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挿話 ヒロ 4 竹様の話

何度も説明している話ですが、お付き合いくださいませ。

 竹様が転移陣を通って北山の離れに戻り、弟妹も眠ったあと。

 御池の家のリビングのソファで恒例のティータイムが始まった。


「いやー。しかし、からかいがいのある子だなぁ!」

 ニヒヒッとうれしそうに父さんが言えば「タカ。言い方」とオミさんがたしなめる。

 そう言うオミさんも『からかいがいがある』ことについて否定していない。


「あの子あんなんでよく今まで無事だったな!

 悪いヤツに利用されてポイされそうだ!」


「そこは過保護な守り役がいるから」

「なるほど」

 ここ数日の守り役の様子は、全員を納得させるだけの説得力があった。


「あの子、ホントにひとりでウロウロさせて大丈夫?

 なんなら僕、運転手するよ?」


 オミさんの申し出にハルは腕を組んで考える。


「――いや。姫宮の探索方法を考えると、車でないほうがいいだろう。

 オミは通常業務で構わない。

 またどこか具体的に出かけるときには頼む」


 うなずくオミさん。

 ハルは今後の方針を保護者達に聞かせる。


「彼女にはしばらくは覚醒後のリハビリとして、京都の結界の調査をしてもらう。

 あの人は転移が使える。

 この都ができてからずっと住んでるから地形はだいたい把握しているだろうし、安倍家で用意した地図もある。

 まあ、なんとかなるだろう」


「……今、聞き捨てならないことが聞こえたんだが……」

 挙手して発言を求める父さんにハルは視線で許可する。


「『この都ができてからずっと住んでる』?」

「? そうだ」

「え? あの子、何歳(いくつ)?」

「今は十五歳だと言っていただろう?」


 そうしてハルはやっと父さんの言いたいことに気がついた。


「言ってなかったか?

 あの方は五千年前に異世界から『落ちて』きた落人(おちびと)だ。

『落ちる』ときに『呪い』を刻まれ、記憶を持ったまま何度も転生しているんだ」


「五千年!?」

「『呪い』!?」


 パワーワードだらけでツッコミが追いつかないんだけど!!


