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第五十七話 アキさんと蒼真様

「よし! じゃあ、パン持って行こう! すぐ行こう!」


 またしても飛び出そうとする蒼真様をどうにか押し留める。


「蒼真様! 待って! パン買ってきますから! チョコも買いに行かないと!」


『チョコ』の響きに蒼真様は別の意味で喜び勇んだ。


「よし! 行こう! すぐ行こう即行こう!」

「待って待って待って待って!」


 ちいさいのに力強いなこの龍!

 俺それなりにガタイがあるから体重もあるのに!

 俺の腕をつかんでずりずりと引きずっていく龍にどうにか抵抗する。


「買い物リスト作らせてください!」

「仕方ないなぁ。早くね」


 買い物なら相談するのはアキさんか?


「ええと、結局なにをどうすればいいんだ?

 チョコと酒とパン?

 酒はなにがいいと思う?」


 オミさんとアキさんが同行してくれることになった。

 一度で済ませようとデパートに行くことになった。


「先方はどのくらい人数がいらっしゃるのですか?」

 アキさんが守り役達にたずねる。


「お世話になる白楽様には当然お包みするのですが、白楽様の周りの方々――ご家族ですとか、側近の方ですとかにもお包みしたいのですが」


 さすがアキさん。

 細かいところにまで気が利くな。


「白楽の世話役は基本五人だったけど、今はどうなってるのかしら?」

「今日会ったのは三人だったよ」


「うーん」とうなって、結局守り役達は「わからない」と降参した。

 頼りにならない守り役達に、アキさんは少し考えを巡らせていた。


「――では、多めに用意してトモくんのアイテムボックスに入れましょう。

 時間停止、かかるのよね?」


 アキさんに確認されたのでうなずく。


「白楽様に差し上げるのはお店のものにして、周りの方々には一段落としたもの――私が作るミニパンでどうかしら?

