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挿話 ヒロ 1 余命宣告と異世界の姫様

トモ修行中につき、しばらくヒロ視点でお送りします。

本編に至る前になにがあったのか、本編の裏でなにがあったのか、姫達と親しいハルのそばにいるヒロの視点でお送りします。

 二歳のとき、余命宣告を受けた。

「十四歳まで生きられない」


 父さんと母さんはその『先見(さきみ)』をしたハルの祖父――安倍家当主に食って掛かった。

 アキさんは泣いていた。

 ぼくはオミさんにぎゅうっと抱きしめられていた。

 オミさんの腕は震えていた。

 オミさんの力が強くて痛かったけど、そんなこと言えなかった。


 ぼくは、目の前が真っ暗になった。

 足元に真っ暗な穴が空いて、落っこちていく気がした。


 だからオミさんが痛いくらい抱きしめてくれたのが、この世に繋ぎ止めてくれているように思えた。


 それからずっと、ぼくはあの真っ暗な穴のふちで生きていた。


 今日死ぬかもしれない。

 明日死ぬかもしれない。

 今日は生きられた。

 でも明日は?

 いつ死ぬかわからない。


 そんな想いを抱えて、こわくて、くるしくて、どうにかなりそうだった。


 それでもがんばれたのは、ハルのおかげ。


「『先見(さきみ)』は『絶対』じゃない。

 行動次第で未来は変えられる」

「変えてきた人間を、見たことがある」


 そう言って、ハルはぼくの生命を諦めなかった。


「『先見(さきみ)』を(くつがえ)すために、チカラをつけよう」


 そう言って、ハルはぼくに修行をつけた。


 正直今思い返しても、特にあの頃のぼくらと同じ年齢の弟妹を見ていると、とても二歳の子供にやらせる修行じゃなかったと思う。

 よくついていったよぼく。


 とにかく死にたくなかったぼくはハルの修行にしがみつき、がんばった。



「『生きている限りは、生きる努力をしなければならない』」

「『それが、生きる者の勤め』」


 ハルはいつもぼくにそう言い聞かせた。


 そうして、昔ばなしを聞かせてくれた。




 昔むかし、ひとりの子供がおりました。

 子供はすぐれた能力者で、ありとあらゆるモノを見通すことができました。

 ある日、子供は自分の母親に言いました。

「ははうえは、きつねなの?」

 その言葉で、母が己にかけていた術は破れ、母は人間の世界にいられなくなってしまいました。


 己のせいで母を失った子供は嘆き苦しみ、『魔』に落ちようとしていました。


 そこに、お姫様が現れました。


「『生きている限りは、生きる努力をしなければならない』」

「『それが、生きる者の勤め』」


 そう言って、子供を浄化したのです。


 お姫様の言葉を胸に懸命に生きた子供は大人になり、友達と、素敵な奥さんと、かわいい子供を得てしあわせに暮らしましたとさ。


 めでたしめでたし。




 それは、安倍家に伝えられている昔ばなし。

『安倍』に連なるモノは誰もが承知していなければならない事実。


『そうやって主座様は救われ、我らの現在(いま)がある』

『だから、姫とその守り役から助けを求められたら、何をおいても協力しなければならない』



「お前の持つ霊玉は、その姫が封じた『(まが)』の力の一部なんだ」

 ハルはそう教えてくれた。


「僕は姫宮に恩がある。

 姫宮があのとき救ってくださったから、僕はたくさんの『しあわせ』を知ることができた。

 だから、姫宮に恩返しをするために、姫達の『責務』を果たすために協力するんだ」


 そう言ってハルは「僕も救われたんだからきっとヒロも救われる。だからヒロもがんばれ」とぼくに修行をつけた。




 ハルは助けてくれたお姫様を『姫宮』と呼ぶ。

『姫宮』の仲間のお姫様は『どこどこの姫』とか、単に『姫』とか呼ぶ。


 その『姫』に、年に数度会うことがあった。


 ハル曰く『西の姫』。菊様。

