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挿話 ヒロ 3 竹様と母親達

 黒陽様に道案内をしてもらい、彼女を自宅に送り届けた。

 ベッドまで運び「お礼を」「お名前を」と引き止めるご家族に「名乗るほどの者ではありません」と微笑み急いで帰宅する。



 黒陽様がおっしゃった。

「あの父親に『霊力が』とか『保護』とかいっても理解されん。

 不審者扱いされて警戒されるのが関の山だ」


 実際お会いしたお父さんは霊力が少ない普通の人で、超常現象とか霊能力とか信じないタイプの人に見えた。

 だから黒陽様のアドバイスに従ってスタコラサッサと退散した。

 



 すぐさまハルに報告した。

 竹様と黒陽様に会ったこと。

 安倍家の保護が必要なレベルで危険なこと。

 ハルはすぐに黒陽様に連絡を取り、打合せをした。


 肝心の竹様のお迎えに関してはハルが『先見』をした。

 それによると「いずれ向こうから話が来る」となり、やきもきしながら年末年始を過ごした。



 弱った高霊力保持者は妖魔にとってごちそうだ。

 彼女はかなり弱っていた。

 自分で妖魔除けの結界を張っていたけれど、大丈夫だろうか?


「黒陽様がついているから、その点は大丈夫」

 ハルがそう言うけど、ぼくは心配でならなかった。


「えらくその()を気にしてるなヒロ。

 もしかして好きになっちゃった!?」


 阿呆な父親がからかいまじりにそんなことを言う。

 ジロリとにらむと首をすくめる阿呆。


「違うよ。

 ――あの人、昔のぼくを見てるみたいだったから」

「どういうこと?」


 母親達に根掘り葉掘り聞かれ、彼女の言ったことや態度について話して聞かせた。

 その結果、保護者四人全員が『昔のヒロにそっくり』と理解を示し、ハルの恩人ということでもともと高かった彼女への好感度がさらに上がった。




 年が明けてしばらくして、上賀茂のとある家から依頼が来た。

 彼女のお祖母さんの実家だった。


 すぐさまぼくが向かった。

 ぼくは京都の能力者の間ではそれなりに名が知られてきている。

 そりゃそうだよね。安倍家の主座様であるハルにずっとくっついているんだから。

 最近は霊玉守護者(たまもり)のみんなと安倍家の『不良債権』を片付ける機会も多かったし。


「まさか主座様直属の方にいらしていただけるとは!」って感激された。


 上賀茂の依頼者の家にまず行って話を聞いて、それから少し離れた彼女の家に行った。


 彼女は眠っていた。

 ぼくが送り届けたあの日からずっと眠っているという。


 ああ。スリープモードになってるのか。

 深く深く眠ることにより、記憶を整理したり霊力を馴染ませたりする。

 彼女もそうなっているようだ。

 その効果か、差し当たり霊力が暴走する気配はなさそう。よかった。


 枕元に黒陽様がいらっしゃった。

 隠形をとっていらっしゃるので、ぼく以外に気付いている人はいない。


 こっそりと「お迎えにあがりました」と伝えると、黒陽様はひとつうなずかれた。



 そこで彼女は霊力過多症で眠り続けていること、このままこの家にいたら妖魔に喰われる可能性があることを説明し、安倍家で預かることを提案した。


 お父さんは不承不承だったけど、上賀茂の人達やお祖母さんには彼女の霊力の状態がわかるようで「絶対お言葉に甘えたほうがいい!」「それ以上の対策はない!」って後押ししてくれて、オミさんに迎えに来てもらって無事彼女を北山の離れにお連れすることができた。


 北山の離れはハルが特別な結界を張っている。

 建っている場所もハルが選定した霊力の濃い場所だ。

 そのおかげか、彼女は用意した部屋のベッドに横たわっただけでも少し楽そうになった。


 それからも彼女は昏々と眠り続けた。

 ようやく目覚めたのはこの離れに来て一週間後のことだった。




 約一月半スリープモードだった彼女は、目が覚めてからもなかなか回復しなかった。

 それまでの覚醒に至るなんやかんやで元々弱っていたのもあるかもしれない。

 ぼくが回復をかけたり聖水を作って飲ませたり薬を飲ませたりして、二月になってようやくベッドから出ることができた。


 着の身着のままでここに連れてこられた彼女だったから、着替えもなにもなかった。


 ご両親には彼女はまだ眠っていることにしてある。

 彼女自身が「もう今生の家族のもとにいるわけにはいかない」と言うのでとった策だった。

「死んだことにしてほしい」という彼女をどうにか説得して、別室に彼女の姿をした式神を寝させておくことにした。


 そんなわけで彼女にはパジャマ以外の着替えがない。

 差し当たり服が必要だ。


「これでいいですよ?」

 彼女がふわりとまとったのは、ぱっと見巫女装束。

 異世界での略礼装だという。

 アイテムボックスに入れている服を身につける術があると。

 霊力を込めた特別な布や金属だから、勝手に丁度いい寸法になると。へー。異世界、すごいね。

 その領巾(ひれ)と千早を脱ぎ、白い着物と若竹色の袴になった。


「この離れで過ごすだけならそれで構いませんが、姫宮は『災禍(さいか)』を探しに街中に出るおつもりでしょう?

