第五十四話 白楽様についての説明
チョコレート問題が一段落したところで、俺の話を続けた。
「とりあえず一旦ハルに報告するために戻ってきたんだ。
しばらく白楽様の『異界』で修行させてもらう。
このことは竹さんにも黒陽にも黙っといてくれ」
ハルはため息をひとつ落とし、それでも「わかった」と了承してくれた。
「その『白楽様』って、どんな方なの?」
ヒロの質問には白露様があっさりと答えた。
「私の孫よ」
「孫!?」
「白露様に、孫!?」
驚くヒロとアキさん。
いつもの反応なのだろう。守り役達は楽しそうに笑っている。
「長い話になるけど、聞きたい?」
まるでちいさな子供に言うように白露様は問いかける。
ウンウンとうなずくヒロとアキさんは子供がおはなしをせがむような顔をしていた。
「私達が暮らしていたのは『高間原』という『世界』。
魔の森に囲まれた土地に、五つの国があったの」
うなずく俺達。
ヒロノートパソコンを持ってきて、白露様の話す言葉を入力していく。
『霊力なし』で守り役達の姿も見えず声も聴けないオミさんは入力されていく文章を見ている。
「私はもともと、西の白蓮の女王の護衛だったの。
でも女王が姫をお産みになって、乳母になった姉と一緒に姫付きになって。
で、ずーっと姫の護衛兼お世話係をしているの」
「まさか五千年もお仕えすることになるなんて思わなかったわ」なんて冗談めかして笑う白露様。
「白蓮は学問が盛んだったんだけど、王は霊力が強くて『先見』の能力がある人物こそがふさわしいとされていたの。
だから、女王には子供が三人いたんだけど、ウチの姫が次期女王確定してたの」
ふむふむとうなずき、話の先をうながす。
「白蓮の王族は毎日朝と夕方に『先見』をするの。
こっちの『世界』ふうに言うなら『神託』に近いかしらね。
夜と朝。昼と夜。そんな『狭間の時間』に『先見』をして、未来を占うの。
この先、大きな災害や争いはないか。
民が困ることがおきないか」
こちらの『世界』でも『狭間の時間』に色々なモノがまじわることは知られている。
だから理解を示すのにうなずいた。
「そんな白蓮で、ひとつの『先見』が出た。
誰が占っても、いつ占っても、結果は同じ」
そっと目を伏せ、白露様は言葉を落とした。
「『世界が崩壊する』」
ゴクリと、誰かがつばを飲み込んだ。
その言葉の強さに、白露様の雰囲気に気圧される。
沈黙の中、白露様は再び話し始めた。
「詳しく占おうとしてもわからない。
白蓮で最もチカラのある女王と姫をもってしても全体像がわからない。
『鍵は黄珀』
それしかでてこなくて。
それなら黄珀に行こうって、中央の国である黄珀に向かったの。
表向きは姫の次期女王就任の報告ということにしてね」
顔を上げ普段の調子の声に戻った白露様に、知らず入っていた肩の力がゆるむ。
「黄珀に行って、竹様の霊力過多症の治療に協力して。
『森』と『竹様』が『鍵』という新しい『先見』が出た。
緋炎から『災禍』の存在を教えられた。
それを本国の女王に報告した。
本国でも『先見』を繰り返した結果、ある準備を進めることになったの」
一度俺達をぐるりと見回し、白露様は告げた。
「『世界』を――『高間原』を捨てる準備を」
「「「―――」」」
誰もがなにも言えない中、オミさんが顎に手を当てたまま問いかけた。
「――『捨てる』って、どういうことですか?」
「『異世界に行く』ということよ」
あっさりと白露様は答えた。
簡単に言うけど。
例えば『この「世界」を捨てて異世界に行く』というようなことだろう?
