第六話 術式展開
「待たせたな」
戻ってきたハルに、バッと顔を向ける。
彼女は!?
ハルに続いて誰かのいる気配に心が浮き立つ!
そして部屋に入ってきたのは。
「白露様!」
「久しぶりね晃」
あんたかよ!
大きな白虎の登場にがっくりとうなだれる。
「元気だった?」「うん!」晃は大喜びだ。
「なんで白露様がいるの!?」
晃の問いに、白虎はウフフと笑った。
「『禍』を封じたときの一人だからよ」
「そうなんだ!」
白露様と晃が入口でじゃれながら話していたら、男の声がした。
「さっさと入れ。白露。邪魔だ」
「アラごめんなさい」
あわてて立ち上がった晃と白露様がのそりと部屋に入ってきた。
続けて姿を現した人は、敷居のむこうでキチンと座り、綺麗なお辞儀をした。
黄金の天冠の飾りがシャラリと鳴る。
す、と頭を上げたのは、若竹色の千早をまとった女性。
――彼女だ!
ドクンドクンと心臓がうるさい。
金縛りにあったように身体が動かない。
この前と同じ巫女装束。立ち上がると領巾と千早の袖がふわりと揺れる。
「姫宮。こちらに」
ハルに指示された場所に座る彼女。
祭壇の前。俺の斜め前。
ハルとヒロが彼女を挟むように座る。
あわててナツと佑輝も背筋を正して座り直す。
白露様にくっついていた晃も飛んで戻り座った。
白露様はのんきに晃の横にだらりと伏せた。
並ぶ俺達を見回してハルが言った。
「こちらがさっき話した結界師の方。竹様だ」
やっぱり。
『竹』さん。
竹さん!!
スッと座っているだけでもかわいい。
つ、と両手をつき、俺達に顔を向ける。
一瞬目が合った!!
俺に気付いてる? 気付いてない?
彼女は俺を見ても特に反応することなく口を開いた。
「高間原の北、紫黒の『黒の一族』がひとり、竹と申します。
霊玉守護者の皆様には長年霊玉をお守りいただき、ありがとうございます」
声かわいい!
ペコリと頭を下げる彼女に合わせて全員が頭を下げる。
「また三年前には『禍』の浄化を果たしてくださったとのこと。
重ねて御礼申しあげます。ありがとうございました」
再び丁寧にお辞儀をする彼女。生真面目だなあ! かわいいなあ!
「この度は私共の提案を受け入れてくださり、ありがとうございます。
霊玉をいただいたのちは回復もさせていただきます。
どうぞよろしくお願い致します」
そして深々とお辞儀をする。
こちらも合わせてお辞儀をする。
顔を上げた彼女はきちんと正座し、にっこりと微笑んだ。
『うまく挨拶できた!』というのが伝わってくる! かわいいか!
内心のドギマギを完全に隠して俺も姿勢を正す。
ハルが続けて紹介する。
「それと、竹様の守り役の黒陽様」
「黒陽だ」
どこにいるのかと思ったら、竹さんとヒロの間にちいさな黒い亀がいた。
さっき白露様に「邪魔」と言っていた声だった。
「黒陽様も白露様緋炎様の同輩――お友達だ」
「……その説明はどうかと思うぞ晴明」
黒い亀は嫌そうに文句を言ったが、年少組はそれで納得した。
「では霊玉守護者を紹介しますね。
こちらから『火』の晃、『土』のナツ、『木』の佑輝」
ハルの紹介に年少組が「晃です」「ナツです」「佑輝です」と挨拶してペコリと頭を下げる。
「……そして、『金』のトモ」
ハルの紹介にビシッと背筋が伸びる!
「西村 智です」
精一杯カッコつけてお辞儀をする。
わざと名字も名乗った。
先日のことを忘れていてもこれで思い出してくれないかと期待して。
でも彼女は特に変わりなく黙礼してくれた。
ちょっとがっかりするが、にっこりと微笑まれた途端また頭に血が上る。
ハルが何故かため息をひとつついた。
「念の為にもう一度確認するが」
ジロリと俺達をにらみつけ、ハルが言う。
「術の途中で誰かひとりでも『やっぱりやめた』なんてしたら、術者も、お前達全員も危険にさらされることになる。
やめるなら今のうちだ。
本当に、本当にいいな!?」
「いいよ」「大丈夫」うなずく年少組をチラリと見たハルは、ジロリと俺をにらみつける。
了承を示すためにうなずく。
ここでゴネても意味はないだろうに。なにをそんなに何回も念押しするのか。
それだけ危険な術ということだろうか。
だいたい霊玉があろうがなかろうが今の俺達にはあまり関係ない。
あの三年前の地獄の合宿で霊力制御できるようになったからあっても困らないし、なくなったらなくなったで日常生活に困るようなこともない。
それならさっさと活用したほうが有益だ。
しかもその術を竹さんがしてくれるなら、竹さんの役に立つということになるだろう。
彼女のためになることならばどんなちいさなことでも協力したい!
