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閑話 竹 『家族』のおもいで

竹視点です。

本編五十七話あたり、トモが『異界』に行くことを決めた日(蒼真が『チョコレート爆発』を起こした日)の夕方のお話です。

『バーチャルキョート』で起こった事件と現実との関連性を調べるのに合わせて結界の確認をする。

 神様や『(ヌシ)』様へご挨拶がてらお話をうががう。

 そのついでに困りごとの相談をされたり、頼まれて笛を吹いたりする。

 結構長くその方の『異界』に滞在することも多くて、だから今日も『こちら』に戻ったときには夕方になっていて、あわてて晴明さんのおうちに転移した。



 御池のおうちに移動すると、蒼真と緋炎がいた。

 何故か蒼真はアキさんの首に巻きついてべったりと甘えている。

 緋炎は空いた部分のアキさんの肩にちょこんと止まっている。


「……なにをしているんだお前達は……」

 私の肩の黒陽が呆れ果てた声を出す。


「あ。黒陽さん。竹様。おかえりー」

 呆れられているのに気付いていないのか、蒼真はけろっと答える。

 緋炎も「おかえりなさい」と声をかけてくれた。

 でもふたりともアキさんから離れようとはしない。


 どうしたの?

 なにがあったの?


「おかえりなさい竹ちゃん。黒陽様。

 さあさあ。夕ご飯にしましょ。座って座って」


 霊獣ふたりをくっつけているアキさんはいつも通り。変わりない。

 もしかして、蒼真と緋炎がくっついていることに気付いておられないのかしら?


「あの、アキさん」

 おそるおそる問いかけると「なあに?」といつものようにやさしい笑みで答えてくださる。


「あの、その、肩に」

 どう説明しようか困っていると、アキさんはすぐにわかってくれて「ああ」とにっこりとされた。


「蒼真ちゃんと緋炎様のこと?」

「「蒼真『ちゃん』?」」


 え? アキさん、蒼真のこと『蒼真様』って呼んでましたよね?『蒼真ちゃん』?

 意味がわからなくて言葉が出てこない私に、緋炎が説明してくれた。


「蒼真、晴明に話があって来たんですって。

 そのときに晴明が『よかったらどうぞ』ってチョコを渡したらしいのよ。

 ホラ。この前、トモの治療をしてくれたでしょ? そのお礼にって、高級チョコあげたんですって」


 ああ。と納得してうなずく。


「そしたら」

 緋炎は呆れ果てているのを隠しもせずにジロリと蒼真をにらみつけた。

 蒼真は知らんぷりしてそっぽを向いた。


「蒼真、暴走しちゃって」

「「暴走!?」」


 普段抑えている霊力を、文字通り爆発させてしまったらしい。

 私達は『異界』にいたから気が付かなかったけれど、京都中大騒ぎになったという。


「京都の外側を囲む結界はしっかり機能していることが証明されましたよ」なんて緋炎がげんなりとして教えてくれる。蒼真は知らん顔だ。


 でも、そっか。

 結界、ちゃんと直ったんだ。よかった。


「また朱雀様のご様子伺いに行ってみたほうがいいかしら?」

「そうですね。そんな、緋炎が『爆発』などと言うようなことをしでかしたならば、一言謝りに行ったほうがいいかもしれません」


 ジロリと黒陽ににらまれて、蒼真はさらにそっぽを向いた。

「蒼真」緋炎に怒られて「ごめんなさい」と素直に頭を下げる。


「同じチョコまた買ってきたから。竹ちゃんも黒陽様も夕ごはんのあとで食べてみて!」


 アキさんは楽しそうにおっしゃる。

 え? 緋炎も白露ももらったの? 菊様にも!?


「竹ちゃんと黒陽様だけ仲間はずれなんて、ダメでしょ?」


 うふふ。とアキさんは可愛らしく微笑む。

 でも、そんな。

 なにもなしにいただくわけには。

 どうしよう。どう断ろう。


 困っていたら黒陽がため息をついた。


「私は甘いものは好かん。

 私の分があるならば、我が姫に渡してもらえるか?」

「黒陽!」


 もう! お断りしようと思ってたのに!

