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挿話 ヒロ 20 日曜日 4 本日の報告会

本編第三十八話のときのお話です

 夕方。

 竹さん達が帰ってきた。


 ……またぐったりしてる。


 まさかと思いながら父さんに目をやる。

 家族の視線を一身に浴びた父さんは困ったように笑って、うなずいた。


 ……つまりまた寝ちゃったんだね。


 昨日の菊様の話が蘇る。

 竹さんが他人の家に何度も行くことも、そこで寝ることも『あり得ない』と菊様は思っていた。


 それだけトモの家が落ち着くってこと?

 それともトモのそばが安心するってこと?

『半身』だから?



「おかえりなさい竹ちゃん。さあさあ。ごはんにしましょ。手を洗っていらっしゃい」


 アキさんにそううながされ「はい」と素直に洗面所に行く竹さん。

 姿が見えなくなったと同時に全員で父さんに詰め寄った。


「……まあ、お察しのとおり。また寝ちゃったんだよ竹ちゃん」


 ヘラッと笑って話す父さんに、ぼくもハルも言葉が出なかった。


「トモくんのそばだから?」

「多分ね」


 母さんの質問に父さんが答える。


「――もうずっとそばにいればいいのに……」


 そうつぶやく母さんをよしよしとなでて、父さんは困ったように笑った。


「――竹ちゃんにはムリだろう」


 どこか悟ったように言う父さんを母さんは困ったように見つめた。

 その視線に応えて微笑む父さんの顔は、ぼくが見たことのないもので、なんだか知らないひとのように感じた。


 そのとき。竹さんが戻ってくる気配がした。

 パッといつもの表情に戻った父さんは「そうだ」と明るく声をあげた。


「トモ、霊玉渡すって。ね。竹ちゃん」


 戻るなり話を振られた竹さんはびっくりしていたけれど、すぐにふわりと微笑んだ。


「はい」と返事をするその顔はうれしそう。


「隆弘さんのおかげです。隆弘さんはすごいですね」

「そうでしょ!? ウチのタカはすごいのよ!」


 褒められた父さんよりも早く母さんがえっへんと胸を張って答える。

 そんな母さんにぼくらも、竹さんも笑った。


「ええと、もう一回みんなを集めたほうがいい?」

「そうですね。この間一時中止したところから再開できればと思います」

「わかった。日程調整するね」

「おねがいします」


 短く確認しあって、夕食になった。



 夕食の席では双子がどうしていたかの話に終始し、双子を寝かしつけてから恒例の報告会となった。

 昨日同席していたからと、白露様と緋炎様にもお越しいただいた。


 みんなでお茶をしながら話をする。

 今日のお茶請けはパウンドケーキ。

 トモの家に行くのにアキさんが「おやつに」と作ったもの。

 トモの家には甘さ控えめくるみとナッツのパウンドケーキを持たせたけど、今食べているのはバナナとチョコのパウンドケーキ。

 ぼくと竹さんはさらに生クリームを添えて。甘くておいしい。


 白露様と緋炎様のお口にも合ったみたいだ。よかった。


「今日『潜って』調べたことはまたまとめて報告書をあげる。

 会社の概要とか資産とかは全部把握した」


 父さんの報告にうなずく。


「残念ながら『災禍(さいか)』の気配は感じられなかった。ですよね?」

 問われた黒陽様と竹さんがうなずく。


「画面越しだからわからないのか、そもそも無関係なのか、それすらもわからなかった」


 そう言う黒陽様に白露様緋炎様も「まあ仕方ないわね」「ダメモトだったから。まあいいんじゃない」とあっさりしたものだった。


「ただ」

 続いた話に守り役達とハルは表情を厳しくした。


 デジタルプラネットから指示された走行ルートがなにかの陣になっている可能性。

『二度目の世界』が滅びたときの話。

 灌漑(かんがい)用水路が陣になっていて、発動した途端、陣の中にいた人間すべて『(にえ)』にされた。

 今回のこの走行ルートもそうなのではないか?

