閑話 姫と『半身』1(黒陽視点)
北の姫 竹の守り役 黒い亀の黒陽視点です
姫に与えられた部屋で術の検討をし、今後どうするかを話し合った。
とりあえずの見通しが立った。
「疲れただろう」と姫を風呂に行かせ、部屋に白露と晴明と三人になった。
「はあぁぁぁ〜……」
誰からともなく深いため息が落ちた。
「予想していたとはいえ……。まさか本当にやるなんて……」
白露が「信じられない」とゆるく首を振る。
「青羽のときもそんなところがありました。
普段は冷静に合理的に判断するのに、姫宮がからむと途端に馬鹿になるんです」
しみじみと晴明がうなずく。
「本当にあいつは……。何度生まれ変わっても変わらんな……」
私もつい愚痴が漏れる。
のろりと顔を上げる。二人共同じような疲れた顔をしていた。きっと私もそんな顔をしている。
「はあぁぁぁ〜……」
誰からともなく再び深いため息が落ちた。
姫が転生したのと同時に私が自身にかけていた眠りの術も解けた。
目覚めて胎児の姫のそばにおもむき、驚いた。
世界が変わっていた。
前の世の中は大きな戦争の時代だった。
ガスもあったがまだ大半の家では煮炊きに薪を使っていたし、車もそこまで多くはなかった。
それが、一変していた。
道には車があふれ、道路はどこも舗装してある。
家の中を煌々と電気が照らし、テレビにパソコンにスマホにと知らないものであふれていた。
またしても異世界に落ちたのかと混乱した。
休眠をとることなく好き勝手に過ごしている西の守り役に連絡を取り、あれからの世の中の流れを説明してもらった。
西の守り役の知人の家に上がり込み、パソコンで解説してもらった。
時代の変化に驚くしかできなかった。
姫の転生を報告すると、他の姫も転生したと教えてくれる。
西の姫はすでに産まれ落ちて守り役と意思疎通をはかっていた。
ただ、西の守り役は別の赤ん坊の世話をしていた。
姫に事情を話し、数年離れる許可を得たという。
東の姫と南の姫も産まれ落ちていた。
が、記憶の封印ができているようで、いまのところ高間原のことも『災禍』のことも思い出すことなく、普通の赤ん坊として過ごしているという。
守り役達は姿を見せず見守っていると。
我が姫にかけた術も問題なく生きており、前世の記憶はなかった。
それでも変わらず穏やかでやさしい姫のまま成長していった。
記憶と一緒にあの霊力過多症を引き起こしていた高霊力も封じられていた。
それでも一般人よりも多めではあったが、高間原にいたときのように寝込むことはなく穏やかな幼少期を過ごした。
そして迎えた思春期。
東の姫と南の姫にかけた術は覚醒したときに一気に記憶と霊力を呼び戻すものだった。
その反動は強く、あの二人はともかく我が姫にはとても耐えられないと判断した私は西の姫と改良した。
そのため姫の覚醒はゆるやかなものとなっている。
少しずつ過去にあったことを夢に見る。
少しずつ霊力を戻す。
思春期で成長するにあわせて『器』も大きくなる。
その成長にあわせて徐々に、徐々に記憶と霊力を戻すような術にした。
それでもその記憶は姫のココロを蝕んだ。
やさしい姫は夢に傷つきココロを痛め、次第に眠れなくなっていった。
食事も喉を通らなくなる。
増えていく霊力に体力がもたなくなる。
結果、倒れ、寝込んだ。
運良く通りかかり家まで運んでくれたのがヒロ。
その後自宅で眠り続け、心配した家族が伝手を頼って安倍家に連絡を取った。
安倍家が保護する形を取り、今年の一月からこの離れで休ませてもらうこととなった。
年末から眠り続けた姫は、この離れの霊力と結界のおかげか、同じ水属性の霊玉守護者の霊力供給のおかげか、この離れに来て一週間ほどで目を覚ました。
それから霊力をなじませ記憶をなじませ、ようやく動けるようになった。
リハビリを兼ねて京都の結界の調査にあたった。