 増やしちゃダメじゃない!

『甘いの苦手』なら『いらない』でいいじゃない!!


「まあまあ竹ちゃん。アイテムボックスに入れとけばいいじゃない。時間停止、かかるんでしょ?」

「それは……かかりますが……」


 いただくのが申し訳ないんです!

 そう言いたいのに、アキさんはわかってくれない。

「じゃあはい。これね!」と持たされてしまった。


 こうなっては「……ありがとうございます……」としか言えない。

 どうしよう。どうお礼をすればいいんだろう。

 お守りは前に作ったし。安倍家のお仕事はアキさんのお礼にならないし。


 困ってぐるぐるしていたらアキさんはさらに袋を出してこられた。


「これ、おやつに作ったのよー。

 これもアイテムボックスに入れといて!

 おなか減ったら食べなさいね!」


 ちいさなパンの入った袋と、クッキーの入った袋を押し付けられた。

 え? アキさんの手作り? お店のかと思いました。

 ぽろりとそうこぼしたら、アキさんはそれはそれはうれしそうに微笑まれた。


「明子は天才だよね! パンもクッキーもすごくおいしかった!

 お店のも見たし食べたけど、明子のはお店のと比べても遜色(そんしょく)ないよ!」


 べた褒めの蒼真にアキさんもうれしそう。

「ありがとう」なんて言いながら蒼真をなでている。

 なでられた蒼真はうれしそうにアキさんにすり寄って甘えている。



 ――いいなぁ……。

 アキさんに甘える蒼真にふと、浮かんだ。


 蒼真はいいなぁ。

 あんなふうに素直に甘えられて。

 甘えて、甘やかしてもらって、いいなぁ……。



 私はあんなふうにできない。

 甘えてみたいけど、甘やかされるのに憧れるけれど、そんなこと、できない。


 私は『黒の姫』だから。

『黒の王族』だから。


 王族は、甘えちゃいけない。

 常に周囲に見られていると自覚して。

 常に周囲の模範となるように。

 誰かに甘えたり寄りかかったりしたらいけない。

 誰かを特別にしたならば、それは別の誰かの不満を呼び起こすことになる。


 常に公平に。毅然と。誰からも敬意を集めるように。



 生まれたときからこの身の霊力を扱いきれなくて寝込んでばかりだった。

 しょっちゅう熱を出していた。

 しょっちゅう霊力を暴走させていた。

 忙しい両親の代わりに黒陽の家族が育ててくれた。

 私の霊力を抑え、薬を飲ませ、看病してくれた。


 ほとんど会うことのなかった両親よりも兄弟よりも、黒陽の家族こそが私にとっては『家族』だった。


 黒陽と、妻の黒枝(くろえ)。双子の姉妹の(もみじ)(かえで)。その弟の(かしわ)(えのき)

