第五十一話 異界の『主』との対面
蒼真様のあとについて行き、着いたところは神殿だった。
大きな門をくぐるとすぐに出迎えの人間が待っていた。
そのひとの先導に従い、ただついていく。
すぐに大きな建物に着き、言われるままに靴を脱ぎ建物の中に入る。
大きな寺や神社レベルの建物を思わせる木造の廊下を進み、ひとつの部屋の前で止まった。
「蒼真様をご案内致しました」
「お通ししろ」
中の声に従うように扉が開いた。
そこは、広い板の間だった。
上段が一段高くなっていて、そこにひとりの小柄な老人が座っていた。
白い着物に濃い紫色の袴の、神社の神職のような恰好。
今までに出会ったひとたちも着物に袴のひとが多かった。
ここではそれがスタンダードスタイルなんだろう。
上段のすぐ側には三人の男がいた。
老人の補佐役とか護衛とか、そんな感じだとたたずまいだけで伝わってくる。
ふたりは壮年の屈強な男。
細身ながら鍛えられているとわかる人物と、筋骨隆々な人物。
そしていかにも文官といった若い男。
皆同じように着物に袴姿だった。
「白楽。白斗達も。久しぶりー」
のんきな龍に四人は一斉に平伏した。
「お久しぶりです蒼真様。おかわりないようで。お慶び申し上げます」
老人の挨拶を蒼真様は「ありがと」と軽く受けた。
蒼真様についてここまで来てしまったが、俺、場違いじゃないか?
廊下か別室で待たせてもらうべきだったんじゃないか?
今更そんなことが浮かんで冷や汗が出る。
が、なんてことない顔を作って蒼真様の後ろで控えていた。
「ところで蒼真様。そちらは?」
気配を消していたのに、あっさりと老人に指摘された。
下段の男達は最初から『なんだこいつ』というのを隠しもしない威圧を向けてくる。
それをグッとこらえ、ペコリと頭を下げた。
「こいつ、ぼくの知り合い。
『向こう』の世界の男。
『境界無効』の能力者。
だからたまたま迷い込んだんだって」
蒼真様の紹介を受け、姿勢を正し再び頭を下げる。
キチンとした拝礼だ。
「西村 智と申します。
このたびは勝手に侵入してしまい、申し訳ありませんでした」
老人は俺の謝罪を鷹揚に受けた。
「『迷い人』なら仕方ない。
それも蒼真様の知り合いならば尚更。
頭を上げなさい。謝罪を受け入れよう」
「ありがとうございます」
もう一度深く頭を下げ、姿勢を戻した。
「トモ。こいつがさっき話した白楽。
白露さんの孫だよ。
で、こっちが側役の白斗と白杉。と――?」
「今回からお側にあがることになりました。
賀白と申します」
文官風の男がそう挨拶をした。
蒼真様は蒼真様で「うん。蒼真だよ。よろしくね」なんて挨拶を返している。
と、俺の顔を見た白楽様がなにかに気付いたような顔をした。
頭を右に傾け、左に傾け、じっと俺の顔を見つめた。
「――お主、『白の一族』か?」
「は?」
なんのことかわからずキョトンとする俺に構わず、白楽様は俺を手招いた。
『近くに来い』のゼスチャーにチラリと蒼真様をうかがう。
『言うとおりにしろ』と言うように顎をクイッと出す蒼真様。
意味がわからないが、とりあえず言われたとおりににじり出た。
『もっと近く』と手招きされ、さらに進む。
一段上がったギリギリの場所――白楽様の目の前に座ることになった。なんだコレ?
白楽様は俺の目をじーっとのぞき見ていた。
と。
横に置いていた棒を持ち上げた。
ツン。と額を棒で突かれる。
白楽様は納得したように微笑んだ。
「やはり。『白の一族』か。
転生を繰り返して気配が薄くなっておるな。
ほうほう。なるほど。高間原の人間もちゃんと転生していると証明されたわ。めでたいめでたい」
なにかはわからないが、白楽様には確証が持てるナニカがわかるらしい。
そうか。俺は高間原の――竹さんと同じ『世界』の人間だったのか。
不思議とすんなりと受け入れられた。
「やっぱりそうか」
蒼真様のつぶやきを白楽様は聞き逃さなかった。
「蒼真様。なにかそう思えるような根拠が?」
その質問に蒼真様はあっさりと答えた。
「こいつ、竹様の『半身』なんだよ」
「竹様の!?」
「あの竹様の!?」
途端に側役達がざわめく。白楽様もちいさな目を大きく見開いていた。
バッと一斉に俺を見つめる!
