挿話 ヒロ 7 リカちゃんの『バーチャルキョート』教室
次の日。
「ちょうどいいから姫宮にスマホを持たせよう」
ハルがそう言いだした。
竹様とぼくらは連絡を取り合うとき、札や式神を使う。
ぼくやハルと連絡を取るのはそれで問題ないけれど、オミさんとは連絡が取れない。
オミさんは『霊力なし』なので、札の霊力を受信できない。
他の三人の保護者は受信できるけど、霊力量の関係か、あまり長文は受け取れない。
竹様にスマホを持たせる案は、全員が賛成した。
本人以外は。
「いりません。必要ないと思います」
全員がそろった朝食の席で、竹様はあっさりとそう言った。
やっぱりね。そう言うと思った。
「でも竹ちゃん。スマホ持ってくれないと、僕、連絡とれないよ。
僕『霊力なし』だからさ」
オミさんにかなしそうに言われてぐっとつまったけれど、すぐに竹様は反論してきた。
「晴臣さんに連絡とることはないと思います」
「――! ひどい……」
わざとらしくオミさんがへにょりと眉を下げる。
「ひどい…。僕はのけ者なんだね……」
「え? い、いえ。そういうわけでは」
「そうだよね。『霊力なし』の僕なんか、竹ちゃんの役に立たないよね。
どうせ僕は『役立たず』だもんね」
いじいじいじけるオミさんをアキさんが抱きしめてよしよしと頭をなでてやる。
「ひどいわ竹ちゃん。私の大事なオミさんをいじめるなんて」
「い!? いじ!? そ、そんな」
「いいんだよ明子さん。僕が『霊力なし』の『役立たず』なことは昔から変わりないんだ。
こんな僕が、竹ちゃんと連絡をとろうとしたのがいけないんだ」
「オミさん――! かわいそうに!」
目の前で茶番が繰り広げられている。
それなのに竹様は真に受けて青くなって「あの」「その」なんてオロオロしている。
視線で『助けて!』て求められてもぼくにもどうにもしてあげられないよ。
そこにひらりと一羽の小鳥がやってきた。
菊様の式神だった。
小鳥はテーブルの上にちょこんと降り立ち、竹様に向かって話しかけた。
「竹?」
「菊様?」
突然の菊様の声に竹様はきょとんとしている。
小鳥はそのまま菊様の声で話し始めた。
「晴明から連絡もらったんだけど。
アンタ『スマホいらない』とか言ってるらしいわね」
「そ」
ハルが茶番の間にこっそり菊様に告げ口したらしい。
キッとハルをにらみつける竹様。ちっともこわくない。ハルは知らん顔だ。
「アンタ晴明から説明されなかったの?『バーチャルキョート』の話」
昨夜の話し合いが終わってすぐにハルは菊様に連絡をとった。
そのときに父さんの見解について報告をした。
すぐさま菊様が『先見』をしたところ、会社と社長について一部『はじかれる』感覚があったという。
その感覚が「『災禍』の宿主を判じたときと同じ感覚がする」と。
菊様も「デジタルプラネットの社長が怪しい」と判じ、ハルに調査するよう命令していた。
「私も『バーチャルキョート』やってみるわ」とも。
「アンタにも昨日『先見』をしてから連絡したでしょうが。
デジタルプラネットの社長が高確率で怪しいのよ。
近づくためにも『バーチャルキョート』を体験して、ある程度会話の糸口としておかないとでしょ!?」
「で、でも」
「でももくそもないわよ! とれる手段はどんな手でもとらなきゃでしょうが!」
「そ、それは」
「文句言わずにスマホもらいなさい! それで『バーチャルキョート』やりなさい! いいわね!?」
バッサリと言い捨て、小鳥は消えた。
竹様が泣きそうな顔でふるふるしていた。
『霊力なし』で小鳥が見えなかったオミさんに今の会話を説明する。
その間に黒陽様とハルが竹様をなぐさめていた。
「姫。菊様の命令です。あきらめてスマホを受け取りましょう」
「そうですよ姫宮。菊様がああおっしゃるのですから」
「ううううう」
「大丈夫ですよ姫。姫が寝ている間に封印石をたっぷり作って晴明に渡しています」
「はい。あれだけあれば他家への販売も可能です。十分おつりがきますよ」
竹様の両側から話をしていた黒陽様とハルを押しのけるように、母さんとアキさんが竹様の横に割り込んだ。
「竹ちゃん竹ちゃん。私達とおそろいにしない!? 使い方教えてあげられるわよ」
「これ、高性能カメラ搭載なのよ! みてみて! キレイに撮れてるでしょー」
「色がこれだけあるの! 何色がいい?」
「スマホケースに入れたら色は関係ないでしょ」
「それもそうね。じゃあ、この中だったらどのケースがいい?」
「私とアキは色違いのおそろいなのよ! 竹ちゃんもこれにする?」
「待ってちぃちゃん。竹ちゃん他に気に入るのがあるかもよ」
「それもそうね。ホラ竹ちゃんちゃんと見て! これなんかどう?」
「こっちもかわいいわよ! あ! 竹の柄がある! これにする?!」
両側からやいやい言われた竹様はぐるぐると目を回した。
結果。
「………お二人と同じでお願いします……」
がっくりとうなだれ、そう言った。
ぼくらが学校から帰ったときには新しいスマホを手に母親達から講習を受けていた。
『なんでこんなことに』みたいな顔をしていたけれど、生真面目に使い方を覚えようとがんばっていた。
週末。土曜日。
ハルの婚約者のリカちゃんが来た。
「ハル様ぁぁぁ! お招きありがとうございます!」
「いらっしゃいリカ。忙しいところ悪いな」
