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第五十二話 蒼真様への対価

「とりあえず一回こいつを連れて帰るよ」

 白楽様と側役達が盛り上がる中、蒼真様がそう言った。


「こいつ晴明のところに行く途中だったから。

 連絡なしにここに長居したら晴明が心配する。

 晴明が心配したら竹様にバレる。

 それはマズいから。

 晴明に事情を説明して、竹様にナイショにしといてもらうように頼んでくる。

 それからまたこっちに連れてくるよ。

 その間にこっちもこいつの受け入れ体制作っといてくれる?」


 蒼真様のもっともな説明に白楽様も側役達も「なるほど」と納得を示した。


「『研究内容を精査しておけ』ということですね。さすがは蒼真様」


 なんでだよ!

 満面の笑みを浮かべる白楽様に蒼真様の笑顔が引きつった。


「承知致しました。では、お待ちしております」


 そうして俺はとりあえず開放された。




 ようやく見慣れた安倍家の離れが見えたときには安堵のあまり膝から崩れるところだった。


 よかった。無事戻れた。

 あのまま『異界』から出ることもできず朽ちるかと思った。


「ありがとうございました蒼真様。助かりました」

 改めてちいさな龍に礼を述べる。

 なにか対価が必要かもしれない。


「対価を」と言ったが「いいよ別に」と笑われた。


「『向こう』でしっかり働いてくれたろ? あれでいいよ」


 確かにこき使われたが、あんな程度の手伝いでは生命を救われた対価とはならないだろうに。

 言われるままに草を摘み、言われるままに木の実を取り、言われるままに獣を捕らえただけだ。


 なんかちゃんと礼をしたいな。

 それこそ菓子折りでも包んで渡したいくらいだ。


 ……………ん? 菓子?


「……蒼真様は甘いものはお好きですか?」

 そうたずねると途端に目を輝かせた。


「好き好き! なに? なんかあるの!?」


 期待に染まった蒼真様に苦笑しながらアイテムボックスから箱を出す。


「これ、貰い物ですが、よかったらどうぞ」


 有名高級チョコレート店のチョコレート詰め合わせ。

 この前のバレンタインにハルとヒロの母親達がくれた。

「これならトモくんも絶対気に入るから!」

「だまされたと思って食べてみて!」

 そう迫られたが、だまされる気はなかったのでアイテムボックスに死蔵させていた。

 アイテムボックスは時間停止がかかるから、母親達が忘れた頃にヒロにやろうと思っていたものだ。


 蒼真様は目をキラッキラに輝かせ、箱を持ち上げたりひっくり返したりしていた。

「開けていい!?」と聞いてくるので「どうぞ」と答える。

 器用にパッケージをむいた蒼真様はフタを開けて叫んだ。


「うわあぁぁ! なにこれすごい綺麗!」

「チョコレートです」

「これが!?」


 テンション爆上がりだ。霊力あふれてますよ?


「うわあ」「うわあ」と箱を持ったまま中身を見つめる蒼真様の周りをあふれた霊力が粒子になってキラキラと舞っている。

 静電気のようなパチパチがあちこちで発生している。


 そんなに喜んでもらえるとは。よかったな。


「食べてみてもいい!?」

「蒼真様に差し上げたものです。どうぞお好きに」


 にっこりと微笑んでそう言うと、蒼真様はパアッと笑顔になった。


 おそるおそるというように一粒つまみ、持ち上げたりひっくり返したりしてじっくりと観察していた。

 そうしてようやく口の中にそっと入れた。


「―――!!」


 カッ!

 目を見開き、ドッと霊力が立ち上がる!

 なんだこの霊力量!!

 このひと、こんな高霊力保持者だったのか!!


 単なる霊力なのに、先程の側役達の威圧よりも圧がある! 倒れそうだ! 咄嗟に展開した障壁も何枚も破られた!


「―――う、ううう、」


 苦しそうなうめき声にハッとした!

 もしや龍にチョコレートを食べさせてはいけなかったか!? 身体に合わなかったか!? どうする!?


 急いでハルに連絡を! と緊急連絡用の札を取り出したその時。


「うまいーッ!!」


 蒼真様の大絶叫とともに、ドン! と高霊力が天を突き抜け柱となった!


「こんなおいしいもの食べたことない! うまい! あまい! おいしい!」


 テンション高く叫びながら小躍りする蒼真様。

 その長い身体の周りを稲光が花火のようにはじけている。


 やがて蒼真様は両手で口を押さえ、口の中のチョコを堪能しはじめた。

 身体がくねくねしているんだが。大丈夫か?


 そういえばちいさい子供にチョコレートを与えると鼻血が出ると聞いたことがあった気がする。

 龍にもなにかおかしな影響を与えるのか?


 どうする!? ハルに連絡すべきか!?

 そうあせっていた、そのとき。


「……………なにしてんのよ蒼真……………」


『心底疲れ果てた』という声に顔を向けると、大きな白虎とかわいらしいオカメインコが連れ立ってげっそりしていた。


「白露様。緋炎様」

 助かった。ホッと息をつく。


「どうしたのアレ」

 呆れ果てたのを隠しもせず緋炎様は羽を小躍りする龍に向ける。


「実は、その……。俺が差し上げたチョコレートを召し上がったら、ああなってしまって……」


「「チョコレート?」」


 黙ってうなずく。

 大きな白虎とちいさなオカメインコは顔を見合わせ、おなじように首をかしげた。


「初めて食べたのかしら」

「かもね。

 チョコが出回ったのはここ百年くらいでしょ?

 東の姫が前に生きてたのは――前の大きな戦争の時代?

