挿話 ヒロ 25 突きつけられる現実
その日の夜の報告会までには事態の全容が把握できた。
やりかけの用事を片付けて来られた蒼真様も含め、守り役四人がそろった。
そろった守り役にも同席してもらい、恒例の報告会でなにがあったのかを報告していく。
『バーチャルキョート』に『鬼が出る』とされた同じ時間の同じ場所で鬼が出たこと。
たまたまトモが居合わせ、糺の森まで引き付けて戦闘になったこと。
何度も救援依頼を出していたけど、電話も札も届かなかったことから何らかの妨害があったと予測されること。
鬼の強さのこと。撒き散らされた瘴気のこと。トモの状態のこと。
ハルが、黒陽様が、蒼真様が報告する。
白露様緋炎様も突然現れた鬼の気配はとらえていた。
ただしそれは、やはり糺の森。
「堀川今出川交差点に最初に出現した」と聞いて「まさか」と驚いていらっしゃった。
「鬼の気配がしてすぐに消えたから、てっきり『世界』に弾かれたんだと思ってたのよ。
まさか竹様が封じたなんて――」
そうなんだよね。
そういうパターンもあるもんね。
「なんか来た!」と警戒して駆けつけたら、もうお帰りになってたとかね。
『世界』が『繋がる』のはよくあることで、でも実際に『落ちて』くるのは稀。
たいていは『繋がった』ことにも気付かずもとの『世界』に戻る。
もしくは『繋がった』だけで『こちら』には来ない。
だから白露様緋炎様が、高霊力の出現を感じてもすぐに消えたからと放置するのも無理はないと思う。
「『バーチャルキョート』と同じように現実に鬼が出現するとしたら、また今回のような鬼が現れる可能性は高いです。
現在の京都で対抗できるとしたら、このヒロを含めた霊玉守護者のみ。
だがその霊玉守護者であるトモをもってしてもあの惨状です」
ハルが淡々と話をする。
そうして、守り役四人をぐるりと見回した。
「安倍家主座、安倍晴明が伏してお願い奉ります。
異世界、高間原の守り役の皆様。
どうか、霊玉守護者五人を強くするため、生き延びさせるために、修行をおつけくださいませ」
ハルはソファからおりて床に座り、最敬礼の拝礼をした。
「何卒、何卒。
霊玉守護者五人を、どうぞ、生き残れるようにしてやってください」
すぐさま保護者達もそれに倣った。
ぼくもすぐに床に正座をし、みんなと同じように深く深く拝礼した。
「――私からも頼む。
白露。緋炎。蒼真。
姫の『半身』を、その仲間を強くするのに、どうか協力してくれ」
黒陽様が他の守り役に頭を下げる。
「なに言ってんのよ黒陽さん!
そのうちのひとりは私の養い子なのよ!
晃を守るためなら、協力するわ! 当然じゃない!」
「そうよ! 晃は私の教え子でもあるのよ!もちろん協力するわ!」
白露様、緋炎様がこころよく請け負ってくださる。晃、愛されてるね。
でも、蒼真様は「んー」と首をひねっている。
「それ、意味ある?」
言葉の意味がわからなくて蒼真様をじっと見つめてしまった。
全員の注目を一身に浴びても蒼真様は平気な顔で、とぐろを巻いた蛇のような格好で首を反対側に傾けた。
「ぼくはその五人に直接会ったことはなかったし、もちろん戦闘も見ていない。
だから、こんなこと言える立場じゃないのかもしれないけど」
そう前置きして、蒼真様は続ける。
「あいつを見る限り、前世よりも弱いよね?」
――それが、前世のトモと今生のトモのことだとわかった。
え? 前世のトモって、そんなに強かったの?
「やっぱり『世界』を取り巻く霊力量が影響してるんだろうね。
ザッと見る限りだけど、高霊力を持って生まれる人間も、成長過程で高霊力を得る人間も、年々減っているように感じる」
蒼真様の話は、以前黒陽様達がおっしゃっていた件だった。
この『世界』を取り巻く霊力量は年々減っている。
そのためにトモやぼくらに修行をつけても、どれだけ伸びるかわからないと。
「修行つけても、『生き残れるように』するのは、ムリじゃない?」
ズバッと言い切る蒼真様に、保護者達は絶句している。
ハルも黒陽様も苦虫を噛み潰したような顔をして黙ってしまった。
「でも! やらないよりはましでしょう!?」
緋炎様の言葉にも蒼真様は首をかしげる。
「そもそも戦わなければいいんじゃないの?」
蒼真様はあっさりとそう言う。
「それこそ今のうちに竹様と黒陽さんで封印石いっぱい作っといてさ。
霊力少なくても展開できる封印陣考えて用意しといてさ。
人海戦術で封印したらいいんじゃないの?」
――戦わずに封印すると。
なるほど。それもいいかもしれない。
「いつ、どこに現れるか、予告があるんでしょ?