 機材を積んで走らせることで、なにかの陣を描いているのではないか。

 黒陽様はそう推察していた。


「機材にも、走行中にも、おかしなところはなかった。

 それは間違いない。

 ただ、我らの知らない術や機材を展開されていたとしたら……気付けなかった可能性は、ある」


災禍(さいか)』はこれまでにたくさんの世界を渡り歩いていた可能性が高いことは以前の話し合いでわかっている。

 そのためか、『災禍(さいか)』の使う術は黒陽様達が使う術とは系統がちがうという。

 だから守り役達も姫達も『災禍(さいか)』の術を防ぐことができなかった。

 今現在に至るまでその身に受けた『呪い』を解くことができていない。


 ちなみにぼくらが使う陰陽術をはじめとする術や陣は、五千年前に『落ちて』きた高間原(たかまがはら)のひとたちから伝わったものだという。

 だからぼくらにも『災禍(さいか)』の術はわからないし防げない。


「とりあえず、今回『潜って』侵入ルートはみつけたから。

 トモ以外の走行ルートを洗い出して、まとめてみる。

 また作ったら確認してください」

「わかったわ」

「たのむわね」


 父さんの言葉に守り役達が口々に承諾する。


「『バーチャルキョート』のシステムに関しては『潜った』範囲でなんとなくわかったこともある。

 これもまたまとめとく。

 なんなら情報処理の連中と、トモに教えとく」

「頼む」


 そうして霊玉の話題に話が移った。

 トモが霊玉を渡す決心をしたこと。

 今度の火曜日に再び術を執り行いたいことを伝えると、白露様も同意してくださった。


 もろもろ決まって、竹さんは離れに戻った。

 黒陽様は「もう少しタカと話をしたい」と居残ることになり、竹さんはひとりで離れに戻った。


「おやすみなさい」と生真面目に挨拶をして部屋を出ていく。

 パタンと扉が閉まった。



「――で?」

 本当に聞きたいのはこれからだ。


「トモ、どうだった?」


 ぼくの質問に父さんはそれはそれは楽しそうに、でも少し困ったように笑った。


「もう、デッレデレ」


 父さんのその言葉に白露様と緋炎様が驚いた。

「トモが!?」「見たかった!」と楽しそう。


 わかるわかる。

 トモって、いっつも冷静沈着。

 飄々としてて、ぼくらと遊ぶときでも悪ふざけしてじゃれるときでもどこか冷めてるところを残してるんだよね。


 そのトモが。


 一昨日会いにいったときの様子を思い出す。

 顔を真っ赤にしてぼそぼそしゃべってた。

「かわいい」しか言葉がなくなってた。

 あんなトモ、信じられない。


 今日もかなりポンコツになっていたらしい。

 父さんがあれもこれもと教えてくれる。


 え? 目の前にいる父さんと黒陽様に気付かなかった?

 竹さんのこと真っ赤な顔でずっと見つめてた?

 受け答えもまともにできない?

 にっこり笑ってもらって胸押さえて固まってた?


 なにそれおもしろい! 見たかった!!


