挿話 ヒロ 16 土曜日 4 検討会と新たな依頼
「『バーチャルキョート』年表はある程度埋まってきています。アイテムなどの情報も」
ハルの婚約者のリカちゃんとそのお兄さんの彰良くんが『学生です』『自由研究として大好きな「バーチャルキョート」のことを調べてます』とあちこちに接触しては情報を聞き出し、まとめてくれた。
リカちゃんはわりと長くプレイしているプレイヤーなので、誰も不審がることなく教えてくれたという。
そのリカちゃん兄妹から出された途中経過報告書をハルは守り役と竹さんに見せる。
菊様には報告書があがるたびにコピーを送っている。
「バージョンアップのたびに街が広がり、街並みがリアルになっていった。
最初は昔――それこそ平安時代とかの事件をモチーフにしている場面が多かったですが、十五年くらい前からは『バーチャルキョート』の中で起きる事件と現実の事件とのタイムラグが少なくなっていっています」
主に鬼の出現に関して。
別の報告書を取り出してハルは該当場所を指差した。
『バーチャルキョート』の事件と関連するであろう現実の事件が日時とともに記されている。
『バーチャルキョート』で鬼が出て数日後に現実に鬼が出たときもあれば、現実に鬼が出て『バーチャルキョート』で鬼が出たときもあった。
「十五年前くらいからオンラインが主になっています。現在と同じような形ですね。
だからこそタイムリーにゲームと現実を関連付けやすかったというだけなのか、たまたまなのか……」
ハルの説明に、守り役達は厳しい顔をしている。竹さんはへにょりと眉を下げている。
報告書に目を走らせていた緋炎様がふと顔を上げた。
「でてくるのは鬼だけ?」
その質問に記憶をあさってみる。
ぼくも報告書は読んでいる。だからすぐに答えが出た。
「ゲーム上では『すべて鬼』となっていました。蛇や蜘蛛のような妖魔にもツノが生えていて『蛇型』とか『蜘蛛型』とかの鬼に分類されていました」
「なるほど」と緋炎様はうなずく。
「つまり、現実世界に出現した妖魔もゲームに出ているということね」
うなずくぼくに、さらに緋炎様が問いかける。
「現実の妖魔の情報と、その『バーチャルキョート』の『鬼』と、どのくらい整合率があるか、わかる?」
そこまでは調べていない。
あくまで『バーチャルキョート』の事件を基本に、そこから同じ場所で事件が起きていないか確認するという形をとったからだ。
「……安倍家にあがっている妖魔の情報を全部リストアップしないと、ちょっとわかりませんね……」
ハルが難しい顔で顎に手を当てた。
どれほど途方もない情報を整理しないといけないかと考えているんだろう。
情報が多ければ多いほど判断材料としての信憑性は高まるけれど、結果が出るまでに時間がかかる。
どうするのがいいか悩んでいるようなハルに、オミさんが声をかけた。
「リンクしてる可能性が高いのはここ二十年くらいだろ?
