挿話 ヒロ 18 日曜日 2 まとめてみよう
朝食を済ませ、父さんと竹さんと黒陽様は予定どおりトモの家に向かった。
ぼくは今日はハルにくっついてお手伝い。
午前中に通常業務を片付けて、午後からは『バーチャルキョート』に関する調査報告を確認する。
昨日問題に上がった、現実世界とゲーム内の妖魔の出現の関連性があるかを調べるために調査報告を確認。
竹さんは昨夜のうちに手持ちの資料全てに目を通してくれていた。
そちらも再度確認。
ああだこうだと話しながら、調査の方向を相談する。
「安倍家にあがってない報告もあるかもね」
「『守護者』がいなくなっている可能性はどう調べたらいいだろうか」
オミさんと三人で大まかな話を固めて、それから現当主であるハルの祖父を呼ぶ。
ハルの生まれる前のことを確認。
これからの方針の相談。
方向が決まったところでオミさんは弁護士事務所に戻る。
それからまた各所の責任者に仕事を振り分けていく。
途中、父さんからハルに電話がかかってきた。
オミさんに特別依頼をしたという。
『ここ三十年の、京都市内の不審死及び行方不明についてのリストアップ』
その依頼内容に、ゾワリとした。
それって、その不審死や行方不明も『災禍』が関わってるってこと?
どこにいるかわからないだけでどこかで生きてるんじゃないか――『神隠し』と呼ばれる、異世界や異界に行ってしまったんじゃなく、もうそのひと達は生きていないかもしれないってこと?
ハルが卜占の道具を出して占った。
「――『関連あり』それしか出ない」
ハルは悔しそうにそう言うけど、それだけでも十分じゃないかな?
ハルにそう言ったら、困ったように眉を寄せて笑った。
『「災禍」に関連があるか』との問いには『わからない』と出た。
『この一見無関係に見える行方不明や不審死は関連があるのか』と占ったら『関連あり』と出たという。
行方不明者の調査をするための鍵になればと占いの得意なひとに依頼をする。
ハルもご当主も占う。
いくつかの場所やヒトが候補に上がる。
オミさんに報告して調査に向かってもらう。
安倍家の能力者も弁護士事務所のひとも使う。
嫌な予感に首のあたりがざわざわする。
調べることが多すぎてなんだか落ち着かない。
「一度わかっていることをまとめて、問題点をリストアップ。
それをひとつずつ片付けていくようにしろ」
ハルがそうアドバイスしてくれた。
ハルのアドバイスに従って『災禍』関係で調べたことを一度まとめてみよう。
一。デジタルプラネットの社長について。
『災禍』の『宿主』の最有力候補。
二月に竹さんの事情を聞いて、父さんが『怪しい』と報告してからずっと調査している。
家族関係。親戚関係。友人関係。
両親祖父母はすでに他界。親戚づきあいは皆無。
人嫌いで有名な人物だけあって友人もいない。
唯一同級生から名が上がったのが、現在の副社長。
彼女が高校で出会った社長の才能を見出し、プロデュースしたから『バーチャルキョート』はここまで成長したと言われている。
その副社長には会えた。
『災禍』の気配はなかった。
学生時代の社長について話を聞いたが、特に怪しいところはなかった。
学生時代の社長は典型的なパソコンオタクで、休憩時間はパソコン関係の本を読んでばかりだった。授業が終わったらすぐに家に帰っていた。
遠足や体育祭なんかの行事は「意味がない」と休んでいた。
修学旅行も休んだらしい。
「大学に行かない」と決めた社長に『起業』という選択肢を提案したのもこの副社長だった。
「自分が営業として支えるから。やれるところまでやってみよう!」と、渋る社長を引っ張り出して『バーチャルキョート』をあちこちにPRし、売り出した。
