挿話 ヒロ 9 社長について
間違えて明日投稿する分を前の話と同じ日に予約投稿していました!
本日二話投稿しています。
未読の方はひとつ前の『ヒロ 8』からお読みくださいませ。
デジタルプラネットの社長についての基本情報はすぐに集まった。
保志 叶多 四十九歳、独身。
四十九歳ということは父さんより二歳年上。
でもホームページの写真を見る限り、とても父さん達と同年代に見えない。
もっと年上の、それこそ六十代とか七十代にも見える。
整えられた髪は真っ白。
顔もシワが多くて、肌もくすんでいる。
気難しい人なのか、機嫌が悪いのか、ムスッと引き結ばれた口に怒ったような眉。
そんな中で、落ち窪んだ目だけがギラギラと異様な光を放っていた。
経歴もおかしなところはない。
地元の幼稚園小学校中学校に通い、近くの普通高校に進学。
高校一年生で『バーチャルキョート』の元になるロールプレイングゲームを開発し、高校二年生の夏に発表。すぐにブレイク。
大学には進学せず、今で言うベンチャー企業を立ち上げてゲーム開発に取り組んできた。
最初は社長ひとりの会社だったけれど、ゲームが売れるにつれ規模が大きくなっていき、今では伏見区に自社ビルを持つほどになっている。
パソコンいじりばかりしていたようで、交友関係はほとんど無かった。
友人と言える人はいない。
クラスメイトも「そんなヤツいたっけ?」という感じ。
両親は中学生のときに他界しており、親戚関係もない。
母親が亡くなったのが中学三年生の卒業式の直後だったため、児童養護施設に入らず高校時代は一人暮らしをしていた。
社長となった現在も最前線でゲーム開発に取り組んでいて、社長室からほとんど出てこない。
『社長室』と言っても実際は社長の『自宅』を兼ねている。
そこで寝起きして、風呂トイレも完備してある。
社員とのやりとりはほとんどデジタルツール。
食事は宅配ボックスに届けられるパンや牛乳。
ゴミは扉の前に置いてあるのをビル全部の清掃を請け負っている業者が回収。
そんな環境だから、社長が外出することもない。社長を見たことがない人がほとんど。
他社との契約は専門の社員がやっているらしい。
他に趣味もないらしく、休日も社長室兼自宅に引きこもっているという。
そんな人とどうやって会うの?
「まあ交渉次第だな」
父さんも難しそうだと思っているらしい。いつもの楽観的な表情が出てこない。
母さんがテレビ局で「今ウワサの『バーチャルキョート』の開発者に会ってみたい」「対談とかできたらいいなあ」とポロッと(というふうに)こぼしたら、母さんの親衛隊が即刻動いた。
あの人達、母さんを喜ばせるためならなんでもしようとするんだよな。
でもそんな母さんの親衛隊の力をもってしても、マスコミの力をもってしても、デジタルプラネットの社長に会うことはできなかった。
デジタルプラネットの広報や副社長は乗り気になってくれたけれど、当の社長が「時間が取れない」と一刀両断だったという。
『目黒千明』は京都では有名で好感度も高いから会いたがる人は多いんだけど。
でも、母さんが興味を持ったからと、親衛隊の皆さんがデジタルプラネットや『バーチャルキョート』について次から次へと情報をくれた。
「こんなことができますよ」「こんなふうに依頼しましたよ」から始まって、社内の雰囲気や出入り業者まで教えてくれた。
なんでそんな情報手に入れられるの?