じーっと見つめるその視線が痛い!
グッと腹に力を入れて冷静を装う。
「あの竹様に『半身』……」
「竹様はお気付きなのですか!?」
「四百年前――こいつの前世ではお互いに『半身』と呼び合ってた。
今は竹様が記憶を封じてるから気付いていない。
こいつは前世の記憶はないけど、竹様を一目見た途端に『半身』だと気付いたって」
「それで!?」
「竹様はどうされているのだ!?」
「お前、竹様に会ったのか!? それでどうしたんだ!?」
口々に蒼真様と俺に質問を飛ばす側役達。
というか。
「……皆様、竹さんをご存知なんですか?」
「竹『さん』だとぉ!?」
ゴオッ!!
突風のような威圧をぶつけられた!
倒れそうになるのをなんとか丹田に力を込めて耐える。
「竹『様』だろうが!! 貴様、無礼だろう!!」
「白斗白斗」
今にも斬りかかってきそうなひとりに蒼真様がのんびりと声をかける。
「当の竹様が許してるんだから。
ホラ。あのひと、いっつも言ってるだろ?
『もう王族じゃない』『普通にしてくれ』って」
「てすが、蒼真様――」
よくわからないが、竹さんはここでも尊敬を集めているらしい。
「こいつ黒陽さんも呼び捨てだよ」
「「「はあぁぁ!?」」」
蒼真様が余計なことを言ったせいで全員の威圧が叩きつけられる!!
死ぬ! 死ぬから!!
「お前バカか!? 無礼者か!!」
「あの方はすごい方なんだぞ!! 呼び捨てにするなど、言語道断!!」
「宗主様。こんな無礼な男、ここで始末しましょう。
なぁに。こいつが勝手に迷い込んできたのです。
元の『世界』に帰れなかったとしても自業自得というものです」
物騒な話に汗が出る!
至近距離でぶつけられる威圧にガリガリ削られる!!!
弁解したくても口を出していいのかわからない!
当の白楽様は楽しそうにニコニコしていた。
「ふむ」とひとつうなずき、俺をじっと見つめた。
「――智白」
「「「!」」」
妙な呼び名に側役達だけでなく蒼真様までが息を飲んだ。
「お主、黒陽様からなにか受けているな?」
「は?」
なんのことかわからず間抜けな声が出た。
白楽様は楽しそうに目を細めた。
「その胸の守護石。竹様のものであろう?」
「はい」
「見せてもらえるか?」
そう言われたので紐を引っ張り出し、袋から守護石を取り出す。
石を手のひらの上に置いて差し出すと、白楽様も側役達も興味深そうに身を乗り出して石を見つめた。
「――ううむ。さすがは竹様……」
「これほどの石を持たされているとは……。
『半身』というのも嘘ではないのか……」
……とても『パンの対価でもらった』とは言い出せない雰囲気。
やっぱりこの石、トンデモナイものだったんじゃないか!
あの世間知らずめ! 簡単によこしやがって!
「竹様は今どうしておられる? お元気でいらっしゃるかの?」
白楽様の質問にどう答えようか迷った。
が、感じたままを答えることにした。
「はい。お元気でいらっしゃいます。
今は黒陽――様、とふたりで京都の街の結界を調査したり整えたりしておられます」
「ほう」と白楽様はうなずいた。
「今はおいくつでいらっしゃる?」
「十五歳です」
「他の姫はどうされている?」
「西の姫とは連絡を取り合っていると聞いています。
俺はお会いしたことはありません。
東の姫と南の姫は転生されていますが、記憶が封印されているために竹――様も黒陽――様も会っていないそうです。
四人共同い年――十五歳だそうです」
「ほう」
側役達の俺の見方が変わったのがわかった。
俺が姫達の事情を知っているとわかったからだろう。
「『災禍』はどうなっている?」
白楽様の質問に側役達がピリッとした。
「現在調査中です。
宿主と思われる者はいるのですが、確証を得るまでには至っておりません」
白楽様はチラリと蒼真様に目を向けた。
「こいつの言うとおりだよ。
今は晴明に協力してもらって色々探ってるとこ。
ぼくらもその怪しいヤツがいるところに侵入してみたんだけど、当人に会えなくて、それで確証が得られないんだ」
蒼真様の言葉で俺の発言に裏付けがとれた。
そして俺が竹さん達の事情に深く関わっているともわかったらしい。
「手がかりもある。姫達も四人そろっている。
なんとかこの機会に『災禍』を見つけ出して滅したいと思ってる。