副社長自身は大学に進学しマーケティングについて勉強した。
在学中から『バーチャルキョート』を売り出し、企業や官公庁に「こんなことをしていきたい」と提案書を出しまくり、そうして現在の『バーチャルキョート』が出来上がった。
『バーチャルキョート』を作ったのは確かに社長の保志氏だが、育てたのは間違いなくこの副社長の三上女史だった。
だから、念の為にとこの副社長についても調査した。
家族。親戚。友人。
どこを調べても怪しいところはなかった。
幼い頃から面倒見の良い、頭の良い女性だったとわかっただけだった。
社長関係で怪しいのが、母方の祖父の家と会社の没落。
バブルのときにおとしいれられて家屋敷と会社全部奪われた。
その後すぐに祖父母は亡くなっている。
その死に不審なところはない。
祖母は過労が原因と思われる免疫不全症候群、祖父も心因性のものだろう衰弱死だった。
父親はその祖父が経営していた運送会社で働いていた。
そこで共に働く社長の娘と恋をして結ばれた。
この父親も経歴におかしなところはない。
会社が潰れてからは別の運送会社に再就職。
その配達中、車線をはみ出してきた対向車と正面衝突して亡くなった。
この事故についても調べたけれど、残された報告書や当時のニュース映像、当時を知るひとの証言では『災禍』の関わりがあるかどうかわからなかった。
両親に続いて夫まで亡くし、母親はがむしゃらに働いたという。
ひとり遺された息子のためにと、朝早くから夜遅くまで働いて働いて、そして倒れた。
息子の中学卒業を見届けて、卒業式の翌日亡くなったという。
ひどくない?
この報告書、何回確認しても泣きそうなんだけど。
なにこの不幸の連発。
神様ひどすぎですよ。
父方の祖父母はすでに他界していた。
頼りになるはずの親戚は母方の祖父の会社が傾くにつれいなくなった。
祖父母の友人知人も、両親の友人知人も潮が引くようにいなくなった。
そんな中家族を守ろうと必死であがいていた篠原さん家族だったけど、ひとり、またひとりと亡くなり、中学を卒業したばかりの少年ただひとりが遺された。
ぼくと同じくらいの少年が、頼る大人も友人も無く、たったひとりで世間に放り出された。
それはどれほど辛いことだろう。
次々と家族を喪い、ただひとり遺された少年。
一体なにを考えて、なにをおもっていたのだろう。
その不安やかなしみを叩きつけるように開発したのが『バーチャルキョート』。
高校一年生の夏に発表して以来、毎年新作を発表し規模を広げ、今や京都の経済に影響を与える存在にまで成長した。
結果だけ見れば彼は『成功者』と呼ばれるだろう。
伏見区に自社ビルを建てた。たくさんの社員も従えた。一流と言われる会社の人間が『バーチャルキョート』に参入させてくれと頭を下げてくる。
一体どんな『願い』を込めてこのゲームを作ったんだろうか。
金持ちになりたい。
有名になりたい。
えらくなりたい。
自分のチカラを示したい。
パッと思いつくのはそんなところ。
どれも間違いでない気もするし、どれも本当でない気もする。
キョートの街に現れる鬼を倒すゲーム。
現実世界そのままの『世界』に『鬼が出る』というのが最初のブレイクのきっかけだったと聞いている。
でも『京都に鬼』なんて、ずっとずっと昔から使われまくってきた題材だ。
平安時代の物語から始まり、最近のゲームや小説マンガまで。
ありとあらゆる媒体が取り上げすぎててイマサラ感すらある、定番中の定番。
そのクリア条件だって『どこかに隠れているボス鬼を探し』『倒す』ことで『キョートの街を開放する』というもの。
これもベッタベタなパターンだと思う。
当時は目新しかったのかな?
