挿話 ヒロ 15 土曜日3 夜の報告会
本編第二十七話のときと、その夜のお話です
ぼくらが菊様との打合せから帰って間もなく、竹さんも帰ってきた。
またしてもぐったりとうなだれている。
アキさんがやさしく問いかけると、またしてもトモの家で寝てしまったらしい。
「……もう、私、ダメダメで……情けなくて……」
べしょ、と泣きそうにうなだれる竹さん。
かわいそうなのになんでこんなにおかしいんだろう。
「大丈夫です姫。私がしっかり話をしました。
『災禍』の手がかりもありました。行った甲斐はありましたよ」
「でも」
「少しでも寝られたんならよかったじゃない!
竹ちゃんはきっと睡眠不足なのよ。だからトモくん家で寝ちゃうのよ!」
「そうよ! だから今夜はしっかり寝なさいね!」
母親達に両側からやいやい言われた竹さんは「はい」と大人しくうなずいた。
それでもまだシュンとしている。仕方ないひとだなぁ。
「おお。そうだ」
ポン。黒陽様がテーブルの上に上がり、アイテムボックスから荷物を取り出した。
「トモから預かってきた。明子に、今日のおかずの礼だそうだ」
次から次へとパンが出てくる。
お昼ごはんにパン屋さんに行ったと黒陽様が話してくれる。
「ぱん!」
「いっぱい!」
双子がテーブルいっぱいのパンに喜んだ。
素早くアキさんが双子の好みのパンを取ってくれる。
「くりーむ!」
「ちょこだ! わあぁい!」
「たべる」「たべる」という双子に、ちょっと早いけど夕食にすることになった。
オミさんがトモにお礼の電話をかける。
代わる代わる電話に出て、ぼくの番になった。
『画像見たか?』とトモに問われ「うん」と答える。
トモから送られてきた画像については夜の報告会で話し合うことになるだろう。
「黒陽様も今いま帰ってこられたばかりだから。詳しい話はまたあとで聞く。ありがとね」
そう答えると『頼むな』とトモは言った。
その言い方が本当に心からの『頼む』だとわかって、竹さんのためにトモがそうなってることもわかって、なんだか微笑ましくておかしかった。
「そうだ」
夕食を食べながら、竹さんがなにかを思い出した。
「晴明さん。明日朝一番で霊玉作りたいんですけど。
この間の池で作ってもいいですか?」
竹さんは完全覚醒が終わって落ち着いたらすぐに霊玉を作ってくれた。
「お世話になる対価です」といって、見たこともないくらい高霊力の込められた霊玉をジャラジャラ作ってハルに渡した。
その霊玉作りをしたのは、安倍家の敷地のなかでも『場』に近いくらい霊力の高い池。
下に龍脈が通ってて、ぼくら水属性にとってはものすごいパワースポット。
水属性以外でも浸かってるだけで回復する。
そのくらい高霊力な場所。
そこでまた霊玉を作るという竹さんに、ハルは顔をしかめた。
「なんで霊玉を作るんですか?」
「今日トモさんにパンをごちそうになったので、その対価にお守りを作ろうと思って」
きちんと箸を置いて膝に手を乗せて礼儀正しく竹さんは話す。
なのにハルは一層顔をしかめた。
そんなハルに竹さんは眉を下げた。
「……やっぱり、私のお守りじゃ対価になりませんか?」
ハルが一瞬詰まった。
でもすぐになにか言おうと口を開いたけれど、それより早く黒陽様がハルに話しかけた。
「昨日トモの家に行ったら、床の間に童地蔵があったんだ。
どういうわけか姫が昔作ったお守りが嵌めてあってな。
あのお守りだったら今回のパンの対価にふさわしいと思うんだ」
黒陽様の言葉に、ハルは狐みたいな吊り目をまんまるにした。
そうして呼吸を忘れたかのように息を詰め、固まった。
トモの家の童地蔵って、あれだよね?