そのためにもできることをできるうちにしておこうと思って、今日薬の材料もらいに来たんだよ」
「なるほど」と納得する白楽様と側役達。
「こいつも『災禍』探索に協力してくれてたんだよ。
でも竹様が『もう巻き込めない』って決めちゃって……」
ふう。とため息をつく蒼真様。
その言葉に、先日の竹さんの言葉を思いだす。
『もう会いません』
『さようなら』
思い出しただけで苦しくなる。
心臓を握りつぶされるようで、苦しくて、かなしくて、グッと拳を握った。
「どういうことですか?」と白楽様に問われ、蒼真様はペラペラと俺の事情をしゃべった。
止める間もなかった。
「こいつ、ついこの間竹様に初めて会って、一目で惚れたんだ。
前世の記憶なんかなくても『半身』とわかったらしい。
で、竹様に協力してた。
こいつは『向こう』では霊力強めで戦闘力もあるほうなんだけど、高間原の人間ほどではない。
そんなこいつが、たまたま異世界から迷い込んできた鬼と遭遇して、戦闘になったんだ。
まあボロボロにされて。
ぼくが黒陽さんに呼び出されて治療したんだ。
その鬼は竹様が一瞬で封じたらしい」
『さすが竹様』と一同が感じているのが表情から伝わってくる。
俺をボロボロにする相手を竹さんが『一瞬で封じる』ことを当然だと思っている様子に、改めて竹さんとの実力差を突きつけられる。
「ボロボロで死にかけたこいつを見て、竹様は自分を責めたんだよ。
『自分が巻き込んだからだ』って。
だから『もう巻き込めない』って」
『竹様らしい』と一同が感じていることも伝わって、それだけこのひと達は竹さんと親しいのだとわかった。
「竹様に別れを告げられたんだけど、こいつ、諦めないんだって」
「アハハ」と楽しそうに笑いながら蒼真様が暴露する。
「何年経っても、何十年経っても。
いつか竹様のそばにいられるために、がんばることにしたんだって」
「馬鹿だよね」と笑う蒼真様は、それでも俺を応援してくれていることが伝わってきた。
慈愛に満ちた笑顔に、何故か鼻の奥がツンとして、ごまかすように頭を下げた。
「『がんばる』とは?」
白楽様が楽しそうに聞いてきた。
蒼真様に『ホラ、言ってみろ』とでも言うようにつつかれ、仕方なく口を開いた。
「――俺では彼女には到底届かないと承知しております。
ですが、少しでも強くなりたい。
いつか彼女のそばにいられるくらいに。
彼女を守り支えられるように。
なので、少しでも霊力量を増やす修行と、術の訓練と戦闘訓練を始めたところです」
「ほうほう。誰かに師事しておるのか?」
「ハル――安倍晴明とその右腕に付き合ってもらっています。
黒陽様にも修行をつけてもらっていましたが、竹様が俺と別れると決めたので、頼れないと思っています。
ただ、修行の方針は示してくれていたので、それをさらっていくつもりです。
あとは白露様が修行をつけてくれます」
白露様の名を出した途端、白楽様も側役達も文字通り飛び上がった。
「おばあ様が!?」
「白露様が!?」
何を驚かれているのかわからず「はい」と答える。
「ホラ。白露さん、面倒見がいいからさ。
こいつとも前から知り合いなんだよ。
こいつの仲間が白露さんの養い児だった関係で――」
「『養い児』!? おばあ様に!?」
白楽様は膝立ちになってしまうし、側役達は驚きすぎて口を開けたまま固まってしまった。
「そうだよ。ホラ。白露さん、面倒見がいいから。
で、その養い児と一緒にこいつも面倒見てもらってんの。
修行もしょっちゅうつけてもらってるらしいよ」
なんで蒼真様がそんな話を知っているのかと思ったら、守り役同士で話をしたときに聞いたという。
「緋炎さんとも知り合いだよ」
おしゃべりな龍の言葉に白楽様も側役達も絶句してしまった。
「―――お主―――なんとうらやましい―――」
ぼそり。
白楽様がつぶやいた。
「おばあ様に修行をつけてもらうだけでもうらやましいのに、黒陽様緋炎様とも知り合いとは――。
さすがは竹様の『半身』ということか――」
イエ。そうとわかる前から白露様と緋炎様は修行つけてくれてました。
とはとても言えない。
なのにおしゃべりな龍がまたペロリと暴露する。
「いや?『半身』ってわかる前から面倒みてたらしいよ?