 そう言うぼくと母親達に、父さんは困ったように笑うだけだった。



「竹ちゃんが寝てるとき――オレと黒陽様と話をしてるときはいつものトモなんだよ。

 冷静に自分を客観視して、現状を理解しようとしていた。

 これからどうすればいいか、真剣に考えてた」


 ちょっと真面目な顔になって父さんが言う。


「けっこうキツいことも言ったんだよ」

「どんな?」

 ぼくの問いかけに父さんはちょっと困ったように笑って、指折り数えて言った。


「『竹ちゃんはお前のほうを向けない』とか」

「『遺される覚悟はあるか』とか」

「『半身を喪う覚悟はあるか』とか」

「『彼女を救うだけのチカラがあるか』とか」


「……ズバリ言ったねえ……」

 引きつったように笑いながらオミさんがつぶやく。

 そう言うだけで否定しないということは、オミさんも『そう』思っているということだろう。


 ぼくはちょっとびっくりした。

 トモと竹さんは『半身』で。ふたり一緒にいるだけで安定して。前世で夫婦で。今生もトモは竹さんにべた惚れに惚れてて。

 だから『さっさとくっつけばいい』って思ってた。

 竹さんが生真面目で罪と責務にとらわれているのが問題なだけで、トモががんばって押せばなんとかなるんじゃないかなって思ったときもあった。


 でも。


『長くて五年』

 一昨日のハルの話が頭をよぎる。


 トモは、遺される。

 どれだけ好きでも。

 運よく両想いになれても。


「黒陽様もね」


 チラリと黒陽様に顔をむける父さん。

 黒陽様も頭を上げて父さんにうなずく。

 

「言ったんだよ。『竹ちゃんのことを負うな』って。

『死ぬまでのあと数年、ときどき会ってくれるだけでいい』って」


 黒陽様も竹さんはあと数年で死ぬと思っている。

 これまでもそうだった。きっとそうなんだろう。


 あのお人よしでやさしいひとが数年でいなくなる。

 そう考えると、かなしくなった。

 なにも言葉が出なくて、ただうつむいて黙っていた。


「なのにトモときたら」

 呆れたような父さんの声に顔を上げると、父さんはニッと笑っていた。


「『諦めるなんてできない』って」

「『どれだけかかっても強くなる』んだって」

「『そばにいたい』んだって」


 ――すごいなトモ。

 ぼくはあっけにとられた。


 もうすぐ亡くなるってわかってて、遺されるってわかってて、それでも『そばにいたい』って。

 竹さんのそばにいるためには大変なことばかりだと思うのに。

 それで報われるかどうかもわからないのに。

 それでも『強くなる』って。『諦めない』って。


 改めて、トモがどれだけ竹さんのことが好きなのかを見せつけられたようだった。

 改めて、ふたりのことを応援したいって思った。


「またか」

 ハルが呆れたのを隠すことなくため息をついた。

「まったくあいつは……。本当に前世の記憶がないのか?」


 ブツブツ言う様子から、どうやら前世でも同じことを言ったらしい。

 黒陽様もうんうんとうなずいていた。


「姫のそばにいられるくらい強くなる方法を探していたから、霊玉を渡すことを提案した。

 一度失ったものを取り戻す過程で、今よりも伸ばすことができるだろうから」


「なるほど」と白露様と緋炎様がうなずいている。


「とりあえず霊玉を手放させて。『(うつわ)』を大きくさせて。霊力を増やして。

 それから戦闘や術の訓練をしようと思うんだ。

 白露、緋炎。協力してくれるか?」


 黒陽様のお願いに「いいわよ」「もちろん」とおふたりは答えた。


「――ただ……」


 そっと黒陽様が目を伏せた。


「それでどれほどの『強さ』を得られるか……」


「――そうねぇ……」


 その言い方が気になって、余計なことかもと思ったけど口を出した。


「今のトモよりも強くなったなら、十分強いんじゃないですか?

 今だって特級退魔師なんだし」


 そう。

 トモは、ぼくらもだけど、この京都ではトップレベルの戦闘力がある。

 純粋な霊力量と戦闘力で言えばぼくらより強いヒトはいない。

 もちろんこの京都には『ヒトならざるモノ』がたくさんいて、そのひと達には敵わないこともある。

 それでも、黒陽様達が修行をつけてくれるなら、トモが今よりも強くなるなら、十分『強い』って言えるんじゃないのかな?


