閑話 トモの恋の話(晃視点)
晃視点です
ドスドスと二階のリビングに入り、ドカッと乱暴に椅子に座るヒロ。
アイテムボックスから無言で取り出したのは羊羹。
あれ確か、なかなか手に入らないチョーレア品だって言ってたやつだ。
「なにか特別な良いことがあったときにみんなで食べようねぇ」って、うれしそうに話してた。
その貴重な羊羹のパッケージをビリビリと乱暴に破り、あろうことかヒロは羊羹にガブリとかぶりついた!
「お菓子はとってもとっても手間がかかってるからね。
食べるほうも丁寧にいただかないと。
それが作ってくださった方への礼儀だと、ぼくは思うんだ」
いつものヒロならそう言って、黄金比とか断面とかまで考えてカットして、丁寧にお茶を点てて、精神を集中させて食べるのに。
一口一口大切に、味わって食べるのに!
普段のヒロからは考えられない乱暴さでムシャムシャと羊羹を食べる。
あっという間に一本食べきったヒロは、また羊羹を出した。
これも「とっておき」と喜んでたヤツ。
やっぱりバリバリとパッケージをむいてかじりつく!
甘いの得意じゃない佑輝が「おえ」って口を押さえた。
「ヒロ」
ヒロが一本目の羊羹をむきだした時点で察したナツがお茶を煎れてヒロに差し出した。
色と香りから、多分高級なやつ。ヒロの食べる羊羹に合わせて煎れたんだろう。
そのお茶を、ナツが丁寧に煎れたお茶を、あろうことかヒロは一気にガブ飲みした!
「おかわり」
ダン! と置かれた空の湯呑をナツがコクコクとうなずいて回収する。
すぐに煎れたお茶をまたもガブガブと飲んだヒロはガツガツと羊羹を食べる。
「ヒロ。鍋のカレーって、食べていいやつ?」
ナツの問いかけにも無言でうなずく。
三杯目のお茶をヒロに出し、ナツはおれと佑輝にもお茶を出してくれた。
『座ってて』と視線ですすめられ、佑輝と二人顔を見合わせたあと、そろりと椅子に座る。
その間に羊羹を食べ終えたヒロは三本目を取り出し、同じようにガツガツと食べた。
「ヒロ」
ナツがカレーを出す。
羊羹三本食べたヒロは無言でカレーに取りかかる。
おれと佑輝にもカレー皿が出される。
ナツが自分のカレーを置いて席に着こうとしたら「おかわり」ヒロが空の皿を差し出した。
いつもはヒロがみんなのお世話をしてくれる。
「おかわりいる人ー」なんて聞いてくれる。
自分がおかわり欲しかったら自分で行く。
そのヒロが、どこかをにらんだまま、空のお皿を突き出した。
ナツは何も言わずお皿を受け取り、すぐにおかわりを出してやった。
なにも言わず再びガツガツと食べるヒロ。
いつも思うけど、どこに入るんだろうな?
「晃と佑輝も食べな」
ナツにすすめられ「…じゃあ」と「いただきます」をする。
一口食べると、久しぶりの味がした。アキさんのカレーだ。
チラリとヒロを見る。
ホントだったら。
ホントだったら、今頃みんなでこのカレーを食べてた。
「アキさんのカレー、久しぶりだな!」「やっぱりうまいな!」なんて言いながら、ワイワイ楽しく食べてた。
でも実際は。
トモはいない。ヒロは不機嫌なの隠しもしない。ずっと怒ってる。
おれも佑輝もナツも、どうしたらいいのかわからない。
ヒロが怒るの、わかる。
ヒロはおれ達のことをとってもとっても大事にしてくれてる。
かけがえのない友達だと、仲間だと、親友だと思ってくれてる。
そのおれ達を危険にさらしたトモに、怒ってる。
トモがそんなことするなんて思ってもいなくて、裏切られたって思ってる。
『年少組』なんて呼ばれることも多いおれ達に比べてヒロはちょっとお兄さんで、そのヒロとトモは並ぶことができた。
だからヒロはトモのこと頼りにしてるし、信頼しきってた。
信じてたトモに裏切られたって、かなしくてくやしくて、傷ついてる。
くやしい! くやしい! かなしい!
