挿話 ヒロ 22 週末
本編第三十八話〜第四十一話のときのお話です
火曜日の夜に霊玉をひとつにまとめる術を執り行った竹さんは、翌日の朝早くに宇治川に向かった。
早速南の『要』である朱雀様に霊玉を渡しに行った。
同じ火属性の緋炎様と、霊玉をひとつにする術を一緒に執り行った白露様も一緒。
アキさんに「泊まり込みになります」と事前申請して、お弁当をたくさん持たされていた。
竹さんがようやく戻ってきたのは金曜日の夕方。
「なんとか朱雀様起きてくれました」と、へろへろの顔で笑った。
それからどんなことをしたのか、どれほど大変だったのか、守り役達が口々に教えてくれた。
竹さんは黙ってにこにこしていた。
「今はとりあえず起きただけだ。
結界を支えるとなると、もう数日調整が必要になる」
黒陽様が説明してくれる。
「とりあえずまた明日様子を見に行く」
この三日付きっきりでお世話したから、「もう数日面倒を見ればどうにかなるだろう」と黒陽様は言葉を続けた。
「日曜日リカちゃんに来てもらう件はどうします?」
竹さんと守り役の相談の結果「予定どおりで大丈夫」となった。
明日の土曜日一日しっかりお付き合いして、日曜日はおやすみにすると。
で、また月曜日に行ってみると計画を立てた。
「これで京都の外側の結界が丈夫になるだろう。
万が一『ボス鬼』なんてものが出現しても、京都の中だけでどうにかできるはずだ」
「外側が強くなることで内側にも影響が出ると思います。
朱雀様が落ち着いたら、改めて内側の結界の確認にも行きますね」
へらっと笑う竹さんの顔には疲れが浮かんでいた。
これなら今夜はよく寝られることだろう。
竹さんの負担が大きいことは承知の上で、彼女を寝させるために知らんぷりで「よろしくおねがいします」と頭を下げた。
土曜日。
ぼくはトモと修行。
久しぶりに木刀で打ち合い、思いっきり全力を出した。
今朝、竹さんは元気いっぱいで朝食に来た。
てっきりぐっすり寝たのかと思ったら、なんと夜中に抜け出して土砂降りの雨に打たれていたという。
そこをたまたまトモが通りかかった。
抱きしめて「大丈夫」と言ってもらった。
それだけ。
たったそれだけ。
たったそれだけで、竹さんはものすごく元気になった。
もうね。
どうしようかねあのひと。
バラしたくて仕方ない。
『その夢のひと、トモだよ』って。
『甘えたらいいんだよ』って。
でもそんなこと、竹さんが受け入れられないことも理解できる。
昔のことを思い出してみる。
昔。
ナツの母さんがぼくのせいで死んだと思ってた、あの頃。
いつ死ぬかって怯えてた、あの頃。
あの頃のぼくは「誰にも寄りかかっちゃいけない」って思ってた。
ぼくがナツに近づきすぎたせいでナツの母さんが死んだから。
ぼくが近づきすぎたらまた誰かが死んでしまうから。
ハルは大丈夫。ハルは強いから。
でも、保護者達は普通の人間。
ぼくがくっついたら、死んでしまうかもしれない。
それが、こわかった。
自分が死ぬのもこわかったけど、自分のせいで誰かが死ぬのはもっとこわかった。
だから、ひとりでかくれて泣いた。
誰にもこの苦しみを知られないようにしようと思った。
なのに、保護者達は隠れているぼくを見つけるのがうまかった。
あの頃はまだちいさかったから、簡単に抱き上げられて、ぎゅうって抱きしめてもらった。
くっついちゃダメって思った。
それでも、抱きしめてもらうのはうれしかった。
この世にとどめてもらっているようで。
『大丈夫』って認めてもらっているようで。
その腕の強さが、感じるぬくもりが、ぼくに『生きてる』って思わせてくれた。
ぼくが赦されたのは、あの『禍』の騒動が終わったから。
『先見』がくつがえされた。ぼくは十四歳になっても生きていた。
「ヒロのせいじゃない」そう言ってナツが赦してくれた。
「おれの友達をいじめるな」「いくらヒロ本人だからって、許さないぞ」そう言って晃が怒ってくれた。
いっぱい泣いた。
いっぱい笑った。
いっぱい遊んだ。