「ええと……。彼女はハルの恩人なんだよね?」

 オミさんの質問に「そうだ」と答えるハル。


「安倍家に伝わる昔ばなしの『お姫様』が、彼女、なんだよね?」

「そうだ」


「それよりもっと前からずっと転生してるってこと?」

「そうだ」


「五千年?」

「らしいぞ」


「「「―――」」」


 絶句してしまったぼくらに、ハルはなんてことないように「僕は千年前からしか付き合いがないからそれ以前のことはわからないがな」なんて答える。


「……ちょっと、時間の感覚がおかしくなりそう……」

 アキさんのつぶやきに激しく同意する。


「『呪い』って何よ」

 母さんの質問にハルは「言ってなかったか?」と首をかしげる。


 だから認識を共有するために彼女について聞いていることを挙げてみた。


「『ハルが安倍晴明になる前の恩人』で『何度も生まれ変わってる』『「(まが)」を封じたお姫様』。なにかはしらないけど『責務がある』

 聞いてるのはこんなところかな?」


「あと『異世界の王様の娘』っていうのも聞いたよね」

 オミさんが追加してくれる。そうそう。それもあった。


「フム」とハルは顎に手を当て目を閉じた。

 考えを巡らせたのか、なにか『先見』でもしたのか。


 目を開けたハルはぐるりとぼくらを見回した。


「――長くなるが、聞くか?」

「「「聞く」」」



 そうしてハルは話してくれた。

 彼女の歩んできた道を。




 五千年前。

 高間原(たかまがはら)という魔獣のでる森に囲まれた世界に五つの国があった。

 東西南北にひとつずつと、中央にひとつ。


 そのうちの北の国に住むのが、竹様達『黒亀族』を中心とした『黒の一族』。

 竹様はその王の娘であり、黒陽様はその頃からの竹様の守り役であり筆頭護衛だった。


 生まれた時から竹様は霊力過多症で寝込んでいたが、ある時、転機が訪れた。


 医術と薬術で有名な東の国の姫と、学術に秀でた西の国の『先見姫』が、中央の国におもむくという話が聞こえてきた。


 その二人の知恵があれば、竹様の霊力過多症が治るかもしれない。

 一縷(いちる)の望みをかけて、竹様と側近達は中央の国に向かった。


 結果的に、竹様の霊力過多症は落ち着いた。


 東の姫の薬と西の姫による霊力訓練、そして同じく中央都市にきていた南の戦闘集団の姫に引っ張りまわされることで体力がつき、人並み程度に過ごせるようになった。


 そして、事件が起きた。


 中央の『黄の一族』が封じていた『災禍(さいか)』と呼ばれるモノの封印を、竹様が解いてしまった。


 そこが『封じの森』とは知らなかった。

 それが『災禍(さいか)』を封じた大樹だとは知らなかった。

 知らずに触れて、竹様の能力がその封印を解いてしまった。


 その場にいたのは、東西南北四人の姫と、それぞれの守り役。

『黄』の王族の前に連行され、魂に『呪い』を刻まれ、異世界に落とされた。



 四人の姫にかけられた『呪い』。

 それは『二十歳まで生きられない』で『記憶を持ったまま何度も転生する』呪い。


 そして守り役四人には『人間の姿を失い獣の姿になり』『死ねない』呪いがかけられた。



 異世界に、この世界に落ちて、『呪い』が本当だと知った。

 どれほど元気でも二十歳を迎えられない。

 何度死んでも、何度も生まれ変わる。

 黒陽様はそんな竹様の死をを何度も見送ることしかできず、己は死ぬことができない。


 それでも『呪い』を受け入れ、生きた。

 共に落ちた姫達と合流し、より良い世界にしようと取り組んでいた。


 この世界に落ちて何度目かの生で、大きな争いがおきた。

 その中心にあの『災禍(さいか)』の存在を感じた。


 何故かはわからないが、竹様が封印を解いてしまったあの『災禍(さいか)』がこの世界にいると理解した。


 そして、その国は滅びた。


 その後も同じように一つの国の滅亡に立ち会い、これまでに二つの国が滅びるのを目の当たりにした。

 最初に生まれた世界も含めると、三つの国の滅亡に関わった。




「――日本の歴史が変わる話を聞いた気がする……」

 ボソリとオミさんがつぶやいた。


「つまり?

 今オレ達が知ってる、邪馬台国やらの前にも国があったっていうのか? それも二つも」


「そうらしいぞ」

 ケロッとハルは言うが、ぼくらは絶句するしかできない。

 それって考古学学会を揺るがす重大事じゃない⁉


「――で? 竹ちゃんは、異世界のお姫様だったけど『呪い』をかけられてこの世界に『落ちて』来た、と」

「そうだ」


「『災禍(さいか)』とやらの封印を解いたから」

「そう」


 タカさんの確認にひとつひとつうなずくハル。

 しばし無言に包まれた。

 誰もが今聞いた話を自分の中で咀嚼(そしゃく)していた。



「――その『災禍(さいか)』って、なんなの?」

 母さんの質問にハルは顔をしかめた。


「――厄介な、非常に厄介なモノだよ」



 それは、望みを叶えるモノ。

 それは、運命を操るモノ。


 強い望みを持つモノの強い願いを叶えるために、偶然を重ね合わせて運命と結果を引き寄せるモノ。


 強い望みは犠牲もいとわない。

 強い願いは(にえ)を要する。

 結果、全てが滅びる。

 周りも、無関係なモノも。

 願った当事者も。


 それでも、その願いを叶える。


 それが 『災禍(さいか)




「具体例を出すと」

 ひとつ息を落とし、ハルは淡々と話した。


「平清盛の躍進。足利尊氏の政権樹立。織田信長の天下統一。豊臣秀吉の成り上がり。

 このあたりは『災禍(さいか)』が関わっている」


「―――!!」


「いずれも姫達が『災禍(さいか)』に気付き止めようとしたところで逃げられている。

 それで『宿主』だけが破滅した」


 頭の中で日本史年表がぐるぐるしている。

 そうなの? あれって、そうなの⁉


「その『災禍(さいか)』は、今は――?」

 おそるおそるといったオミさんの問いかけに、ハルはひとつうなずいた。


「秀吉の『醍醐の花見』のときに姫宮が封じた」


 その答えになんとなくホッと息をついた。

 でもハルはきゅっと口をへの字にした。


「水晶玉状に封印したのは間違いない。が、そこで『災禍(さいか)』が展開していた転移陣が発動して、手に取る前に逃げられた」


「「「―――」」」


 それは、その『災禍(さいか)』が今も動いているということ?

