第1話 喪失への恐れ①
<序章~1章までのあらすじ>
双剣士ティルスは追放の果てに辿り着いた『追放者の楽園』をも追われる羽目になった。そして、その際に出会った魔奏士の少女リデルに促がされて喪った双剣の一振りを探し求める旅に出た。
リデルの友人で剣マニアであるナリスに伴われ、盗品の類が出回る事もあるらしい『闇夜の魔剣市』へ赴く。そこで、喪った双剣『キドラ』と再会するのだが実際には幻影を見せられただけの偽物だった……。
その帰り道、キドラを探し求める者を始末しようとする魔族の襲撃を受けたがリデルの魔奏と、剣聖とも呼ばれるナリスの脚剣の助けもあって撃退に成功する。
その戦いで幻影を現す物とおぼしき赤い石を手に入れたティルスは、そういった類に詳しい旧知の者を訪ねる。それは、かつて追放されたパーティの元メンバーで見習い魔導師を自称する変人バーディルだった。
彼は冒険者を引退し、麓が魔物の巣窟となっている様な山の上で茶楼を開店させていた。そこでも、魔族の襲撃を受けたがバーディルの活躍で勝利する。
だが、ティルスは本格的に魔族に狙われ始めたのを感じる事になる。キドラを探し求める自分は魔族にとって目障りなのだ?と。
「まったく、こんなに天気がいいのに昼から宿屋の部屋に籠って。掃除の邪魔だから出かけてくんなよ」
「出られない事情があるんだ」
「あんたね、どうやってたらし込んだか知らないが可愛いお嬢ちゃんを働きに出して大の男が部屋でふんぞり返っているなんておかしいじゃないか。まさか噂の人さらいじゃないだろうね」
「リデルが? あの娘は一体どこへ働きに行ったんだ!?」
「しらばっくれんじゃないよ。可愛い顔したお嬢ちゃんだ、あんたが町の名物の娼館にでも行かせたんだろ? さあ、邪魔だ邪魔だ、出て行った!」
昨夜、リデルと交わした会話を思い出す事になった。このプアルという町へ入って最も安い宿屋をとり、最も安そうな店で夕飯をすまそうとしていた時の事だった。
「この町には冒険者ギルドがある。俺はそこで夜に出来る依頼を探してみるからもう金の心配はしなくていい」
「私のせいですみません……。2人分だからティルスさんの予定より早くお金が無くなっちゃんったんですよね?」
「いや、カモミ村に辿り着いてから何か仕事を見つけるつもりでそもそも大した金なんか持ってなかっただけだ」
「私の旅費をティルスさんが負担するのはおかしいです、このチェロを質屋に持っていけば少しは……」
「それは魔奏師の誇り、リデルの命だ。絶対に手放してはいけない。それより金の心配なんかせずに食べたい料理を頼め」
「それ説得力ないですよ。ティルスさんだってパンを1切れ頼んだだけじゃないですか……」
俺は上着を手に取り部屋を飛び出した。リデルが俺の懐具合に対して申し訳ないと思っているのは事実だ、横柄な宿屋の使用人が口に出したものが気にかかったのもある。繁華街の奥まった所にある一際薄汚れた一帯を目指した。
『楽園街』、かすんだ文字が書かれていた薄汚れた看板を横目に通り過ぎると目付きの鋭い人相の悪い男たちがせせら笑い肌を顕にした女達が身体をくねらせていた。
「リデル、どこだ!?」
ここにいるという当てもなく叫んでいた。リデルに限って、という思いはあるが町中で悪いやつに儲け話を吹き込まれて……。その可能性がないわけではない。
「あら、お兄さん。ここらじゃ見かけない顔だけどお気に入りの娘がいるのね? それとも売り飛ばされた娘を追っかけてきたとか?」
辺りを見回しているといつの間にか側に寄ってきた女がいた。薄い布切れを1枚羽織っただけとも思える様な姿で俺の腰に手を回してもたれかかっていた。俺の顔を上目遣いに覗き込みながら自身の胸元を半分ほどはだけさしている。
「人探しに来ただけだ。悪いがそんな暇はない」
「リデルだっけ? そっちも後で楽しめばいいじゃない。せっかくだからあたしも買っていきなよ、色男」
服の中へ滑り込ませ様としてきた女の手を払うつもりで右手を伸ばした。こういう時に限って運が悪い、払った手が薄い布の結び目に触れてしまった。それがほどけて女の艶めかしい身体が晒された。
「おぉ~~」
辺りでこちらを眺めていた薄汚い男たちがどよめいた。
「あら、気が早い。ここでおっぱじめようっての? ホントは1回100ゼルだけど、色男の手の速さに免じて70ゼルにまけてあげるわ」
「違う、今のは事故だ。俺にその気はない」
これ以上この場に留まってもロクな事が無さそうだ。前へ足を踏み出した。
「しけた男だね。でも、あたしの裸を見ただろ? 200ゼル置いてってもらおうか?」
値段の設定がちぐはぐな女が後ろから左肩に手を置いた。反射的に女の手を振りほどこうと身体をよじった時、バランスを崩した女が俺の背にもたれかかった。
こういう時ほど運が悪い……。女の体重を受け止めたのと同時に足下の何かを踏み外して俺も大きく姿勢を崩してしまっていた。
「あんっ!」
うつ伏せになった状態で顔を上げるとそこにはむき出しの女の胸があった。その右側のものを俺の左手が掴んでいた。その上に女が自身の右手を強く押し当てて揺さぶった。
「この分は50ゼルもらう。今からでも遅くないよ、全部で300ゼルでいいからさ」
ほんとは100ゼルと言っていたところから始まり何かと因縁をつけられ300ゼルにまで高騰していた。全て合わせると350ゼルが300なのだから随分と安くなった、そういうまやかしだ。
「これが俺の全財産だ。お前程度の女を抱くのにこれで充分足りるだろ?」
懐に手を突っ込み有り金の全てを掴んで女に見せた。この時を無駄にするだけの流れを断ち切るのに最も有効な手と思われたからだ。
「5ゼルだって……。パン一切れも買えないだろ、ふざけんじゃないよ!」
女の口笛を合図に薄汚れた男たちが駆け寄ってくる姿が見えた。1人が俺の腹を蹴り上げ仰向けに寝転がされる。後はいくつもの足が散々に踏みつけてきた。
身体を張った女の商売には危険が伴う、いざという時の為に雇われている用心棒のやつらがいるのは聞いた事があった。今はメンツを潰された女が腹いせの為に仕事を命じたのだろう。
陽の刻印【昼行燈】の影響下にある今の俺は一方的に痛めつけられるだけだった。
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