昔なじみの『主』達に挨拶したり、結界をはじめとする術について考察したり、忙しい日々に姫は少しずつ元気と体力を取り戻していった。
そんな折のことだった。
ヤツに再会したのは。
「やはり南の結界が弱いことが問題」と結論づけた我々は、改めて四神に会いに行った。
現在『京都の外を囲っている結界』は、東は比叡山、西は愛宕山、北は鞍馬山、南は宇治川に及んでいる。
東と西の『要』はそれぞれの山の住処にいた。
代替わりしていたが事情は知っていて、南を補強することも同意してくれた。
北の『要』の当代は鞍馬山にいるが、先代は船岡山にいる。
結界を広げようとしたとき「慣れ親しんだこの場所から動きたくない」と『要』の役割を次代にゆずり、それからずっと船岡山にいる玄武だ。
当代に挨拶に行き南の件の同意を得たが、先代にも礼を尽くすべきであろうと船岡山に向かった。
先代は我らの話に納得し、同意してくれた。
話が終わって失礼しようとした時「久しぶりに姫の笛を聞かせてくれないか」と請われた。
やさしい姫はすぐに同意し、結界を張った上で笛を披露した。
『南の結界に関する話だから』と同行してきた白露と緋炎を含めた四人だけの観客で聞くのはもったいないような贅沢な演奏を楽しんだ。
先代と姫が言葉を交わすのを見守っていると、不意に誰かの霊力を感じた。
姫の結界に立ち入るモノなどいるわけがないと思いつつ顔を向け――。
「――智明――」
そこに、男が立っていた。
姫をじっと見つめるその目には昔と変わらず熱がこもっている。
再会できた喜びに震えているのが一目でわかる。
私の驚愕に、ヤツも私に気付いた。
が、その反応を見るにヤツには前世の記憶はないようだ。
そのことに安心すると同時に一抹のさみしさを覚える。
「アラ。トモじゃない」
ぺろりと西の守り役が口にする。
今日は白猫の姿になっている。
「アラホント。
なんで竹様の結界に入って来れてるのあの子」
雀の姿になっている南の守り役も疑問を口にする。
どうやら二人とも知り合いのようだ。
「あの子『境界無効』の能力者なのよ」
「ああ。そういえばそうだったわね。それで」
特殊能力も引き継がれているようだ。
立ち姿も隙がない。霊力もなかなかのものだ。
相変わらず己を磨いていたらしい。
「黒陽さん」
じっとヤツを見る私をどう思ったのか、白露が声をかけてきた。
「あの子が『金』の『霊玉守護者』のトモよ」
「……また『トモ』なのか」
つい、ポツリと、言葉がもれた。
「『また』?」
おっちょこちょいのうっかり者の白露はキョトンとしていたが、敏い緋炎はハッとした。
「もしかして、噂の竹様の『夫』!?」
「えええっ!!」
マズい。
姫に話を聞かせるわけにはいかない。
なにがきっかけで記憶の封印が解けるかわからない。
色めき立つ女達を視線で制し、あわてて玄武に辞去の挨拶をして少し離れる。
すぐさま寄ってきた二人は目を爛々と輝かせて迫ってきた。
「そうなの? そうなの!? トモが噂の『青羽』なの!?」
黙ってうなずくと「キャー!!」と声を上げる二人。
「やっだー! また『半身』と再会できたってこと!? 素敵! 素敵! ロマンチック!!」
「良かったわね! 竹様、あんなに会いたがっていたものね!」
「あ。でも竹様、今『半身』の記憶ないのよ」
「ああ。ウチの姫と同じ術かけてたわね」
「そうそう。だからホラ」
ちらりと姫を見る。
男は明らかに姫を『半身』と認識して挙動不審なのに、姫はなにも気付くことなくキョトンとしている。
「気付いてない」
「あらホント」
「『半身』なら『会ったらわかる』んじゃなかったの?」
「竹様だからねぇ……」
呆れたような憐れむような目を姫に向けた二人は、同時にため息を落とした。
そしてジロリと私に目を向ける。
何故そんな責めるような目を向けられねばならぬ?
何故『やれやれ』みたいに首を振る!?