二十年分全部だと時間がかかるから、まずはこの五年の情報を精査してみたらどうかな」
その意見に納得したらしいハル。
守り役達も「それでお願い」と言い、安倍家の情報管理部門の仕事が増えることが決定した。
話が一段落したとわかったのだろう。
「あの」竹さんがおずおずと口をはさんできた。
このひとが口を出すのはめずらしい。
そう思っていたらハルが「なにか?」と話をうながした。
「あの、ここの、この『炎の鬼』って、皆さんの霊玉にした、あの『禍』ですよね?」
え? と竹さんの指の先を見る。
確かに『炎をまとった鬼』の出現情報があった。
その鬼が『バーチャルキョート』に出現したのは三年前。ぼくらが討伐に向かった、数週間あと。
ただその出現場所はあの公園でなく、少しズレた場所だった。
日にちも場所もズレていることから関連付けしていなかった。
「場所ちがうよ?」そう指摘したら竹さんはコテリと首をかたむけた。
「皆さんが向かわれたのは、四百年前に晴明さんが封印石を埋めた場所ですよね?」
竹さんの言葉にハルは目をまんまるにした。
ぼくはなんのことかわからず「は?」としか返せない。
「もともと私達が封じたのはこのゲームの場所です。
いつの間にか封じた場所の上が道になってて、そこに霊玉守護者さんが五人通りかかったから封印が解けたと聞きました」
バッとハルに顔を向けると、ハルはそれはそれは渋い顔をして腕を組んでいた。
全員の視線を受けてハルはうなずいた。
「そう。
だから四百年前に封じたあと、人が簡単に近寄らないように神社の敷地の隅に封印石を封じて、封じた場所の上に祠を立てて護らせたんだ」
それがどうして公園になったのか。
「長い時間の間に神社は神主の一族の家になり、前世私が死んで生まれ変わるまでの間――いわゆる高度経済成長期にはその家もなくなって公園になっていた。
祠もいつの間にかなくなっていた。
私がそれに気付いたのは二歳のときにヒロの『先見』が出たとき。
『そういえば封じた場所はどうなっているだろうか』と確認して、初めて気付いたんだ」
『禍』のことを申し送りしていたはずだが、いつの間にか途絶えていたらしい。
無理もないよね。安倍家が把握している『ナニカが封じられた場所』って、すごい数だもん。
だからこそ『守護者』を置いて、それぞれに管理してもらってるんだもん。
その『守護者』も時代の流れで消えていたらしい。
そんなところも多いと。
それもあって安倍家が京都全体を管理していると。
でも幕末と大戦、高度経済成長とバブルでごちゃごちゃになって、把握しきれてないところもまだいっぱいあると。
へー。
……それって、『情報に洩れがある』ってこと?
大戦で多くの『守護者』が戦争に取られた。
帰ってきたところはいいけれど、引き継ぎをせずに帰ってこなかった『場』もたくさんあるという。
引き継ぎが行われていないから『守護者』がいなくなったと報告してくるひともいなかった。
そうして忘れられていった『場』が大量にできた。
戦後しばらくして、前世のハルは亡くなった。
それから今生転生するまでの約五十年の間は大きな事件がなかったこともあり、現状を維持するだけだったらしい。
改めて京都の結界を確認することも、封じられたモノがちゃんと封じられているか確認することもなかった。
「……失敗したな。
もっと頻繁に、定期的に『守護者』の確認に行くシステムを作っておくべきだった」
昔は今ほど安倍家の力が大きくなかった。
というより、他家の力が今よりずっと強かった。
強い霊力を持った『能力者』も多かったし、退魔師も結界師も強いひとが多くいた。
陰陽師も今よりずっとたくさんいた。
だから安倍家がしゃしゃり出る必要がなくて、それぞれの『守護者』に会うこともなかったとハルが説明してくれる。
現在は霊力の強いひとは「昔ほど多くない」とハルは言う。
むしろ霊力の少ないひとがほとんどだと。
そのためか、封じていたモノが出現することが頻繁に起こるようになった。
その家だけでは対処しきれず、安倍家を頼るようになった。
そうして安倍家が京都全体を取りまとめるようになっていった。
だからハルが言う『失敗』は無理もないことだとぼくは思うんだけど、ハルとしては悔しい部分なんだろう。
ハルは書類をにらみつけていたけれど、顔を上げて竹さんに向けた。
「姫宮」
「はい」
「改めてこの報告書に目を通していただけますか?
そして、今の『禍』の件のように違和感があれば教えてください」
竹さんは『バーチャルキョート』ができた頃はまだ転生していなかった。
だからその頃の情報は知らないだろうとハルもぼくらも内容チェックまではしてもらっていなかった。
他にも今回のように竹さんや黒陽様達に気付くことがあるかもと、ハルは報告書の確認を依頼した。
素直な竹さんは「はい」と二つ返事で引き受けた。
「白露様と緋炎様もお願いできますか?」
「もちろんよ」
「竹様と一緒に確認するわね」
おふたりからも色よい返事をいただき、これでこの話は終わりになった。
「じゃあ早速これから確認しますね」
「待って竹ちゃん」
報告書を持って離れに戻ろうとする竹さんをアキさんが止めた。
「もう夜遅いわ。報告書の確認は明日にして、今夜はもう寝なさいな」
「え。でも、早いほうがいいですよね」
「今なら守り役もそろっているから」という竹さん。真面目だなぁ。
と、腕を組んで黙っていた父さんが口を開いた。
「――そうだな。竹ちゃん。その報告書の確認は今夜頼むよ。
急がないから、できるところまででいいよ」
夜ふかしを推奨する父さんの言葉にアキさんがキッと父さんをにらむ。
父さんはそんなアキさんを気にすることなく、竹さんに向けて身体を乗り出した。
「――竹ちゃん。黒陽様。明日オレに付き合ってくれない?」
キョトンとして首をかしげる竹さん。
ハルは『またなにを企んでいるんだ』と言いたげに口をへの字にした。
「トモん家、行こ」
思いもよらない言葉にみんな絶句した。
ひとりケロッとしている父さんが竹さんに微笑みかける。
「今日パンいっぱいもらったろ?