ちいさいときのトモが『暴走したときに抱くと落ち着く』って言ってた、かわいい木彫りのお地蔵様だよね?
そういえば白毫に霊玉が使ってあった。
ぼくも見させてもらったことがあったけど、すごく落ち着くっていうか、守ってくれそうなお地蔵様だった。
そっか。
あの白毫の霊玉、昔の竹さんが作ったんだ。
この前聞いた竹さんの『半身』――前世のトモに作ったのか。
そう納得していると、ハルはようやく息を吐き出した。
「……わかりました」
絞り出すようにそう言って、にっこりと微笑んだ。
「姫宮の作ったものならば、きっとトモは喜びます」
ハルの態度に竹さんもようやく安心したらしい。
ホッとして、にっこりと微笑んだ。
「石を入れる袋はありますか?」と問われ「まえにもらったのがまだあります」とうれしそうに答えていた。
それから保護者達に問われるまま、トモとどう過ごしたのか話してくれた。
広沢池のほとりで三人でパンを食べたこと。
どのパンもおいしかったこと。
風も気持ちよくて「とってもとっても楽しかった」こと。
このひとがこんなふうに話をするのは初めてで驚かされる。
いつもどこか遠慮してて控えめで、責務のこと以外は目に入っていないひとなのに。
『楽しい』なんて考えるのは『いけないこと』だと思ってるフシがあるのに。
移動手段を聞いたら途端にバツが悪そうにキョドキョドした。
黒陽様が「自転車に二人乗りで行った」とバラすと途端に青くなる竹さん。
「ごめんなさい」「交通法違反をしました」
シュンとうなだれて自首しそうな竹さんに笑いをこらえるのが大変だった。
「隠形とってたんでしょ? なら大丈夫よ!」「今回は仕方ないよ。臨機応変って言うでしょ?」
保護者達に口々に説得されて、どうにか自首はやめてくれた。
でも、そうか。
トモ、がんばったんだな。
『自転車に二人乗り』で『池のほとりでピクニック』なんて、青春映画みたい!
「楽しかったならよかったわね」
アキさんにそう言ってもらって、竹さんは「はい」と恥ずかしそうに、でもうれしそうに笑った。
我が家に来て初めて見る、素直な笑顔だった。
夕食が終わって双子が寝たあと。
いつもの恒例の報告会よりは早い時間だけど、竹さんが起きているうちにと報告会をはじめた。
黒陽様がトモとのやり取りを報告する。
機材自体にもデータ収集中にも『災禍』の気配は感じられなかったとの報告に、横の竹さんもコクコクとうなずいた。
トモから受け取った画像は受信してすぐに保護者達にも見せていた。
父さんの指示で安倍家のデジタル部門に転送した。
画像処理の得意なひとがいるので、陣の画像だけを取り出してわかりやすくしてもらうよう依頼した。
その画像をプリントアウトして黒陽様に見せた。
同じサイトの似たような画像も処理してくれていたので合わせて見せる。
黒陽様はキツい顔をしてそれらをにらみつけていた。
竹さんも印刷された陣を見つめてなにか考えている。
「白露と緋炎を呼ぶ」
ハルの了承を得て黒陽様はなにかした。
そしておふたりを待つ間、ぼくらが菊様と話したことを報告した。
竹さんはつい先程菊様にがっつり怒られた。
「間違っても安倍家から出ていくな」と。
「『災禍』を探るのに安倍家ほど情報を得られる場所はない」「利用できるものはなんでも利用しろ」と、それはそれはかわいそうになるくらい怒られた。
でも保護者達もぼくも竹さんがうちを出ていくことには反対なので、かばってあげることもフォローしてあげることもできなかった。
「うううう」と情けなく正座でうなだれる竹さんに黒陽様とアキさんが一生懸命なぐさめていた。
「菊様の命令です」「あきらめて安倍家に世話になりましょう」