 質より数で」


 アキさんの提案に「フム」とハルは顎に手を当てて考えている。

 その横で蒼真様はキョトンとしていた。


「え? 明子、パン作れるの?」

「ええ。お店のほどおいしくはないですが」

「そんなことないよ! アキさんが作るのはパンでもクッキーでもケーキでも、なんでもおいしいよ!」


 べた褒めするヒロに「ありがと」とアキさんもうれしそうだ。


「え? パンって、作れるの?」

「そりゃ作れるでしょ」

「なに言ってんの蒼真」


 白露様と緋炎様にツッコまれても呆然としている蒼真様。


「材料と作り方があればたいていのものはできます」

「そうなの!?」


 驚く蒼真様だったが「お薬だってそうてしょう?」とアキさんに言われ「確かに!」と納得していた。



「作るとこ見てみたい!」と蒼真様が言い出し、急遽アキさんによるパン作り教室が始まった。


「お土産の試作になって丁度いいわ」とアキさんも乗り気で色々作っていく。

 パン生地をちいさく丸くしただけのパン。バターロール。ウインナーにパン生地を巻き付けたウインナーロール。

「ついでだから」とパンの発酵時間を使ってクッキーも焼いた。それも何種類も。



 アキさんの作業を蒼真様は横にべったりくっついて見ていた。目がキラキラしている。

 まるでちいさな子供のようだ。

 あまりの子供っぽさに、つい、聞いた。


「蒼真様って『落ちた』ときはおいくつだったんですか?」

「十五」


 さらっと答える龍にハルが何故か驚いていた。

 ハルも初めて知ったらしい。


「今の姫達と同い年ですね」

 そう指摘すると蒼真様はハッとして「ホントだ」と笑った。


 守り役達は『獣の姿になり』『死ねない』『呪い』をかけられているという。

 身体の老化はないのだろうか? それとも白楽様のように何千年もかけて何歳か歳をとっているのだろうか。


「ちなみに私は二十八」

「私が三十二」

 緋炎様白露様もさらっと教えてくれる。


「じゃあ黒陽が一番年上なんだ。確か四十三歳だったって言ってた」

 俺の言葉に「そうなのよー」と白露様緋炎様はカラカラと笑う。


「黒陽さんの妻の黒枝(くろえ)さんが四十歳だった。

 あのひとすごくしっかりした女性(ひと)でね。

 私達、お邪魔しては色々話を聞かせてもらったものよ」


 懐かしそうに、楽しそうに白露様が教えてくれる。


「ああ。『しっかり担当』だったんですっけ」

「そうそう。ヤダ。黒陽さん、そんな話までしてるの!?」


 キャッキャとはしゃぎながら白露様と緋炎様は色々な話を聞かせてくれた。

 高間原(たかまがはら)の国々の様子。黄珀(おうはく)で集まった姫達の様子。それぞれの姫がどんな人物か。


 ハルもヒロも楽しそうに話を聞いていた。

 ハルは時折口をはさんで姫達について補足してくれた。

 話を聞く限りではどの姫も気持ちのいい人物のようだ。


 東の姫は上級薬師として活躍していた才媛。

 さっぱりとした姉御肌な人物。


 南の姫は男勝りな剣の達人。

 末っ子気質で甘え上手な人物。


 西の姫は『先見姫』と呼ばれる実力者。

 次期女王が確定していたらしい。

 思慮深く落ち着いた人物。


 そして北の姫である竹さんは、高間原(たかまがはら)にいたときから穏やかでやさしいひとだったという。

「あんなことがあった」「こんなことがあった」と話してくれるエピソードはどれもかわいらしくて愛おしい。


 世間知らずな竹さんは他の姫からしょっちゅうおちょくられからかわれていたらしい。

 だが世間知らずで生真面目だから、おちょくられていることもからかわれていることにも気付かずそれらを全部真に受けて、他の姫があわてて訂正していたそうだ。


 そんな話を聞いていたらクッキーが焼き上がった。


「まだまだ焼きますから。まずは焼き立てを召し上がれ」

 そう言って出されたクッキーに、守り役達は喜んだ。


「おいしい!」

「焼き立てってこんなにちがうのね!」

「うまい! うまい! 明子は天才だね!」

 白露様と緋炎様の結界の中から蒼真様も褒め称える。


「どうでしょう? お土産になりますか?」

「「「なるなる!」」」


 守り役達が太鼓判を押してくれた。

 ホッとするアキさん。


「次のクッキーも試食してみてくださいね」

「もちろん!」

「仕方ないわね! 試食しないと判断できないものね!」

「そうね! 試食は大事ね!!」

 守り役達は大喜びで試食を重ねた。



 雑談ばかりになったこともあり、クッキーを数枚食べてオミさんは仕事に戻った。

 下の弁護士事務所に移動して俺の休校に関する手続きをしてくれるという。


 部屋を出るオミさんを皆で見送って、クッキーの試食が再開された。


 ふと蒼真様がなにかを思いついたように顔を上げた。


「これ、トモも作れる?」

 突然蒼真様に問われ、返事に(きゅう)した。


「………まあ……作り方と材料があれば、多分……?」

 どうにかそう答えると、蒼真様はそれはそれはイイ笑顔を浮かべた。


「『向こう』に行ったら絶対作り方聞かれるよ!

 それで『作れ』って言われる。

 トモ、作れるようになっといたほうがいいよ!」


「は!?」


「アラ。そう言われたらそうね」

「間違いなく作らされるわね」


 白露様緋炎様までそんなことを言う。


「『あちら』はオーブンがありますか?」

 アキさんの質問に「ないと思う」と守り役達はそろって答える。


「こういう鉄板は?」

「どうだろ? あるかな?」

「なければ作るんじゃない?」

「クッキングシートも無いですよね…」


 それからもアキさんは「あれはあるか」「これはあるか」と細かく確認していった。

 結果、俺は古代の釜の作り方から製鉄方法、果てはバター作りや農業まで勉強することが確定した。

 それだけではなくパン教室にも通うことになった。



「なにも対価がモノである必要はない。

 技術や情報の提供だって十分対価になる。

 そういう意味では今回トモが伝える知識は数年滞在してしっかり修行をつけてもらうのに値するだけの価値があるよ!」


「薬作りにも役立つかも!」と蒼真様は喜んでいる。


「そうですね。『医食同源』といいますしね」

 アキさんのつぶやきを蒼真様は聞き逃さなかった。


「明子。どんなこと知ってるの!?」


 そうして出されたスパイスに蒼真様は喜んだ。

 外国から来たものは蒼真様の知らないものが多かった。


 アキさんは栄養学にも詳しかった。

 蒼真様の質問に次々と答えていく。



「ぼく、しばらく明子の弟子になる!」


 蒼真様はすっかりアキさんを気に入ってしまった。

 頭をアキさんの肩にすり寄せ、その長い身体をマフラーのようにアキさんの首に巻き付けた。

 甘える龍にアキさんは「アラアラ」と微笑み、その身体をよしよしとなでていた。


 すごいなアキさん。度胸あるな。


「晴明! ぼく、しばらく明子のところにいてもいい!?」


 蒼真様の問いかけにハルはチラリとアキさんの顔をうかがった。

 アキさんはそれはそれはうれしそうに微笑んだ。


「まあ! 本当に蒼真様とご一緒できるんですか?

 うふふ。息子がひとり増えたみたいでうれしいわ」


 なでなでと龍をなでながらそんなことを言うアキさんに、ハルはあきらめたようにため息をついた。

 その様子にアキさんはちょっと落ち着いたようだ。


「あら。私ったら。

 ごめんなさい蒼真様。私、うれしくてはしゃいじゃいました。

 そうよね。蒼真様みたいなえらい方つかまえて『息子』なんて言っちゃダメよね。

 ごめんなさいハルちゃん」


 この言葉に蒼真様が飛び上がった。


「ダメじゃないよ! ぼく、明子の息子になりたい!

