挿話 ヒロ 21 火曜日 霊玉を渡して
本編第三十八話のときのお話です
火曜日の夜。
霊玉をひとつにする術を再開するために北山の離れにみんなが集まった。
一番乗りはぼく。
すぐにトモが来た。
「先日は申し訳ありませんでした」
姿勢を正して、そう言って律儀に頭を下げる。
この前「いいよ」って言ったのに。
こういうとこ、トモはキチンとしてるんだよな。
ちょっとからかいたくなって、わざとムッとした顔を作った。
しばらくだまってトモをにらみつける。
トモはグッと目を伏せた。
反論も弁解もなしか。仕方ないなぁ。
トモの頭をぺチンと叩いて「もういいよ」って笑った。
トモはなんか情けない顔で笑った。
「……竹さん、どうしてる?」
謝罪が済んだらすぐにそれかよ。
必死な様子にちょっとおかしくなる。
まさかトモがこんなになるなんて。
女の人なんかどうでもよくて、もっと言えば親しい人間以外どうでもいいっていうヤツだったのに。
それだけトモにとって竹さんが『特別』ということなんだろう。
それだけ想える相手がいることがうらやましくも思うし、それだけ想ってる相手を喪ったらトモはどうなっちゃうんだろうって心配にもなる。
「竹さんは変わらずだよ。
昨日も今日も結界の確認に行ってた」
「そうか」
「昨日も菊様に怒られてたよ。『絶対に安倍家を出ていくなー!』って」
「そうか」
ぼくの言葉にトモは明らかにホッとした。
黒陽様がトモに色々話をしたとおっしゃっていた。
菊様が竹さんにとってどういう相手かわかっているんだろう。
トモはずっと竹さんを心配していた。
「黒陽様とふたりでふらふら」して、疲弊して死んでしまうと恐れていた。
だから前回、霊玉を渡すことに同意しなかった。
でも今のぼくの話で納得したみたい。
なんかちょっと落ち着いたのがわかる。
あれからどうしていたのか、日曜日になにがあったのか聞きたかったけど、ちょうど佑輝が来た。
佑輝にも律儀に頭を下げたトモはそのまま佑輝と話をはじめてしまった。
佑輝も気を使っているのか、学校の話とか、部活の話をしてる。
……ちがうな。気を使ってるんじゃない。素だね佑輝。
そうしているうちにナツが、晃が来た。
晃を迎えに行った白露様も一緒。
それぞれにまた律儀に頭を下げるトモ。
晃がそっとぼくの横に来た。
「トモ、大丈夫そうだね」
「ね」
『半身』にとらわれているトモのことだ。もしかしたら、またしても霊玉を渡すことに同意しないんじゃないかって心配をぼくらはしてた。
でも今のところ落ち着いてるみたい。
これなら大丈夫そう。
「ひながびっくりしてたよ。竹さんの『半身』がトモだって知って」
「ぼくだってびっくりしたよ」
フフフ。とふたりでこっそり笑い合う。
晃の幼なじみで彼女で『半身』のひなさんは春休みに竹さんと親しく接していた。
だからこそ竹さんに『半身』がいるなんて、しかもそれがトモだなんて考えることすらなかったからびっくりしたらしい。
「『うまくいくといいね』って。ひなが」
「……そうだね」
そうだね。うまくいくといいね。
竹さんがトモの気持ちを受け入れて。
彼氏彼女になって。
ふたりでイチャイチャベタベタできたらいいね。
それで『災禍』も責務も関係なく、ふたり『しあわせ』になれたらいいね。
そんな『願い』は無理だとわかっているけれど。
それでも、つい、願ってしまう。
ふたりがうまくいきますように。
ふたりが『しあわせ』になれますように。
祭壇のある部屋に降りてしばらく待つと、竹さんがハルに連れられてやってきた。黒陽様ももちろん一緒。
それなのにトモときたら竹さんが姿を見せた途端に背筋がビン! って伸びた。
顔が一気に真っ赤になった。
口を一文字に引き結び、膝の上の拳はこれでもかと握られている。
は? なに? このトモ、ニセモノ?
