第五十三話 ハルへの説明
いつもの修行の待ち合わせ場所に行く。
が、ハルもヒロもいなかった。
俺が『異界』に迷い込んでいたから待ちくたびれて帰ったのか?
スマホを取り出して時間を確認。
電波を受信したスマホは、この『世界』の現在の時間を表示してくれた。
待ち合わせの時間よりは遅れたが、待ちくたびれて帰るほどの時間ではない。
どうしたんだろうな?
とりあえず連絡してみよう。
ヒロのスマホに電話をかける。が、つながらない。
仕方ないとハルにかけるが、こちらもつながらない。
ふ、と先日の鬼の件が浮かんだ。
あのときもかけてもかけても電話がつながらなかった。
もしや、ハルとヒロになにか――?
ゾワリとするのをなんとかごまかし、連絡用の札を取り出す。
「ハル。トモだ。
待ち合わせ場所に来てるぞ。どうした?」
なんてことないように取り繕い、札を飛ばす。
守り役達も「どうしたのかしらね?」なんてのんきに話をしている。
そういえば。
ふと気が付いた。
竹さんと黒陽はどうした?
蒼真様のあの『チョコレート爆発』と名付けたくなるような高霊力の発現を察知したら、あのふたりならすぐに駆けつけると思う。
以前言っていた。
『霊力のゆらぎを感知したら駆けつけている』と。
白露様緋炎様も蒼真様の爆発を感じて駆けつけてきたと話していた。
あの生真面目なふたりならすぐさま来るに違いないのに。
ハル達と連絡が取れないこととなにか関わりがある?
もしや、竹さんになにかあった?
その可能性に気が付き、ザッと血の気が引く。
竹さんになにかあった。
そう考えるだけで足がガクガクと震える。
竹さん。竹さんに、なにが。
「――トモ?」
俺の様子が変わったと気付いた白露様に声をかけられ、のろりと顔を向ける。
「どうしたの? 真っ青よ?」
「……竹さんは――竹さんと黒陽は、今日どうしているか、ご存知ですか?」
俺の言葉に「ああ」と守り役達は察したらしい。
「心配しなくても大丈夫よ。
竹様と黒陽さんなら、結界の確認に行くって言ってたわ。
どこかの『異界』に入ってるんじゃない?」
『異界』に入っていたらこの『世界』の霊力のゆらぎは感知できないと説明してくれる。
「だから蒼真のあの阿呆みたいな暴走も気付いてないんだと思うわ」
「――竹さんは、無事だ、と?」
「無事無事」
軽ーく断言されて、ようやくこわばりが解けた。
ホーッと息をついていたそのとき、ちいさな小鳥が飛んできた。
ハルの式神だとわかったので指を差し出すと、小鳥は俺の指に止まりハルの声で話し始めた。
「ハルだ。
ちょっと今バタバタしている。
スマンが転移陣を通って御池に来てくれ。
蒼真様も一緒にな。
離れの玄関は開いてるから、勝手に入れ」
それだけ言って小鳥は消えた。
………『バタバタ』?
よくわからないが、とりあえず指示されたとおりに移動しよう。
守り役達も同行してくれ、勝手に離れに入り転移陣を通って御池のハルのマンションに移動した。
確かにバタバタしていた。
ヒロはひたすら電話をかけている。
「お世話になります。はい。先程の件は――」と説明を終えるとすぐに次の電話をかける。
ハルはハルで札に次々と言葉を吹き込んでは飛ばしていた。
オミさんもスマホとノートパソコンを同時に操っているし、アキさんはそんな三人から「どこどこ、完了」と言われるのをチェックしている。
……どうした?
