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挿話 ヒロ 5 竹様と『半身』

「姫宮の記憶を封じたのは――姫宮がこわれていったからだ」


「……こわれる……」

 それは『ココロが』ということだよね?

 やっぱり『たくさんの人を死なせた』と思ってこわれたってことじゃないの?

 そう聞きたかったけれどやっぱり言葉が声にならない。

 そんなぼくらに、ハルはまたため息を落とした。



「――姫宮には『半身』がいた」


 思わず息を飲んだ。

『半身』。

 ひとつの(カタマリ)だったのがふたつに分かれた存在。

 お互いを求め、どこまでもお互いを愛する存在。

 ぼくの両親もその『半身』だから、彼らが、彼女らがどれだけお互いを求めるのか、なんとなく知っている。


 その両親がお互いの手をぎゅっとつないだ。

 オミさんとアキさんもそっと寄り添った。

 まるでこれから起こる恐ろしいことに備えるように。



「京の都ができてすぐの頃、初めて出会った。

 でもそのときは姫宮の余命がなかったから、四ヵ月で別れた。

 それでもお互い『夫婦』と認めあい、しあわせだったらしい」


 ハルは淡々と話をする。

 でもぼくには衝撃的だった。


 たった四か月しか共にいられなかった?『半身』が?

 それ、相手の男はどうなったの?

 聞きたかったけど、聞く前に次の話が始まった。



「次に出会ったのが戦国時代。

 相手の男には前世の記憶はなかったが、当然のように『半身』である姫宮に惚れ、いろいろあってやはり『夫婦』と呼び交わした」


 うなずくぼくらにハルもひとつうなずきを返した。

 そして、そのまま、目を伏せた。

 かなしそうに。つらそうに。


「だが、姫宮は『災禍(さいか)』の封印に赴き、生命を落とした」


「そんな――」

「――それ、その『半身』の人は――?」


 ちいさく声をもらしたアキさんの肩を抱き、オミさんがたずねた。

 ハルはゆるりを首を振った。


 それって――?


「――姫宮は、ひとりで『災禍(さいか)』のもとに向かった。

『半身』に眠りの術をかけて抜け出したんだ」


「――目が覚めたら『半身』が死んでたってことか――?」


 話を聞いただけで青くなっている父さんに「そう」とうなずくハル。

 それって、ひどくない!?


「まあいろいろ事情があってな」

 ふう、と息を吐きだして、ハルは天井を見上げた。


「――ヤツと姫宮が共に過ごせたのは一年半ほど。

 ただ、最初の半年はヤツの意識がなかったから、実質一年ほどになるのかな?」


 どういうことかと視線を向けると、ハルはぼくらに顔を向け話を続けた。


「以前話したことがあるだろう。

 四百年前『(まが)』の封印に向かった霊玉守護者(たまもり)唯一の生き残りがいたことを。

 姫宮の『半身』は、その生き残りだよ」


「「「―――!!」」」


(まが)』の件が片付いて家に帰ってきた日。

 疲れ果てていたハルがうっかり口をすべらせて教えてくれた。


 四百年前にも『(まが)』の封印が解けたこと。

 五人の霊玉守護者(たまもり)で封印したこと。

 ひとりしか戻ってこなかったこと。

 消し炭のような身体を、最高の治癒者が治したこと。


 その話を思い出した。


 

 何も言葉が出ないぼくらに、ハルは困ったように笑った。


「そりゃあひどい状態で。

 ヤツを治療したのは姫宮の仲間の姫なんだ」


 さっきの話にでてきた『東の姫』だとわかった。


「『最高の治癒師』と言っていた人か」

 父さんの確認に「そうそう」とハルは軽く答える。


「彼女を以てしてもすぐさま全快とはならなかった。

 ヤツは半年間高熱にうなされ、意識不明だった。

 それを、姫宮はずっとそばで看病していたんだ。

 手を繋いで、霊力を送り続けて」


『半身』はお互いに補い合うという。

 その甲斐があったのか、彼女の『半身』は奇跡的に意識を取り戻し、回復していった。

 