「とんでもございません! ハル様のお役に立てるならばこの九条 莉華、どんなことでもいたします!」
相変わらずパワフルなお嬢さんだなあ。
そんなリカちゃんの勢いに竹様はドン引きだ。
御池のぼくらの自宅マンションにやってきたのは、ハルの婚約者のリカちゃんとそのお母様。
中学二年生のリカちゃんひとりを婚約者の自宅に行かせるというのは、たとえ保護者がいるとはいっても外聞が悪いからと同行してくださった。
でもお母様があっさりと「私も『バーチャルキョート』利用していますよ」とおっしゃるのでびっくりだ。
「去年リカの兄の学年のクラス委員をしたんです。
そのときの打合せや会議を『バーチャルキョート』でやったんですよ」
「そんなこともできるんですか」
「便利ですよね」なんて簡単におっしゃる。びっくりだ。
リカさんの指導の下、保護者四人とぼくとハル、竹様でスマホにアプリをインストールする。
初期設定、チュートリアル。ぼくらは難なくこなしていったけど、竹様はもたもたとなかなかうまくいかないみたいだ。リカさんがつきっきりで教えてくれた。
「さあ。ここが『バーチャルキョート』ですよー」
リカさんの指導でアバターを操作する。
歩いてみる。リカさんを見つけて話しかける。リカさんとお母様と会話する。
リカさん母娘に案内してもらって『バーチャルキョート』をあちこち歩きまわる。お店にも入る。
「これはなかなかすごいな…」
システムエンジニアの役割もしている父さんがうなる。
「前に依頼者が言ってたのはこのことかー」
オミさんも弁護士の仕事で話を聞くことがあったらしい。なにやら納得していた。
そして竹様はやっぱりどんくさくもたもたしていた。
「この『バーチャルキョート』ではどんなことをされるのですか?」
オミさんの質問に、リカさん母娘はそれぞれ答えてくれた。
「私は決まったお店をのぞいたり、決まった人と会うくらいですね」
「私も友達と会ったり、お店のぞいたりします。あとはイベント見にいったり、クエストに挑戦したり」
「クエストってなに?」
「『クエストチャレンジ』っていうボタンがあるでしょう?
これにチェックを入れておくと、運営から時々『お題』が来るんです。
『この人を探せ』とか『どこどこに出現するオニを倒せ』とか」
「――『オニを倒す』――?」
竹様のつぶやきに「はい」とリカちゃんはけろりと答える。
「元はRPGですから。戦闘ゲームらしく、武器屋もありますよ」
ほらこことかこことか。とリカちゃんが自分のスマホ画面をみんなに見せてくれる。
「アイテムもいろいろあって。オニを倒した報酬で買えるんです。
もちろんリアルなお金を課金して買うこともできますよ」
そうしてアイテムリストを見せてくれる。かなりあるね?
そう指摘すると、リカちゃんは照れ臭そうに笑った。
「私、ゲーマーなので。
『バーチャルキョート』はもう三年くらいやってますから、それなりにアイテムも持ってます」
と、それまで黙っていたハルが「リカ」とリカちゃんを呼んだ。
「このアイテム、全部見せてくれるか」
「はいぃっ! 喜んで!」
ずらずらと並ぶリストを、時々「これは?」と確認しながら見るハルの顔は恐ろしく真剣だ。
『何かある』と、いやでも突きつけられる。
「――この『バーチャルキョート』、京都の街が再現されているのだったな」
「そうです」
「どこからどこまでが再現されているのだったかな?」
「ええと――」
どう説明するか迷うそぶりに、オミさんが「地図持ってくる」とすぐに立った。
持ってこられた地図を見たリカちゃんは「ここからーここもあってー、で、こうでー」と指でぐるりとマルを描いた。
京都の外側を囲う結界をたどるように。
――偶然、か――?
ぼくが気付いたのと同じことをハルも気付いたのだろう。
他にもいくつもリカちゃんに質問していた。
リカちゃんはかなりこの『バーチャルキョート』のクエストをやりこんでいるらしい。
アイテムドロップしやすい場所や、オニの出現場所など、何か所も知っていた。
「――とても参考になった。リカ、ありがとう」
「ハル様のお役に立てたならば、これほどしあわせなことはございません!」
微笑むハルに狂喜乱舞するリカちゃん。よかったね。
「――リカに頼みがあるのだが、いいだろうか」
「なんなりとぉ!」
「この、クエスト? が公開されたら、すぐに僕に教えてほしいんだ」
ハルの言葉にリカちゃんは意味がわからずキョトンとしている。
「僕達は始めたばかりでまだ勝手がわからない。
だが、このクエストが、僕にとってとても重要なヒントになりそうなんだ。
もちろん安倍家でも専属の人間を用意するが、ベテランのリカだからこそわかることや知ることができることがあるだろう。
僕からの正式依頼として、この『バーチャルキョート』の情報を僕に教えてくれないか」
「ハル様のお役に立てるならば喜んで!」
リカちゃんは二つ返事で請け負ってくれた。
「お母様。そういうわけで、申し訳ないがしばらくリカに『バーチャルキョート』をできるだけやらせてほしい。
詳細は明かせないが、安倍家主座としての正式依頼と受け取っていただいて構わない」
「――承知いたしました」
堂々とゲームができることになったリカちゃんが喜んだことは言うまでもない。