『全てを滅ぼす』ようななにかが、動いているということ?

 それとも封印されてるから大丈夫ってこと?


 聞きたくても聞けない。誰も聞かない。

 そんなぼくらにハルは「ふう」とひとつため息をついた。


「『京都の結界』の中でのことだから、おそらくは京都からは出ていないと思われる。

 だが、あれから」


 膝の上で手を組んで、目を伏せたハルは続けた。


「幕末の動乱。日露戦争開戦直前の日本の外交方針を決めた『無鄰菴会議』など。

 確たる証はないが、その影響力とその後の死者の数を考えると、『災禍(さいか)』が関わっていたのではないかと思われる事案がいくつかある」


「『死者の数』――」


 それはつまり。

災禍(さいか)』が関わることでたくさんの人間が死んだということ。

 それを『災禍(さいか)』の封印を解いたという彼女が知ったら。


 知ったら。


「―――!」


 ぼくが気付いたことに気付いたのだろう。

 ハルは弱々しい笑みを浮かべた。


「――あの方はうっかり者でニブい人だけど、頭は悪くないんだよ」


 考える時間もあったしな。とハルがつぶやく。


「五千年前の高間原(たかまがはら)に始まり、この世界の二つの国、その後の現在の歴史につながるまでの動乱。

災禍(さいか)』が関わったために数多の生命が失われた。

 その全てを、あの方は『自分のせいだ』と責めている」


「そんな――!」

 アキさんのちいさな叫びに、ハルはやっぱり弱々しく笑った。

 目を閉じ、組んだ両手をぐっと握った。祈るように。



「あの方はずっと『災禍(さいか)』の封印を解いてしまった罪にとらわれている」


 自分のせいでたくさんの人を死なせてしまった。

 自分のせいでたくさんの人が不幸になった。

 そう言って、己を責めている。



「『災禍(さいか)』を滅することが、姫達の責務」


 それしか、罪をつぐなう方法がないから。


「そのために、姫達は『災禍(さいか)』をずっと追っている」



『姫達』

 つまり、菊様も。


 あの人も、こんなものを背負っていたのか。

 こんな、途方も無いものを。



 そして、理解した。

「覚醒するまでは竹様に『普通のしあわせ』を」

 そう願う気持ちを。


 以前「竹の覚醒が始まっている」と聞いたとき『竹様はなにも知らずのんきに過ごしている』と感じて、菊様の背負っているものに思いを馳せて、なんとなくモヤッとした。


 だけど、話を聞いた今なら、彼女の人となりを知った今ならわかる。


 あの人は、何もかも背負う人だ。

 会ったこともない人間の生命も、自分のせいでないかもしれないことも、何もかも「自分のせいで」と背負って苦しむ人だ。


 そうやって、五千年過ごしてきた人だ。


 それなら、ホンの十数年、見逃してあげたい。

 何も知らず、何も背負わず、『普通』に暮らせばいい。


 きっと黒陽様も菊様もそう願ったのだろう。

 だから記憶を封印して『しあわせ』な幼少期を送らせてあげたのだろう。



「……前に『竹様の記憶を封じた』って言ってたよね?

 それって、やっぱり、そのせい?」


 確信を込めてそう聞いたのに、ハルはあっさりと「いや。違う」と答えた。

 じゃあ、なんで記憶を封じたの?

 そう思ったのは顔に出ていたらしい。

 ハルが説明のために口を開いた。


「姫宮の記憶を封じたのは――」


 そこまで言ってためらい、口を閉じた。

 こんなハルはめずらしい。

 ハルは一瞬痛そうに顔をしかめたけれど、目を伏せ、ぽそりと言葉を落とした。


「――姫宮がこわれていったからだ」

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