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挿話 ヒロ 26 蒼真様

 心配していたトモの熱は三日目にようやく下がった。

 竹さんはその間ずっとトモのそばで霊力を注いでいた。

「ごはん食べよ」と言っても「ベッドで寝なよ」と言っても(がん)として動かなかった。



 目を覚ましたトモがケロッとした感じに起き上がり「……治った」とつぶやいた。

 その途端。

 竹さんは安心したのか、気を失って倒れてしまった。

 あわてて支えて彼女の部屋に連れて行った。


 こんなに疲弊するまで一生懸命にならなくてもいいのに。

 生真面目なひとだからか。

 相手がトモだからか。

 かわいそうなくらい思い詰めて霊力を流していた様子を思い出すと、無茶を叱ることもできない。褒めることもできないけど。



 竹さんをベッドに寝させてアキさんを呼びに行った。

 事情を話すとアキさんが竹さんについてくれることになった。

 竹さんは眠ったまま。アキさんにあとをまかせて、トモに用意してる部屋に戻った。


「――お前、もう十分じゃない?」


 蒼真様の声にドアノブに伸ばした手が止まった。

 そっと、細く扉を開けると、息を飲んだトモが見えた。

 ベッドに座っている、その手がぎゅっと握られた。


 蒼真様は淡々とトモに諭す。

「お前が死んだら竹様は悲しむ」

「お前は竹様に『お前』まで背負わせるのか」


 トモは青い顔をして固まってしまった。

 誰よりも、トモ自身が己の実力不足を痛感しているんだろう。


「お前と竹様がくっつくのは、本当にお互いのためになる?」



 ――ああ。蒼真様は、竹さんもトモも大切に思ってくれているんだ。


 ハルが言っていた。

「ふたりを会わせることがいいことなのかわからない」


 竹さんには責務がある。『呪い』がある。

 どうやったってトモは遺される。

 そばにいたくても、そばにいることが竹さんの負担になる。

 負担になることにトモは苦しむ。そんなトモにきっと竹さんは傷つく。


 蒼真様の言うとおりだ。

 安易に「ふたりがくっついたらいい」なんて思っちゃいけなかった。

「ふたりがくっついたらきっと『しあわせ』になれる」って思ってた。

 きっと竹さんもトモになら甘えられる。トモは竹さんがそばにいてくれさえすればしあわせだ。竹さんのことを全力で支えるに違いない。

 でも。



「――これ以上竹様に負わせるな」


 そう言いながら、蒼真様がトモの心配をしているのが伝わってくる。

『竹様を背負うな』『もう諦めろ』『もう十分だろう』

 そう言っている。


 それほど、竹さんのそばにいることは危険が伴う。

 ぼくだってハルだって竹さんに同行したことは一度もない。

 竹さんはいつも「黒陽がいますから」とふたりで動いていた。


 それって、危険だから?

 遠慮してたんじゃなくて?

 ぼくらの実力が、同行するに足りなかったから?