ナニその緊張しきった顔! 息してんの!?
竹さんが前回同様丁寧に挨拶をするのを食い入るように見つめている。
そんなに見つめたら竹さん穴あいちゃうよ。
目からビームでも出してんじゃないの? まばたきしなよ。
竹さんに「トモさん」て呼びかけられたトモは、伸び切った背筋がさらに伸びた。
「はいッ!」って、ナニその返事! ガッチガチなんだけど!
もう腹筋が痛いよ! 口もゆるみそうだよ!!
「ありがとうございます」なんて微笑みかけられて、トモはさらに顔が赤くなった。
茹でダコじゃん!!
ナニ!? トモ、そんな顔できたの!?
もう苦しくて苦しくて泣きそう!
術を執り行うために「前回と同じ五行の並びに並べ」って指示されたけど、すぐには動けなかった。
足がぷるぷるして立てない。
うずくまって床ダンダン叩いて笑い転げたい!
どうにか立ち上がってようやく周りを見ると、ナツも白露様もぷるぷるしていた。
晃はなんだか同情するような生暖かい目を向けていた。
佑輝はトモのあまりの変わりように驚くしかできないみたいだ。
そんなぼくらにハルはひとつため息をつくだけだった。
「では姫宮。――お願いします」
その言葉を受け、竹さんは術を執り行った。
そうして五つの霊玉は無事ぼくらから切り離され、ひとつの霊玉に戻った。
ぼくらに丁寧に礼を述べた竹さんは「これからやることがある」と自室に引き上げていった。
今ひとつにした霊玉をもう少し調整しないといけないらしい。
その補助で黒陽様も白露様も竹さんについて行った。
「改めて」
ハルがぼくらを見回した。
「皆、ご苦労だったな。
これで無事、術は終わった」
ホッとしてうなずくぼくらに、ハルはニヤリと笑った。
「お前達は『霊玉守護者』でなくなったわけだが、高霊力保持者であることに変わりはない。
これからもビシバシ仕事をまわすからな」
「「「うえぇぇぇ」」」
年少組がわざと悲鳴をあげる。
ぼくらみんなで声をたてて笑った。
それからみんなで二階にあがってアキさんのカレーを食べた。
「うまいうまい」ってなんの屈託もなく食べた。
この間よりも美味しく感じた。
おなかいっぱい食べて、みんなでお風呂に入って、武道場に敷き詰められた布団にみんなで寝転んだ。
六人そろってこんなふうに過ごすのは本当に久しぶりで、なんだか懐かしくてうれしかった。
話題はもちろんトモと竹さんのこと。
もうみんなに自分の気持ちがバレてると観念したトモが、うつ伏せて枕を抱きかかえてボソボソと話をした。
「ついこの間、たまたま船岡山で会って」
「なんか笛の音がするなーって行ってみたら、彼女がいて」
「後ろ姿だけで『このひとだ』ってわかって」
「見つめられたら、もう、それだけで魂が震えて」
「それでもう、とらわれて」
「それからはもう、彼女のことしか考えられなくなって」
「俺、どんどんポンコツになっていって」
「『これじゃ駄目だ』って思うのに、いつの間にか彼女のこと考えてて」
「かわいくて」
「彼女がなにしてもかわいくて」
「ずっと見つめていたくて」
ボソボソ話すトモは至って真剣。大真面目。
なのに、なんでだろう。
笑いだしたくてたまらない!!
これが『恋はひとを変える』ってヤツ?
トモのおじいさんの玄さんの言ってた『静原の呪い』ってヤツ?
「どうにかしたいのにどうにもならない」
「自分の駄目なところばかりが浮き彫りにされる」
「でも、彼女を諦めることは、できない」
「ハルにも、黒陽にも、タカさんにも。いっぱい話をしてもらった。彼女の事情も聞いた」
「ただ、彼女のそばにいたい」
「できるなら、彼女を『しあわせ』に、したい」
「少しでも彼女の役に立ちたい」
「彼女を、助けたい」
――トモは『恋』してるんだなぁ――。
なんだかそんなことをしみじみと感じた。
トモはどこまでも一途に、真剣に、ただひたすらに竹さんのことを想っていた。
これが『愛』か。
そう思わせるような、告白だった。
ていうか、竹さんなんでこれに気付かないんだろうね?