そりゃ、そんな都合良く出現前に封印陣展開するとかはできないだろうって僕でも思うけど。
準備さえしとけば、出現して時間が経っててもある程度は対処できるんじゃないの?
たとえぼくらが駆けつけられなかったとしても」
蒼真様もわかっておられる。
きっと『ボス鬼』が出現するときは『災禍』と対峙するとき。
だとすると、姫も守り役も『ボス鬼』に対処することはできない。
ぼくらがどうにかするしかない。
そのために戦えるだけの『強さ』を手に入れないといけない。
そう思うのに、蒼真様は「ムリだよ」と断言する。
「浄化石や封印石いっぱい用意して。
陣をすぐに描けるように準備して。
霊玉守護者の連中は、その陣に引き寄せる役くらいにしといたほうがいいと思うよ。
マトモに戦ったら、どれだけ修行したって、絶対に死ぬ」
淡々と断言する蒼真様に母親達が顔色を失っている。
そんな母親達を父親達が抱き寄せて支えている。
蒼真様はハルをまっすぐに見つめた。
「事前にしっかり準備して。
その『ボス鬼』が出たらとにかく避難。
霊玉守護者が引き付けてる間に陣を作って、霊玉守護者が『ボス鬼』を陣まで誘導。
陣に入ったら晴明が起動して封印。
これが一番確実で、一番安全じゃない?」
「……………おっしゃる通りです」
ハルが絞り出すように答えた。
「その『引き付ける』ときに死なないようにしないといけないでしょ?」
「つまり今はそんなすぐ死ぬ程度なんでしょ?」
即座に反論されて白露様がグッと詰まる。
「そこから、この『世界』で修行して、どうにかできると、本気で思うの?」
蒼真様の言葉に、白露様も緋炎様も、黒陽様も目をそらした。
『ほら見ろ』と言いたげな蒼真様。
「背伸びしてムリしてもロクなことないよ? ちがう?」
「「「……………」」」
正論すぎる正論に黙り込んでしまったお三方に、蒼真様はわざとらしいため息をついた。
「――三人共、なんか考え違いしてない?」
淡々と、言い聞かせるように蒼真様が言う。
「ぼく達が追っているのは『なに』?
『災禍』でしょ?『ボス鬼』じゃないでしょ? 違う?」
「「「……………」」」
「ぼく達が守るべきは『誰』?
『姫』でしょ?『霊玉守護者』じゃないでしょ? 違う?」
「「「……………」」」
もう『おっしゃる通りです』としか言葉が出ない。
正論すぎて反論の余地もない。
ハルですら何も言わずうつむいてしまっている。
「……………蒼真の言うとおりだ」
沈黙を破ったのは黒陽様だった。
はあ、と吐き出すようにそう言って、ふるふると首を振った。
「そうだな。蒼真の言うとおりだ。
いつも黒枝にも言われていたのにな。
私はすぐに情に流されて本筋を見落としてしまう。
いい年齢なのに、なかなか治らないものだな」
わざとだろう。自嘲に軽く嗤って、黒陽様は蒼真様に目を向けた。
「ありがとう蒼真」
にっこりと微笑む黒陽様には、嫌味もなにもない。
本当に素直に心の底から感謝を伝えている。
なかなかできることじゃない。すごいひとだと感心する。
言われた蒼真様のほうがムスッとしてそっぽを向いてしまった。
「トモは――智明は、姫の『半身』で夫だが、私にとっても友人だ。
だからつい、あいつが生き延びられるようにと考えてしまう」
「少しでも姫と過ごさせてやりたいと、そう、願ってしまう」
黒陽様がトモを大事に思っているのが伝わってジィンとしていると、蒼真様も拗ねたようにポツリと言った。
「……そんなの、ぼくだって同じだよ」
蒼真様は黒陽様から顔をそらしたまま、つらそうに言った。
「青羽といるときの竹様はそりゃあしあわせそうだった。青羽もデレデレでしあわせいっぱいだった。
また会えたなら、またあんなふうに過ごしてるって思ってた」
『青羽』というのが前世のトモ。
その『青羽』が『禍』との戦いのあと竹さんと過ごしたときに一緒にいたのが蒼真様だという。
「でも、無理でしょ?」
かなしそうに、くやしそうに、それでもはっきりと蒼真様は言う。
「今の青羽じゃ、竹様の枷にしかならないんじゃないの?」
「そんなの、青羽だって、竹様だって、つらいんじゃないの?」
まだふたりが出会う前、ハルが言っていた。
『ふたりを会わせていいのか』『会わないほうがしあわせなんじゃないか』