 生まれたときからずっとそばにいてくれて、私を育ててくれた。

 ずっと世話をしてくれた。いろんなことを教えてくれた。

 具合が悪いときは看病してくれた。霊力制御できないときは抑えてくれた。

 遊んでくれた。笑ってくれた。叱ってくれた。励ましてくれた。

 たくさん愛情を注いでくれた。


 でも、黒枝はいつも言っていた。

「姫は『王と王妃の子供』です」

「私達の『娘』ではありません」

「貴女は我らの主君。我らは貴女の忠実な家臣です」


 王族にふさわしく在ろうと思った。

 黒枝達が誇れる主君になりたかった。

 でも私は自分の霊力も扱いきれない『名ばかり姫』で、寝込んでばかりで王族教育もままならない。


 物知らずの世間知らず。

 王と王妃の子供というだけで、なんの役にも立たない娘。


 そんな自分がイヤで、霊力制御の勉強をがんばろうと思った。

 少しがんばったらすぐにまた熱が出た。

 そんな貧弱な身体がイヤで、体力づくりをがんばろうと思った。

 少し身体を動かしただけでまた熱が出た。


 黒陽も、黒枝も、椛も楓も柏も榎も、情けない私を見捨てなかった。

 私でもできることを一緒に考えてくれた。

 少しでも私が楽になるように苦心してくれた。


 黒陽は父様の従兄で『黒の一族』の中でも王に望まれるほどの実力者だった。

 それが魔の森から湧き出した魔物との戦闘で腕を失った。

 すぐに特級回復薬で処置してもらえてまた腕を取り戻したけれど、全盛期ほどの戦いはできないとなって最前線から引いたと聞いている。

 それまでは土木と治水を主に担当していたけれど、そちらの仕事も引いて私を身ごもった母様の護衛につき、そのまま私についていてくれていた。


 だから黒陽はいろんなことを知っていた。

 国の様子。霊力の使い方。魔物のこと。戦い方。

 いろんな話を聞かせてくれた。いろんなことを教えてくれた。


 黒枝も『黒の一族』のひとり。

 代々神官職を任されている家の娘だった。

 黒陽に望まれて結ばれ、王妃である母様の側仕えになった。

 そしてそのまま私についていてくれた。


 だから黒枝はいろんな術に詳しかった。

 術だけでなく裁縫でも手芸でもなんでもできた。

 寝台の上でできることを見つけてくれた。

 笛も歌も舞も術も黒枝が教えてくれた。

 笛に霊力を乗せることも黒枝が思いついた。

 音に乗せて霊力を広げると、余分な霊力を吐き出せて楽になった。


 その霊力が魔の森の結界を強めていると気付いたのはずいぶん経ってから。

 国境守護隊見習いになった柏が魔の森との境界を見回っているときに「ときどき姫の霊力を感じる」と報告してきた。

 黒陽がすぐに調べに行って、判明した。

 私の吐き出した霊力が森の結界を強めていること。

 森だけでなく国中の結界を強めていること。


「姫のチカラは結界に特化しているのかもしれませんね」

 黒陽と黒枝はそう教えてくれた。

「姫のチカラのおかげで、国の者は安心して暮らすことができます」

 そう言って、褒めてくれた。


 自分になにかできるなんて思ったこともなかった。

 誰かの役に立つことができるなんて思ったこともなかった。

 私は役立たずのお荷物で。王族の勤めも果たせない、社交すらできない『名ばかり姫』で。


 うれしかった。

 私でも、できることがあった。

 私でも、誰かの役に立てた。

 うれしくてうれしくて、つい調子に乗って笛を吹いた。

 やりすぎてまた熱を出した。

 黒枝に怒られた。


 それからは以前にも増して術の勉強と霊力制御の勉強をがんばった。

「姫は風と相性がいいみたいですね」

 いろいろ調べた黒枝がそう教えてくれた。

「強力な水属性の姫ですが、『金』の補助があると術の安定が増します。

 だから音に霊力を乗せて国境までチカラを運ぶことができるのでしょうね」


 音は五行の『金』にあたるという。

 その五行の、金属性にあたる音に私の霊力を込め、同じく金属性にあたる風に乗せることで霊力を国中に広げているようだと黒枝は分析した。


「私、水属性なのに、そんなこと、あるの?」

「ありますよ」

 そうして黒枝は教えてくれた。


「『相生(そうしょう)』というのです。

 その属性を活かすための属性があるのです。

 姫の水属性にとっては、金属性がそれにあたります。