 トモは真っ白な顔をこわばらせていた。

 何も言えず、ただ呆然としていた。

 そんなトモをハルが横にさせた。

 布団をかけてやり、目の上に手を置いた。

 眠りの術を抵抗(レジスト)することなく、トモは眠った。



 部屋から出てきたハルと鉢合わせた。

 ハルは困ったようにちいさく口の端を上げた。

「姫宮は」

「アキさんが看てる」

 その答えにハルはちいさくうなずくと、両肩に黒陽様と蒼真様を乗せたまま竹さんの部屋に向かった。


 黒陽様も蒼真様もうつむいて黙ったまま。

 苦しいのをこらえる様子に、ぼくまで涙がでてきそうだった。

 竹さんの部屋に行ってアキさんと目が合ったハルはこそりと耳打ちした。


 アキさんはじっとハルの目を見つめた。

 その視線を黙って受けていたハルに、アキさんは言った。


「ちょっと待ってハルちゃん。御池でお話しましょ」

 そうして竹さんのことを黒陽様と蒼真様に頼み、おふたりをひょいとつかんでハルの肩からベッドサイドの机に移動させた。

 スマホを取り出し手早くメッセージを送って、ガっとハルの手首をつかんだ。

「さ。行くわよ」

 されるがままのハル。

「ヒロちゃんも。行くわよ」

 ハルも逆らえないアキさんにぼくが逆らえるわけがない。

 大人しくドナドナされていった。


 そうして戻った御池のリビングに、オミさんも、父さん母さんもやってきた。

 みんな仕事があるだろうに。アキさんの緊急招集にあわてて駆け付けてくれたらしい。

 我が家最強は母さんに見えるけど、実はアキさんが最強なんだよね。


 そうして全員そろったところで、アキさんがハルに吐き出させた。


 なんでアキさんはわかるんだろうね。

 ぼくなんか、その場にいたのに、ハルがこんなに傷ついてるのに気付かなかったよ。

 ぼくはぼくのことで精一杯で、ハルがこんなに苦しんでいることに気付かなかった。


 ハルはアキさんと母さんに両側から抱きしめられた。

 もう実年齢は十九歳になるぼくらは成人男性といってもいい大きさなのに、そうやって母親達に抱きしめられているハルはちいさな子供のようだった。


 ハルは泣かない。

 泣くハルなんて見たことない。

 ハルは強いから。

 でも、もしかしたら、いつもこうやって涙を流さずに泣いていたのかもしれない。

 ナツがさらわれたとき。ナツを救えなくて無力感にさいなまれていたとき。ぼくが修行のつらさに泣いていたとき。ぼくの余命宣告が出たとき。


 ――なにが『ハルの右腕』だ。

『生まれたときからずっと一緒』で『なんでもわかる』なんて得意になってたけど、『わかったつもりになっている』だけだったんじゃないか。

 実際ハルがこんなに傷ついていることも、こんなに苦しんでいることもぼくは気付かなかった。

 ぼくが支えないといけなかったのに。

 ハルがつらいときはぼくが支えようって決めてたのに。


 くやしくて、かなしくて、なさけなくて。

 ハルのこと。竹さんのこと。トモのこと。いろんなことがいっぺんにのしかかってきて、ぐちゃぐちゃで、苦しくて、ぐっと歯を食いしばった。

 うつむいたら膝の上の拳が見えた。

 震える拳を止めようとしたけれど、全然言うことをきいてくれない。

 なんだよ。情けない。自分の身体ひとつ思い通りにならないのかよ。

 くやしくて情けなくて、涙がせりあがってくる。

 それを必死で我慢していたら、不意に肩を抱かれた。


 父さんだった。

 黙ってただ肩を抱く、その力強さが、あたたかかった。

 いつもはバカな親の顔をして構ってくるのに、今日に限ってただ黙って支えてくれるのが、ありがたくて、余計に泣きたくなった。


「あとはトモくんにまかせましょう」

 アキさんがそう結論づけた。ハルもそれで納得した。


 そうだよね。ぼくらが何を言っても、どれだけやきもきしても、結局はトモ次第だもんね。


「ただし。竹ちゃんがこの家を出ることだけは認めない。

 どんなことを言っても、どんな手を使っても、この家に留めてご飯を食べさせる。それだけは譲らないわ」


 にっこりと、余裕たっぷりに微笑むアキさんに、ようやくハルが笑った。

 アキさんはすごいなあ。

「まったく。敵わないよなあ」

 耳元でこっそりと父さんがつぶやく。

 その言い方がいつもの父さんの言い方で、ちらりと目を向けた。

 二ヒヒッといつものように笑う父さんに、ようやくぼくも笑顔を浮かべることができた。



「離れに戻る」というハルに、アキさんと父さんが同行を申し出た。

「竹ちゃんが心配だから」というアキさんと「トモも心配だ」という父さん。

 オミさんと母さんは仕事に戻った。

 ホントは二人も心配なんだよね。でもアキさんと父さんがこっちにつくならと仕事を引き受けてくれた。


 まずは竹さんの様子を確認しようと部屋に向かったら、泣き声が聞こえた。

 全員で顔を見合わせ、そっと扉を開いた。


 黒陽様と蒼真様が話をしていた。

 話? 一方的に黒陽様がしゃべって、蒼真様が泣いていた。


 そうか。蒼真様、やっぱりつらかったのか。

 蒼真様は竹さんもトモも大事に想ってくれてた。

 それなのにふたりを引き離すようなことを言ったのは、ふたりが大切だから。

 これ以上傷ついてほしくないから。


 きっと誰かが言わないといけないことだった。

 ほんとは黒陽様も、ハルも気付いてた。

 それでも言えなかった。

 それを、蒼真様が言ってくれた。


 アキさんが部屋に飛び入って蒼真様を抱きしめた。

「蒼真様はえらい方ですね」「ありがとうございます」

 そう言ってちいさな龍を抱きしめるアキさんは聖母のようだった。



「ここはアキちゃんにまかせよう」と父さんとハルと三人でトモの様子を見に行った。

 トモは変わらず眠っていた。

 とりあえずリビングに落ち着くことにした。

 コーヒーを淹れてそれぞれに出す。


「……あんま気に病むなよハル」

 父さんがぽつりと言った。


「なんもかんもうまくいくことなんてないのが普通だ。そうだろ?」

 ハルは黙っている。

「『なるようにしかならない』って、お前も言ってたじゃないか」

 それにもハルは何も言わない。


「――『鬼が出る』なんて、そこにたまたまトモが居合わせるなんて、誰にも予測できなかったことだ。どうにもできなかったことだ。

 トモは生きてるんだから、それで『良し』としないと」


 その言葉にようやくハルが息を吐いた。

「――そうだな」

「そうだよ。生きてさえいればどうにかなるもんだよ」


 わざと軽く言う父さんに、やっとハルが顔を上げた。


「生きてさえいれば、信じられないような幸福がおとずれることもある。

 そりゃ、苦しいことだってかなしいことだっていっぱいあるけどな。

 でも、つらくても一生懸命生きてたら、思いもかけない『しあわせ』を得ることだって、あるんだよ」


 そう言った父さんは突然隣に座った僕を抱きしめた!

「たとえば、こーんなかわいい息子を授かる、とかな」

「離せ」

 わざと邪険に振り払うと、二ヒヒッと笑う父さん。

 そんなぼくらにハルもようやく笑顔を浮かべた。


「ハルもオレのかわいい息子だよ」

 慈愛に満ちた父さんの笑顔に、ハルはまた顔を伏せてしまった。


「――まったく、お前達は――」

 そうこぼした、そのとき。

 廊下から泣き声が聞こえた。

 あれ? どんどん大きくなるんだけど?


「ゔわぁぁぁん! わあぁぁん!!」

 え? なに? 蒼真様ぎゃん泣きなんだけど。


「タカさんタカさん。パス」

 ポイっと龍を父さんに渡すアキさん。

「は?」と言いつつも父さんは大泣きする龍を抱いた。肩には落ち込む亀を乗せられた。


「じゃ。私、竹ちゃんについてるから。あとはよろしく」


『よろしく』って……丸投げ? ひどくない?

 それから父さんとハルと三人でぎゃん泣きの龍と落ち込み沈む亀をなぐさめた。

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