「だが、姫宮は『災禍(さいか)』を封じなければならなかった」


 だから治療にあたる館と外界の時間の流れを変えて、少しでも二人で過ごさせようとした。

 治療に時間がかかるのはわかっていたから。

 別れなければならないのはわかっていたから。


 そうして『半身』がほぼ回復したのを見届けて、彼女は『災禍(さいか)』のもとに向かった。

『半身』をひとり遺して。



 母さんがぽろりと涙を落とした。

 父さんも痛そうに、苦しそうに口を引き結んでいる。


 ――ぼくは男だから、霊玉守護者(たまもり)だから、どうしても遺された『半身』に想いを寄せてしまう。

 どれだけつらかっただろうか。

 トモのお祖父さんの玄さんも『半身』であるサトさんを(うしな)ってひどく乱れていたって聞いた。

 ずっと前から言い聞かせられて、覚悟をして、天寿を全うするのを最後の一瞬まで見届けた玄さんでもあんなに乱れた。

 それが『目が覚めたら死んでました』なんて。

 どれだけ身を裂かれる想いだろうか。



 ハルはそんな『半身』のことは話さず、その後の彼女の話をした。


「『災禍(さいか)』を封じて、生命を落として。

 次に生まれ変わったときには『半身』はいなかった。

 ヤツはジジイになるまで長生きしたが、姫宮はヤツが生きている間には転生しなかった」


 つまり、その人は『半身』に会えなかったのか。

 それはどれほどかなしいことなんだろうか。



「『半身』のいない世界に生まれ変わった姫宮は、それまでと変わらず『災禍(さいか)』を追った。

 封印はしてあるが、完全に滅するまでは油断ならないからと、姫達も守り役達も探していた。

 もちろん姫宮も探した。

 ――でも、姫宮は気付いてしまったんだ」


 なにを? ごくりとつばを飲み込んだ。 

 そんなぼくらに気付くことなく、ハルはため息を落とした。


「『半身』に、一度だけでなく、二度も、三度も会えた。

 ならば、また会えるのではないか、と」


 ――なるほど。あり得る話だ。

 納得してうなずくと、ハルは膝の上に組んだ手を見ながらぽつりぽつりと語った。



「――『災禍(さいか)』はとりあえず封印されていたから。

 姫宮はそこまで必死で『災禍(さいか)』を探す必要がなかった。

 だから、つい、願ってしまったんだろうな」


 くしゃりとちいさく顔をゆがめた。


「『また会いたい』と」


 そう願うのは当然に思えた。

 そう考えることの何が悪いのか。

 そんな思いがハルに伝わったのかどうか。


「生まれ変わるたびに期待する。『また会えるのではないか』

 死の淵に立つたびに思い知らされる。『やっぱり会えなかった』」


 まるで独り言のようにハルが言葉を紡ぐ。

 その言葉に、彼女が一喜一憂する様子が見えるようだった。


「転生を繰り返すたびに考えてしまったらしい。

『もしかしたらもう二度と会えないのかもしれない』と」


 ――確かにその可能性もある。


『二度と「半身」に会えない』

 それはどれほどつらいことなのだろうか。

『半身』のいないぼくにはわからない。

 でも両親にはその痛みがわかるようで、母さんは父さんにべったりとくっつき、父さんはそんな母さんの肩をしっかりと抱き寄せていた。



「そもそも姫宮には責務がある。

 責務を放り出して『半身』と過ごすわけにはいかない。

 そんなこと、姫宮にはできない。

 (ゆる)されないと思っている。

 だから、本当は『半身』に会うわけにはいかない。

 でも、会いたい。でも、会えない。

 ――そんな想いを、募らせていたらしい」


 話を聞くだけでもかなしくてくるしくてつらい。

 それをあの人は何百年も抱えていたのか。


「――それは、確かにココロがこわれるな…」

 ぼそりと落ちた父さんのつぶやきに、ハルが苦笑を向ける。


「元々姫宮はそんなにココロが強くないんだよ」


 いつの間にか前のめりにうつむいていた身体を無理矢理起こし、ハルはまたため息をついた。


「あの人は昔から甘っちょろくて、やさしくて、人のことばかり気にしてる。

 己に課した責務と自責の念にとらわれて、他のことに目を向ける余裕がない。

 それでも立っていられたのは、皮肉だけれど、責務があったから。

『これ以上「災禍(さいか)」の好きにさせるわけにはいかない』という責任感だけで、苦しいのもつらいのも全部飲み込んで立ち向かっていたんだ」


 ぼくらが彼女と過ごした時間はまだ短いけれど、そんなぼくらでもわかる。

 彼女は生真面目で、一生懸命で、責任感の強い人だ。

 その生真面目さで、責任感で、なにもかもを背負ってしまう人だ。

 でもそのことが彼女を立たせていた。

 それも彼女らしいと納得できた。



「でも、『しあわせ』を知ってしまった」


 ぽつりと落ちた言葉は、とても『しあわせ』には聞こえなかった。

 また下に落ちた視線のままハルは言った。


「――姫宮は、ゆっくりとこわれていったんだ」