 現代(いま)街中でそういう装いをして歩くのは、コスプレと判断されて目立ちますが、よろしいですか?」


 ハルの説明に彼女はひどくショックを受けていた。


「じゃ、じゃあ、これは…」とアイテムボックスから出してきたのは着物。

 古いデザインだけど、モダンでかわいい。

 着物なら着ていない人がいないわけでもない。


「……当ててみてください」

 ハルに言われ、首をかしげながらも彼女はスルリと着物を羽織った。

 ……明らかに袖も丈も足りていない。


 これどうしたんです? ああ、前世の持ち物。

 異世界製じゃないから丁度いい寸法にする術が付与できないと。


「今生の姫宮は背が高くなっていらっしゃいますから。

 無理だと思います」


 べしょ、と泣きそうな顔になる彼女。

 なんだろう。おかしいんだけど!

 女の子が困っているのにおかしいとか、ぼく、そこまで意地悪じゃないはずなんだけど。


「僕とヒロの母親に見立てさせますから。諦めて受け取ってください」

「うううう」

「ちゃんと対価をもらってますから大丈夫ですよ。

 滞在費も、衣装代も、何もかも、いただいた封印石で十分(まかな)えます。

 だから気にせず受け取ってください」


 ハルが笑いをこらえながらそう説得しても彼女はなかなか納得しなかった。

 黒陽様が説得している間に、ハルに言われてアキさんと母さんを連れてきた。



 着物に袴の彼女と挨拶を交わし、母親達は張り切って彼女の採寸に取り掛かった。

 あとは母親達にまかせてぼくら男性陣は部屋を出た。


 しばらくして部屋から出てきた母親達は楽しいのを隠しもしない満面の笑顔で、彼女はぐったりと疲れ果てていた。



 採寸したのは昼すぎだったのに、夕方には紙袋を山と持った母親達が再び離れに登場した。

「こんなに要りません!」と叫ぶ彼女を「試着用だから。要らなかったらそれでいいから」と丸め込んだ母親達。

 実際下着類は「メーカーによって同じ寸法でも違うから」と、微妙にサイズが違うのを複数メーカー用意していたらしい。


「竹ちゃん、お胸が大きいから。ピッタリの下着にしないと、せっかくのお胸が崩れちゃう」

 女子校育ちの母親達は女子校ならではの無遠慮さで彼女を構い倒し下着を決めたらしい。


「やっぱり若いとハリが違うわね!」

「こんなに大きいのはなかなかないわ! 腕が鳴るわね!」


 ナニがどうなのかツッコんだら負けだ。

 キャッキャと楽しそうな母親達とは反対に、彼女はげっそりと衰弱していた。

 大きめのパーカーとジーンズになっていた。


「こっちのほうがかわいいのに」

「これでいいです! これがいいです! もう十分です!!」


 そこからがまた大騒ぎだった。

 ファッション誌を山と並べ「この中だったらどれが好き?」「これとこれはどっちがいいと思う?」と彼女を質問攻めにして好みを把握し、様々なブランドのホームページから服の画像を出して「これは?」「こっちは?」とさらに質問を重ねる。


「こんなの要らない」「もう十分」という彼女に「買うんじゃないわよ。好みを聞いてるだけ」と油断させ、次から次へと質問する母親達。


 夕食はぼくが作った。

 もそもそと食事を口に運ぶ彼女は、疲れ果てて目が開いてなかった。



 翌日離れに行くと、彼女は洋服を着て部屋から出てきた。

 昨日も着ていた大きめパーカーにジーンズ。

 すぐさま「同じ服を着るな!」と母親達に怒られ、着替えさせられた。


「ゆうべちょっと着ただけじゃないですか! 大丈夫です!」

「ナニ言ってんの! 一日に三回は着替えないといけないわ! それが若い女の子というものです!」

「そんな決まり、聞いたことありません!」

「今決めたの! ウチではそうするの!」

「そんなぁ!!」


 ロングスカートにセーターになった。

「……足が見えるのはちょっと……」

「学校の制服だって見えるじゃない」

「あれはそーゆーモノだと思ってるので……」

「じゃあこれもこーゆーモノよ。文句ある?」

「……………ありません……………」


 なんていうか、からかいがいのある子だな!