ハルもようやく意を決したらしい。
ひとつため息をついた。
「じゃあ、やろう」
うなずく俺達にうなずきを返し、ハルが彼女に身体を向けた。
「それでは姫宮。お願いします」
ハルの言葉に「はい」とちいさくこたえた彼女は立ち上がった。
ハルも立ち上がるのに合わせて俺達も立ち上がる。
「お前達は五行の並びに丸くなれ。ヒロ」
「はぁい」
のんきな返事をしたヒロが佑輝を呼ぶ。
俺も佑輝の反対側のヒロの隣に立つ。
俺達につられて晃とナツも動く。
ハルが「もうちょっと広がれ」などと微調整をする。
俺達の輪の外側に白露様と黒陽様が立つ。
ヒロの後ろに黒陽様、晃とナツの後ろに白露様。
彼女はヒロのほうを向いて俺達の輪の中心に立った。
「いいか? ――では、姫宮。お願いします」
ハルの合図にコクリとうなずいた彼女はヒロの後ろに視線を向けた。
黒い亀がコクリとうなずいたのがわかった。
白露様も「竹様。やりましょう」と声をかける。
それらを受け、彼女はまたひとつうなずいた。
「お願いします」
「「「お願いします」」」
彼女の声に全員が答える。
緊張感から空気がピンと張り詰める。
彼女がすっと手を広げた。
それだけでパシッと結界が展開した!
二重? 三重? 展開が早い!
そこにさらに黒陽様と白露様の結界が重なる。
どれだけ厳重にするんだ!?
まるでプラネタリウムのように半球状の結界に包まれた。
結界を展開している陣がきらめいている。高霊力が注がれているのがわかる。
彼女はパンと手を打ち、霊力を込めていた。
その両手を高く上げ広げると、さらにブワリと霊力が広がった!
結界がさらに強まった。
結界の内部も高霊力で満たされていく。
彼女の霊力だろうか。あたたかい霊力だ。
黒陽様と白露様が祝詞のようなものをつむぎ始めた。
彼女も手を合せて、時折手拍子をとりながら祝詞をつむぐ。
ヒロに正面を向けて立っているので、ヒロの隣の俺からは彼女の横顔がよくみえた。
ああ、綺麗だなあ。かわいいなあ。
澄んだ高い声。真剣な眼差し。祝詞をつむぐかわいらしい口。
なにもかもが魅力的にうつり、彼女から目を離すことができない。
ただポーッと彼女を見つめることしかできない。
やがて祝詞が終わり、彼女はヒロをまっすぐに見つめた。
「汝、『水』の『霊玉守護者』」
「はい」
「霊玉を、これへ」
彼女の差し出した右手の上にヒロが左手を差し出す。
握った拳を広げたそこには『水』の霊玉があった。
「霊玉を手放すことに、同意してくださいますか?」
「同意します」
「同意を確認しました」
彼女は霊玉を見つめていた顔を上げ、ヒロににっこりと微笑んだ。
「これまで霊玉をお守りいただき、ありがとうございました」
彼女の言葉と微笑みにヒロも微笑みを返す。
――なんか、やけに親しげじゃないか?
ナニ見つめあってる? おい、ヒロ?
ムッとするのをおさえられずヒロをにらみつけていたが、彼女が動いた。
ヒロの左手の上の霊玉を両手でそっと包むと、なにかをした。
ギュオッ! と陣のようなものが霊玉を包む!
彼女は触れていないのに彼女の手の動きに合せて霊玉が勝手に浮かぶ。
彼女はそのまま霊玉をヒロの正面――胸の前に持ち上げた。
霊玉はヒロの正面に浮かんだまま固定されている。
霊玉を包んでいた陣がパアッと広がり、ヒロの身体を包んだ!
うっすら光る陣はくるくるとヒロの周囲をまわり、やがて固定した。
「我が名は『竹』」
彼女が厳かに名乗る。
「高間原の北を護る『黒の一族』がひとり」
名乗りを重ねるごとにパシリパシリとなにかの陣が形成されていく。
「我が名にかけて、この霊玉にかけた陣を、今、開放する」
彼女がヒロの正面に浮かぶ霊玉に両手を差し出した。
「解呪!」
その言葉を合図に、霊玉とヒロからパアッ! と霊力がほとばしった!