「私達も竹ちゃんがいてくれるとうれしいわ」「ずっとうちにいてね」「竹ちゃんがいなくなったら、竹ちゃんのおうちとの契約に違反することになっちゃう」
口々に説得され、竹さんはしぶしぶながらも我が家にとどまることを約束してくれた。
やがて白露様と緋炎様が来られた。
おふたりに黒陽様がトモから聞いた話をしながらプリントアウトした画像を見せた。
画像を見るなり、白露様も緋炎様も目つきが変わった。
「これ……」
守り役三人で顔を見合わせた。
「やはりお前達もそう思うか」
黒陽様の問いに白露様緋炎様はうなずく。
「『災禍』の使う陣に似てる」
「むしろ同じでしょう」
「このへんのこの文字とか、この展開とか」と緋炎様が画像を羽でなでるのに合わせて白露様もうなずく。
「つまり?」
父さんの声に黒陽様が答えた。
「ほぼ間違いない。
この『バーチャルキョート』に、『災禍』が関わっている」
断定する黒陽様に白露様緋炎様もうなずく。
「ただ問題は『どこで』関わっているか、だ。
例の社長が『宿主』なのか、まだ別の『宿主』がいるのか……」
「この画像だけじゃあ、それは特定できませんもんねぇ」
タカさんも腕を組んで画像を見つめる。
「ゲームデザイナーが作った画像と考えるのが一般的だけど、別の人間がそれとなく提案したっていう可能性もあるし……」
「それは調べられないか?」
「……………」
さすがの父さんも黙ってしまった。
頭をひねっているけれど、いい案は出てこないみたい。
「……………いかんせん、最初にこの陣が使われたのがいつかはっきりしなくて……。
少なくとも二十年前には使われてたと思う……。
二十年前となると、ちょっと追うのは無理かも……」
降参する父さんに黒陽様も「そうか」と理解を示す。
「むしろこれこそ『占術』の出番じゃないのか?」
父さんに振られたハルが「フム」とうなずく。
「やってみるか」と占術の道具を広げてごそごそ占ってみた。
でも、ハルでもわからなかったらしい。
しかめっ面でため息をついた。
「――駄目だ。わからない」
「駄目か」
守り役達もそこまで期待していなかったみたいで『仕方ないよね』と息をつく。
「『わからない』ということは『災禍』が関わっている可能性が高いな」
「そうとも言えますね」
『災禍』に関しては何を占ってもはじかれたりぼやけたりで『わからない』らしい。それは菊様もおっしゃっていた。
それから守り役達は話をしてくれた。
五千年前『災禍』に『呪い』を刻まれ、この『世界』に落とされた。
そのときに展開した『自分達の使う術とは違う系統の術』で作られた陣を守り役達はしっかりと覚えていた。
「あのとき、どうにか破ろうと思って必死に解読しようとしてたから、覚えてたのよね」
そしてこの『世界』に落ちたあと、自分達と姫達にかけられた『呪い』を解く鍵にならないかと『災禍』の展開していた陣を思い出し、分析や解析をしていた時期があったという。
だからこそ、この画像の陣が『災禍』の陣だと断定できると。
「『災禍』の使う術は我々の使うものとはちがうんだ」
以前もその話は聞いた。覚えていることを示すためにうなずくと、守り役達は話を続けた。
「だからこの陣が何を意味するのかははっきりとはわからない。
ただ、なんとなくだが………我々をこの『世界』に落とした陣と似ている気がする」
「つまり、召喚とか転移とか、そういう系の術ということですね」
父さんの確認にうなずく守り役達。
フム、と父さんはちいさくうなずいた。
「――『バーチャルキョート』の攻略サイトを片っ端から調べて、この手の陣が他にないか調べてまとめてみよう。
どんな陣がどんな役割をしているか。
ある程度分類したら、なにかの役に立つかもしれない」
「それはいいな! 頼む」
黒陽様だけでなく白露様緋炎様も頭を下げてきた。