さっきだってあんなにわかりやすく真っ赤になって、射抜きそうなくらい『好き好き光線』出してたのに。
ニブいニブいとは思ってたけど、そこまでニブいってこと?
それとも責務や罪にばかり意識が持っていかれてて、他のことには目を向けられないってこと?
うーん。これ、どうしたら竹さんに気持ちが伝わるんだろうね?
シンプルに「好き」って言ってみる?
でも竹さんだったら普通に「ありがとう」って言いそうなんだよね。
恋愛の「好き」なんて、考えそうにないんだよねあのひと。
やっぱりムリなのかなぁ。
『ふたりをくっつける』って、『災禍』を滅する並にムリなミッションなのかなぁ。
竹さんは責務と罪でいっぱいいっぱいだし。
トモもポンコツになってるし。
「つまりトモはさ」
ちょっと思いついて、もう少しトモをつついてみることにした。
「彼女のことどう思ってんの?」
「ど、どう、って」
キョドキョドしながら真っ赤になるトモ。
なんだよ。あれだけ言っといて肝心な言葉は言えないのかよ。面白ーい!
「好きなの?」
ズバリ言ってやると、ピョッて身体が浮き上がった!
垂れ目をまんまるにしてさらに赤くなった。
あわあわと口を震わせ視線を泳がせたあと、グッと目と口を閉じた。
それから、ようやく、グッと拳を握って、言った。
「……………好き」
キュウゥゥゥン!
なにそのかわいい態度! トモらしくない!!
トモはいつだって余裕しゃくしゃくで冷静沈着で、焦ったり慌てたりすることなんかないのに!
照れまくりじゃないか! 初心か! 初心だったんだねトモ! かンわいい〜!!
これはもう追撃するしかないでしょう!
「たとえばどんなところが?」
ハルが「ヒロ」って止めてきたけど、ナツもウキウキした顔でトモのことのぞきこんでるし、晃も真面目な顔でトモの言葉を待ってる。
佑輝だけはトモらしくないトモにびっくりしてる。
トモはしどろもどろに話をした。
「その、立ち姿とか」
「うん」
「礼儀正しいところとか」
「うんうん」
「いつもやさしく微笑んでるとことか」
「うんうんうん」
ぼくがうなずいて興味しんしんに聞くからか、トモも段々調子が出てきたみたい。
「とにかくなにもかもがかわいくてたまらない」「胸が苦しくて」「他になにも考えられなくなって」とポソポソ言葉を落とした。
なにこれもう! デレデレ!
ベタベタに惚れ込んでるじゃないか!
うわぁ〜! まさか現実でそんな映画や漫画みたいな恋が見られるなんて!
しかもそれが身近な親友だなんて!!
ニヤニヤしてたらトモがフィッと顔をそむけた。
さすがにからかいすぎたかな?