今回の件で、トモに、ぼくらに実力が足りないことが浮き彫りにされてしまった。
ボロボロに死にかけたトモに、竹さんは傷ついた。
きっと『守れなかった』って思ってる。
『自分のせいだ』って思ってる。
竹さんがそんなふうに傷ついてると知ったら、きっとトモも傷つく。
『自分が弱いから』って。
――なんでだろうね。
なんでうまくいかないんだろうね。
ふたりは『好き同士』で。
お互いに大事に想ってて。
想いを伝えあって、両想いになったらきっと『しあわせ』になれるのに。
きっと、素敵な恋人同士になれるのに。
なんでうまくいかないんだろう。
トモはがんばってるのに。
竹さんだってがんばってるのに。
なんで報われないんだろう。
ふたりには『しあわせ』になってもらいたいのに。
せつなくて、かなしくて、なんだか涙がせりあがってきた。
誰も何も言えない中、口を開いたのはやっぱり黒陽様だった。
「……それでも、出会ったんだ」
祈るように、独り言のようにつぶやいた。
「『そのとき』が来るまではふたり穏やかに過ごさせてやりたい。
あの頃のように、夫婦と呼びあえたなら――」
黒陽様はうつむいて動かなくなってしまった。
蒼真様も、白露様緋炎様も気まずそうにうなだれて黙っている。
やがて黒陽様はぐっと頭を上げた。
「蒼真」
まっすぐにみつめられた蒼真様もグッと表情を引き締めた。
「――蒼真の言う通り、意味はないかもしれぬ。
だが、私は『名にかけて』誓約したんだ。
『霊玉守護者を鍛える』と。
勝手なのは承知している。責務と関係ないのも承知している。
だが、頼む。
姫の『半身』を、その仲間を強くするのに、どうか協力してくれ」
誠実に頭を下げる黒陽様。
蒼真様はしばらく黙っていたけれど、突然「あーもう!」と大きな声を上げた。
「わかったよ! 協力するよ!」
「ありがとう蒼真」
「そのかわり! 対価もらうよ!」
「当然だ。なんでも言ってくれ」
「それ! 前も言ったでしょ!? 簡単に『なんでも』なんて言っちゃダメ!」
「そうか。すまんな。ありがとう」
「だーかーらー! ああもう! 竹様といい黒陽さんといい、『黒』のひとは素直すぎるんだよ!
もっと『白』を見習いなよ!!」
「聞き捨てならないわね蒼真。まるで『白』の人間がひねくれていて性格が悪いみたいじゃない」
「そのとおりでしょ?」
「いい度胸ね蒼真。ちょっとお姉さんと遊びましょうか」
「遠慮しまーす」
じゃれはじめた守り役達に、張りつめていた空気が弛緩する。
保護者も、ぼくもハルも、そっと息をついて微笑みあった。
「蒼真の言うことはもっともだと思うわ。
ということで黒陽さん。黒陽さんと竹様でせっせと霊玉作っておいて」
緋炎様の言葉に「了解した」と黒陽様が請け負ってくださる。
「白露はこのことを菊様に伝えておいて。
できればどんな陣にするか考えて、必要な資材を書き出して晴明に渡して」
「そうね。わかったわ」
「蒼真も。各種回復薬用意しといて」
「はーい」
「晴明は菊様と陣の打合せをして。
手持ちの戦力で使えるかの検証も、必要な資材が手に入るかの検討も必要だと思うわ。
準備に時間がかかるだろうから、早めにとりかかったほうがいいと思う」
「かしこまりました」
それぞれに指示を出し、緋炎様はなおも考えを巡らせていた。
「出現する『ボス鬼』が一体とは限らない。
『ボス鬼』が出現するまでに今回のような鬼が出現する可能性もある。
『ボス鬼』までに陣も資材も使い果たす可能性も。
――どう戦略を立てていくべきかしらね……」
「大前提として、霊力の少ない人間でも戦える方法を考えないといけませんね」
「そうね。人数がいればどうにかできるのか、どの程度戦力になるのかも考えないとね」
ああでもないこうでもないと話が進んでいく。
考えること。用意しておくこと。思いつくままに話をしていく。
そのなかでぼくらの修行計画も考えられた。
「とりあえず霊力量を増やすことと、戦闘力を上げていきましょう」
緋炎様がそうまとめた。
「よろしくお願いします」
わからないこと、不安なことばかりだけど、だからってうずくまってちゃなんにもならない。
手探りでもなにかしなくちゃ。
無駄かもしれなくてもやってみなくちゃ。
その日は遅くまで話し合いが続いた。