるのだろうな、と思うと素直に喜べない。いやいや、宮城(みやしろ)に味方のいない私にとってはしらつゆは生命線にも等しい、ここは黙っておこう。私はようかんのビニールを開けて口に放り込み、気を紛らわせるように噛む。だだ甘すぎて麦茶では舌にこびりついた甘さが消えない。


「それと、これは長年、妃に対しては暗黙の了解となっていることなのですが」

「うん、何?」

「竜と人の間には、滅多に子供は生まれません。生まれたとしても、その子は竜です。決して、人間ではないのです」


 私はしらつゆの言葉に、ちょっと頭の理解が追いつかなかった。うん? と考えている間に、しらつゆはさっさと話を進めてしまう。


「ゆえに、妃は竜王以外の人間の男性と関係を持つことが許されています。もちろん、公には秘して、子供が生まれたなら貴族の家に養子に出す慣習もあるほどです」


 しらつゆはそこまで言って、話を区切った。私が返事も相槌を打つこともしないから、反応を見ているのだろう。


 私は頭の中を整理する。まず、竜と人の間には滅多に子供ができなくて、できてもその子は竜。それは分かった、私と丹青の間に子供ができても、人間ではなく竜だということだ。


 問題はその次だ。人間の男性と関係を持つこと——これは、ひょっとして、旦那である竜王以外の男と仲良くしていい、ということだろうか。


 それは不貞、浮気ではないのだろうか。そういうことは、妃という身分の高い女性には不名誉極まりないことなのではないだろうか。


 それが許される、その意味が私には分からない。


「はー、何それ! コンちゃん!」

「何でしょう」

「浮気前提はいくない!」

「浮気ではありませんよ。誰も竜王と妃に対して一夫一妻とは定めていないのですから」

「でもさ」

「あなたが丹青様に一途な思いを抱くことは自由です。しかし、こういう選択肢もあり、宮城(みやしろ)では許されていることを知っておきなさい。なぜそのような暗黙の了解があるのか、その理由は、あなたもいずれ分かるでしょう」


 私はしらつゆにぴしゃりと言い含められてしまったが、だからといって了解したわけではない。十六歳の女子高校生に対して浮気してもいい、などというのは、大人としてどうなのか、と私の中の倫理観が憤っていた。


 しかし、それがしきたり、暗黙の了解と言われて、私がしらつゆに文句をつけたところで何かが変わるわけではない。要は、浮気してもいいが、しなくてもいいということだ。そう、嫌なら浮気はしなければいい。


 ただ、逆もまた然りだ。丹青は、竜王側はどうなのだろう。


「ねえねえ、竜王も浮気するの?」

「寡聞にして存じ上げませんね」

「何その難しい言葉」

「竜は生殖行動にほとんど興味がありませんから」

「生殖って……恋愛しないの?」

「それを知るのは、歴代竜王と妃のみです。霊峰に住まう竜たちは、話題にもしませんから」

「じゃあぼっくんに聞いてみるね」

「やめなさい、はしたない」


 何がはしたないのか。私は決意した、必ず墨光に話を聞く、と。


 だって、私は浮気するのもされるのも嫌なのだ。ここは、最長老の竜に話を聞いておくべきだ。そうして初めて、私は丹青に向き合おう。


 ちゃんとした夫婦となるのなら、そうしたいのだ。私は前のスマホのメッセを起動し、すぐに墨光へ「竜は浮気するの?」と尋ねる。


 しかし、墨光からの返事は、予想外のものだった。


「竜は生殖行動でそうそう増えはせんからの。人間に合わせてそういう行動を取る者もおるにはおるが、あれは人間を含めた生き物と同じ生殖行動かと言われれば厳密には違うじゃろうし。つまりまあ、浮気はせんよ。そもそも竜は元々、雄雌も(つがい)の概念もない生き物じゃったしほら」


 私もびっくりしたが、墨光のこのメッセの文を読んで、しらつゆは目を剥いていた。どうやら、竜のこうした生態はしらつゆのような竜に近しい人間ですらもろくに知らないらしく、聞いてこなかったのだとか。多分、聞いても秘密にしてきたのだろう。


 私はしらつゆに、真剣に尋ねた。


「あのさ、丹青ってさ、本当に雄の竜なの?」

「……確かめた人間はいないかと」

「確かめようよ! 今すぐ!」


 なりふりかまわず、私はパープルゴールドのスマホを開き、『りゅうたん』を起動した。即座にメッセージを送る。


「丹青、雄の竜だよね?」と。

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