そう泣きたい。そう叫びたい。
それを全部、食べることで飲み込んでる。
だからヒロは食べ続けないといけない。
くやしさが収まるまで。
かなしさが落ち着くまで。
でも。
そんなの、身体に悪いよ。
「……あのさヒロ」
三杯目のカレーにスプーンを突っ込んだヒロに声をかけると、ヒロはピタリと動きを止めた。
「おれがこんなこと言うのは、間違ってると思うんだけど」
こんなこと、ホントはおれが口にしちゃダメだと思うけど。
でも言わないとヒロはおさまらないから。
ヒロはとまれないから。
ゴメン。トモ。
申し訳なくてもにょもにょした言葉になる。
そんなおれをヒロは見たことないキツい顔でギロリとにらむ。
威圧をぶつけられるけど、ぐっとこらえる。
「トモのさっきのは、多分、アレなんだ」
なんて言えばいいのかわからなくて曖昧な言葉になるおれをヒロがさらににらみつける。
いつもの穏やかなヒロと別人だ! 泣きそう!
「その、タカさんが千明さんにするみたいな、ホラ、双子が千明さんのお腹の中にいたとき。
あのときの状態と、同じなんだ」
「どういうことだよ?」
ヒロは黙ったままだったけど、佑輝が聞いてきた。
ナツは「あー」と納得してくれたみたい。
「トモは、あの結界師の女の人を守ろうとしたんだ。
だからあんな無茶したんだ」
「は? なんで?」
佑輝はさらに『意味がわからない』って顔になったし、ヒロは殺気が増した。
ナツだけが理解してくれてる。
「――ええと、ええと」
これ、はっきりと言わないとわからないヤツだよね?
でも、本人のいないところでこんなこと言うの、マズくない?
迷ってたら、ナツが助け舟を出してくれた。
「トモ、あの人と会ったことあるっぽかったな。いつ会ったんだろうな」
「………三日前に、たまたま会ったって、聞いてる」
ボソリとヒロが教えてくれる。
ああ。やっぱりそうなんだ。
「つまり?」
ひとり意味がわからない佑輝が首をかしげる。
仕方ない。はっきり言おう。
「――あの人、多分、トモの『半身』だ」
今日おれがこの離れに来たとき。
トモは頬杖をついてボーッとしていた。
そんなトモはめずらしくてびっくりしてたら、先に来てたヒロ達に引っ張られた。
「トモ、どうしたの?」
「わかんない」
「来たときからずっとあの状態なんだよ。絶対なんかあったよ」
ポソポソとナツとヒロが言う。
佑輝も心配そう。
おれもめずらしいトモが心配になって、じっと見つめた。
途端。
トモの思考が流れてきた。
トモはいつもはこんなことない。
いつもしっかりして、簡単に思考を読ませるようなことはしない。
なのに今日は思考がダダ漏れになってた。
髪の長い、やさしそうな女の人がにっこりと微笑んでいた。
「トモさん」とやさしい声でトモを呼び、「ありがとうございます」とにっこりと微笑んだ。
トモがその人のことが大好きで大好きでたまらないことが伝わってきた。
胸がぎゅうってなって、ふわふわーってなって、しあわせでいっぱいなのが伝わってきた。
俺の『半身』。俺の唯一。
そんな想いが、伝わってきた。
ずっと前にトモのお祖父さんの玄さんに聞いたことがある。
おれが『半身』であるひなと付き合えるようになったと報告したときのこと。
「実はトモにも『半身』がいるんだよ」と教えてくれた。
「サトさんが言っていた」と。
トモのお祖母さんのサトさんはおれの特殊能力の先生。
精神系のすごい能力者で、『視る』ことに長けた人だった。
そのサトさんが言うところによると、トモはおじさんのお寺の開祖様の生まれ変わり。
その開祖様には『半身』がいたけど死に別れた。
『いつか生まれ変わってまた妻にする』そう強く願っていた。
そうして生まれ変わったのが、トモ。
そのトモの『半身』が今どこにいるのか、そもそも生まれ変わっているのかはサトさんでもわからなかったらしい。
「いつかトモが『半身』に出会えることを、私もサトさんも願っているんだ」
玄さんはやさしくそう言った。
「『半身』と出会えることは、結ばれることは、それはそれは『しあわせ』なことだからね」
そう言って、しあわせそうに笑った。
だからトモが『半身』に出会えたと気が付いて、うれしかった。
「よかったね!」って言いたかったのに「言うな」って口止めされた。
照れくさいみたいだったからその時は黙った。
でも今は、ちゃんと説明しないとヒロが苦しいままだ。
勝手にバラしてゴメン。トモ。
おれの言葉に三人は絶句した。
ポカンと口をあけて、目もまんまるになってる。
「……『半身』?」
「うん」
呆然とつぶやくヒロにうなずく。
「なんでわかるんだ晃」
佑輝の質問にあきらめて答える。
「今日おれが来たとき、トモ、ボーッとしてただろ?