お礼に今度はオレがおかず作るよ。
転移で連れて行って」
「な、そん、なん」
「なんでそんなことを言い出した?」
アワアワする竹さんの代わりに黒陽様が問いかける。
父さんはニヤリと口の端を上げ、スッと真面目な顔になった。
「『バーチャルキョート』に潜る」
意味がわからないらしい竹さんと守り役達に、父さんはさらに説明する。
「『バーチャルキョート』のシステムに侵入する。
なにかヒントがあるかもしれない。
トモはデジタルプラネットのバイトでデータをアップしていたんでしょ?
てことは、あいつ、アクセスコードを持っている。
そこから侵入する」
そこまで説明されて、竹さんは口を開けて固まった。
「トモの言っていた『トモのパソコンに侵入してそこからバーチャルキョートのシステムに攻撃する』という件か?
それをタカ、お前がやるということか?」
黒陽様の確認に「そう」と父さんは軽く答える。
竹さんが血の気の引いた顔でふるふると首を振った。
「――それは、『悪いこと』ですよ、ね?」
父さんはニヤリと嘲笑った。
「大丈夫! 機材用意して持っていくから! トモには迷惑かけない。ちゃんと『トモのコードから侵入した』ってバレないようにうまくやる!」
ニヒヒッと笑う父さんに竹さんはそれでも首を振る。
「隆弘さんに、『悪いこと』、させられません」
「ダメです」
そんな竹さんに父さんはやさしく微笑んだ。
「竹ちゃん。
責務のためには多少の『悪いこと』も必要だよ?」
それでも竹さんは首を振る。
「ダメです」
「そこまでしてくれなくて、いいです」
「――侵入したときに、パソコン越しにでも『災禍』の気配の有無が確認できるんじゃないかと思うんだ」
父さんの説明に、竹さんはそれでも首を振る。
「『災禍』の気配があれば、竹ちゃんと黒陽様ならわかるんでしょ?」
「――わかる」
「黒陽!」
父さんの計画を容認するような黒陽様の答えに竹さんは色めき立つ。
それを気にすることなく父さんは黒陽様と話を続ける。
「それこそ攻撃されてることに気付かれて、逆にオレが攻撃されたら、結界とかで守ってくれます?」
『守って』の言葉に竹さんがグッと詰まった。
自分達がいなくても父さんはやると竹さんは理解した。
「当然だ。
我らの責務のための調査だ。
その調査をするお前を守ることは我らの責任だ。
なにが起こっても、必ず守る」
「ありがとうございます」
おどけたように礼を述べる父さんに竹さんは黙ってしまった。
「――いい切り口かもしれないわね。
社長本人を探ることができない現状、『バーチャルキョート』から攻めるのはいい考えだわ。
タカなら普通のところでないところまで調べられると、そういうこと?」
緋炎様の確認に「そうです」と答える父さん。
「ゲームをプレイしていてはわからないところまで侵入します」
「うまくいくかどうかわかりませんけどね」との言葉に「十分よ」と緋炎様も微笑む。
「竹様。タカに頼みましょう。
今はどんなちいさな手がかりでも欲しいんですから」
緋炎様にまで説得されて竹さんはますます泣きそうに顔をゆがめ、うつむいた。
「――申し訳ないですけど、竹様」
おずおずと、心底『申し訳ない』という白露様の声に竹さんは顔を上げた。
「この話、ウチの姫が聞いたら絶対に『やれ』って言います。
竹様が『反対してる』と聞いたら、間違いなく竹様怒られますよ?」
その未来が容易に見えたのだろう。竹さんはそれはそれは情けない顔をして、がっくりとうなだれた。
「ね? 竹ちゃん。明日はオレの護衛してね?」
「仕方ありません姫。
ここは犯罪行為には目をつぶりましょう。