「文句があるなら口で言え」
「「べぇっつにー」」
同時にそう言いながらも二人は苦笑を向ける。
「黒陽さんが過保護なのは昔からだし」
「竹様がニブいのも昔からだし」
「まあ再会できてよかったんじゃない?」
「そうよ。良かったわね」
二人の言葉に、思わず顔が険しくなる。
「……『良い』かどうかは、また別の話だ」
私の言葉に二人は黙った。
白露と緋炎は直接あの頃の二人を見ていないが、その後の苦しむ姫を見ている。
この世界に『落ちる』前から姫を知っている。
姫が『災禍』の封印を解いた罪に苦しんでいることも、己の責務を果たそうと苦心してきたことも知っている。
だから、わかったらしい。
姫が『しあわせ』を感じることを苦しむことを。
顔を見合わせた二人は「はあ」とため息を落とした。
「そうねぇ……。竹様だからねぇ……」
そう言って、姫に顔を向けた。
姫はキョトンとしている。
何故自分の結界の中に知らない人物がいるのか、この人物は何者かと疑問で固まっている。
それに気付いた白露がスルリと動いた。
「竹様」
姫の足元にスルリと寄った白猫が姫にこっそりと告げる。
「あの子がトモですよ。
ホラ、晴明達が話していたでしょう?
『金』の『霊玉守護者』の、トモです」
その説明に姫も晴明の話を思い出したらしい。警戒がゆるんだ。
「あの子『境界無効』の能力者なんですよ。だから竹様の結界に入れるんです。
たまたま紛れ込んじゃったんでしょうね」
その説明に姫の警戒が完全に解けた。
納得した姫は時間停止の結界をヤツの周囲にかけた。
先代の前に進み、辞去の挨拶をする。
「また聞かせに来ておくれ」
「はい」
先代が立ち去ったのを確認して、結界をすべて解いた。
突然『世界』が変わったことに男は動揺をみせたが、すぐに立て直した。
じっと姫を見つめていたが、ようやく口を開いた。
「――こんにちは。素晴らしい笛でしたね」
笛を褒められてうれしそうな姫に男が真っ赤になる。
ああ、相変わらずコイツは姫を前にすると阿呆になるな。
ベンチで様子を見守っていると、横に一緒に座った二人がきゃいきゃいと話すのが聞こえてくる。
「ヤダ! ホントにトモ!? いつもと全然態度が違う!」
「あの子あんな顔できたのね! デレッデレじゃない!」
「いつもは飄々としてるのにね!」
「あんな必死な顔するなんて! ヤダ真っ赤じゃない! おもしろ〜い!」
キャッキャと楽しそうな女達にげんなりする。
それにしても、ヤツは相変わらずのようだ。
きっと普段は飄々として冷静沈着でしっかりした男なのだろう。
「お――僕、西村といいます。西村 智です。高校二年生です」
「『僕』!」
「『僕』!」
キャハハハハ!! 二人が腹を抱えて笑っている。
「『僕』だって!」
「なにアレ! もしかして、ヒロの真似!?」
「そうかも! 少しでも好印象を狙ったんじゃない!?」
「ヤダなにそれ! トモらしくない!!」
そして再びキャハハハハ!! と大笑いする二人。
男が姫に名を呼ばれ喜びのあまり動揺し、その動揺を見せまいと必死に冷静な顔を作ろうとしているところまでバレバレで、そんな様子に二人はまた腹を抱え涙を流して笑う。
「他の子達に見せたい!」
「わかる!」
大笑いしていたその時、姫の持つ電話が鳴った。
「アラ。もうお迎えの時間かしら」
白露のつぶやきのとおり、迎えの連絡だったらしい。
姫はあっさりと男に挨拶をして私を肩に乗せた。
「……いいのですか? 姫」
チラリと男を見ると、引き留めようと手を伸ばしている。
「オミさん、もう下で待ってるんですって。急がなきゃ!」
ここまで連れてきてくれた晴明の父親が言っていた。
「このへんは駐車場もないし路駐もできないから。
電話で連絡とりましょう」
「長い時間停めてると他の車の迷惑になるし、警察に見つかるとマズいんですよー」
他人に迷惑をかけることを何より嫌う姫にとっては、出会ったばかりの男よりも交通障害のほうが重要らしい。
姫らしいとため息をつきつつも久しぶりに出会った男を憐れに思った。
トモの前世については『助けた亀がくれた妻』『戦国 霊玉守護者顚末奇譚』をお読みくださいませ