「ああ。トモ。皆様。申し訳ありません。
少しそちらでお待ちいただけますか?」
ハルがすぐにソファに手を向ける。
「手伝おうか?」なんて簡単に口を出せない雰囲気。
大人しくソファに座って待つ。
「なんか忙しそうだね」
「出直したほうがいいかしらね」
蒼真様と緋炎様がつぶやく。
「でも『待て』って言われたしねぇ……」
床に伏せをした白露様も首をかしげる。
ボソボソ話してたらアキさんがお茶を出してくれた。
「皆様、おまたせして申し訳ありません。
もうすぐ終わりますので、今しばらくごゆっくりなさってください」
お茶請けも出してくれている。
守り役達には菓子皿に美しく並べられたフィナンシェ。
俺は甘いの苦手だと知っているからだろう。クッキーを出してくれた。
「ありがと明子」
代表して白露様が礼を述べる。
にっこり微笑んだアキさんが下がると、早速蒼真様が出された菓子を持ち上げた。
「なにこれ」
「フィナンシェです。ええと……カステラの仲間……というか、なんというか……」
先程のチョコレートと同じように、右に向け左に向け、鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅ぐ龍。
「おいしい匂いがする!」
「おいしいわよ」
テンション高くなっていく蒼真様に緋炎様が笑う。
その様子に、ハッとした!
「白露様! 結界張れますか!?」
「え? ――あ!」
蒼真様がパクッと一口。
と。
「――うんまぁぁぁぁい!!」
ドン!
またしても高霊力があふれ出す!
が、ギリギリ白露様の結界が間に合った!
蒼真様の周辺だけに結界を展開したらしく、まるでデカいガチャカプセルのようになっている。
「緋炎ー!」
「了解!」
どうやら白露様ひとりでは抑えきれないらしい。協力要請された緋炎様が白露様の結界の外側にさらに結界を展開させた。
二重? 四重? の結界の中で蒼真様は高霊力を噴き出しながら「うまい! うまい!」とフィナンシェを食べている。
なんか涙がにじんでないか?
そんな、ちみちみ食わなくても。
「これか」
声に顔を上げると、疲れ果てたハルがいた。
「もういいのか?」とたずねると「とりあえずはな」と引きつった笑みを浮かべる。
「蒼真様が落ち着かないと話にならない。
とりあえず、待とう」
そうして白露様と緋炎様に「しっかり抑えておいてください」と真顔で要請していた。
ようやくフィナンシェ一個を食べ終えた蒼真様が「おいしかった……しあわせ……」と余韻にひたっている。
気持ちがおだやかになるにつれ、霊力も落ち着いていった。
白露様緋炎様の結界を解いても大丈夫になった頃、ハル達のほうも一段落したらしい。
あの蒼真様の『チョコレート爆発』は、文字通り京都の街を震撼させた。
竹さんが南の『要』に俺達の霊玉を渡して京都を取り囲む結界が強化されていたこともあり、その結界の内側――京都の街中を蒼真様の高霊力が震わせた。
当然ヒトも、ヒトならざるモノも動揺した。
安倍家の敷地内ということは誰もがわかった。だから当然安倍家に問い合わせが殺到した。
ハルがすぐさま式神を飛ばし『蒼真様の暴走』『白露様緋炎様が抑えている』とわかったので、安倍家総動員で問い合わせに対処していたという。
曰く「高位の龍が降臨なさった」「交渉の末、安倍家でお世話させていただくこと、霊力を抑えていただくことをお約束いただいた」。
この京都は霊的なモノがおしくらまんじゅうしている。
そのためか、いろいろな場所と『つながり』やすく、異世界から迷い込んでくる『落人』や、逆に異世界や異界に行ってしまう『神隠し』が頻繁に起こっている。
先日の鬼の件もあり『龍の降臨』はヒトにもヒトならざるモノにも納得されたという。
「ごめんなさいね晴明。蒼真が迷惑かけて……」
申し訳なさそうな白露様。
ハルはソファに座り「大したことはございません」と微笑んだ。
そして「念の為、再度確認させてくだい」と守り役達に問いかけた。
「このたびの突然の高霊力の発現は『蒼真様の暴走』ということでよろしいでしょうか?」
ハルの確認に、白露様と緋炎様が「いいわ」「そのとおり」とうなずく。
『暴走』と断じられ、蒼真様は気まずそうにそっぽを向いた。
「蒼真」と緋炎様に厳しい声をかけられ「ごめんなさい」と素直に頭を下げた。
が、すぐにパアッと明るい表情になり、熱く語り始めた。
「あんなにおいしいもの、五千年で初めて食べたよ!