すると晃が「わかる」とうなずいた。
その言葉の重々しさに、思わずみんなが晃に注目した。
「竹さんのこと目に入れた途端、フワフワして落ち着かなくなるんでしょ?」
「! そう!」
「『これじゃダメだ』『しっかりしなきゃ!』って思っても、いつの間にか目で追ってたり、竹さんのことでいっぱいになってたり」
「! そう!!」
「ひとりのときでも竹さんのことばっかり考えて、なのに当人を前にしたらなにも言葉が出てこなかったり」
「!! そう! そう!! そうなんだよ!!」
トモは激しく同意して、ついにガバリと起き上がり正座して晃に向け前のめりになった。
晃も呆れたように笑って起き上がり、胡座でトモの前に座った。
「それ、相手に『受け入れて』もらったら落ち着くよ」
「……どういうことだ?」
真剣なトモに晃は「んー」と言葉を探し、「かなり感覚的な話になるんだけど」と説明した。
なんでも晃も同じ状態だったらしい。
高校の入学式の朝、ひなさんを目に入れた途端『とらわれた』。
それからは話もまともにできず、手をつなぐことも触れることもできなかった。
ドキドキして、キュンキュンして、うわわーってなって、どうにもならなくなった。
なのに、ひなさんに「好き」と告白して、ひなさんがそれを受け入れた途端、それまでのポンコツ具合がウソのように『スコン』と落ち着いたという。
「『半身』って言うのが、わかった。
欠けてた半分がカチッと収まったみたいな、在るべき形に戻ったっていうか……。
うまく説明できないんだけど、ひながおれのことを『受け入れて』くれた途端、落ち着いた」
「……………」
晃の話をトモは真剣な表情で聞いている。
眉間にシワが寄っている。
さっきのポンコツデレデレな顔と全然ちがう、いつも以上に真剣なトモ。
正面のハルにぽそりとちいさな声で聞いてみた。
「……竹さんがトモのこと『受け入れる』と、思う?」
「……………」
ハルはなにも答えなかった。なんか言ってよ。
まあぼくもムリだと思うけど。
あれ? てことは、トモ、ずっとこのまま?
ずっとポンコツなのは、まずくない?
黙ったトモに晃は続けた。
「そのかわり、『受け入れて』もらったら、今度は始終くっついていたくなる」
「――は?」
キョトンとするトモに晃は淡々と話して聞かせる。
「いつでもどこでも手を繋いでいたいし、なんならずっと抱きしめていたい。
常に隣にいたい。手の届く範囲にいてほしい。
他の男なんか見ないでほしいし、おれのことだけ見ててほしい」
「「「……………」」」
独占欲の塊のような発言にドン引くしかできない。
こりゃひなさんが逃げ出すのも納得だ。
まさか晃がこんなことになるなんて。
それから晃はいかにひなさんにくっついていたいか、どんなことをどんなふうにしているのか、具体的に、生々しく教えてくれた。
……そりゃひなさんも逃げ出すよ。
よく愛想つかされないね晃。
あれでひなさんも晃のこと大好きだからなぁ。
やっぱり佑輝がびっくりしていた。
トモは真っ赤になっていた。
トモっていっつも冷静沈着でスンってしてるからそういう話も平気なんだと思ってたけど、違ったんだね。単に興味がなかっただけなんだね。
で、自分と竹さんがそんなことになるって想像したら、そんなふうになるんだね。
晃に「トモだって『半身』と結ばれたらおれみたいになるよ」と言われたトモは面白かった。
キョトンとして、言葉が脳で処理された途端ガチン! って固まった。
みるみる真っ赤になって、アワアワとうろたえた。
なにか言おうとしたのか口をパクパクして、意味もなく手をワタワタさせて、最終的には「ぐわあぁぁぁ!」って頭抱えて床に額を打ち付けた。
「まあ、まだ若いから」
ハルはそんなトモにも平気な顔。
「姫宮にはそんな素振り見せるなよ。こわがられて逃げられるぞ」
「誰が見せるか!!」
があっと吼えるトモは泣きそうだ。面白い。
それからみんなの最近の様子を聞いたり「どんな娘がタイプか」なんて話をしたりした。
ナツも佑輝もまだ今のところ「好きなひとはいない」らしい。
女の子とのオツキアイもふたりとも「今はムリ」と言う。
佑輝は剣道が、ナツは仕事が忙しくて、女の子どころじゃないと話す。
「オレの一番は剣道だから。そこを理解してくれる女性でないとムリだと思う」
なるほど。確かにね。
「好みとかは特にないかな。女のひとはどんなひとでもかわいいよ。
――ただ、そうだなぁ…。
叶うなら、元気なひとがいいな。
おれより一日でも長く生きてくれそうなひとがいい」
――ナツは大好きな母さんを喪った傷を今でも抱えてるんだって、その言葉でわかった。
きっとその傷は一生埋まらない。
ナツはずっとその傷と共に生きていくんだろう。
思わずぎゅうっと抱きしめてよしよしと頭をなでる。
反対隣から晃も同じようにナツを抱きしめていた。
ナツはされるがままになって笑っていた。