あふれる光はやがて霊玉とヒロとに分かれて収縮していき、最後には収まった。
ふ。ヒロが立ちくらみを起こしたようにふらついたが、すぐに自分で足を踏ん張って持ちこたえた。
彼女は霊玉にさらになにかをしている。
ブツブツとなにかつぶやきながらこねこねと霊玉をなでていたが、やがてそれも終わったらしい。
ヒロの持っていた霊玉はふわりと浮かび、半円形の結界の天井に落ち着いた。
「大丈夫ですか?」
心配そうな彼女に「大丈夫」と答えるヒロ。
にっこりと微笑むヒロに彼女もホッとしたようだった。
それにしてもすごい霊力操作だった。
制御がよくできてる。
あれだけの霊力量を操り、分けて収縮させるなんて、普通はとてもできるもんじゃない。
さすがは『異世界の姫』ということか。
そのまま彼女は佑輝と晃とナツに同じことをした。
そして俺の正面にまっすぐに立った。
目の前に彼女がいる。
手の届く距離に。
うれしい。うれしい。
やっと会えた。やっと会えた!
近くにくると身長差がはっきりする。
俺より頭半分ちいさい。
並んだらちょうどよさそうだな。
身長差があるからちょっと見上げるように見つめてくれる。かわいいな。
髪、細いな。やわらかそうだな。
まつげ長い。目、綺麗だな。
ずっとじっと見つめていたいな。
難しい術の最中だということも忘れ、ただ彼女をじっと見つめる。
ああ、彼女がいる。目の前にいる。
うれしい。また会えた。やっと会えた!
うれしくて、ただうれしくて、心臓がドキドキして、アタマはポーッとなる。
そんな俺に気付くことなく彼女は他の四人に告げたのと同じ言葉を俺に投げる。
「汝、『金』の『霊玉守護者』」
「――はい」
かろうじて声が出た。危ない。彼女のことばかりがアタマを占めてて返事ができないところだった。
カッコ悪いところは見せたくない。
意識して気を取り直し、術に集中する。
「霊玉を、これへ」
彼女の差し出した右手の上に左手を差し出す。
握った拳を広げて霊玉を出す。
こうすると手の大きさが比較できる。
彼女の手もそれなりに大きさがあるけれど、俺よりはちいさいな。女性だからこんなもんだろうな。
肌、白いな。俺の手の色と全然ちがう。
手、やわらかそうだな。触れたいな。
「霊玉を手放すことに、同意してくださいますか?」
彼女の問いかけ。答えは決まっている。
「同意し――」
そのとき。
ふと、霊玉がきらめいた。
なんでそんなこと思ったのかわからない。
わからないが、その霊玉のきらめきに、なにかを刺激された。
俺が同意したら、彼女は霊玉をひとつにして朱雀に渡す。
それで南の結界が強くなる。
京都を囲む結界が強くなるのに伴って結界の中のいろいろな結界やらなんやらも力を増す。
いいことばかりだ。
いいことしかない。
だが、彼女は?
彼女は朱雀に霊玉を渡して京都の結界を強めて、そのあとどうする?
またひとりで『災禍』を追うのか?
罪を背負って。
苦しみを背負って。
またひとりで『災禍』を追うのか?
俺を置いて。俺をのこして。ひとりで。
なにもかも、ひとりで背負って。
そう、気付いた。
途端。
「―――!!」
激しい思いが腹の底から込み上げる!
いやだ。
いやだ。いやだ。いやだ!
彼女をひとりにさせない! 俺も一緒に行く!
彼女をひとりで苦しませるなんてしたくない。
俺も一緒にいたい。彼女を支えたい。
だって『半身』なんだから。
彼女は俺の唯一なんだから。
霊玉を渡せば彼女はまた無茶をする。
ひとりでなにもかも背負い、ひとりで傷つき、ひとりで苦しむ。大変な思いをする。
そんなことさせない。
彼女を苦しませたくたない。
それなら。
たとえ恨まれても。
たとえ嫌われても。
彼女に『使えないヤツだ』と思われても。
彼女を守るほうが重要だ!
霊玉は渡さない。
俺が、彼女を守る!
グッと、霊玉を握り込んだ。
俺の反応に彼女は驚いたのだろう。
一度霊玉に向けた目を上げ、俺の顔を見つめてきた。
キョトンとした顔。かわいい。
彼女を、守りたい。
責務からも。罪からも。どんなものからも。
これ以上、彼女に背負わせない!
「――しません」
その場の全員が啞然とした。が、構うものか!
決意を込めて、もう一度はっきりと言う。
「同意しません」