よくそんな博打みたいな手段を取ろうと考えたな。
そう考えていることはお見通しのように白露様は続けた。
「高間原以外の『世界』があることはわかっていたの。
観測データやなんやらで実証されてた。
それに青の一族――蒼真達、東の国・青藍の龍の一族の中に『界渡り』と呼ばれる、異世界に転移する能力のある人物が一定数いることも赤香――南の国からの情報で知っていた。
『世界の崩壊』がどのような形で起こるのかはわからないけれど、せめて人命だけは守ろうと、異世界へ渡る準備をしていたの」
人命第一の信念からか。
『白の女王』というひとは高潔なひとだったようだ。
「そうして、あの日。
私達は『呪い』を刻まれてこの『世界』に落ちた」
黒陽からそのときの話を聞いていた。
ヒロ達も聞いていたのだろう。黙ってうなずいた。
白露様は「だからこれはあとから聞いた話なんだけど」と前置きして、自分達が『落ちた』あとの高間原でなにがあったたのかを語った。
「魔の森を支えていた結界が崩れて魔物があふれた。
結界を支えることができなければ高間原はすぐに魔物と森にのまれて滅びる。
この流れが止められないとなって、女王は決断なさったのですって。
『世界』を捨てることを。
それから他の王とも相談して、高間原の人間を異世界に移動させていった」
「幸いというかなんというか。
私達が先に『落ちて』いたから。
第一陣に蒼真の知り合いを入れて、蒼真を目印にこの『世界』に移動してきたの」
「もう、すごい数の人間が移動してきたわよ。
それを受け入れるために必死で住むところを作って食べ物探して、先住民とも交渉して。
そうして、いつの間にか大きな国のようなものが出来上がったの」
「最後に四方の王とその兵達が『落ちて』きた。
そのときにはもう姫達は四人とも亡くなっていた。
娘に会えなかったとわかった女王がおっしゃったの。
『高間原で亡くなり、輪廻をめぐっていた魂も連れてきた』
『神々にお願いした』
『高間原で亡くなった魂も、この「世界」の輪廻に入れてくれと』
『だからこの「世界」で亡くなった菊も、この「世界」で輪廻を巡る。
「呪い」があるなら、なおのこと。またすぐに出会えるだろう』って」
「そうして実際姫は生まれ変わってきた。
お母様である女王にも会えたわ」
『めでたしめでたし』と話をしめそうな白露様。
「白露。話ずれてるわよ」
緋炎様の指摘に「あらヤダ。ごめんなさいね」と白露様はごまかすように笑った。
「ええと、どこまで話したかしら」
「白楽の話をするんでしょう」
「そうそう。楽ちゃんの説明だったわ」
大丈夫かこのおっちょこちょい虎。
「そういうわけで、高間原から私の子供達もこの『世界』に来たのよ」
「白露様、子供がいたんですか」
驚くヒロに「そうなのよー」と笑う白虎。
「息子と娘と、ふたりの子供がいたの。
で、娘は物心つく前から菊様の遊び相手というか側仕えのようなことをしていて。
黄珀にも同行していたのよ」
「へー」とヒロの声に白露様はにっこり微笑んだ。
「こっちの『世界』に落ちてきて、まあ最初は大変だったのよ。
みんなそれぞれに無限収納に詰められるだけ考えられるだけの機材や薬品や詰め込んできたけど、霊力量の関係で量に限りがあるじゃない?
だからどうしても不足もあって。
そんな中、工夫して、協力して、新しい国を作っていったの。
そんな苦労のなかで、ウチの娘と菊様の弟が結ばれて生まれたのが楽ちゃん」
頭の中で系図を作ってみる。
菊様というのは『西の姫』のことだよな。
その弟というのはつまり、王族。
で、その子供――。
「――つまり白楽様は『白の国の王族』ということですか……?」
「まあ一応ね」
さらっと答える白露様。
「だからあんなに大きな『異界』を支えられるだけの霊力量があるんですか」
「そうなのよー」
これもさらっと答える白露様。
「楽ちゃんはあの世代の中でも飛びぬけて霊力量が多かったわ。
おまけに発想力もあったから。
だからあんなとんでもないことおもいついちゃったのよね」
「『あんな』?」
なんのことかと思っていたら、白露様は困ったように笑った。
「『世界』の霊力量が元の高間原並みになれば、私達の『呪い』が解けるんじゃないか。とか」
ああ。それか。
蒼真様から聞いた。
そう考えて、実験施設としてあの『異界』を作ったのが始まりだと。
納得していると、白露様はさらに続けた。
「『呪い』を解くためには解析が必要だ。とか」
「……『解析』?」
ポカンとしたら「そう。解析」と白露様はうなずく。
『呪い』を解析?
確かに『呪術』というくらいで、理論上は『呪い』も術のひとつではある。
そしてそういう『祓い』を専門としているひともいる。
「……白楽様は『祓い師』なのですか?」
『祓い』を専門とする『祓い師』ならば『呪い』の解析もできるのだろう。俺は習ってないしできないけど。
「『祓い師』というよりは、現代風に言うなら『神職』のほうが近いかしら?