 姫の霊力は特に強いですから、自然と金属性にあたるものが支えてくれているのかもしれませんね」


 そして、私の水属性は木属性を活かすと教えてくれた。

 だからこそ魔の森に作用するのだろうと。

 魔の森の瘴気はそれは濃いのだという。

 その濃い瘴気に順応している森の木々だけれど、私の霊力でその瘴気が浄化されて木本来の生命力を取り戻しつつあるのだろうと。

 それもあって魔の森の結界が強くなっているのだろうと。


「あくまで憶測ですが」と黒枝は話を結んだ。


 憶測でもうれしかった。

 私でも誰かを、なにかを活かすことができるなんて。

 うれしくてうれしくて、もっとがんばろうと思った。



 黄珀(おうはく)に東の姫と西の姫が向かっているという話を聞いて、黒枝はすぐに動いた。

 梅様と菊様、そして蘭様のおかげで、私は元気になった。

 これで今までの恩返しができる。

 王族の姫らしく役に立って、黒陽と黒枝に自慢してもらえる姫になれる。


 そう思ったのに。


 私は、罪を犯した。




 悔やんでも悔やんでも罪は消えない。

 何度死んでも、何度生まれ変わっても罪は消えない。

 つらかった。苦しかった。

 どうすればこの罪をつぐなえるのか。

 どうすればこの罪から(ゆる)されるのか。


 黒陽に相談した。他の姫や守り役にも相談した。

「姫が悪いのではありません」黒陽は言った。

「悪いのは私です。姫を支えられなかった私が悪いのです。姫は悪くありません」

 そんなことない。黒陽は守ってくれた。

 私にこんなチカラがなかったら封印が解けることはなかった。


「そもそも私が森に行きたがったから」梅様はそう言った。

「オレが無理矢理さそったから」蘭様も言った。

 そんなことない。だって最初は何も起こらなかった。

 私にこんなチカラがあったから。

 私があの樹に触れたから。


「もう忘れなさい」菊様は言った。

「アンタがどれだけ悔やんでも、起こったことは変わらない。

 それなら、前を見て、これからできることをやっていきなさい」

 そのとおりだと思った。だから必死で働いた。

 望まれるままに結界を展開した。

 言われるままに霊玉をつくった。

 そんなことでも皆さんは「ありがとう」と言ってくださる。「助かるよ」と言ってくださる。

 ありがたくてうれしくて、少しでも役に立とうとがんばった。



 何度目かの生で、気が付いた。

 私が親しくするひとに、よくないことが降りかかっている。

 事故。災害。病気。

 そんなことが、親しいひとほど、起こった。


 誰かが言った。

「この娘だ」「この娘が『災厄』を招いている」


 その言葉に衝撃を受けた。

 ――やっぱり。

 納得した。


 私は『災厄を招く娘』だった。

 だから『災禍(さいか)』の封印が解けた。

 だから国が、『世界』が滅びた。


 私のせいで。


 黒陽は「ちがう」って何度も言ってくれたけど、黒陽が普通のひとよりも私に甘いのは知っている。

 私を守るためならば平気で嘘をつくことを知っている。

 だから、黒陽がどれだけ言ってくれても信じられなかった。


 それからはなるべくひとと関わらないようにしてきた。

 それでも『災厄』は周囲のひとに降りかかった。


 親しくしちゃいけない。

 誰にも甘えちゃいけない。

 昔黒枝も言っていた。

 王族は、甘えちゃいけない。

 常に周囲に見られていると自覚して。

 常に周囲の模範となるように。

 誰かに甘えたり寄りかかったりしたらいけない。


 王族らしく。

 私は『黒の姫』なんだから。


 そう、言い聞かせて生きてきた。

 五千年、生まれては死んだ。

 なるべくひとに関わらないように。なるべく迷惑をかけないように。


 千年前、ちょっと助けただけの子狐が成長して私に関わろうとしてきた。

 何度も「ダメだ」と言ったけど全然聞いてくれない。

 信じられないことに転生の秘術を会得して、何度も何度も生まれ変わっては世話を焼いてくれる。

 ひょんなことから他の姫にその存在がバレて、ものすごく怒られた。

「利用できるものを利用しないでどうすんの!」

「晴明を使いなさい! アンタが使わないなら私が使う!」


 それから仕方なくお世話になることが続いている。