 ハルにはそのときの様子が見えているのだろう。

 ぽつりぽつりと話してくれた。


「あるときはただじっとどこかを見つめたまま動けなくなった。

 あるときは霊玉をただひたすら作っていた」


 そうやって『半身』のいない世界を生きた。


「『生きている限りは、生きる努力をしなければならない』

『それが、生きる者の勤め』」


 ハルの言葉は、ハルがちいさなぼくにずっとかけてくれた言葉。

 安倍家に連なるモノならば誰でも知っている言葉。

『姫と守り役に協力するように』そう伝えるために残された昔ばなしの一節。


「『半身』に最初に会ったときに、そう言われたらしい」


「―――!」


 そうなんだ。

 元々は彼女の『半身』の言葉なんだ。

 なんとなく、彼女自身がその言葉を『支え』にがんばってきたことが伝わってきた。


「だから姫宮は死ねなかった。

 生きる努力をしなければならなかった。

 でも、探しても探しても『半身』はいない。

 あれだけ求めた存在がいない。

 そうして――姫宮はこわれていった」


 しずかにそう言って、ハルは口を閉じた。

 祈るように目を閉じ、息を吸い込んで再び目を開けた。


「百五十年ほど前になるか。

 見かねた黒陽様が西の姫に頼んで『半身』の記憶を封じたんだ。

 だが『呪い』が影響したのか、それまでの記憶まで封じてしまってな。

 それでも時期がきたら記憶は覚醒する。

災禍(さいか)』を追うという責務を果たすことはできる。

 ただ、覚醒しても『半身』の記憶は封じられているから、姫宮はこわれることはなくなったから、それならまあこのままでいいかということになって、現在に至るわけだ」



 ふう、とハルが息をついた。


 ふと気がつくと母さんが泣いていた。

 ぐじぐじ泣く母さんの肩を抱く父さんも泣きそうだった。


 アキさんも泣いていた。

 やっぱりオミさんが抱きしめてて、オミさんにもたれて泣いていた。


 ぼくも泣きそうだった。

 竹様の苦しみが痛いほど伝わってきた。

 同じ水属性だからか、ぼくと彼女は考え方が似ている。

 だからこそ、彼女がどう考えたのか、どんな風に苦しかったのかがわかって、泣きそうだった。


「――竹ちゃんの『半身』は、現在(いま)、生まれ変わってないのか――?」


 声が震えそうになるのを隠しながら父さんが問いかけた。

 ハルは何故か顔をしかめ、言った。


「――生まれ変わってる」


 全員がバッと顔を上げた!


「それなら!」「じゃあ!」

「だが」


 みんなの言葉を制したハルは苦しそうだった。


「果たして姫宮と『半身』を会わせていいものか、僕もわからないんだ」


 なんでハルがそんなことを言うのかわからなくて、でもハルが本当に苦しそうで、ぼくは何も言えなかった。


「出逢えばきっとお互いに『半身』だと認識する。

 たとえ前世の記憶がなくとも」


「そうだろう?」と視線を向けられ、顔を見合わせた父さんと母さんがハルに向けうなずいた。



「姫宮には責務がある。

 それでなくても二十歳まで生きられない。

 どうやっても、男が遺されることになる」


 これまでも三度、そうやってひとり遺されている。


「『半身』に出逢えばそれはしあわせだろう。

 だが、記憶のない姫宮は間違いなく責務を優先して『半身』から逃げる。

『しあわせ』になってはいけないと、逃げる」


 わかる。

 あの人なら、逃げる。

 ここ数日でぼくらにもそのことは深く深く理解できた。


「そもそも男だって『半身』に出会わなければ、遺されて苦しみむことはない。

 あんなに激しい恋慕に苦しむことはないと思うんだ」


 その説明にみんなうなだれた。

『それもそうか』と納得してしまった。


「どうするのがいいのか、僕もわからない。

 会わせて一時(いっとき)の『しあわせ』を喜ぶのが『しあわせ』なのか。

 会わせることなく穏やかに生涯を終えるほうが『しあわせ』なのか」


「……それは確かに難しいな……」

 絞り出すような父さんの言葉にハルもうなずいた。


「だから、成るようにまかせようと思っている」


 いつものようにえらそうに腕を組んだハルは、きっぱりと言った。


「出会うときは出会うだろうし、出会わなければそこまで」


 投げ出すような言葉だけど、その結論を出すまでにハルがたくさん悩んでたくさん考えたことが伝わってきた。

 だからぼくも黙ってうなずいた。

 保護者達も「そうだな」「まあね」と同意を示していた。

 そんなぼくらをぐるりと見まわしたハルは「ただ」とちいさくつぶやいた。


「もしも二人が出会って、また恋をするようならば」


 そんな奇跡のようなことが起こったならば。


「そのときは、協力しようと思っている」


 ぼくらも深く同意した。

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