相変わらずナゾな団体だなぁ。
それによると、社内のスタッフは今大忙しらしい。
なんでも七月半ばに大幅なアップデートを計画しているらしく、社長が次々とシステムをおろしてきているという。
大まかなシステムを社長が組み、それに付随するこまごましたところを社員が補うという形をとっているのだけど、その下りてくるシステム量が半端なく多いとかで、社員の仕事が追いついていないらしい。
さらにアップデートに伴ってキョートの街をもっともっと作り込んでいるとかで、そっちの担当チームもひいひい言っているそうだ。
「社長に会えなくてもいいから会社見学だけでもしたいなぁ」と母さんが言ったけれど、そんな理由で叶わなかった。
「七月のアップデートが終わったら是非来てください」と言われ、それだけでもと約束を取り付けた。
菊様も社長について『視て』みたらしい。
でもところどころボヤけるところがあって、うまく判じることができないらしい。
「ボヤけてるところが『鍵』だと思うんだけど」と悔しそうに話していた。
安倍家にも特設チームを作って対応させている。
ハルの祖父母や婚約者のリカちゃんのご家族にも協力を依頼している。もちろん目黒と宮野の祖父母にも。
とにかく情報がなさすぎる。
この京都は人脈やらなんやらが細い細い網の目のように入り組んでいて、どこにどんな『縁』がつながっているかわからない。
どんなちいさなヒントでもいいからほしいと、手当り次第に協力を要請している。
もちろん『災禍』のことは言っていない。
あくまでも母さんの会社が『バーチャルキョート』に参入しようか検討する上での判断材料として情報収集しているという形をとっている。
公表されている情報以上のものが手に入らない中、竹様と黒陽様は地道に結界やらなんやらのチェックをしたり、霊玉を作ったりしていた。
そうしているうちに、春休みが近づいてきた。
春休み。つまり、年度末。
年度末は忙しい。
オミさんの弁護士事務所も母さんの会社もその処理に追われる。
特に今年は父さんがデジタルプラネットの調査にかかっているので、年度末の処理がてんやわんやになりそうだと母さんがこぼした。
「私、手伝いに行きましょうか?」
そう言ってくれたのは晃の幼なじみであり彼女のひなさん。
晃とひなさんは『半身』で、高校一年生の春からお付き合いをしている。
晃はひなさんのことが大好きで大好きで、始終くっついていたいらしい。
くっつくだけならまだマシで、ふたりきりになるとすぐに手を出してきて止まらないのだと、ひなさんはいつも困っている。
春休みを間近にしたある日、母さんのところに相談の電話がかかっていた。
「どうやったらあの阿呆を止められるか」と。
「まだ妊娠するわけにはいかないんです」
スマホのスピーカーから聞こえる声は真剣だ。
まさか晃がそんなことになるなんて…。
ぼくらの仲間内で一番純朴に見えるのに…。
「この前教えた『眠りの術』を使えばどうだ?」
「三回目までは効きました。
この前使ったら抵抗されました」
「……能力を無駄に使いおって……」
ハルが頭を抱えた。
保護者達が使えそうな言い回しや対応を教え、それでもダメなら京都に逃げて来いと話したときに「年度末で忙しいからバイトで雇うわよ」と冗談まじりに言った。
「事務処理ですか?」
「そうなの。タカが今別件にかかってるから処理が間に合わないところがあってね」
「……私、手伝いに行きましょうか?」
「え?」
冗談のつもりだった母さんと父さんがキョトンとした。
「私、前世は経理部でバリバリやってました。
ウチでも目黒の会社と同じ経理システム導入して使ってるので、即戦力になりますよ?」
ひなさんの家は代々続く農家さん。
山を持っていてその管理もしている。