 それから東の姫は転生してなかったから、蒼真はずっとあちこちの薬草園の管理しかしてなかったはず。

 だから最近の食べ物は知らないんじゃない?

 私はちょくちょく晴明のところに顔を出していたから、お茶請けで出してもらって食べたことあるけど」

「私は晃のところでいろいろいただいたわ。

 そうね。初めてなら、衝撃的かもね」


 納得。とふたりがうなずく。

 が、俺は気が気でない。


 え? 生まれて初めてのチョコが、高級チョコレート?

 それ、市販の()っすいチョコ、食えなくなるんじゃないか!?


「……その……実は……」

 おそるおそるお伺いを立てる。


「蒼真様が召し上がったの……高級チョコレートなんです……」

「「え?」」

「……その……。市販の安いチョコとは一味違うような、本格的なやつで……」


「「……………」」


 真顔になった霊獣ふたり。


 と。


 ギュオッ!

 白露様から風が吹き上がった! と思った一瞬で風はちいさな青い龍を縛りあげた!

 なんて霊力操作だ!! すごいひとだとは思っていたが、これほどとは!!


「なに!? なにコレ!? ――って――あ。白露さん。緋炎さん」


 ようやく落ち着いた蒼真様に霊獣ふたりがとてとてと近寄る。

 ……あれ? なんか、近すぎないか?


 顔を突き合わせるくらいにまで迫ったふたりは、貼り付けた笑顔で蒼真様に話しかけた。


「蒼真。なんかトモからいいものもらったんですって?」

「高! 級! チョコレート?」


 うふふふふ〜。と迫るふたりに蒼真様は逃げようとした。が、白露様の風にがっちり縛られていて逃げ出せない。


「だ、ダメだよ! ぼくがもらったんだから!」

「その反応ではまだ持ってるわね」

 ギクリとする龍。反対に白虎とオカメインコは嘘くさい笑顔をたたえている。


「いいじゃない。ひとつわけてよ」

「イ・ヤ・だ!」

「同じ守り役同士じゃない。おすそ分けしなさいよ」

「ヤだ! ぼくがひとりで食べるんだ! 百年かけてちみちみ食べるんだ!!」


 百年て。大袈裟な。

 相当お気に召したらしい。


 初めてチョコ食べたなら、しかもそれが高級チョコレートならこうなるか?


「分けろ」「イヤだ!」と口論を続ける守り役達。蒼真様が気の毒になり、つい、余計なこととは思いながらも口を挟んだ。


「白露様緋炎様。

 それは蒼真様に差し上げたものです。

 今回蒼真様にはすごくお世話になったので、その対価なんです。

 なので、それは全部蒼真様にお願いします。

 おふたりの分は、今から俺、買ってきますので」


 そう言うと「アラそう?」「ならいいわ」と、あっさり引いてくれた。

 が、今度は逆に蒼真様が騒ぎ出した。


「ぼくも! ぼくも欲しい!

 白露さん達の買いにいくならぼくの分も買ってきて!!

 現金はないけど、対価渡すから!!」


 そこまで言うか。

 騒ぐ蒼真様にドン引きしつつもうなずく。


「対価は不要です。

 蒼真様には大変お世話になりました。

 チョコレートがお気に召したなら、これから俺の生命のあるかぎりは蒼真様にチョコレートを献上します」


「ホント!?」

「はい」


 にっこり笑ってうなずくと「やったー!」と再び小躍りする龍。

 白露様の風も破ってしまった。


「甘やかしちゃ駄目よトモ」

 呆れたように、それでも心配そうに緋炎様が忠告してくれる。

 だが、蒼真様に会わなかったらあの『異界』で朽ち果てていたかもしれないんだ。

 あのまま竹さんに会えなくなったかもしれない。

 そう思ったらチョコくらい安いものだと思う。


 おまけにこの龍は前世の『青羽』のときもこの間も生命を救ってもらっている。

『異界』から連れ帰ってもらったのも『生命を助けてもらった』と言ってもいい。

 だとしたら、俺はこの龍に三度生命を救われている。

 その対価と考えたら『一生チョコレートを献上する』くらいでは足りないかもしれない。


「そうですね。チョコだけでは足りませんね。

 ケーキもクッキーも、思いつく限りの甘味を献上するというのでどうでしょう?」


 俺の提案を「ホントに!? やったー!!」と蒼真様は単純に喜び、白露様緋炎様は「「トモ!」」とたしなめてきた。


「もう。甘やかしちゃダメよ!」

「『甘やかし』ではありません。正当な対価です」

「そんな」

「そうだよ! 対価だよ! わあぁい! やったー!」

「「蒼真!!」」


「図々しい!」「もらいすぎじゃないの!?」と叱られても蒼真様は聞いていない。

「うれしいな! うれしいな!」と謎の踊りを始めてしまった。


「白露様。緋炎様。今日これからお時間ありますか?」


 声をかけるとふたりは黙ってこちらに顔を向けた。


「もし大丈夫でしたら、一緒にハルのところに行ってもらえませんか?

 これからハルに事情を話さないといけないので、一緒に聞いていただけると。

 その上で蒼真様への対価が過剰かどうか、判断してください」


「……それなら……」

「……そうね」


 しぶしぶというようにふたりがうなずく。


「蒼真様に差し上げたチョコレートを買ってきたのはハルの母親達なので、どこの店かも聞かないといけません。

 なので、どのみちハルに会わないと」


「それなら」と途端に乗り気になるふたり。

どうやら高間原(たかまがはら)の人間は食いしん坊ばかりのようだ。

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