すごいね! 口の中に入れた途端に広がる甘苦さ! 噛みしめたときの口溶け! それにただ甘いだけじゃなくって、奥行きがあるっていうか、複雑さがあるっていうか!
舌触りもなめらかで、もう、叡智の結晶といっても過言ではないよね!!」
「……なにを召し上がったんですか…?」
呆れ果てた、というより疲れ果てたようなハル。
「チョコレートですって」白露様がサラッと報告する。
「チョコレート?」「なんで?」
首をかしげるハルとヒロにあわてて挙手して注目してもらう。
「それについて、報告がある」
そうして俺は蒼真様にチョコレートを渡すに至った経緯を説明した。
いつものように安倍家に向かって走っていたら、気が付いたら『異界』に迷い込んでいたこと。
たまたま蒼真様に会って、連れて帰ってもらったこと。
その『異界』の『主』の白楽というひとに会ったこと。
修行をつけてくれると約束してくれたこと。
知らない場所から救い出してくれた対価として蒼真様にチョコレートを渡したこと。
『青羽』のときとこの間の鬼のとき、そして今回と蒼真様には三度生命を救われている。
だから今後俺の生命あるかぎりは蒼真様に甘味を献上すると誓ったこと。
「ホラ! ホラホラ!! 正当な対価でしょ!?」
蒼真様は白露様緋炎様にそう詰め寄った。
が、白露様も緋炎様も頭を抱えて突っ伏してしまっていた。
見るとハルも頭を抱えていた。
ヒロとアキさんオミさんは苦笑を浮かべている。
「……まさか、そんなタイムリーに白楽様のところに行くとは……」
やっぱりハルも知り合いだったか。
蒼真様の話しぶりからおそらく知り合いだろうとは思っていたが。
「ていうか、よく楽ちゃんが起きてるタイミングで行ったわね」
『楽ちゃん』て。
小柄な老人を思い浮かべるとおかしさしかないが、そういえば白露様にとっては孫なんだったなと思い出す。
「姫宮のお守りが仕事をしましたかね」
竹さんにもらった守護石は常に身につけている。
そういえば俺、この石にお願いしていた。
「強くなれますように」って。
それか?
それで今日『白楽様の高間原』に行けたのか?
この石に込められた『運気上昇』が仕事してくれたのか?
ぎゅっと胸の石を握る。
《ありがとう》そう念じると、握った石は応えるようにほんのり温かくなった。気がした。
「この前のバレンタインにアキさん千明さんからもらったチョコを蒼真様に献上したんだ。
蒼真様、すごく気に入ってくれて。
追加が欲しいんだけど、アキさん。あれ、どこで買ったの?」
そう聞くとアキさんは申し訳なさそうに頬に手を添えた。
「あれ、バレンタイン限定品だから、今はお店での取扱はないと思うわ」
その言葉に、白虎とオカメインコが凍りついた。
ギギギ、とぎこちなく龍に向けたふたりの顔に俺まですくみあがる!
「つ、通常品はある!?」
あわててアキさんに質問!
「それはあるわ。
そうね。バレンタインの特別なのもいいけど、一番基本になる味も知ってもらいたいわよね。
近くだから、私があとで買いに行きましょうか?」
『基本の味』というのに守り役ふたりは気を取り直したらしい。
「基本を押さえるのは大切ね」
「限定品はまた来年まで待ちましょう」
ウンウンと微笑みうなずく白虎とオカメインコ。
つまり俺がバレンタインに買えばいいんですね。わかりました。
「じゃあ来年のバレンタインは俺が皆様に一箱ずつ買います。
とりあえず今日のところはその通常品を買ってきます。
店員に聞いて、他にもオススメがあったら買ってきますね」
にっこりとそう言うと、守り役達はそろって喜んだ。