それよりもタカを守らないと」
「どうせ黙ってても菊様にはバレるんだから。
報告して怒られるより、今ここで受け入れたほうがいいですよ竹様」
黒陽様、緋炎様に説得される竹さん。
しばらく葛藤していたけれど、ハッとなにかに気付き、ブンブンと首を振った。
「やっぱりダメです! トモさんのご迷惑になります!」
「「「……………」」」
……………トモは喜ぶだけだと思うけどなぁ……………。
なのに竹さんは頑なに「ダメです」を繰り返す。
「トモは大丈夫だよ? オレ、あいつが四歳のときから時間があったらフラッと行ってる。
いつ行っても喜んでくれるよ?」
「隆弘さんはいいんです。私がダメなんです!」
「なにが『ダメ』なの?」
竹さんはへにゃりと眉を下げ、情けなくもしょもしょと言い訳をした。
「だって、今日『次は霊玉をいただけるときに参ります』って言って失礼したんです。
なのにそんなすぐにお目にかかるなんて……」
「別に気にしなくていいじゃん。オレの護衛なんだから。霊玉の件とは別でしょ?」
ぺろっと論破されて竹さんがグッと詰まる。
「連日お邪魔するなんて」
「大丈夫大丈夫。あいつ気にしないから」
『むしろ喜ぶから!』と続けそうな顔で父さんがニヒヒッと笑う。
なのに竹さんは「――ダメです」と首を振る。
「――私の気配がついてしまいます」
「トモさんに、『災厄』がふりかかってしまいます」
「「「……………」」」
べしょ、と、泣くのを我慢するような顔で言う竹さんに、さすがの父さんも二の句が継げないようだった。
竹さんはいつもそう言って心配をしている。
自分は『災厄を招く娘』だから。
自分の気配がついたら『災厄』がふりかかる。
そう言って、最初は離れから出てこなかった。
ぼくらとも極力関わらないようにしようとしていた。
アキさんがそんな竹さんを論破して叱ってムリヤリ引きずり回して、どうにかぼくら家族と朝晩一緒にごはんを食べるまでになった。
それでもやっぱりどこか『壁をつくっている』のは感じる。
昔のぼくだと考えると『無理もない』と理解できてしまうので、ぼくも家族もそれについては黙認している。
どう説得しようかと困っていたら、黒陽様がため息をついた。
「……そのためにも、お守りを作って渡したらいいのではないですか?」
みんなが注目する中、黒陽様は首を上げて竹さんを見つめた。
「今日のパンの対価に、あの童地蔵に嵌められていたのと同じ霊玉を作ろうと話したでしょう?
霊的守護と物理守護、毒耐性と運気上昇。
それだけあれば、十分トモを守れるはずです」
「―――!?」
四重付与!? しかもどれも貴重なやつ!!
安倍家の販売リストにも四重付与なんてないよ!?
どれかひとつの付与だけでも何百万って値段つけられるのに、四つも!? しかも竹さんの高霊力で!?
それ一体いくらの値段がつけられるの!?
それでハルはあんな顔をしていたのかと納得する。
それ『対価』じゃないよ。明らかにバランス悪いよ。
チラリとハルに目をやると、もンのすごい渋い顔で腕を組んでいる。
オミさんは笑顔を貼り付けて固まっている。
父さん達は安倍家での販売価格を知らないから『そんなのできるの?』って顔で黙っている。
「明日の朝作って。明日渡しましょう。
早いほうがいいでしょう?
タカの護衛で行くのは丁度いいではないですか」
黒陽様の言葉に竹さんは明らかに揺らいだ。
右を見て、左を見て、うつむいた。
その肩が震えている。
なにかを葛藤していた竹さんだけど、最後にはようやく「……………わかり、まし、た……」とうなずいた。
そうして竹さんは三度トモの家に行くことになった。