挿話 ヒロ 11 トモ
本編第6話〜第15話のときのお話です
トモは初めて会ったときからしっかりしていて強かった。
玄さんから退魔師としての戦闘を、サトさんからは術者としての様々な術を教わっていた。
初対面の印象は『とても四歳とは思えない』『しっかりとした大人びた子供』。
受け答えもしっかりしていた。
剣術も組み手もぼくと同等だった。
父さんのパソコンに興味を持って教わるときだけは子供っぽい顔をしていた。
トモはいつも冷静沈着。飄々としていて、視野が広くて、考えていることも深かった。
トモと話をしていると楽しかった。
いろんなことを教えてもらった。
へこんだときは気づかってくれた。
『禍』の封印のために集まって修行したときは、なにも言わなくてもさりげなくみんなのフォローをしてくれていた。
ぼくは、トモを信頼していた。
ハルとは違う場所で、ぼくが甘えられる男だと、寄りかかってもいい男だと思ってた。
親友だと、思ってた。
だから、竹さんの術に同意しなかったトモが、みんなを危険にさらしたトモが、許せなかった。
『裏切られた』って、思った。
竹さんにぼくらの霊玉を渡すことになった。
ハルは何度も説明して、何度も何度も念押しした。
「途中で『やめた』なんてできない」「本当にいいか!?」
なんでハルがそんなに念押しするのかわからなかったけど、みんな同意した。
トモも同意した。
なのに。
あれだけ言われていたのに。
納得してたのに。
トモは、信じられない阿呆なことを、やらかした。
竹さんの術に『同意』せず、破綻させた。
離れの二階に年少組の三人とあがった。
話して、ガツガツ食べてお腹いっぱいにして、みんなでお風呂に入った。
最近のこと。学校のこと。家族のこと。
くだらないことをしゃべりまくった。
トモのことなんかなかったかのようにしゃべってしゃべって、ときに笑った。
霊力の『器』を大きくするためにみんなで座禅して圧縮した。
式神が武道場に敷いてくれたお布団にみんなで寝転んだ。
「久しぶりだな」ってみんなでじゃれて、疲れて寝た。
三人が眠ったのを確認して、そっと抜け出した。
転移陣をとおって御池のマンションに帰ると、リビングではちょうど恒例のお茶の時間だった。
「あらヒロちゃん。みんなは?」
「寝たよ」
「なんだ。ヒロだけこっち帰ってきたのか。
父さんに会いたくなっちゃった?」
ふざけたことを言って抱きついてくる阿呆をぺいっと投げ捨てて、ハルの前に立つ。
ぼくを見上げるハルに、単刀直入に切り込んだ。
「竹さんの『半身』、トモだって?」
「「「―――!!」」」
保護者達は驚いていたけれど、ハルは苦虫を噛み潰したような顔をしただけだった。
「――なんでわかった」
「晃が」
「――晃か……」
チッ、とちいさく舌打ちして、ハルはソファに背を預けた。
「そうだ」
あっさりと答えるハルにムッとした。
「なんで教えてくれなかったの」
多分ハルはもっと昔から知っていた。
四歳でトモに初めて会ったとき、ハルはびっくりしていた。
そんなハルにオミさんがこっそり話を聞いていた。
「昔の友達」「あいつが一緒なら、なんとかなるかもしれない」
ハルはそう言って、うれしそうに笑った。
四百年前『禍』の封印が解けたときの、唯一の生き残りの霊玉守護者。
それがハルの友達で、竹さんの『半身』。
初めて会った四歳のあの日、ハルは気付いた。
トモがその人物だと。
だから竹さんの事情を聞いたとき「竹ちゃんの『半身』は生まれ変わっているのか」との質問に「生まれ変わっている」と即答できた。
知ってたから。
知ってたなら早く会わせればよかったのに!
この前船岡山で竹さんが「会った」って言ったときに「実はね」って教えればよかったのに!!