あのときにトモの思考が流れてきた」
おれが精神系の能力者で他人の思考を読めることはみんな知っている。
だからみんなも「ああ」ってわかってくれたみたい。
「あの人のこと思い出して、自分の『半身』だって感じてた」
「『半身』……」
呆然としてヒロがまたつぶやく。
「それでトモ、あの人が姿現したときからおかしかったのか」
佑輝もトモがおかしいのには気がついていたらしい。
「あの人が部屋に入ってきた途端、トモのやつ、急にキョドキョドしたり赤くなったりしてたから。
どうしたのかと思ってたんだ」
トモの横にいた佑輝にはよくわかったらしい。
おれもトモの思考がすごく伝わってきた。
『かわいい!』『かわいい!』って、そればっかりになってた。
そもそも彼女が現れる前、みんなで話してたときからトモはダダ漏れだった。
ハルの言った結界師が『彼女だ!』と思ったときからダダ漏れになった。
『安倍家の人なのか?』とか『いつから住んでたんだ?』とか、聞きたいことがダダ漏れになってるトモがめずらしくておかしくて、代わりにおれが質問した。
そのたびにトモが喜ぶのがおかしかった。
「おれもひながいるからわかるんだけど」
おれにも『半身』がいる。
だから、トモの気持ちがわかる。痛いほどに。
「『半身持ち』にとって何よりも大事なのは『半身』が『しあわせ』であることなんだ。
だから危険があると判断したら、どんな手を使ってでも『半身』を守る」
「タカさんもそうだろう?」と重ねて言うと、三人ともよくわかってくれたみたいだ。
ヒロのお父さんのタカさんとお母さんの千明さんも『半身』。
タカさんは千明さんのことそれはそれは大事にしてて、千明さんのためならどんなことでもする。
おれ達はそんなタカさんをちょいちょい見てるから、その説明で三人とも理解してくれた。
「多分今回霊玉を彼女に渡すことは、彼女にとって危険なんだと、トモは判断したんだと思う。
だから、自分もみんなも危険になると理解していても、霊玉を渡さなかったんだと、思う」
「………」
黙ってしまった三人。
ナツと佑輝は「納得」って顔してるけど、ヒロは「納得はしたけど気持ちは収まらない」みたいな、ぶすっとした顔をしてる。
だから、ちょっと気になってたことを聞いてみた。
「……ヒロはさ、」
おずおずと問いかけるおれをジロリとにらみつけるヒロ。
それでもこっちを向いてくれたことにちょっとホッとして質問を投げかける。
「彼女と仲良さそうだったけど……好きなの?」
ナツと佑輝もヒロをじっと見つめる。
もしヒロも彼女を好きなら、どうすればいいんだろう。
ドキドキしながら返事を待っていると、ヒロはぶすっとした顔のまま、ぶすっとして言った。
「……好きだよ」
やっぱり。
そうじゃないかと思った。
ヒロ、女の人にはいつも親切だし紳士だけど、それであっちこっちの女の人に惚れられて大変らしいけど、さっきの彼女はちょっと違った。
すごく親しげっていうか、力が抜けてるっていうか、自然なカンジで傍にいた。
どうしよう。
これって、どうすればいいんだろう。
困ってオロオロしてたら、ヒロが目を伏せて「はぁ」ってため息をついた。
顔を上げたヒロは、まだムッとした顔だったけど、さっきよりはちょっとマシな顔になった。
「でもそれはそういう『好き』じゃない。
かわいいなぁとは思うけど、そういう意味じゃない。
ぼくにとって竹さんは、――そう、妹みたいな感じ」
「妹」
ボソリと佑輝が繰り返す。
それにヒロがうなずく。
「『家族がもうひとり増えた』みたいな感じ」
そしてヒロはあきらめたように天井を見上げて、「ふう~っ」って息を吐き出した。
それから全身の力が抜けたみたいにだらんとして、だらしなく両手で頬杖をついた。
「――あの人、ハルの恩人って話したでしょう?」
うなずくおれ達にヒロは話を続ける。
「ハルがまだ『安倍晴明』になる前の子供のときに、助けてもらったんだって」
「――てことは――?」
「彼女も『転生者』だよ」
あっさりとヒロは言う。
けど、おれはびっくりだ!
『安倍晴明になる前』ってことは、千年以上前ってことだよね!?
その頃の知り合いにまた会えたってこと!? すごくない!?
驚くおれ達にヒロはなんてことないような調子で続けた。
「前に話したの、覚えてない?」
なんのことかと首をかしげると、ヒロは教えてくれた。
「彼女こそが、『禍』を封じた『お姫様』だよ」
「「「――ええええええ!?」」」
そうなの!? そのお姫様が『転生』してるってこと!?
で、トモの『半身』なの!?