 晴明さん本人だけでなく、奥様やそのお側の方々にまでお世話になっている。

 申し訳ない。いたたまれない。

 せめてもと霊玉を作ったりお守りを作ったりしている。

 晴明さんはいつも喜んでくださる。

「すごく高品質です」「役に立ちます」「他家へも販売できるんですよ。こんなに高い値段がつくんですよ」

 そうおっしゃるけど、晴明さんも黒陽と同じで私にすごく甘い。

 だから私が気に病まないようにそんな風に言ってくれてるとわかる。

 気をつかわせて申し訳ない。



 甘えないように。迷惑をかけないように。誰も私のせいで『災厄』にみまわれないように。


 そうやって五千年過ごしてきた。

 それでもときどき、ほかのひとが誰かに甘えているのを見ると、うらやましくなる。


 私もあんなふうに甘えられたら。

 そんなことを、つい、願ってしまう。

 そんな自分があさましくて、また情けなくなる。


 いつからか夢にだれかがきてくれるようになった。

 きっと私の願望が夢に現れたんだろう。


「大丈夫」と言って抱きしめてくれる。

 そのひとに抱きしめられるだけで安心する。

 そのひとになら私を全部あずけても大丈夫だと思える。

 いっぱい甘えても大丈夫。夢の中のことだから。

 安心して。いっぱい甘えて。

 そうしてつらい時を乗り越えた。


 あの夢の中のように誰かに甘えたい。

 そう思うときもある。

 疲れたとき。なんだか無性にかなしくなったとき。

 夢の中のあのひとにぎゅうってされたいって、思う。

 だけど、現実ではそんなことしちゃいけない。

 私は『黒の姫』だから。

 私は『罪人』だから。




 目の前では蒼真がアキさんにベタベタに甘えている。

 蒼真は初めて出会ったときから梅様の弟みたいだった。

 ポンポン言い合いながらも梅様に甘えていた。

 他の守り役も息子ほどの年齢の蒼真をかわいがっていたし、蒼真もそれに甘えていた。


 蒼真は甘え上手。

 蒼真に甘えられたら、私だって「かわいいなあ」って思ってしまう。

 そんな蒼真がうらやましい。


「あ。竹様。黒陽さん。ぼく、しばらく明子のところに世話になるから」

 サラッと告げられた、その内容の意味がわからなかった。

 そんな私達に蒼真は楽しそうに説明してきた。


「ホラ。ぼく、まえにウチの姫が亡くなってから『こっち』に関わってこなかったじゃない?

 あっちこっちの薬草園の世話ばっかりしてきて、こっちの『世界』には全くといっていいほど関わってなかったんだよ。

 晴明もいなかったしね」


 梅様は私と同じ、先の大きな戦争の時代に生きていた。ええと……八十年くらい前?

 梅様が生きていたときは側にいた蒼真だったけど、梅様が生命を落とされてからは薬草園の世話と薬作りだけをしてきたと教えてくれる。


「だから、世の中がこんなに変わってるなんて知らなかったよ。もうびっくりだよ!

 特に栄養学とかスパイスとか、ぼくの知らないものがいっぱいあるんだ!

 もう、知りたいことが次から次に出てくるよ!

 明子はなんでも知ってるんだ!

 料理もその効能も、薬のことも医術のことも!

 明子にくっついてたら全部わかる!

 だからぼく、しばらく明子にくっついてるから!」


 テンション高くアキさんにすりすりする蒼真にアキさんもうれしそう。

 緋炎が疲れ果てたというような顔でさらに説明してくれた。


「もうね。梅様と蒼真は『薬バカ』だから。

 よく言えば『探求心旺盛』、はっきり言えば『猪突猛進』。

 言い出したら聞かないのよ昔から。

 明子も晴明も許可してるから、しばらくそばにいさせてやって」


緋炎(おまえ)は何故明子にくっついているんだ」

 黒陽の質問に緋炎は諦めたように笑った。


「蒼真が暴走したときに抑える人員がいるでしょう」


 なんでも蒼真はおいしいものを食べると暴走してしまうらしい。

 アキさんの作るクッキーを食べては暴走し、パンを食べては暴走したらしい。

 そのたびに緋炎と白露が抑えていたと。


「白露は菊様のおそばを離れられないから、私がついてることにしたの」

「………蒼真………お前………」

 ジトリと黒陽ににらまれた蒼真はササっとアキさんの背中に隠れる。


「まあまあ黒陽様。私、こんなかわいい龍が息子になってくれて喜んでいるんですよ」

「「息子!?」」


 あ、アキさん!?