 息子みたいに思ってくれるの、うれしい!

 いいだろ晴明!」


「「蒼真!」」

 白露様と緋炎様は怒ったが、ハルは心底疲れ果てたというのを隠しもせず言葉を絞り出した。


「………蒼真様がお望みなのでしたら………」

「「晴明!」」

「まあ!」


 白露様緋炎様がさらにハルを叱る前に、アキさんがうれしそうに声を上げた。


「こんなにかわいい龍が息子になるなんて!

 人生なにが起きるかわからないものね!

 よろしくおねがいしますね蒼真様」


「『様』なんていらないよ!『蒼真』って呼んで!」

「じゃあ、『蒼真ちゃん』」

「!」


 蒼真様の周りにバチバチバチッと静電気が踊る。相当喜んでいるようだ。

 アキさんは一瞬驚いていたけれど、やはり喜んでいるとわかったのだろう。

 にっこりと笑って、蒼真様の頭をなでた。


「蒼真ちゃん」

「! はぁい!」

「うふふ。よろしくね蒼真ちゃん」

「こちらこそよろしくね明子!」


 ぎゅーっと甘えて抱きつく龍を抱きしめなでるアキさんにハルもヒロもぐったりしている。


「ああ……。また増えた……」

 ヒロのつぶやきの意味がわからずどういうことか聞いてみると、思いもかけない答えが返ってきた。


 なんでもアキさんは人間の器が大きいらしい。懐も広いという。

 その器の大きさと懐の広さで、ヒトならざるモノも平気で受け入れてきた。


 アキさん自身は高霊力保持者ではない。

 元々は一般人並にしかなかったが、安倍家に嫁に入り義理の父母である当主夫妻と接するうちに徐々に『視える』ようになっていった。

 そうして当主夫妻についているモノや、たまに安倍本家で会うモノ達と接するようになった。


 やがてハルを身ごもり、胎児のハルを護るためにハルの部下がアキさんの周りに常駐するようになった。


 普通の神経の女性であればおそれたり気が触れたりするに違いない状況を、アキさんはけろりと受け入れた。

 見た目もおそろしい大きな異形どもに対して「守ってくれてありがとう」と感謝を伝え、さらには「おなかへってませんか?」と心配までした。


 自分より大きな、それこそ自分を喰うかもしれないモノに対して、敬意と愛情を持って接するアキさん。

 そんなアキさんに、ハルの部下の何人もが『堕ちた』。

 その筆頭がコンさん。

 現在でもアキさんの筆頭護衛を勤めている霊狐。

 ちなみに年に一回『主の御母堂の護衛ランキング選手権』なるものが密かに開催されており、これに優勝したものがアキさんの筆頭護衛としていちばん近くにいられるのだという。


 コンさんをはじめとする高霊力をもったモノに囲まれ、アキさんはますます『視える』ようになった。

 そしてあちこちで困っているモノを見つけては(とりこ)にし、安倍家に連れてかえっているという。


「とにかくアキはなんでもかんでも懐に入れるから。

 見ていて気が気じゃない」


「アラ失礼ねハルちゃん。

『なんでもかんでも』なんて入れないわ。

 ちゃんといい子しか入れないもの」


「ねー」とアキさんに微笑みかけられて蒼真様はますますごきげんだ。

 尻尾がびったんびったん揺れている。


「……ごめんなさいね晴明。しばらく蒼真を頼むわね」

「承知致しました」


「蒼真! そーうーま!

 アンタ明子のそばにいたいなら霊力操作しっかりしなさい!

 そんなバチバチさせてたら明子が死ぬわよ!」


 緋炎様に叱られて蒼真様がアキさんから離れてピッと直立不動の姿勢を取る。


「大丈夫ですよ緋炎様。竹ちゃんがお守りくれてます。

 蒼真ちゃんのピリピリするの、肩こりに効きそうですわ」


 うふふー。と微笑むアキさんに、またも蒼真様はテンション上がってしまった。


「電気療法だね! 知ってる!

 明子は他にもなにか知ってる?」

「うふふ。じゃあ、私の知っている範囲でよければお話しますね」

「やったあぁ!!」


 アキさんにベタベタする龍に白露様と緋炎様はあきらめたようにため息をついた。

 ハルは目元をおおってうつむいてしまった。

 

「オミさんが『霊力なし』でよかったよ…」

 ヒロはどこか遠くを見たままつぶやいた。


「こんなベタベタしてるの見たら、嫉妬でどうなるかわからない」


 すっかり甘えん坊になってしまった龍に、苦笑を浮かべることしかできなかった。

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