 そう思っていたぼくに、黒陽様はゆるく首を振った。


「この『世界』を取り巻く霊力量は、年々減っているんだ」


 黒陽様の説明によると。

 五千年前、高間原(たかまがはら)から『落ちて』きたとき、この『世界』の霊力はもっと多かったという。

 それが高間原(たかまがはら)から次々とひとが『落ちて』きた。


 高間原(たかまがはら)はこの『世界』よりももっともっと霊力の多い『世界』だったという。

 そこで暮らしていたひと達はみんな霊力があって、日常の至るところで当たり前に霊力を使っていたし、霊力を固めた霊力石をエネルギーとした、現代(いま)の生活家電のような道具を使っていた。


 そんな生活をしていたひと達は、新しい『世界』でも同じように霊力を使っていた。

 そのためか、この『世界』を取り巻く霊力量が年々、徐々に減っていったという。


 高間原(たかまがはら)から五千年経った現代。

『世界』を取り巻く霊力量は、五千年前と比べてとてもとても少なくなっているらしい。

 つまりそれは、元の『世界』――高間原(たかまがはら)で生きた姫や守り役達との差が途方もなくあるということ。


 何度も生まれ変わっている姫達だけど、その高霊力はそのまま受け継がれて生まれ変わっている。

 姫達の身体はこの『世界』のものだけど、霊力をためる『(うつわ)』は高間原(たかまがはら)にいたときのまま、ということらしい。


(うつわ)』の大きさは、そのまま『強さ』につながる。


 トモがどれだけ修行しても、守り役達がどれだけ指導しても、取り込むべきこの『世界』の霊力が少ないとなると『(うつわ)』を大きくするのにも限界があると黒陽様は説明する。


「この『世界』の少ない霊力に馴染んだ身体だから、高霊力を扱う術を展開するのも限界があるだろうしな」


 つぶやく黒陽様に「そうねえ」「無理かもねえ」と白露様も緋炎様もうなる。


「――でも、やらないよりはマシじゃない?」

 緋炎様の言葉に下がっていた黒陽様の頭が持ち上がった。


「気休め程度でも強くなれたら、竹様のそばにいられる可能性、あるんじゃないの?」

「そうよ! 霊力少なくてもそこは知恵と工夫で戦えば!

 術だって高霊力がすべてじゃないわ。戦い方次第でどうにかなることだってあるわ!」


 お二人に励まされるように言われ、黒陽様もようやくちいさく微笑んだ。


「――そうだな。まずはやってみないとな」

「そうよそうよ! やってみましょう!」

「私達みんなで鍛えればなんとかなるかもしれないわ! がんばりましょう!」


 きゃっきゃと盛り上がる守り役達。

 トモ、大丈夫かな?


 ちょっとひきながら見守っていたら、パッと黒陽様がぼくに顔を向けた。


「ついでにヒロ。お前も鍛えてやろう!」

「は!?」

「いいわね! トモひとりに修行つけるのも他の子達も一緒に修行つけるのも同じだものね!」

「戦闘訓練するのに相手がいるものね! ヒロなら同じくらいの実力だから、うってつけね!」

「え!? い、いや、そんな」


 オロオロするぼくの横でハルがひとつため息をついた。


「――そうですね。トモと合わせて、このヒロもお願いします」

「ハル!」


 ナニ言っちゃってくれてんの!? そんな、あの『(まが)』のときの修行よりも地獄の修行になりそうなことに放り込まないでよ!!


 なのに守り役達は「まかせといて!」とノリノリだ。


「他の子達もついでに鍛えたいけどね」

「時間的に無理かもしれませんね」

「晃は別で私が修行つけに行くわ。祐輝とナツはどう? 無理かしら?」

「あのふたりは、朝早くとか夜遅くとかしか時間が取れないでしょうねぇ」

「晃に緋炎が行ってくれるなら、祐輝とナツのところには私が行くわ。

 ふたりだけ仲間はずれはかわいそうだものね」


 それはちっともかわいそうじゃありません!

 え? なんで? なんでぼくらまで修行することが決まってんの?


 反論することすら許されず愕然(がくぜん)とするぼくの前で、守り役達は楽しそうに修行計画を立てていた。

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