今の『バーチャルキョート』はこのボス鬼の存在が公表されていない。
ゲームのストーリーを進めていると「どこかにボス鬼がいるらしいよ」なんて話に上がることはあるけれど、明確に「いる」とはされていない。
だから七月のバージョンアップでこのボス鬼が出てくるんじゃないかって噂が出ている。
「どんなボス鬼か」なんて考察まですでに始まっている。
これまでのボス鬼は有名な鬼が多かった。
大江山の酒呑童子。羅生門の茨木童子。
『織田信長が実は鬼だった』って展開もあった。
だからネット上の『キョート民』は有名な逸話のまだ登場していない鬼や妖怪が「新しいボス鬼だ」と言ったり「歴史上の人物だ」と言ったりしている。
でも、ぼくらは知っている。
最近の出現傾向。
リアルで出た鬼が『バーチャルキョート』にも出現すること、またはその逆があることを。
だから、本当に七月のバージョンアップで『ボス鬼』が現れるなら、とんでもない鬼もしくは妖魔が現れるんじゃないかと警戒している。
そのためにも竹さんに封印石や結界石をせっせと作ってもらって『そのとき』に備えている。
社長関係でもうひとつ怪しいことがあった。
社長の祖父の家屋敷と会社を奪った関係者が、誰一人見つからないこと。
社長の『祖父の友人』という人物は聞き込みですぐに判明した。
そのひとは行方不明になっていた。
篠原家の没落前に姿を消していて、どこに行ったのか、今生きているのかもわからない。
ハルの占いでは『この世にいない』らしい。
まあ三十年経ってるからね。
その頃おじいさんだったなら普通に亡くなってておかしくないけどね。
ハルもそう思って『いつ亡くなったか』占ったけど、こちらは『わからない』となった。
その『祖父の友人』の家族も行方不明。
妻、子供、孫。全員の行方がわからなかった。
当時『祖父の友人』はあちこちに借金を作っていた。
それで家族はそんな夫を、父親をさっさと見捨て、京都を出ていっていた。
あちこちにすがったけれど誰からも見捨てられ、唯一助けてくれたのが篠原さんだったらしい。
借金を持った男に追いかけられるのを警戒したのか、家族は転居先がわかるような情報を全て消していた。
だからこちらも生きているのかも死んでいるのかわからない。
借金を作る原因となったのはとある反社会的勢力。
篠原家の土地を狙った人物からの依頼だった。
こちらは現在存在していない。
当時の構成員も誰一人生きていない。
二十五年ほど前にとある事件を追っていた警察が押し入ったら、何故か全員死んでいたという。
司法解剖したけど死因は『わからない』。
ただ、なにか恐ろしいモノでも見たかのように恐怖に顔を引きつらせて亡くなっていた。
異常な事件の裏には『ヒトならざるモノ』がいる。
それはこの京都では常識だ。
当然警察から安倍家に調査依頼が入っていた。
当時まだハルは生まれていない。
調査に当たったご当主によると『ヒトならざるモノ』の気配は『感じなかった』という。
瘴気もなにもなく、占いでも何故五十人近い人間が一斉に亡くなったのか『わからなかった』らしい。
それこそどっかで恨みを買って呪われたのかな?
「『呪い』だったらわかるよ」
あ、そうですか。
うーん。不思議だねぇ。
そして篠原家の土地を狙った、いわゆる『言い出しっぺ』も全員行方不明になっている。
バブル崩壊でかなり痛い目にあったらしい。
それまでにかなりひどいことをあちこちでやらかしていたらしく、誰も助けてくれなかったと。
搾取していた側だったのが搾取される側になり、どこに逃げたのかわからないという。
………こうして改めて並べてみると、篠原家の没落に関わったひと全員生存確認ができてない。
……………偶然……………?
たらり。イヤな汗が背筋をつたう。
なんだろう。なんか、イヤな感じ。
「ハル」
耐えきれなくて、ハルに助言を求める。
ぼくがリストアップした名前とその生死についての一覧表に、ハルもちいさく眉を寄せた。
「……リストにするとよりよくわかるな……」
ぼそりとつぶやいたハルは少し思案に沈み。
「――さっきのタカの依頼。
『ここ三十年の、京都市内の不審死及び行方不明についてのリストアップ』
これも『バーチャルキョート』の年表に落としてみよう」
情報分析班の仕事がまた増えることを決めた。