ご縁があって母さんの会社に研修目的のボランティアに来て、一年ちょっと前に法人化した。
そのときに母さんの会社で使っている事務処理システムを導入した。
ひなさんは転生者。前世の記憶がある。
そのことは一年前の晃の父親に会ったときに判明した。
『名にかけて誓う』なんて京都の能力者の使う言い回しをしたときに「もしや」とわかった。
そのあと晃とのあれこれのときに本人の口からはっきりと聞いた。
転生者とバレても対応の変わらないぼくら家族に最近ではひなさんも一段と気を許してくれて、いろんなことを話してくれる。
「久木家だって年度末処理があるでしょう」
「あ。もうほぼ終わりました」
「え?」
母さんの言葉にケロリと答えるひなさんに保護者達がポカンとする。
「あとは大したことない処理だけなんで。母と兄で十分対処できます。
なので、私が抜けても大丈夫です」
「晃から逃げられて丁度いい」というひなさんの言葉に甘えて、終業式直後から京都に来てもらった。
ついてきたがったけれど修験者の用事から逃げられなかった晃にものすごく文句を言われた。
ひなさんも北山の離れに部屋を用意した。
表向きは一乗寺の会社の二階にある両親の自宅に寝泊まりしていることにして、転移陣をとおって御池のぼくらの家で食事をとってもらい、寝るのは転移陣をとおって北山の離れを使ってもらった。
先に離れを使っている竹さんともすぐに打ち解けた。
この頃にはぼくも『竹さん』と呼ぶようになっていた。
ハルも黒陽様も「そう呼んでやってくれ」って言うから。
なんでも、ぼくは彼女が高間原にいたときの従兄のおにいさんに似ているらしい。
その人は「竹『ちゃん』」って呼んでたらしいけれど、さすがにそれはとぼくが抵抗したので『さん』付けになった。
竹さんがこの家に来て二ヶ月半。
うっかりでおっちょこちょいで情けないところばかり見ているせいか、最近ますます妹みたいな感じがしている。
ひなさんもそう感じたらしい。
なんやかんやと竹さんの世話を焼いている。
この頃、竹さんは夜眠れなくなっていた。
三月にはいってすぐ、アキさんが離れ専属の式神から聞いた話を報告してきた。
一月末に離れで覚醒した竹さんは、しばらくは夜も普通に眠っていた。
それが霊力と体調が安定した二月中頃から、夜何度も起きているようだと。
黒陽様を起こさないようにかお布団の中でじっとしているときもあれば、水を飲みに台所に行ってそのままずっと起きているときもあるらしい。
黒陽様が眠りの術をかけて眠らせているけれど、それでも起きてしまうようだと式神達が報告していた。
黒陽様にすぐに確認した。間違いなかった。
「かわいそうに」「どうにかしてあげられないか」と頭をひねり、日中なるべく身体を動かすような用事を押し付けていた。
ひなさんに京都に来てもらうことになったとき、アキさんがひらめいた。
「ひなちゃんなら竹ちゃんと仲良くできるんじゃないかしら」
前世の記憶が、それも大人な社会人の記憶があるひなさんは面倒見が良い。
その面倒見の良さで幼い晃を第三の母親として支えてきた。
そんなひなさんなら竹さんのことも面倒を見てくれるんじゃないか。
そう企んで、なにも言わず離れに部屋を用意した。
その結果、ひなさんはぼくらの期待以上のはたらきをしてくれた。
なんでも「パジャマパーティだ」と竹さんの部屋に押しかけ、話を聞き出したらしい。
「一緒に寝るまでがパジャマパーティだ」と言いくるめて恥ずかしがる竹さんを無理矢理抱いて寝させているという。
すごい。さすがひなさん。
黒陽様が涙ぐんで報告してきた。
「ひなのバイト料、これで上乗せしてくれ!」と封印石を渡してきた。
これ市場価格いくらすると思ってんですか黒陽様。
これ一個で車買えるんですよ?