白露さんと緋炎さんがびっくりしてた。『まさかトモが竹様の!!』って」
「なんと………」
それきり白楽様は黙ってしまった。
膝立ちになっていたのがぺたんと座り、ただじっと俺を見つめてきた。
「―――蒼真様」
「なに?」
「この者に修行をつけることは――強くすることは、おばあ様の役に立ちますか?」
―――は?
意味がわからずぽかんとする俺の横で、蒼真様はピョコンと跳ねた。
「立つ立つ!
白露さんだけでなく、竹様のためにも、黒陽さんのためにもなるよ!
え? 白楽、こいつ引き受けてくれるの!?」
白楽様はしわくちゃの顔をさらにしわくちゃにした。
「ええ。お引き受けします」
「宗主様!」
「なにを!?」
側役達が色めき立って白楽様に迫る。
白楽様はそんな側役達に楽しそうに笑うだけで意見をひるがえす気はないらしい。
「よかったなトモ。
ここなら『向こう』よりも霊力が濃いから段違いに強くなれるぞ。
おまけに白楽は同じ金属性だし、これでもぼくら並の実力者だから。
修行つけてもらったら、もしかしたら『願い』叶うかもだよ!」
『願い』。
俺の『願い』。
「『竹様のそばにいられるくらいに強く』なれるかもだよ!」
―――ぶわわわわーッ!
蒼真様の言葉が届いた途端、俺の中で突風が立ち上がった!
竹さんのそばにいられるくらいに強くなれる!
ここで修行すれば。
このひとに修行をつけてもらったら。
「ここは『異界』だから、出入口を調整すれば時間調整ができる。
ここで何年経っても『向こう』では数日、とかできる。
ゆっくり、じっくり、しっかり修行して。
竹様のそばにいられるくらいに強くなれ!」
コーフンして熱く語る蒼真様が俺の肩をバンバン叩いてくる。
俺もなんだかコーフンして、コクコクうなずくことしかできない。
俺と蒼真様が話している間に白楽様と側役達の話もついたらしい。
というか、何を言っても意見を変えない白楽様に側役達が諦めたようだ。
「さて智白。改めて聞こう。
ここで、この『私の高間原』で、私の修行を受けるか?」
問われるまでもない。
答えは決まっている!
「お願いします!」
ばっと手をつき、頭を下げた。
蒼真様も横で一緒に頭を下げてくれた。
「修行はつらいぞ? 耐えられるか?」
「耐えます! 強くなれるならば! 竹さんのそばにいられるならば!」
大切なのはそれだけだ。
竹さんのそばにいる。
そのためならば、どんな修行だって耐えてやる!
「どれだけかかるかわからないぞ? それこそ途方もない時間がかかるかもしれぬ」
「そこは大丈夫! ぼくが責任もっていい頃合いにつれて帰るよ!」
蒼真様が自信満々に請け負ってくれる。
だから安心して俺もうなずいた。
「――よろしい。では早速、修行をつけるとしよう。
白斗。この者が寝起きする場所の用意を。
賀白。この者のことを広く周知せよ。
希望者には研究内容を提出するように」
―――『研究内容』?
ん? 首をかしげる俺に対し、蒼真様は「あ」と固まってしまった。
「高間原から『落ちて』きて、五千年転生を繰り返した魂。
現在は『向こう』の世界の身体の男。
それがこの『私の高間原』で過ごすことによって変化があるか。
修行をつけることによる変化は。
霊力量。筋肉量。心拍。血中成分。
調べてみたいことは山とある。
皆もこの者の存在を知ったら調べたいことがでてくるだろう。
私も書き出す。
重複する部分は一回で済ませられるように手配を。
必要な機材や薬の手配もな」
うきうきと楽しそうな白楽様に、側役達がようやく納得の表情を見せた。
「なるほど! 確かに得難い標本ですね!」
『標本』て。
「第一世代が『落ちて』きたときから『向こう』の『世界』の霊力は減り続けているのですよね。
そのなか転生を繰り返した魂――。
なるほど。研究のし甲斐があります」
その目は知ってるぞ。
理科教師が解剖するカエルを見ていたときの目だ!
「この『世界』で過ごし修行をすることで、『向こう』の人間にどのような変化が現れるか――。
これは今までに扱ったことのない研究題目ですね」
そのまま側役達はあーだこーだと話し合いをはじめてしまった。
周知の方法は。予想される研究テーマは。必要な機材は。到達目標は。
話が具体的に詰められるにつれ、俺の背筋には冷や汗が流れる。
――あれ? 俺、早まったか?
このひとたち、本当に俺に修行つけてくれるのか?
「……………なんか………ゴメン……………」
蒼真様が真顔であやまってくれた。