「言ったらお前達は余計なことをするだろう」
『しない』とは言い切れなくてついそっぽを向く。
「――協力するのよね?」
アキさんの言葉にハルは嫌そうな顔を向けた。
「ハルちゃん、前に言ったわよね。『出会ったからには協力する』って。
協力、するのよね?」
保護者達それぞれにじっと見つめられ、ハルはさらに顔をしかめた。
そのまま黙ってしまったハルに、保護者達も、ぼくも何も言えなかった。
しばらくしてハルはひとつため息をついて、ようやく口を開いた。
「――明日、姫宮と黒陽様がトモと話をしたいと言っている。
オミ、同行してくれるか」
「かしこまりました」
トモの家にはサトさんの結界が張ってあって、新規の高霊力保持者は弾かれてしまう。
それでは都合の悪いこともあるだろうと、サトさんは亡くなる前に術式を修正していた。
それが『ハルかオミさんが同行している人物の立ち入りを許可する』というもの。
竹さんと黒陽様だけでトモの家に行ったら弾かれるからオミさんが車で連れて行くようにとのハルの指示をオミさんは一礼して受ける。
「――とりあえず、話をさせて。
その後のことはまた考えよう」
そうまとめたハルにぼくも母親達も不満顔だ。
そんなぼくらをハルはじろりとにらむ。
「くれぐれも余計なことをするなよ。
なにがきっかけで姫宮の記憶の封印が解けるかわからない。
封印が解けたら、苦しむのは姫宮だ」
そう言われたらそれ以上なにも言えなくて、母親達と並んで「ハイ」とうなだれた。
霊玉をひとつにする術式が破綻した翌日。
朝早く起きたぼくらは山を軽く駆け回り、座禅で霊力を圧縮した。
失った霊玉の分の補填にはならなかったけれど、少しは『器』が大きくなったのを感じた。
今後も修行して少しずつ大きくして、元の霊力量に戻すようにとハルに指示される。
「できれば今までより大きくするようにしろ。できるはずだから」
ハルの言葉に「うえぇぇぇ」とナツ達はわざと悲鳴を上げている。
そんな年少組に笑いながら、ぼくはハルがそんなことを言う理由を考えていた。
あの日、ハルは言った。
ぼくらが『禍』を浄化し、ぼくの死相が見えなくなった中学二年生の春。
「必要であれば姫のために働かせます」
ぼくを『視て』くれた菊様に、ハルは言った。
あれから三年。
竹さんが覚醒した。
『災禍』の手がかりと思われる人物を見つけた。
そして竹さんの『半身』が明らかになった。
いつ、なにが動いてもおかしくない
ハルは『そのとき』に備えているんだろう。
なにが起こるかわからない。
わからないからこそ、取れる手段はすべて取っておきたいんだろう。
姫達の責務のために。
ハル自身の恩返しのために。
そして。
巻き込むであろうぼくらを守るために。
『トモは、あの結界師の女の人を守ろうとしたんだ』
『だからあんな無茶したんだ』
晃はそう言った。
精神系の能力者の晃が言うのなら間違いないんだろう。
それって、霊玉を渡すことが竹さんを危険にするってこと?
ぼく、余計な提案したってこと?
そう、気付いた。
サーッと血の気が引いていく。
ぼくが余計なことを言ったせいで、竹さんが危険になる?
トモはそれを止めようとした?
ぼくの せい で ?
「ヒロ」
ハルの声に顔を向けると、ハルは口をへの字にしてぼくを見つめていた。
「お前はいい提案をしてくれた」
「ヒロは間違ってない」
なにも聞かず、キッパリと断言するハルに、うなずくことしかできない。
ぎこちなくうなずくぼくに、ハルは困ったように眉を寄せた。
「トモのあの行動は想定の範囲内だ。
だからあまり気にするな」
そう言われても、やっぱり気になるよ。
なんだかトゲが刺さったみたいで、その日は一日中ソワソワムズムズしていた。
帰宅するとオミさんがいた。
『トモと話がしたい』という竹さんと黒陽様を送って行ったオミさんだったけど、トモが帰ってこないからと一足先に帰宅したという。
ハルに確認の電話がかかってきてたからそれはぼくも知っていた。
学校の課題をし、軽く仕事をし、双子と遊び。
気がついたらもう夕食の支度をしないといけない時間になっていた。
「……竹ちゃん、遅いわねぇ……」
アキさんがカウンターの向こうからつぶやいた。
「そういえば」
「なんか連絡入ってる?」
「いや。なにも連絡はない」
「どうしたんだろうね」「遅いねぇ」そう話していたら、突然アキさんがハッとした。
「一人暮らしの男の子の家に、好きな女の子を送り込んだんじゃないかしら……」
全員が言葉を失った。
「……ええと……『据え膳』てやつ……?」
父さんの言葉にザッと血の気が引く。
え? 前世で夫婦だった? 黒陽様も認めてた? 黙認? ナニを?
そんな。まさか。
だって、トモに限って。
「……でも晃くんも『半身』のひなちゃんには……ねぇ……」
ひなさんから聞いたというあれこれが思い出される。
トモは竹さんの『半身』。
『半身』が相手だと――。
「「「……………」」」
え? ぼく、どうしたらいいの?
どうしたらいいのかわからなくてオタオタしている間にオミさんとアキさんがさっさと電話をかけて、竹さんの無事が確認された。
どっと疲れが出た。
竹さんはすぐに帰ってきた。トモから預ったというケーキを持って。
その顔が浮かない。しょげかえっている。
アキさんがなにがあったか聞いたところによると、トモと話もせずお昼寝してしまったという。
夜寝られないって言ってたのに。
寝た?
初めてお邪魔したおうちで?
それって、どうとらえればいいの? いいこと? 悪いこと?
どう受け取ればいいのかわからず、黒陽様に茶化されてぷんぷん怒る竹さんに苦笑するしかできなかった。