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挿話 ヒロ 29 トモ、異界へ

本編五十八話のころのお話です

 トモは白露様の孫という方の作った『異界』で修行することが決まった。

 そこならば『こちら』よりも『世界』を取り巻く霊力量が多いから、以前から懸念されていた『修行してもそこまで伸びないかも』という点が解消できるという。

 しかも蒼真様は『界渡り』というのができるほどの方。

 ハルが作る時間停止の結界みたいに、時間軸の出入口を比較的自由に渡れる。

 つまり、『向こう』で何年修行しても『こちら』では数日、とか、できる。


 なにそのオイシイ話。

 裏があるんじゃないかって疑うレベルにオイシイよね。


「姫宮のお守りが仕事をしたんだろう」

 ハルが言う。


「トモのやつ、『強くなりたい』とでも願ったんじゃないか?

 トモのお守りはついこの間壊れる寸前だったのを姫宮が霊力込めまくって生き返らせたばかり。

『願い』を叶えるだけのチカラはたっぷりある。

 そのお守りが『白楽様の世界』への道を引き寄せたんじゃないか?」


 なるほどね。


「ぼくらもそこで修行できないかな?」

 そしたら『ボス鬼』に対抗できるだけの強さが得られるんじゃないかと思うんだけど。


 そんなぼくにハルは困ったように笑った。


「とりあえずはトモひとりだな。

 お前達はトモが帰ってから改めて相談させていただこう」


その『世界』の『(ヌシ)』である白楽様は白露様のことが大好きなのだという。


「その白露様が『自分の養い子とその仲間のために』って頭を下げてくださったらもしかしたら受け入れてくださるかもしれないが……。

 まあ、そのとき次第だな」


 そっか。それもそうだね。


 ともかくトモは対価のためにパン作りの修行に励むことになった。

「想定していた『修行』とちがう」とブツブツ言いながらも上達するあたりはさすがとしか言いようがない。



 そのトモが練習用に焼いたパンを朝食に出す。

 何故かトモのパンならば竹さんは食べた。

 なんでだろうね?


 そういえばちいさいときナツも言ってたよね。

ヒロ(ぼく)の作るものは味がするけど、ほかのものは食べられない」

 だからナツは小学校時代、学校でのお昼ごはんは給食じゃなくてずっとぼくの作ったお弁当だった。

「アレルギーがあるから」ってことにして「ひとりだけお弁当はナツがかわいそうだから」ってぼくとハルもお弁当にした。


 それかな?


 弱ってる竹さんには『半身』の作ったものがわかるのかな?

 同じ霊玉守護者(たまもり)のぼくの作ったものなら食べれたナツみたいに。


 夕ごはんもパンを出した。

 シチューとかハンバーグとか、パンに合うおかずにして、パンとごはんどっちでも選べるようにした。

 竹さんはパンを選んだ。

 少しだけ食べる量が増えた。


 トモが『こっち』にいる間に練習で作ったパンはぼくのアイテムボックスに保管した。

 ぼくのアイテムボックスも時間停止がついている。

 それを毎朝毎晩取り出して竹さんに食べさせた。



 トモがパンやその他の勉強に励む間、蒼真様は宣言どおりアキさんにベッタリくっついていた。

 栄養学から最新医学まであれもこれもと聞いていた。


 アキさんが転移陣をとおって一乗寺の母さんの家に行き、蒼真様とトモふたりまとめて講義をしていた。

「なんで俺まで」と文句を言うトモに「『向こう』でも聞かれるかもでしょ?」と説得していた。


 栄養学。医学。薬学。民間療法。スパイスや漢方。

 トモの時間が取れないところはぼくが勉強してまとめたものをトモに渡した。


 そう。ぼくも同じ講義を受けさせられた。


「ヒロちゃんもトモくんと同じところに修行に行きたいんでしょ?」


 母親達に隠し事はできない。

 どれだけ黙ってても知らんぷりしてもいつもあっさりと見破られている。


「ヒロちゃんも『知識』をつけて付加価値をつけないと。

 修行をつけてもらう『対価』にふさわしくならないと。でしょ?」


 おっしゃる通りです。

 納得できるから、安倍家の通常業務をし、『バーチャルキョート』の調査をしながらいろんな勉強をする。

 