世間知らずは守り役もだった。
ハルは黙って受け取った。
ひなさんは自分で言うだけあって即戦力だった。
途方に暮れていた年度末処理は三日で目処がたった。
「ひな様ぁぁぁ!」って両親が拝んでいた。
ぼくも春休みでハルとオミさんにくっついて色々教えてもらっている。
だから、両親が拝むほどのひなさんの話を聞きたかった。
みんなそろった夕食のときに色々話をした。参考になる話ばかりだった。
「ひなちゃんはどこの会社にお勤めだったの?」
アキさんの質問にぺろりと教えてくれた会社は一流と言われる会社だった。
「あそこ、三十年くらい前に急激に業績上げたんだよね」
オミさんの言葉にひなさんがドヤ顔をしている。
その顔に、ピンときた。
「もしかして、ひなさんの功績?」
「……イエイエ。みんなが頑張ってくれたからですよ」
あとで調べたところによると。
ひなさんの功績だった。
ちょうどパソコンを導入しようとしていた時期に入社したひなさん。
その頃はまだちいさなちいさな会社だった。
「人手が割けないから」「メインで使うのは経理だし」「若いコのほうがわかるでしょ」と、新入社員ながらパソコン導入の担当者に抜擢された。
社内の業務を見直し体系を見直しお金の流れを見直した。
そのうえで使えるシステムをエンジニアに注文した。
システムの導入、運用。ムダとコストの削減。
さらには人材育成に力を入れ、ひなさんの薫陶を受けた人材を毎年各部署に送り込んだ。
折しもときはデジタル導入の暗中模索期。
様々な会社が成功したり失敗したりしていた。
加えてバブル崩壊で世の中が不安定になっていた。
そんな時期にしっかりと会社の骨格を作り、人材とシステムを育てていったのが、前世のひなさん。
とんでもない人だった。
みんながひなさんの話を聞きたがった。
「あー、あれ、こんな裏事情があったんですよ」なんて話をたくさん持っていた。
当時の事情とか、各社の裏話とか、「なんでそんなこと知ってるの!?」みたいな話がボロボロ出てくる。
竹さんも聞いているだけで楽しいようで、目をキラキラさせながら楽しそうに聞いていた。
「そうだ」
ある日の夕食時。
いつものようにひなさんの話を聞いていたときに、父さんが言った。
「ひなちゃん。デジタルプラネットって会社、知ってる?」
「デジタルプラネット?」
「伏見区のゲーム会社なんだけど。
『バーチャルキョート』って知ってる? それの開発してる会社」
「ああ」
ひなさんも『バーチャルキョート』を知っていた。
時々遊びに行くという。
「んー」と少し考えていたひなさんだけど、残念ながら知らないようだった。
「いつできた会社ですかね?」
「ええとねえ、これ」
オミさんがデジタルプラネットのホームページをスマホに表示させてひなさんに渡す。
ひなさんはササッと操作して、会社概要を確認していた。
「あれ」
その手が、止まった。
「どうかした?」
「この社長――」
ひなさんのつぶやきに、ピリッと緊張が走った。
「社長がどうかした?」
何気ないフリをして父さんが声をかける。
ひなさんはしばらく考えていたけれど、やがて「イエイエ。大したことじゃないです」と笑った。
「ひなさん」
ハルの強い声に、ひなさんの背筋が伸びる。
「どんなちいさなことでもいい。何か知っているならば教えてほしい」
「―――」
「詳しくは話せないが、今我々はとある一件について調査している。
この社長がその鍵になると踏んでいるのだが、本人に会うことはもちろん、情報もほとんどない状況で、正直困っているんだ。
どんなちいさなことでもいい。
何か知っているならば、教えてほしい」
それでもためらうひなさんに「安倍家主座の正式依頼にする」とハルが言う。
「ひなさん、大樹さんに会ったとき、言ってくれたよね。
『助力が必要なとき、自分で助けになることであれば必ず助力する』って。
『名にかけて誓った』よね。
今がその『助力が必要なとき』なんだ。
お願い。何か知ってるなら、教えて」
ぼくの言葉に、ひなさんはためらっていたけれど、やがてため息をついた。
「……お役に立てるかどうかはわかりませんが……」
「構わない」
「……その……あまりいい話でないので、広めないでいただけると助かるのですが……」
「誓約する」
そこまで言われて、ようやくひなさんは口を開いた。
「――同姓同名という可能性もありますが……。
出身校と年齢からするに多分……」
「バブルで没落した篠原家のお孫さんだと思います」
手違いで二話投稿してしまいましたが、明日も投稿します。よろしくおねがいします。