 ぼくは必死で笑いをこらえ、彼女達を見守った。



 前日の紙袋の山は本当に試着用だったらしい。

 微妙にサイズが違うものを何枚も用意していただけで、下着類とジーンズがほとんどだったという。


 つまり。

 今用意したのは昨日着ていたパーカーとジーンズ、今着ているロングスカートとセーターだけ。


「お店に連れていきたいんだけど」と申し出た母親達にハルは「無理だろうな」と断言した。


「お前達が行くような店は、店構えだけで彼女は逃げる」

 母親達はこれでお嬢様育ちだ。

 普段使いの店もそれなりの店を使っている。


「あの人はとにかく自分に金をかけたがらないんだ。『迷惑になる』と言って。

 だから『たまたまもらった』とか『安かった』とか言って押し付けてたんだ」


 その頃のことを思い出したのか、ハルがため息をついた。


「『対価を払っている』と言っても聞かないんだ」

 黒陽様も困ったようにつぶやく。


「昔から姫はそうなんだ。薬すら『いらない』と言うんだ」


 そんな二人に、母親達はナニカを刺激されたらしい。

「攻略しがいがある」とかなんとか言って出かけていった。


 夕方、学校から帰宅し離れに行くと、彼女の悲鳴が聞こえた。


「ですからこんなに要りません!」

「だからね? 安倍家にいる以上、それなりの格好をしてもらわないと困るのよ」

「そうよ。主座様の客人があんまりな格好をしていると、主座様の『格』を疑われることになるの」

「……『格』……」

「『安倍家は客人にあの程度の服しか用意できないのか』って、安倍家の財政まで疑われることになるわ」

「……………」

「だから。ね? 安倍家のために、この服を着てほしいの」

「言ってみれば制服よ。

 ホラ、お店とか、同じ服を着てるでしょ?

『安倍家の客人』の制服だと思って、着て?」

「………そういうことでしたら………」


 丸め込んだ!


「まさか姫宮を丸め込むとは……。あの二人、すごいな……」

 めずらしくハルがびっくりしていた。



 そうして母親達は『家の中で着る制服』『平日に街中を歩くときの制服』『休日に街中を歩くときの制服』と、何種類もの服を彼女に押し付けた。

 特に『平日に街中を歩くときの制服』は、本当にどこかの学校の制服のようだった。


「京都は修学旅行生が年中来てるから。

 制服っぽい服だったら『どこからか来た修学旅行生がはぐれたのかな』くらいにとってもらえると思うの」


 それなら補導されることもないだろうと説明されて、彼女は納得した。

 その『制服っぽい服』は何パターンもあった。

「いつも同じ服だったら、どこで誰に覚えられるかわからないでしょう?

 竹ちゃん、声かけられたり調べられたりするの、マズいんでしょ?」


 真顔でうなずく彼女。

 結果、山のような服を全部受け取ることを了承した。


「すごいなあの二人!」

 黒陽様が驚愕していた。

「あの姫にあそこまで受け取らせるとは! 見事な手腕だ! ぜひ側仕えに欲しい!」


 黒陽様なりの最大の賛辞なのだろう。

 ぼくにも母親達にもそれは伝わった。

 大喜びの亀にみんなで笑った。



 そうしてようやく御池の自宅に連れて行き、父親達と弟妹に紹介した。


高間原(たかまがはら)の北、紫黒(しこく)の娘、(たけ)と申します。

 今生の名は神宮寺(じんぐうじ) (たけ)です。

 この度はお世話になりました。

 ありがとうございました」


 その言い方にピンときたのは、彼女がぼくによく似ているからだろう。


「竹様? 出ていくのはナシだよ?」

 ぼくの一言に彼女はビクーッ! と跳ねた。


「………竹ちゃん?」

 ゆらり。笑顔のアキさんの背後に威圧が立ち上がった。


「は、はひ」と情けなく返事をする彼女に、隣に座ったアキさんはジワリと顔を近づけた。


「どういう、こと、かしら?」

「え、えと、その、」

「私達は貴女をご両親からお預かりしているのよ?」

「は、はい。ありがとうございます」


「貴女と主座様が『黙っていろ』と言うから、目覚めたことは言ってない。

 式神? が貴女のフリをして寝ているところにご両親を案内して、さも『まだ目覚めていません』という顔をしてお話しているの」

「は、はい。ありがとうございます」


 アキさんの迫力に彼女はタジタジだ。


「その貴女がウチからいなくなるということは、ウチと貴女のお家で結んだ契約に違反するということなの。わかる?」

「そ、そんな」


「だからね」

 うろたえる彼女ににっこりとやさしい笑みを浮かべるアキさん。

 手を取って『お願い』と彼女の目を見つめる。


「どこに出掛けても、何をしてもいいけれど。

 必ずウチに帰ってきてほしいの。

 一緒に夕ご飯を食べて、一緒に朝ごはんを食べてほしいの。

 そうでないと、私達は貴女のご両親に対して契約違反することになってしまうわ。

『貴女のお世話をする』と約束したのだから」


 彼女は目に見えてうろたえた。

 あちらを見、こちらを見、ぎゅっと目を閉じて困り果てたあと、ため息をついて絞り出すように言った。


「………わ……、わかり、ました………」

「わかってくれた!? よかった!」


 きゃあ! と彼女を抱きしめるアキさんに彼女はされるがままになっている。

 目が虚ろになっている気がするけどきっと気のせいだろう。


「私も私も!」と駆け寄った母さんにも反対から抱きしめられ、わけも分からず楽しそうだからと二歳の弟妹も参加する。


「なんだか家族がひとり増えたみたいだねぇ」

 オミさんがうれしそうに言った。

 その言葉はぼくにもすんなり腑に落ちた。



 こうして彼女はぼくらの『お客様』から『家族』になった。

 本人だけは『なんでこんなことに』みたいな遠い目をしていた。

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