「トモくんとまったく同じじゃ芸がない」って保護者達が言い出して、洋菓子作りも勉強させられた。

 元々アキさんのお手伝いをしたりナツに作ったりしてたから、数回講習を受けるだけでそれなりのレベルにはなった。



 白露様と緋炎様のアドバイスで、ナツに和菓子作りを覚えてもらうことになった。

『白楽様の世界』になくて『対価になりそうなもの』を白露様達が考えてくれた結果が『甘味』だった。

 で、洋菓子部門をぼく、和菓子部門をナツに担当してもらうことにした。


 ナツの同期に和菓子屋さんの姪っ子さんがいて、今まで何度もお茶会という名の勉強会を開いているという。

「そのひとにお願いしてみる」と請け負ってくれた。

 まあナツは『完全模倣』があるからすぐに習得するだろう。


『対価になりそうなもの』には料理ももちろん候補にあがった。

 料理はナツ本業だから十分教えられる。

 和食が専門だけど、勉強会でいろんなジャンルの料理を教わっているらしい。

 ナツ、すごいね。


 ちなみに祐輝には家業の刀剣作りをしっかり勉強してもらうことを言いつけた。

「強くなるために必要なんだ」と説得し「刀の勉強するのと、農作物の作り方勉強するのと、どっちがいい?」と聞いたら即決した。


 その農作物の作り方の勉強は晃に頼んだ。

『半身』で彼女のひなさんの実家が農家さんだから、細かいところまで実地で教えてくれる。

 もちろんひなさんも協力してくれる。

 ひなさんが協力してくれるならば晃はがんばって勉強するだろう。



 ぼくらが『白楽様の世界』に行くために勉強していることはもちろんトモにはないしょ。

 もしぼくらも行きたいって思ってるって知ったら、トモは『向こう』で基盤作りとか余計なことに気を回しそうだから。


 トモって、冷静沈着で他人にあんまり関わらなくて冷たいやつにみられがちなんだけど、実際そういうところもあるんだけど、懐に入れた人間に対してはすごく面倒見がよくて気が利くんだよね。

 だからぼくらがトモのあとからでも『白楽様の世界』に行く可能性を知ったら、余計なところにまでエネルギー使うと思う。


 トモには自分の修行に集中してもらいたい。

 トモのために。竹さんのために。




 トモが鬼と戦った夜。

 年少組が離れに集まった。


 あの鬼の気配はナツも佑輝も気付いていた。

 すぐに消えたことも。

 それでも「なんか気になって」「なんかザワザワして」と連絡をしてきたふたりに、迷ったけど、正直に話した。


 あの『(まが)』レベルの鬼が現れたこと。

 たまたま居合わせたトモがひとりで対峙したこと。

 竹さんがギリギリ間に合って封じたけど、トモが死にかけたこと。


 すぐにふたりは飛んできた。

 竹さんに見つからないように気配を消して隠形をとってそっと部屋に入ったふたりは、トモを見て絶句した。

「詳しく話せ」と佑輝に迫られて話そうとしたらナツに止められた。

「晃も呼ぼう」「仲間はずれはかわいそうだ」と。


 すぐに晃を呼び出した。

 京都を取り囲む結界の外側である吉野にいた晃は、鬼のことには気付いていなかった。

 それでも「なんでかわからないけど急に落ち着かなくなって」いたらしい。

 夜なのに最速で駆けつけた晃も、トモを見て青くなっていた。


 守り役四人にも同席してもらい、最初から洗いざらい話した。

 異世界・高間原(たかまがはら)のこと。『災禍(さいか)』のこと。『呪い』のこと。

 ハルの受けた恩のこと。それから安倍家がずっと支援していること。

 ぼくの余命宣告のこと。その対価のこと。菊様のこと。

『バーチャルキョート』のこと。デジタルプラネットとその社長のこと。

 トモと竹さんのこと。最近のふたりのこと。

 今回出現した鬼のこと。

『世界』を取り巻く霊力量のこと。

 ぼくらの今の実力と、やがて出現するであろう『ボス鬼』のこと。


 三人共ずっと黙って聞いてた。

 全部話し終わってもじっと黙ってた。


 最初に動いたのは晃だった。


 晃は黙って白露様のところに行った。


「――そんなに大変なものを抱えていたのに、おれを育ててくれたんだね……」

 ポロリと涙を落とした晃は、白露様にぎゅうっと抱きついた。


「ありがとう。ありがとう。

 俺を育ててくれて。

 お母さんを守ってくれて。

 ありがとう母さん」

「晃――!」


 白露様は器用に後ろ足で体重を支え、前足で晃を抱きしめた。


「ありがとう。母さん。大好きだよ」

「私もよ晃。晃は私の自慢の息子よ」


 涙を流しながら抱き合うふたりに、見ているほうもホロリともらい泣きする。


 やっぱり晃はちがうなぁ。

 ぼくだったら一番気になるのは『自分が生き残れるかどうか』なのに。

 相手の背負ってるものとか、痛みとか、そういうのが一番にくるんだもん。

『精神系の能力者だから』というよりも、晃の性質だろうね。

 そんな晃だからあの『(まが)』も浄化できたんだろうね。


「白露様。おれになにかできること、ない?