 ぼく達より一歳(ひとつ)年下の彼女とは京都のいわゆる『名家』と呼ばれる家の集まりで会う。

 たいていは当主クラスの大人が集まる会合だけど、年に数度、家族連れでの会が開催される。


 ぶっちゃけ、お見合いとか、青田買いとか、そんなヤツ。

 それなりのお家だと、お嫁さんもお婿さんもそれなりのお家からでないといけないらしい。


 あとは、後継者を実際に見て、その家や商う会社が今後付き合っていくに値するか見極める材料にする。


 菊様の今生のお家は、その会合に出られるレベルのお家。


 初めて会ったときは、日本人形が動いてると思った。

 真っ白な肌に健康的な紅い頬。

 垂れ目がちな大きな目をまつげが縁取り、唇もちいさく赤い。

 絹糸のように艶のある真っ黒なストレートヘアを肩の下でまっすぐに切りそろえていた。



 ハルの安倍家は千年続く家だから当然出席資格はあった。

 でもぼくの両親は会社経営をしていても会社はできたばかりのちいさなもの。出席資格はない。

 それなのにオミさんが「僕の親友」「頼りになる」「システムに強い」と宣伝しまくり、居並ぶお偉方から「安倍家の一人息子がそこまで言うなら」と同席を許された。

 顔を出しさえすれば、あとはあの人たらしが好きに動くだけでよかった。

「また話が聞きたい」「次も必ずおいで」と、あっさりと気難し屋のじーさん達を籠絡(ろうらく)し、出席資格を勝ち取った。


 そこまでしたのは、ぼくをその会合に出席させるため。


 菊様にぼくを『()て』もらうため。


 自分の能力を誰にも知られたくない菊様に会うには、それしかなかった。



 菊様は異世界の姫様だったという。

 学問で有名な国の姫で『先見』に(すぐ)れ『先見姫』なんて呼ばれていたらしい。


 その姫に、ぼくを『視て』もらった。

 ぼくは三歳になっていた。


「……確かに、十四歳になる前になにかが動くわね」

 菊様はそう言った。


「今はまだ『確定』ではない。修行を重ねることで『先見』を変える可能性は、ある」


 ハルはその言葉にものすごくホッとしていた。



 その頃のハルはぼくを生かすために本当に必死に動いていた。

 あの頃は自分のことで精一杯だったからわからなかったけど、今ならわかる。


 そのハルにとって、菊様が「可能性がある」と言ったことは、ものすごく重要な意味を持っていた。


「ウチの白露が『鍵』みたいなんだけど。

 なにしでかすのかしらね。あのおっちょこちょい」

 可愛らしく首をかしげる菊様はどこまでも可愛らしかった。



「対価を」と言ったハルに「今生の支払いにして」なんて軽く言う菊様。

「そうはいかない」ってハルは言っていた。

「じゃあ」と菊様が告げた言葉にハルは表情を固くした。

 そして「安倍家の全ての力をもって実行します」と誓約した。




 そうして年に数度、この会合で菊様と会い、三人で話をしている。


 ハルと彼女二人で話をすると、余計な気を回した周囲が勝手に婚約者に仕立てる可能性があった。

 だから必ずぼくを交えて『仲良し三人組』『恋愛感情なんてありません』て形を貫いた。

 そのためにもぼくはその会合に出席しなければならなかった。


 菊様にもお付きのひとはいた。

 小学校に上がってからは『御学友』の女の子も菊様に付くようになった。

 それでも菊様とぼくらはこの会合で必ず一度は接触した。


 込み入った話はハルが時間停止の結界を張ってからした。

 ぼくらの前では菊様はいつもの『理想のお嬢様』の仮面を脱ぎ捨てて遠慮なく話をする。

「あれはどうなった」「こっちのこれはどういうことか」

 ハルをやり込められるヒトがいるなんて思わなかった。


 ハルと菊様は基本的には式神をやりとりして情報交換をしている。

 菊様の守り役は事情があってお側から離れていたのでそうなった。


 それでも面と向かって直接話すのはまた違う。

 二人はお互いに現状を報告し、今後の対策を立て、様々なことを議論した。