「そうなの!?」
「そうだよ。だから今回の、霊玉を『要』に渡すための再構築なんてこともできるんじゃないか」
ヒロは身体を起こして腕を組んで「なにをいまさら」みたいな調子で話すけど、そんなこと普通思いつかないからな!?
「もしかして、言ってた『事情』って、そのこと?『転生者』ってこと?」
ナツの質問にヒロはケロッと答える。
「いや。お家を出たのは、ホントに霊力過多症のせいだよ。
記憶が戻ったときに封じてた高霊力も一緒に戻ったんだって。
記憶と霊力を身体に馴染ませるのに、普通のお家ではできなかったんだ。
弱ってる高霊力保持者は妖魔にとってごちそうだから。喰われる可能性があった」
「へー」としか言えない。
そんなおれ達に、ヒロはひとり言でも言うみたいに話した。
「彼女のお家から話があって、ぼくとオミさんで迎えに行ったんだ。
ぼくらはハルから『恩人だ』って聞いてたから、それこそ家族の一員のつもりでずっと眠る竹さんをお世話してた。
目覚めてからもそのままお世話してる」
そういえばさっき『ウチでお世話してる』って言ってたな。
そっか。アキさんだけでなく、オミさん達も一緒にお世話してるのか。
「ここって、御池とそこの扉一枚でつながってるだろ?
だから御池の家の延長ってカンジなんだよね」
「あー」
何度も行き来しているおれ達にもその感覚はわかった。
「彼女はずっとここに寝泊まりしてるけど、ご飯は一緒に食べてるし、なんだかんだとハルと一緒に話したりアキさん達と服選んだり、家族みたいにしてたんだよね。
だから、ぼくにとって彼女は、言ってみれば妹みたいなものだと感じてる」
なるほど。
「恋愛感情は、ない?」
「ないねぇ」
おれの質問に苦笑で答えるヒロ。
「……じゃあさ」
ちょっとためらいながらも、思い切って聞いてみた。
「トモの『恋』を、応援できる?」
ヒロはびっくりしたみたいに目を大きくして黙ってしまった。
しばらくそのまま固まってたヒロだけど、パチパチとまばたきをして、上を見て、下を見て、どこか遠くを見つめた。
それから目を閉じたヒロはへの字口でなにか考えていたけれど、ようやくゆっくりと目を開けた。
「――そうだね」
そして『仕方ない』というようにため息をついた。
「友達の『恋』は、それも『初恋』は、応援しないとね」
『友達』。
その言葉に、ホッとした。
よかった。ヒロ、トモを許せたみたいだ。
ホッとしたら力が抜けた。
へにゃりと潰れそうになるのをなんとかこらえる。
そんなおれを、ヒロは厳しい顔でまっすぐに見つめた。
「――トモがあんな馬鹿なことをしたのは彼女のためだって、晃は断言できるの?」
「できる」
それは間違いない。断言できる。
そうでなかったら、トモはあんなことしない。
彼女のためだから。
『半身』を守るためだから、あんな無謀なことをした。
自信満々にヒロを見つめうなずくおれを、ヒロはしばらくにらみつけてきた。
おれの本心を探るように。
だからおれも『間違いないよ!』ってもう一度言うつもりで、まっすぐに視線を返した。
先に目をそらしたのはヒロだった。
「ふうぅぅぅ~」って息を吐き出し、がっくりとうなだれた。
どうしたんだろう。どうするんだろう。
ドキドキしながらヒロを見守った。
うなだれたままヒロはボソリとつぶやいた。
「――じゃあ、仕方ない」
そうして、やっと顔を上げた。
「許してやるかぁ」
いつものヒロだった。
『仕方ないなぁ』って顔中に書いてあるような、困った顔で笑っていた。
おれもナツも佑輝もホッとした。
「『初恋』に浮かれた馬鹿がバカなことしたんだってことにしといてやろう」
腕を組んだまま「ウンウン」てうなずいてる。
そんなヒロがおかしくてちょっと笑った。
「『しといて』って言うけど、そのまんまだよ?」
おれの指摘に「そっか」とヒロも笑った。
その笑顔にふと思い出した。
「『タカさんが京都滅亡させる』って先見が出て大騒ぎしたことがあっただろ。
あれとおんなじ」
「……なるほど」
実際はそんなこと起きなかったけど「この人ならやる」って誰もが思った。
そのときのタカさんを思い出したら、今回のトモの行動は似ていると思える。
ヒロもその説明には納得したらしい。
「なら尚更仕方ない。許してやろう」
そんなふうにエラそうに言った。
そんなヒロにみんなで笑った。
やっといつものヒロに戻った。
ホッとして、やっとおれもカレーを味わうことができた。
晃と半身については『根幹の火継 番外編』をお読みくださいませ