毎週離れに集まって、修行しておしゃべりした。
それまでも時々会いに行ってはおしゃべりしてたけど、ぼくとハルと誰かの三人だけだった。
六人みんなで集まって、バカな話してバカなことして、遠慮なく全力出して暴れまくって。
そうしてぼくは、今のぼくになった。
多分、竹さんの気持ちが一番理解るのは、ぼくだ。
竹さんとはレベルが全然違うけど、同じ水属性で、同じような苦しみを経験している。
だから、わかる。
トモを『受け入れた』ら、竹さんは楽になる。
昨夜ちょっと「大丈夫」と抱きしめられただけであんなに元気いっぱいになったのがなによりの証拠。
晃も言っていた。「『半身』を『受け入れた』ら落ち着く」。
『半身』だからなのか、そんなの関係ないのかわからないけど、竹さんがトモに惹かれているのはぼくにもわかる。
竹さんはいつでも誰にでも礼儀正しくて穏やかに微笑むひとだけど、トモに微笑みかけるその顔はぼくらに向けるものよりもやわらかい。
竹さんが『受け入れた』ら、トモは落ち着く。
そうしたらトモは竹さんのことを全力で支える。間違いない。
トモが支えてくれたら竹さんは楽になる。
黒陽様達はトモが「どれだけ強くなれるか」って心配してるけど。
『災禍』のこととか『ボス鬼』のこととか、色々あるけど。
そんなの関係なしに、竹さんがトモを『受け入れた』らいい。
そしたらお互いに支え合って『しあわせ』になれる。
そう思う。
けど。
竹さんにはムリだってことも、わかる。
昔のぼくだってムリだった。
それを晃がこじ開けた。
ぼくのココロをこじ開けて、ぼくが隠していたものを引っ張り出して、吐き出させた。
トモにそれができればいいんだけど。
このポンコツ具合じゃムリだよねぇ。
「がんばれよトモ」
「? おう」
声をかけて、またふたりで打ち合った。
夕ごはんは竹さんも一緒だった。
まあトモのおかしいこと。
ガッチガチに固まって、そのくせ竹さんから目を離すこともできずただじっと見つめている。
よくそれでごはんこぼさないね?
味、わかってる?
なんかしゃべればいいのに。
話をふっても「ああ」とか「うん」しか言えてない。
もーちょっとなんか話しなよ。いっつも偉そうにしゃべってるじゃないか。
それなのに竹さんがちょっと笑いかけたら真っ赤になって固まってる。
ああもう! 面白すぎか!
緋炎様が突っ伏してぷるぷる震えてる。
ぼくもうまく箸が使えない。
そんなぼくらをトモがにらんでくるけど、ちっともこわくないよ! 面白いだけだから!
夕ごはんが終わって竹さんが部屋に戻るときに「おやすみなさい」って挨拶したときのトモといったら!
「お、おやすみ、なさ、い」なんて壊れたロボットみたいにカクカク答えたトモは、竹さんに微笑みかけられてさらに赤くなった。
頭から湯気出てんじゃないの!?
ちょっと。そんなとこで胸押さえて固まんなよ。邪魔だよ。
夜はまた全員集合して武道場で枕を突き合わせた。
トモはこの前の霊玉のときの話の続きを話した。
日曜日に父さんと色々話したこと。
たくさん『覚悟』をうながされたこと。
自分には足りないものだらけだと思い知らされたこと。
母さんが父さんを、アキさんがオミさんを救ったこと。
アキさんに恋したオミさんがポンコツになったこと。
そこからがんばって『安倍の黒狐』と呼ばれるようになったこと。
そして、『強さ』について。
「強くなりたい」「彼女といられるだけの強さがほしい」
それはまるで祈りのようで。
思わず「がんばれ」と励ましていた。
大変なのはわかってる。
がんばっても報われないかもしれないこともぼくは聞いてる。
『長くて五年』しかそばにいられないかもしれないことも。
それでも。
「がんばれ」って、言いたかった。
トモにがんばってほしかった。
トモががんばったら、きっと竹さんもトモを『受け入れる』。
そうしたらきっとふたりとも『しあわせ』になる。
そう、信じてた。
信じたかった。
まさかあんなことが起こるなんて、思ってもなかった。