 おれ、白露様のためになることならなんでもしたい」


 強い意志を込めた目に見つめられ、白露様がまたうるうるしている。


「晃は私達のことを気にしなくてもいいのよ」

「でも「それよりも」

 反論しようとした晃に、白露様が厳しい顔になって告げる。


「まずは自分の身を守れるようになりなさい」


 その言葉に晃がグッと詰まった。


「今後も今回トモが戦ったような鬼が現れる可能性は高いわ。

 そのときに矢面に立つのは、貴方達。

 戦っても、生き残れるように。強くなりなさい」


 その言葉に「うん」とうなずく晃。

 ナツも佑輝もうなずいていた。


「なにをしたらいい? またあのときみたいに合宿する?」

 ナツが聞いてきた。

 それにハルがうーんと腕を組んで考える。

 

「あまり大っぴらに『合宿』すると、姫宮が気に病む可能性がある……」

「確かに」と守り役達も同意する。

 なんでそんなことまで竹さんが負うの。困ったひとだなぁ。


「ひとまずみんなは自宅で修行しましょう。

 私達が夜に行くわ。

 私達が『異界』を作るから、その中で個別指導するわ」

 緋炎様がそう決める。


「外では時間が経たないような『異界』を展開するから。

 それなら睡眠時間も勉強時間も問題ないでしょ?」

「勉強時間は犠牲にしても……」

 佑輝がボソリとこぼしたけど無視された。

 

「まずは戦って戦って霊力をカラにして回復することで『(うつわ)』を大きくして霊力量を増やす。

 戦う中で戦闘技術も鍛える。

 霊力量が増えたら術の訓練。

 属性を活かしながらの戦闘の精度を上げていきましょう。

 どうかしら?」


 最後の言葉は守り役達にかけられた。

「いいと思う」とお三方共同意された。


「私達もあれこれ調べてたり姫のお世話があったりで常には行けないかもしれない。

 手が空いた守り役が行くわ。

 それぞれに戦い方や属性が違うから、誰かひとりが専属で教えるよりも修行になるんじゃないかしら」


 緋炎様のその意見にも皆様同意された。

 そうして、時々守り役による『異界』での修行を受けること、守り役がいない普段からできる修行内容を教えられてその日は解散になった。




 それからトモが眠っているときも、ココロをこわして回復しているときも、ぼくと年少組はそれぞれに修行をつけてもらった。

 とにかく戦闘。

 守り役の操る式神を相手に必死で戦う。

 死ぬ寸前まで追い込まれる。

「蒼真の回復薬があるから大丈夫よ」

 文字通り血反吐を吐きながら、骨を折りながら必死で食らいついた。


 守り役との戦闘訓練がないときは常に霊力操作。

 すっっっごく細かいところまで注意して操作しないといけない宿題を渡された。

 針の穴よりも細いところに水弾通すとか。

 最大限に集めた水をビー玉サイズに圧縮するとか。


 ちょっとやっただけで息ゼエゼエになるしぐったりする。

 それでもそんな大変な訓練だったら続けてたらチカラがつくんじゃないかって期待もある。


 竹さんのいないところで……って一乗寺の家でやってたら、おもしろがった双子も一緒にやりはじめた。

 護衛の霊狐達が顔色変えてあわあわしてておもしろかった。


 ぼくが苦労してる霊力操作を、双子はちょっと練習しただけでできるようになった。

 え? 生まれ持ったセンスなの?

 それとも子供だから? 霊力量の差なの?


「わあい」「わあい」「おもしろい!」「おもしろいね!」「こんどはもっとはなれてやろう」「まけないよ!」

 ………おにいちゃん、泣きそうだよ。

 ううう。がんばる。




 戦闘訓練と霊力操作訓練、それにパン作りや洋菓子作り。

 やることも覚えることもいっぱいのゴールデンウィークはあっという間に終わった。

 学校が始まったけど、変わらず訓練も勉強もしてる。

 休学してるトモがうらやましい。

 



 あれもこれもと勉強し、色々取り揃えて、トモは『白楽様の世界』へと旅立った。

 ハルと蒼真様、白露様が同行してくださった。

 トモが「行く」と決めてから二週間が経っていた。



「じゃあ行ってくる」と、まるでそのへんのコンビニにでも行くような気楽さで出かけて行ったトモに「いってらっしゃい」と手を振った。


 朝出て行った一同は、昼過ぎに帰ってきた。

 遅い昼食を食べながらどんな様子だったか報告を聞く。

『白楽様の世界』がどんな『世界』だったか。白楽様がどんな方か。白楽様の周囲の方々は。お土産は気に入っていただけたか。


 ぼくらのことがあるので、ハルも注意して見てくれた。

 それによると『向こう』には『こちら』の家電に相当するものがあった。

 なんでも電気のかわりに霊力で動くという。

 霊力を込めた霊力石が動力源になっていて、コンロとか、水道とか、普通にあったらしい。


 うわあ。それ、トモの勉強の一部は無駄だったかもね。

「そんなことはない。『霊力を使わない方法』というのもきっと役に立つさ」

 なるほどね。


 そして対価として用意したパンは大好評だったらしい。

 大騒ぎになってあちこちから人が来て、作り方をトモが知っていると知られた途端どこかに連れていかれたらしい。


「しばらくは修行できないと思う」

 蒼真様が笑って言う。

 それ、どうなの? おもしろいけど。


「まあ頃合いを見て様子を見に行ってみるよ」と蒼真様が請け負ってくださった。

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