 そうして結界を解いたら菊様はまた『理想のお嬢様』に戻り、当たり障りのない話をして別れるのだった。



 そんな話の合間に、ふっと気を抜いた雑談をすることがある。


「他の三人も転生してるわよ。なんと私と同い年」

「珍しいですね。今までにそんなことありましたか?」

「ないない。四人ともが同い年なんて、五千年で初めてよ」


 クスクス笑う菊様は小学生になり、日本人形から美少女になった。

 大きな目を細めてにっこりと笑うだけで、老若男女誰もが彼女に目を奪われた。

 ただ綺麗なだけでなく、華のある女の子になった。


 でも彼女は見た目どおりの美少女じゃない。

 時折冷たい目でどこか遠くをにらみつけている。

「菊様も『責務』を負っていらっしゃるから」

 ハルはそんなふうに言った。



「他のお姫様には会わないの?」

 ハルにこっそりと聞いたことがある。


「他の姫は記憶を封じている。

 ある一定期間になれば『呪い』のせいで記憶の封印が解けて覚醒する。

 それまでは『責務』を忘れて普通の子供として過ごさせてやりたいと。菊様が」


「……菊様は、記憶は……」

 おそるおそる聞いてみたら、ハルはひとつため息を落とした。


「あの方は全部覚えておられる。

 何度死んで生まれ変わっても、忘れることはない。

 そうして他の姫が動けない間、お一人で『責務』に立ち向かっていらっしゃる」


「『強い』方だよ」ハルはそう言った。



 あんなにほっそりしてお人形みたいに綺麗でおうちもお金持ちで困ることなんかなんにもないみたいな人なのに、生まれ落ちたときからたったひとりで『責務』に立ち向かっているなんて。


 それは、どれだけ大変なことなんだろう。




 ハルの修行はつらかった。

 でも、『他の霊玉守護者(たまもり)のみんなもがんばってるから』『菊様もがんばってるから』と考えたらふんばれた。


 ちょっと力を入れたらぽっきり折れそうな細い女の子が、たったひとりで重い『責務』に立ち向かっている。


 それに比べたら、ぼくだってまだがんばれる。


 ぼくにとって、菊様の存在も『支え』だった。


 そうして修行を重ね、十四歳になる直前の春休み。

 ぼくは『先見』を(くつがえ)した。




「竹の覚醒が始まってるわ」

 菊様にそう言われたのは、中学二年の春。

 菊様は中学一年生になった。


 ぼくが無事『先見』を(くつがえ)したことを報告し、菊様からも「今のところ長生きしそうよ」なんて言葉をもらった。


 一連の『(まが)』に関する騒動の一部始終を報告し、ぼくら霊玉守護者(たまもり)のことも話した。


「必要であれば姫のために働かせます」というハルの言葉に「期待してるわよ」と菊様は笑った。


 そのときに竹様の話が出た。



 竹様にかけている記憶の封印は、ゆるやかに覚醒をうながすものになっているという。

 他の二人の姫に最初に術をかけた結果、覚醒したときの反動が大きかった。

 一気に記憶と霊力を取り戻すその術では「とても竹は()たない」となり、改良した術をかけたらしい。


 徐々に徐々に記憶と霊力を取り戻す。

 それでもその記憶に毎回竹様のココロは疲弊する。

 覚醒したときには使い物にならないこともあったそうだ。


「あの子は生真面目が過ぎるのよ」

「お優しい方ですから」


 バッサリと切り捨てる菊様に、困ったようにハルがとりなす。


「だからまたどっかで倒れると思うわ。

 そのときはまたよろしくね」

「承知致しました」


 生真面目でやさしいお姫様が倒れて使い物にならなくなるほどの記憶。

 それを、菊様はずっとずっと背負って、ひとりで立ち向かっている。


 すごい人だと、強い人だと、改めて尊敬した。

ヒロの余命宣告と『禍』については『霊玉守護者顚末奇譚』をお読みください

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