『白』の王族は、神々に仕え、神々とお言葉を交わし、人々に神々のお言葉を伝えるのが使命なの。
だから霊力が強くて『先見』の能力がある人物でないと王になれなかったの」
なるほど。と納得する俺達。
白露様は鼻の上にシワを寄せて説明を続けた。
「そうね……。楽ちゃんは言ってみれば『仕事はテキトーにして趣味に没頭する神職』といったところかしら」
「「「あー」」」
いる。そういうひと、いる。
「確かに研究も楽ちゃんの仕事ではあったけど。
王族の勤めをサボろうとしたりテキトーにしたり、脳味噌の使用配分が研究に全振りされてるのよねあの子」
白楽様のお人柄が大変よくわかる説明に引きつった苦笑しか浮かばない。
「神職だから『呪い』の解析ができる?」
なんとか質問してみると「どうかしら?」と白露様は首をかしげた。
「『祓い』にはいろんな方法があって、実際解析して解いていくやり方もあるけど、白楽のはなんていうか、もっと理論的っていうか学問的っていうか……。
私達全員の『呪い』を確認をして、いろんな方法で干渉して反応を見て、って、かなりしつこく研究してたわ」
緋炎様が説明してくれる。
その研究に生まれ変わった竹さんも黒陽も協力したから知り合いなのだと。
「多分今も研究続けてるんじゃないの?
時々遊びに行ったら何か知らないけど調べられるから」
緋炎様の言葉に蒼真様も「ぼくも」と同意する。
白露様は「そういえばそうね」なんてのんきなことをつぶやいていた。
アンタの問題だろうに。
なんだか呆れてため息がもれる。
ふと竹さんのやさしい笑顔が浮かぶ。
『呪い』を解析できるなら、そんなことができて、いつか解呪できるなら――。
いつか、竹さんの『呪い』も、解ける!?
白楽様のところならその勉強もできる!?
突然降ってきた希望にグッと拳を握る。
「『呪い』も術のひとつだから。
理論と術式があって成り立っているわ。
だからはねのけるときには術を壊すようにしたり、より高霊力で術を消すようにするの」
ウンウンと話を聞く。
少しでも竹さんの解呪のヒントになればと必死だ。
「『災禍』の使う術は、どうも私達が使う術とは違うみたいなの。
だからあれだけ攻撃しても結界を破れなかったし、抵抗しても『呪い』を刻まれた」
そうなのか。
守り役達は『呪い』を受ける前に抵抗したらしい。
あの高霊力爆発が蒼真様の本当の実力の一端として、他の守り役も同等の霊力を持っているとして。
そんな高霊力保持者の守り役達で抵抗できないなんて。
五千年続くなんて。
なんて『呪い』だろうか。
「私達では抵抗や解析どころか干渉もできないその『呪い』を、楽ちゃんはどうにか解析しようと一生懸命取り組んでくれたの。
その結果、一部だけ解析できた。
それが本当か実証するために――」
「理論展開も動物実験も何もなしに、自分にかけたのよあの子」
「「「……………は?」」」
「ふう」とため息をつく白露様は呆れ果てているのを隠しもしない。
「なんていうか、楽ちゃんは『学都白蓮』の申し子のような子なの。
あの子は『学都白蓮』にふさわしく、研究熱心で探求心旺盛で、頭のいい子なの。
発想力もあって、努力家で、地道な研究や観測をじっくりやり通す根性のある子なの」
「そして。
『やってみたい』と思ったら迷いなく飛び込む、無謀な子なの。
飛び込んだ先がどうなっているか考えることは、なぜかしないのよね」
「……………」
……………いる。
そういう研究者、いる。
ヒロもアキさんもオミさんも、それぞれに誰かを思い浮かべているのだろう。諦めの混じった、疲れ果てた顔をどこかに向けている。
ハルは『余計なことは言いません』という顔をして口を一文字に結んでいる。
「あわててみんなで術を解析した結果、楽ちゃんの開発した術は『不死』ではなくて、身体の時間を極端に遅くさせる術ということがわかったの。
で、あの子、自分を使って術の経過観察をやってるの。困った子でしょ」
ふう。と困ったのを隠しもせずに白露様はため息をつく。
「その術をかけたのはその白楽様だけなんですか?
他にも実験に名乗りを上げたひとはいないんですか?」
ヒロの質問に白露様は「いないわ」とあっさり答えた。
「なんで?
不死ではないとはいえ、寿命を長くする術なんでしょう?