 蒼真! いくらなんでもそれは図々しすぎでは!?


 あっけにとられてなにも言葉がでてこない。

 黒陽は「蒼真!」って怒鳴った。


「お前、守り役としての誇りはどこにいった!?

 仮にも『(あお)』の字を持つ成人だろうが!!」

「違うもん! ぼくが言い出したんじゃないもん! 明子が『息子みたい』って言ってくれたんだもん!」

「だからといってお前!」

「まあまあ黒陽様」


 私の肩からひょいっと黒陽を持ち上げたアキさんは、そのまま手のひらに黒陽を乗せ、その甲羅をよしよしとなでた。


「私が望んだんですから。そのくらいで。

 蒼真ちゃんも緋炎様もそばにいてくれるの、私、うれしいですわ」


 そう言ってにっこりと微笑むアキさん。

「もちろん黒陽様も竹ちゃんも、もう私の家族ですよ」


「―――」


 その言葉に、固まった。


 家族? 私が? アキさんの?

 びっくりして動けなくなった私ににっこりと微笑んだアキさんは、緋炎と反対の肩に黒陽を乗せて私の前に立った。


「前にも言ったでしょ? 竹ちゃんはもう私の娘よ」


 そう言って、そっと頭をなでてくれた。



 ――ダメ。

 そんなのダメ。


 わかってる。自分が一番わかってる。

 すぐに言わなきゃいけない。「ダメです」って。

「私がそばにいたら不幸になるんです」って。

「晴明さんでも守り切れないかもしれないんです」「だからそんなふうにしないでください」って。


 前にも言われた。

 トモさんにお別れを言ったとき。

『家と家との契約だ』って。


『契約』で『娘扱い』でお世話してくれるなら仕方ないと思った。

 お守りも渡したし、一緒にごはんを食べるくらいなら大丈夫かなって思った。

 

 お守りは渡しているけど、こっそり守護の術も時々かけてるけど、私がそばにいることで私の気配がついてしまったらなにが起こるか分からない。

 それなら私が近づかないようにすればいいと思った。

 だからごはんのとき以外はなるべく会わないように、出かけるようにした。


 でも。


『家族』なんて。

『娘』なんて。



『ダメです』って言おうと思うのに、うまく声にならない。

 なんて言ったらアキさんの気持ちを傷つけることなくお断りできるのかわからない。


 それに。


 なんでだろう。胸がぽかぽかして、ぎゅうっとなって、泣きそうで、喉の奥が詰まってる。



 何も言えない情けない私を、アキさんはぎゅうっと抱きしめてくれた。


「竹ちゃんはもうウチの子よ。だから、甘えても大丈夫なのよ」

 そう言ってよしよしと背中をなでてくれる。


 なんだろう。チカラが抜けていく。泣きたくなる。


 ハッと気づいてあわてて逃げようとしたけれど、アキさんはますますぎゅうぎゅうと抱きしめてくれる。


「は、はなしてください!」

「えー? だめー?」

「ダメです!」


 そう言うのにアキさんは離してくれない。

「いいじゃない。蒼真ちゃんだってこんなに甘えてくれるんだから。ねー」


「ねー」じゃないでしょ蒼真!


「うふふ。息子に娘に、たくさんできちゃった。

 私、子供いっぱい欲しかったからうれしいわ」


 そう言ってなでてくれているアキさんのほうが私に甘えているようで、なんだか抵抗するチカラが抜けた。

 あきらめて大人しくされるがままになっていて、ふと思い出した。


 昔、黒枝もこんなふうに抱きしめてなでてくれていた。

 抱きしめてくれる黒枝にくっついて椛達も重なるようにくっついてくれた。


 アキさんに抱きしめられ守り役三人にもくっつかれている状況にそんなことを思い出し、そういえばアキさんは黒枝に似てるなといまさらながら気が付いた。

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