そんなの、使いたいっていうひと、たくさんいると思うんですけど」
ヒロの言うとおりだ。
長生きは現代でも誰もが追及するテーマのひとつだ。
誰だって一日でも長く生きたいと望んでいる。
『誰だって』というのは言い過ぎか? 『ほとんどのひとは』だな。
「それが、その術、すごく霊力使うのよ」
白露様は困ったように言った。
「楽ちゃんの霊力量でも展開するのギリギリだったみたい。
だから他の誰も使えないと思うわ」
それはよかったのか悪かったのか。
そして術を解析して解呪法が判明しても、白楽様ほどの霊力保有者以外では解呪できないことも判明した。
白露様よりも白楽様のほうが霊力量は上だと。
白楽様より上となると、竹さんくらいだと。
……………。
………え? あのひと、そんなにすごいのか?
改めて竹さんとのレベル差に青くなっている俺をよそに、白露様は話を続けた。
「『一部解析できた』と言ってもいいと思うんだけど、一部だけじゃあやっぱり私達の『呪い』を解くことはできなくて。
でも『なにかの助けになれば』って、楽ちゃんは『異界』を作っていろんなひとと研究や実験をしてくれているの」
「困ったところもあるけどいい子なの」と白露様は微笑む。
ヒロ達はほんわかしているが、実際白楽様と会っている俺としては『ジジイつかまえて「あの子」って』と苦笑しか浮かばない。
「今から四千年前――この『世界』に『落ちて』千年くらいしたときにね。
こっちの『世界』で『能力者排斥運動』みたいなのが起こったの。
『能力者に頼らない国作りを』からはじまったのが、いつの間にか『能力者は悪魔の化身だ』『殺せ』みたいになって。
――今にして思えば『災禍』の仕業だったんでしょうね……」
ふう、とため息を落とす白露様。
詳しい話を聞きたかったが、すぐに話が続いた。
「そんな迫害されたひと達を楽ちゃんの『異界』に連れて行ったの。
それからはあまりこちらの『世界』とやりとりすることはなくなったみたい。
たまに野生動物とか『迷い人』がまぎれてくるくらいで。
それまでは誰でも行き来できたんだけど、『能力者の迫害』なんてことがあったから、限られたひとが決まったルートからしか出入りできないようにしたの」
「なるほど」「そうなんだ」とうなずいていて、ふと気が付いた。
「ハルは白楽様と知り合いということは、行ったことがあるのか?」
「ある」
あっさりとハルは答える。
「あれはいつだったかな?
黒陽様と酒を呑んでいて、うまい桃の話になって。
『知り合いがうまい桃を作ってるからもらいに行こう!』って、連れて行ってくれたんだよ」
「楽ちゃんのところの桃は特別よね」
「あれはおいしいわ」
「あれ、いい薬の材料になるんだよね」
守り役達はウンウンとうなずいているが。
それ、いいのか?
そして、いろいろ大丈夫なのか黒陽。
「黒陽様が同行してくれたから私でも行けた。
で、そのときに白楽様が『承認』してくれたから、一応私は出入り自由ということになっている」
「白楽様の『承認』のない人物はあの『世界』に行くことはできないはずだが」とハルは話す。
「それでよくトモが入りこめたね。『境界無効』のおかげ?」
「それと、姫宮のお守りのおかげだろう」
ヒロの質問にハルが腕を組んで答える。
「姫宮の霊力がたっぷりと込められた守護石が通行証の役割を果たしたんじゃないか?
あと、付与されている運気上昇が仕事をした」
「なるほど」と誰もが納得する中、蒼真様だけが首をひねった。
「……それだけかなあ……」
「蒼真様?」
「こいつが『白の一族』だからっていうのもあるんじゃないの?」
「「『白の一族』!?」」
白露様と緋炎様が飛び上がった!
「どういうことよ蒼真! なに知ってるのよ!」
詰め寄る緋炎様に引きながら蒼真様が説明する。
「竹様の『半身』って時点で高間原の人間だったのかもねーとは思ってたんだけど!
白楽が言ったんだよ。こいつを視て『白の一族だ』って。
『智白』って、『白』の『名』で呼んで!」
その名を聞いた途端、白露様が「ん?」と動きを止めた。
「ともしろ……智白……と……」
虚空を見上げぶつぶつ言っていたが。
「―――あ。――あ、あ、ああああああああーッ!!」
耳をつんざくような大絶叫とともに白露様は後ろ脚だけで立ち上がった!
「智白?! 鉱物研究者の!?」
俺を指さし、金色の目をまん丸にする白露様。
誰だよ『智白』って。
鉱物研究者とか言われても知らないよ。
「ウソでしょ!? じゃあ、あの智白が竹様の『半身』だったってこと!?
てことは、もっと早く会わせておけば『世界の崩壊』は防げてた可能性が――?」
「あああああ!!」と、今度は頭を抱えてうずくまってしまった。
よくわからないが白露様が落ち着くまで話は中断になるのだった。